マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
3話を読んでいただきありがとうございます!
ここから物語も本格的に動き出し、文字数も少しずつ増えていきますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
10月22日 夕方
横浜基地・医務区画前通路
<< 神宮寺 真白 >>
「……疲れた……」
思わず、そんな声が漏れた。
正門を通された後。
自分はそのまま香月夕呼副司令のところへ直行――とはならなかった。
当然といえば当然だ。
身分証なし。
所属不明。
戸籍不明。
しかも、崩壊した市街地から突然現れた若い男。
そんな人間を、何の確認もなしに基地中枢へ通すほど、横浜基地は甘い場所ではなかった。
結果。
検査。
検査。
また検査。
血液検査。
身体測定。
反射速度。
筋力。
視力。
聴力。
脳波。
簡易問診。
感染症確認。
汚染チェック。
途中からは、何を調べられているのかもよく分からなくなっていた。
「……自分、ちゃんと人間ですよね……?」
思わず呟いてしまう。
自分でも情けない声だった。
けれど、不思議なことに、身体そのものはまだ動く。
足取りも重くない。
息が切れているわけでもない。
頭がぼんやりしているわけでもない。
むしろ、これだけ検査を受けた後にしては、異様なくらい身体は軽かった。
ただ、精神的には限界に近い。
知らない世界。
知らない基地。
知らない軍人。
そして、自分を見る視線。
その全部が、じわじわと心を削ってくる。
「神宮寺様。こちらです」
前を歩くピアティフ中尉が、淡々とした声で告げた。
「は、はい……」
慌てて背筋を伸ばし、後をついていく。
横浜基地の通路は、どこまでも無機質だった。
冷たい壁。
低い照明。
時折聞こえる軍靴の音。
遠くで響く機械の駆動音。
その中を歩きながら、自分はあることに気づいていた。
すれ違う兵士のほとんどが、女性だった。
いや、ほとんどというより。
男が、いない。
少なくとも、自分の視界に入る範囲では、女性兵ばかりだった。
そして、その女性兵たちが、自分を見る。
ちらり。
じっ。
また、ちらり。
視線が顔に向かい、身体に向かい、また顔に戻る。
まるで珍しい生き物でも見つけたような目。
中には、足を止めかける兵士までいた。
「……」
自分は少しだけ肩を縮めた。
やっぱり、変だ。
この世界に来てから、ずっと違和感があった。
門番の衛兵も女性だった。
基地の中も女性ばかり。
それに、若い男を見る目がどうにも普通ではない。
自分は少し迷ったあと、前を歩くピアティフ中尉に声をかけた。
「あの……ピアティフ中尉」
「何でしょうか」
「この基地って……女性の兵士が多いんですね」
ピアティフ中尉は、一瞬だけこちらを振り返った。
表情は大きく変わらない。
けれど、少しだけ目が細くなった気がした。
「はい。現在の国連軍横浜基地では、女性兵の比率が非常に高くなっています」
「やっぱり……そうなんですか」
「BETAとの戦闘により、男性人口は大きく減少しています。特に衛士適性を持つ男性は、現在では極めて貴重です」
「……貴重」
その言葉に、背中が少し冷たくなった。
貴重。
資源。
戦力。
守るべき存在。
この世界では、男はそういう扱いなのだろうか。
ピアティフ中尉は、淡々と続ける。
「若い男性が基地内を歩いていれば、注目されるのは避けられません」
「そう、ですよね……」
「特に神宮寺様は、外見的にも目立ちます」
「……それは、褒められてます?」
「事実を申し上げています」
淡々とした返答だった。
褒められているのか、分析されているのか分からない。
自分は思わず苦笑した。
中性的だとは、前の世界でも言われたことがある。
でも、この世界ではそれが余計に目立つらしい。
自分は袖を軽く握った。
白を基調とした、妙に浮いた服装。
この世界の軍服とも、一般的な私服とも違う。
身分証もない。
戸籍もない。
よく考えなくても、不審者だ。
普通なら、拘束されて終わりだろう。
それでも、ここまで来られたのは。
香月夕呼。
あの人に、繋がったからだ。
「到着しました」
ピアティフ中尉が足を止めた。
そこには、他の扉とは明らかに違う雰囲気を持つ部屋があった。
香月副司令の執務室。
自分は、喉を鳴らした。
「……ここが」
「はい。香月副司令がお待ちです」
