マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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第21話「鋼の重さ」

11月3日 午前

国連軍横浜基地・格納庫

<< 神宮寺 真白 >>

 

 不知火は、昨日と同じ整備ベイに立っていた。

 

 仮登録JM-01。国連軍仕様の不知火をベースに調整されたXM3評価機で、正式なヴァルキリーズ所属機ではないものの、右肩にはA-01預かりであることを示す小さな部隊章が入っている。

 

 昨日は、その姿を見上げるだけだった。

 今日は、自分が機体へ乗る。

 

「……胃が痛い」

 

 思わず漏れた声を聞き、脚部の最終確認をしていた浪花千歳さんが顔を上げた。

 

「朝からそれですか、白い少佐さん」

「すみません」

「謝らんでええです。初めて実機へ乗る日に、平然としとる人の方が怖いですから」

 

 千歳さんは腰の工具を確かめ、JM-01の脚部装甲を軽く叩いた。

 

「ただし、緊張してても手順は守ってもらいます。搭乗前確認、通信接続、従来OSでの基礎動作、その後にXM3α版へ切り替え。順番を飛ばしたら止めます」

「分かりました」

「違和感が出た場合もすぐ申告。機体が変な鳴き方をした時は、こちらから止めます」

「機体が鳴くんですか?」

「鳴きますよ」

 

 冗談ではないらしい。

 千歳さんは真顔で、不知火の膝関節へ視線を向けた。

 

「軋み、振動、発熱、駆動音。金属は、壊れる前に何かしら訴えます。警告表示へ出るより早い場合もありますから、衛士にも覚えてもらわな困るんです」

 

 シミュレーターでは、異常は数値や警告表示として現れる。

 実機では、その前に振動や音がある。整備班は、そうした小さな変化から機体の状態を読み取っているのだろう。

 

「神宮寺少佐」

 

 背後から伊隅大尉の声が聞こえた。

 振り返ると、A-01の隊員たちが格納庫へ入ってくるところだった。伊隅大尉を先頭に、水月中尉、遙中尉、宗像中尉、風間少尉、如月中尉、弥生中尉、臼杵少尉が続いている。柏木少尉や茜少尉たち後輩組は、演習場の観測席へ入る予定だった。

 

「本日の訓練には、A-01も観測班として参加します」

「よろしくお願いします」

「初実機です。予定された項目以外の機動は行わないように」

「分かっています」

 

 水月中尉が、少し疑わしそうに笑った。

 

「神宮寺少佐の『分かっています』って、最近あまり信用できないのよね」

「似たようなことを、昨日から何人にも言われています」

「だったら、たぶん事実ね」

「否定しづらいです……」

 

 遙中尉は、不知火を見上げていた。

 優しい表情の奥に、隠しきれない不安がある。

 

「真白さん」

「はい」

「今日は、無事に訓練を終えてくださいね」

 

 昨日、不知火の前で交わした約束を思い出す。

 XM3を教える人間が、実機訓練で負傷しては意味がない。

 

「はい。必ず戻ります」

 

 千歳さんが満足そうに頷き、搭乗用リフトを指した。

 

「ええ返事です。では、搭乗してください」

 

 整備用リフトへ乗り込む。

 上昇するにつれて、JM-01の大きさが身体へ迫ってきた。分厚い装甲、複雑な関節構造、駆動油と金属が混ざった匂い。シミュレーターには存在しなかったものが、自分が今から本物の戦術機へ乗るのだと教えてくる。

 

 コックピットへ身体を滑り込ませると、同じ規格の訓練装置よりも狭く感じた。機体に閉じ込められたというより、自分の身体を巨大な鋼の中へ預けた感覚に近い。

 

「……よろしくお願いします」

 

 JM-01と、それを整備した人々、自分を見守るA-01、そしてこれから操縦桿を握る自分自身へ向けた言葉だったのかもしれない。

 

 ハッチが閉じ、外光が遮断される。表示系が順番に起動し、機体状態、OS、通信回線の情報がモニターへ流れ込んだ。

 

 機体状態、正常。

 OS、従来モード。

 XM3α版、待機。

 通信、接続。

 

『神宮寺少佐、聞こえる?』

 

 夕呼の声が入った。

 

「はい。問題ありません」

『気分はどう?』

「正直、かなり緊張しています」

『それでいいわ。怖さを感じなくなった時の方が危険よ』

 