ピアティフ中尉が扉の横に立つ。
軽くノックをすると、中から短い返事があった。
「入れなさい」
その声を聞いただけで、背筋が伸びる。
画面越しに何度も聞いたような気がする声。
けれど、現実として聞くと、まるで圧が違った。
「失礼します」
ピアティフ中尉が扉を開ける。
その先にいたのは――。
「来たわね」
白衣の女。
香月夕呼副司令。
机に肘をつき、こちらを見ていた。
画面越しに何度も見たはずの顔。
けれど、実際に対面すると、まるで印象が違う。
美人だ。
それは間違いない。
でも、それ以上に怖い。
こちらを値踏みするような視線。
逃げ場を塞ぐような沈黙。
興味と警戒が混ざった目。
そして、その奥にある、どこまでも冷静な計算。
「あの……神宮寺真白です」
「知ってるわ。さっきから散々報告を受けてるもの」
「……ですよね」
夕呼副司令は、こちらを頭から足元まで観察するように見る。
その視線に、思わず背筋が固まった。
「ピアティフ」
「はい」
「席を外して。しばらく二人で話すわ」
「了解しました」
ピアティフ中尉は、こちらに一礼すると、静かに部屋を出ていった。
扉が閉まる。
部屋の中に、自分と夕呼副司令だけが残された。
「座りなさい」
「はい」
言われるまま、ソファに腰を下ろす。
目の前の机には、資料や端末、何かの数式らしき紙が広がっていた。
原作で何度も見た副司令室。
けれど、ここはもうゲームの背景ではない。
自分の呼吸音。
衣擦れの音。
夕呼副司令が指先で机を叩く小さな音。
全部が、現実だった。
夕呼副司令は、しばらくこちらを観察するように見ていた。
その沈黙だけで、背中に汗がにじむ。
やがて、彼女は口を開いた。
「さて」
声が、少し低くなる。
「あなたの目的を教えてもらうかしら」
「……目的、ですか」
「ええ。あなたは突然現れた。身分証なし、戸籍なし、所属不明。なのに、あたしの名前を知っていた。横浜基地のことも知っていた。オルタネイティヴ4と00ユニットという単語まで出した」
「……」
「普通なら尋問室行きよ。場合によっては、もっと面倒な場所に送られてもおかしくない」
「……ですよね」
「でも、そうしなかったのは、あなたがあまりにも妙だから」
夕呼副司令の目が細くなる。
「神宮寺真白。あなた、何者?」
部屋の空気が重くなった。
嘘をつけば、たぶん見抜かれる。
ごまかせば、切り捨てられる。
余計なことを言えば、利用される。
どれを選んでも危険だ。
けれど、ここで失敗すれば、自分は終わりだ。
いや、自分だけじゃない。
この世界を変えるための可能性も、ここで潰れる。
自分は膝の上で拳を握った。
怖い。
逃げたい。
でも。
ここで逃げたら、何のためにこの世界へ来たのか分からない。
「……その前に、一つ確認してもいいですか」
「何?」
夕呼副司令の目が、さらに鋭くなった。
質問するだけでも、試されているような圧がある。
自分は喉を鳴らしてから、口を開いた。
「今日は……何年の、何月何日ですか?」
「日付?」
「はい。自分にとっては、かなり重要なので」
夕呼副司令は、わずかに眉を動かした。
「……2001年10月22日よ」
「……」
分かっていた。
分かっていたはずなのに。
その日付を実際に聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。
2001年10月22日。
原作が始まる日。
白銀武が、この世界に来るはずの日。
いや。
来ていなければならない日。
「……もう一つ、確認させてください」
「まだあるの?」
「この横浜基地に……白銀武という人はいますか?」
夕呼副司令の表情が、わずかに険しくなる。
「白銀武?」
「はい。年齢は自分と同じくらいで、男性です。もしかしたら、今日この基地に来ているか、近くにいるかもしれません」
夕呼副司令は、端末に視線を落とした。
数秒。
指先が端末の上を走る。
そのわずかな時間が、異様に長く感じた。
心臓の音が、耳の奥で響く。
いるのか。
いないのか。
もし、いるなら。
自分は、武を助ければいい。
彼の知識と経験を軸に、この世界を変えればいい。
けれど。
「……該当者なし」
夕呼副司令は、あっさりと言った。
「この基地にも、周辺記録にも、白銀武という人物は確認できないわ」
「……いない」
声が勝手に漏れた。
足元が、少しだけ揺らいだ気がした。
白銀武がいない。
本来、この日にここへ来るはずの主人公が。
この世界を救うはずの因果導体が。
いない。
「その白銀武って男が、何なの?」
夕呼副司令の問いに、自分はすぐには答えられなかった。
頭の中で、いくつもの場面がよぎる。
白銀武。
何度も絶望を見て。
仲間を失って。
それでも、最後まで走り抜けた人。
その彼が、この世界にはいない。
つまり。
この世界では、誰かがその役割を背負わなければならない。
00ユニット。
新型OS。
A-01。
207B。
桜花作戦。
本来なら白銀武が繋いでいくはずだった物語。
それを進める人間が、今ここにはいない。
なら。
「……自分が」
小さく呟いた。
夕呼副司令が、こちらを見る。
「自分が……白銀武の代わりに、進めなきゃいけないんですね」
口にした瞬間、現実になった気がした。
逃げ場が消えた。
自分は主人公じゃない。
そんな器でもない。
ただ、作品を知っているだけの人間だった。
でも。
この世界に白銀武がいないなら。
誰かが、その席に座らなければならない。
怖い。
重い。
冗談じゃないと思う。
でも。
「……やるしかないですよね」
自分は、震える手を握りしめた。
夕呼副司令は、しばらく黙ってこちらを見ていた。
その目から、先ほどまでの軽く探るような色が少しだけ消える。
代わりに浮かんだのは、鋭い興味。
そして、ほんの少しの警戒。
「白銀武、ね」
夕呼副司令は椅子に背を預けた。
「その男が、本来この世界で何をするはずだったのか。詳しく聞かせてもらうわ」
「はい」
自分は頷いた。
もう、戻れない。
2001年10月22日。
白銀武がいない横浜基地で。
神宮寺真白は、自分が“物語の代役”になるのだと理解した。
「……自分は、2026年の日本から来ました」
夕呼副司令の眉が、わずかに動いた。
「続けなさい」
「自分がいた世界には、BETAはいません。戦術機もありません。オルタネイティヴ計画も、人類滅亡の危機もありませんでした」
「証拠は?」
即答だった。
予想していた。
自分はポケットからスマートフォンを取り出す。
「これです」
「……携帯端末?」
夕呼副司令の視線が鋭くなる。
自分は画面を起動した。
電波は圏外。
日付表示は、なぜかまともに読めない。
けれど、中に残っている画像や動画は開けた。
現代日本の街並み。
駅。
コンビニ。
車。
青空の下を歩く人々。
BETAの影もない世界。
夕呼副司令は、無言で画面を覗き込んだ。
その目が、ほんの少しだけ変わる。
「……この解像度。この薄さ。記録媒体の容量も、こっちの技術水準とは合わないわね」
「はい」
「合成の可能性は?」
「この場では否定しきれません。ただ、この端末そのものは、この世界では作れないと思います」
「……ふぅん」
夕呼副司令はスマートフォンを手に取ると、角度を変えながら眺めた。
その表情は、先ほどよりも明らかに研究者のものになっていた。
危険なものを見つけた科学者。
そんな顔だ。
「中身は後で調べるわ」
「……ですよね」
「文句ある?」
「いえ……壊さないでください」
「善処するわ」
「その言い方、不安なんですが……」
夕呼副司令は軽く笑った。
その笑い方が、怖い。
本当に怖い。
この人、スマホを分解しかねない。
いや、絶対する。
たぶん、こちらが止めてもする。
「それで?」
夕呼副司令は、スマートフォンを机に置いた。
「どうしてあたしのことを知っているの」
「……自分は、あなたたちの世界に似た物語を知っていました」
「物語?」
「はい。そこでは、白銀武という人物がこの世界に来て、オルタネイティヴ4に関わります。香月夕呼副司令、社霞、鑑純夏、00ユニット、因果律量子論……そういった言葉も出てきました」
夕呼副司令の顔から、笑みが消えた。
空気が凍る。
「……誰から聞いたの」
「誰からも聞いていません」
「だったら、どうやって知ったの」
「自分の世界では、それが“作品”として存在していました」
「……随分と都合のいい話ね」
「そう思います」
自分は素直に頷いた。
「でも、自分は知っています。この世界が放っておけばどうなるのかも。桜花作戦も、BETAの脅威も、オルタネイティヴ計画も……断片的ですが、知っています」
夕呼副司令は、何も言わなかった。
ただ、じっと見ている。
その沈黙が、怖い。
まるで、心臓の音まで分析されているようだった。
「試させてもらうわ」
「……はい」
「00ユニットの中核は?」
「鑑純夏です」
夕呼副司令の目が、わずかに鋭くなる。
「白銀武の特異性は?」
「因果導体……だったはずです」
「この基地の地下にあるものは?」
「……横浜ハイヴ跡地。反応炉も関係しているはずです」
「オルタネイティヴ4の目的は?」
「人間の脳を模した存在――00ユニットによる、BETAとの意思疎通」
夕呼副司令は、そこで黙った。
しばらく、部屋に沈黙が落ちる。
やがて彼女は、椅子の背にもたれた。
「……ありえないわね」
「はい」
「でも、完全に否定するには材料が多すぎる」
「……信じてもらえますか」
「信じる? 馬鹿言わないで」
即答だった。
「信じるんじゃないわ。利用価値があるかどうかを判断するの」
その言葉に、自分は息を呑む。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、香月夕呼らしいと思った。
この人は、そういう人だ。
人類を救うためなら、目の前の異常も、奇跡も、化け物も、全部利用する。
「それで?」
夕呼副司令は、脚を組み替えた。
「あなたは、あたしに何を求めるの?」
ここからが本題だ。
自分は、姿勢を正した。
「自分を、この基地に置いてください」
「理由は?」
「新型OSの開発に協力できます」
「へぇ?」
「白銀武が作るはずだった機動概念を、自分もある程度知っています。完全ではありませんが、戦術機の動き、先行入力、キャンセル、コンボ機能……説明できます」
夕呼副司令の目が、少しだけ輝いた。
「続けて」
「それに、自分には衛士適性があります。さっきの検査結果で、たぶん分かると思います」
「ええ。異常値だったわ」
「なら、自分を新型OS開発の協力者にしてください」
「協力者、ね」
夕呼副司令は面白そうに笑った。
「それだけ?」
自分は、一度息を吸った。
そして言う。
「A-01と、第207衛士訓練小隊B分隊にも関わらせてください」
夕呼副司令の表情が変わった。
「……随分と大きく出たわね」
「分かってます。自分が普通なら、ありえないことを言ってるって」
声が震えそうになる。
けれど、自分は続けた。
「でも、時間がありません。ゆっくり信用を積み重ねていたら、間に合わないんです」
「……」
「A-01は重要です。207Bも重要です。これから先、横浜基地で起きることに、彼女たちは深く関わります」
「なぜ?」
「未来を変えるために、必要な人たちだからです」
夕呼副司令は、しばらくこちらを見つめた。
そして、ふっと笑った。
「自分が何を言ってるか分かってる?」
「はい」
「戸籍も所属もない不審者が、いきなり特殊任務部隊と訓練小隊に関わらせろって言ってるのよ」
「……はい」
「普通なら頭がおかしいわ」
「そうですね……」
自分は苦笑するしかなかった。
でも、ここで引くわけにはいかない。
「それでも、お願いします」
自分は頭を下げた。
「自分は、白銀武じゃありません。彼みたいに強くありません。何度もやり直した経験もありません。全部を覚えているわけでもありません」
それでも。
「あの未来を、見たくないんです」
まりもさんのこと。
A-01のこと。
207小隊のこと。
横浜基地のこと。
全部を救えるとは言えない。
でも、知っているのに何もしないなんて、無理だった。
「自分に使えるものがあるなら、使ってください」
夕呼副司令の目が、静かに細くなった。
「使ってください、ね」
「はい」
「後悔するわよ」
「……すると思います」
正直に答えた。
夕呼副司令が少しだけ眉を上げる。
「後悔するって分かってて言ってるの?」
「はい」
怖い。
絶対に怖い。
この人に使ってくださいなんて言ったら、間違いなく遠慮なく使われる。
実験もされる。
検査もされる。
たぶん、眠る時間も削られる。
でも。
「何もしないで後悔する方が、もっと嫌です」
言い切った瞬間、部屋が静かになった。
夕呼副司令は、長い間こちらを見ていた。
そして。
「……いいわ」
その一言が落ちた。
「神宮寺真白。あなたを横浜基地に置いてあげる」
「本当ですか」
「ただし、自由はないと思いなさい」
「……はい」
「あなたは危険すぎる。知識も、持ち物も、存在そのものも。放置できるわけがない」
夕呼副司令は端末を操作する。
「表向きの身分を作るわ。国連軍横浜基地所属、特務技術顧問。新型OS開発協力者兼、訓練教導補佐」
「技術顧問……」
「待遇階級は少佐相当」
「……はい?」
思わず間の抜けた声が出た。
少佐。
少佐?
「今、少佐って言いました?」
「言ったわよ」
「いや、無理ですよ」
「何が?」
「自分、昨日まで普通の一般人だったんですけど」
「今日から違うわね」
「軽い……!」
軽すぎる。
あまりにも軽い。
自分の人生で、少佐なんて単語が自分に向けられる日が来るとは思わなかった。
いや、普通来ない。
「正式な軍歴を持つ少佐じゃないわ。あくまで少佐相当の待遇階級。あなたを基地内で動かすための便宜上の肩書きよ」
「便宜上で少佐なんですか……」
「若い男を階級なしでA-01や207Bに近づける方が面倒なのよ。少佐待遇なら、少なくとも表向きは通しやすい」
「……なるほど」
理屈は分かる。
分かるけど、納得が追いつかない。
「それに、あなたは新型OSの知識を持っている。衛士適性も高い。未来知識もある。普通の扱いでは収まらないわ」
夕呼副司令は、端末から顔を上げた。
「実質的には、あたしの管理下に置く重要隔離対象。そこは理解しておきなさい」
「重要隔離対象……」
少佐相当。
特務技術顧問。
新型OS開発協力者。
訓練教導補佐。
そして、夕呼副司令管理下の重要隔離対象。
肩書きが多い。
多すぎる。
というか、最後だけ妙に怖い。
「何か不満?」
「いえ……不満というか、情報量が多すぎて処理できていません」
「慣れなさい」
「無茶言いますね……」
「この世界では無茶を言える人間から生き残るのよ」
「嫌な世界ですね……」
「ええ。嫌な世界よ」
夕呼副司令は、あっさり言った。
その言葉に、少しだけ息が詰まった。
冗談ではない。
この世界は、本当に嫌な世界だ。
BETAに追い詰められ、人が死に、未来が削られていく世界。
だからこそ、無茶をしなければならない。
夕呼副司令は机の上に置かれた紙へ視線を向けた。
「あとは、あなた自身の能力ね」
「……能力」
自分は、服の内側にしまっていた紙を取り出した。
目が覚めた時に落ちてきた、あの紙。
夕呼副司令はそれを受け取り、無言で読み始めた。
白銀武の因果導体としての性質。
戦闘経験。
衛士としての技術。
戦術機適性。
人を惹きつけやすい因果的な性質。
因果強化供給《リンク・ブースト》。
深い信頼、または親密な接触による強化。
読み進めるにつれて、夕呼副司令の目が鋭くなっていく。
そして最後まで読み終えると、彼女は小さく息を吐いた。
「……なるほどね」
その声は、とても静かだった。
「これが本当なら、あなたは単なる未来知識持ちじゃない」
「……はい」
「白銀武の代替因子。新型OSの鍵。衛士適性を持つ若い男性。さらに、他者強化能力持ち」
夕呼副司令は紙を机に置いた。
「人類史が変わるわ」
その言葉の重さに、胸が詰まった。
人類史。
そんな言葉を、自分に向けて言われる日が来るなんて思わなかった。
「ただし」
夕呼副司令の声が鋭くなる。
「紙に書いてあるから信じます、なんてやるわけない。検証は必要よ」
「……検証」
嫌な予感がした。
とても嫌な予感がした。
「身体能力、適性、因果反応、体液成分、接触反応。全部調べる」
「全部……ですか」
「当然でしょ」
「……自分、今日もう結構検査されたんですけど」
「それは基地に入れるための最低限の検査。これからやるのは、あなたを使うための検査」
「言い方……」
「事実よ」
夕呼副司令は、少しだけ口元を上げた。
「安心しなさい。すぐに解剖したりはしないわ」
「すぐに、って言わないでください……」
怖い。
本当に怖い。
けれど、不思議と少しだけ肩の力が抜けた。
この人は、自分を利用する。
間違いなく利用する。
けれど、今の自分には、その利用価値が必要だった。
この世界を変えるためには、香月夕呼の力が必要だ。
夕呼副司令は端末を操作し、通信を開いた。
「ピアティフ」
『はい』
「神宮寺真白の身分処理を開始。仮登録でいいわ。所属は国連軍横浜基地。特務技術顧問兼、新型OS開発協力者。待遇階級は少佐相当」
『了解しました』
「それから、医務区画に追加検査の準備。扱いは最重要機密」
『了解しました。神宮寺様の呼称は、今後どのように?』
夕呼副司令は、ちらりとこちらを見た。
「神宮寺少佐でいいわ」
『承知しました』
通信が切れる。
神宮寺少佐。
その言葉が、頭の中で反響する。
「……少佐」
「何よ」
「いえ……胃が痛くなってきました」
「検査では胃に異常はなかったわよ」
「そういう意味じゃないです……」
夕呼副司令は楽しそうに笑った。
完全に面白がっている。
けれど、その目の奥では、もう計算が始まっているのが分かった。
自分をどう使うか。
どの情報を引き出すか。
どの部隊に関わらせるか。
能力をどう検証するか。
どこまで公表し、どこまで隠すか。
全部、考えている。
「神宮寺真白」
名前を呼ばれて、自分は顔を上げた。
夕呼副司令の目は、もう笑っていなかった。
「あなたは今日から、この横浜基地の中枢に関わることになる」
「……はい」
「白銀武がいない世界で、あんたが何を知っていて、何ができるのか。全部使わせてもらうわ」
「分かっています」
「逃げられると思わないことね」
「……逃げません」
声は震えていた。
でも、言葉だけははっきり出た。
「自分は、白銀武じゃありません。きっと、彼みたいにはできません」
それでも。
「知ってしまった以上、見捨てられません」
夕呼副司令は、しばらくこちらを見ていた。
やがて、薄く笑う。
「いいわ。その覚悟、どこまで持つか見せてもらう」
その言葉は、許可にも聞こえた。
試験開始の合図にも聞こえた。
そして、宣告にも聞こえた。
自分は、もう一度膝の上で拳を握った。
怖い。
重い。
逃げたい。
でも。
「……お願いします、夕呼副司令」
震える声で、そう言った。
夕呼副司令は、満足げに笑う。
その笑みは、科学者のものにも、軍人のものにも、そして一人の女性のものにも見えた。
こうして。
自分のこの世界での役割は、正式に決まった。
白銀武の代役。
新型OSの鍵。
A-01と207Bを繋ぐ教導役。
夕呼副司令管理下の重要隔離対象。
そして。
人類の未来を底上げするかもしれない、最も危険な切り札。
――この時の自分はまだ知らない。
その肩書きが、ただの名目では終わらないことを。
少佐相当という仮の身分が、横浜基地の人間関係を大きく動かしていくことを。
そして。
自分の身体と能力が、この後すぐに“検体番号JM-001”として扱われることになることを。
第3話「因果の席」
それは、白銀武のいない世界で。
神宮寺真白が、因果の空席に座らされた日だった。
――本作用語メモ3――
■ 因果導体
並行世界同士の因果をつなぐ、特殊な存在。
原作では白銀武がこの性質を持っている。
■ 衛士
戦術機に搭乗して戦う兵士。
BETAとの戦いにおける人類側の主力戦力。
■ A-01
香月夕呼直属の特殊任務部隊。
伊隅みちる大尉が率いる精鋭部隊。
■ 第207衛士訓練小隊B分隊
横浜基地で訓練を受けている衛士候補生たちの部隊。
原作では白銀武もこの部隊に加わり、御剣冥夜たちと訓練を受ける。