 別回線から千歳さんの声が続く。

 

『こちら整備管制。機体状態は良好です。まずは従来OSで歩行から。間違っても、いきなり跳ばんといてくださいね』

「跳びません」

『信用は半分くらいです』

「半分はあるんですね」

『初回のおまけです』

 

 思わず笑い、肩に入っていた力が少し抜けた。

 

『神宮寺少佐。A-01観測班、準備完了』

 

 伊隅大尉の声が入る。

 

『焦らず、手順通りに行ってください』

「了解しました」

 

 操縦桿を握り、ペダルへ足を置く。

 待機状態の機体から、低い振動が座席を通して身体へ伝わってきた。シミュレーターと操作系は同じでも、自分の入力で現実の鋼が動くという事実が、手のひらへ重く乗っている。

 

「JM-01、起動確認。従来OSで歩行を開始します」

 

 自分は、最初の一歩を踏み出した。

 

 

11月3日 午前

国連軍横浜基地・演習場

<< 神宮寺 真白 >>

 

 不知火が足を上げ、地面へ踏み下ろす。

 ただの歩行動作なのに、身体の奥が震えた。巨大な質量が動き、接地した瞬間の反動が脚部フレームからコックピットまで伝わってくる。関節の駆動音や機体全体の細かな振動も、訓練装置では感じられなかったものだった。

 

「……重い」

 

『そうです。それが実機です』

 

 千歳さんの声が返ってくる。

 

『シミュレーターは、どうしても機体が綺麗に動きすぎます。実機は重く、入力に遅れ、部品が軋みます。その重さを無視すると、機体の方が先に耐えられなくなります』

「はい」

 

 歩行、停止、旋回、後退を順番に行う。

 従来OS特有の動作間の遅れは、シミュレーターと変わらない。ただし実機では、その一拍が、関節や機体姿勢へ無理をかけずに次の動きへ移るための時間にも感じられた。

 

「従来OSでの基本歩行、問題なし。低高度跳躍へ移ります」

 

『許可します。着地時は脚部と噴射制御を併用してください』

「了解」

 

 ペダルを踏み込み、不知火を浮かせる。

 上昇時の加速で身体が座席へ押しつけられ、次の瞬間には地面が近づいてきた。

 

 着地。

 

 脚部を通して、強い衝撃が機体全体へ広がる。

 警告表示は出なかったが、訓練装置より明らかに硬い。

 

『着地負荷は許容範囲。ただし、少し衝撃が強いです』

 

 千歳さんの指摘がすぐに入った。

 

『シミュレーターの感覚で降りています。次は膝関節と噴射をもう少し使って、衝撃を逃がしてください』

「分かりました」

 

 二度目は、着地前から膝を曲げ、噴射を短く加えて落下速度を抑えた。衝撃はまだ大きいが、先ほどよりも機体全体へ流れる力が弱い。

 

 少しずつ分かってくる。

 実機の操縦は、入力した通りに機体を動かすだけではない。巨大な質量がどちらへ動きたがっているのかを感じ、関節や推進系が無理なくついてこられる範囲で、次の姿勢へ導く必要がある。

 

「難しいですね」

 

『難しいですよ。せやから乗る人間と直す人間が、両方必要なんです』

 

 千歳さんの声には、少しだけ誇らしさが混ざっていた。

 

『衛士が機体を連れ帰り、整備班が次も動ける状態へ戻す。どちらが欠けても戦術機は戦場へ出せません』

 

 自分だけが生きて戻ればいいわけではない。

 機体を使い潰せば、次の出撃はできない。

 

『従来OSでの基礎動作を確認しました』

 

 ピアティフ中尉の声が入る。

 

『XM3α版への切り替えを許可します』

 

 心拍が上がった。

 シミュレーターでは何度も使い、A-01にも教えてきたXM3を、初めて現実の機体で作動させる。

 

「XM3α版へ切り替えます」

 

 表示が更新され、操作系の感触がわずかに変わった。

 機体自体の重量は変わっていない。それでも、自分の意図と機体の反応の間に存在していた薄い膜が取り除かれたように感じる。

 

「……いける」

 

 踏み込むと、不知火が前へ出た。

 従来OSよりも動作のつながりが滑らかで、停止から旋回、後退から再加速まで、入力した意図が途切れず機体へ伝わる。

 

「動きます……!」

 

『ええ。実機ログでも正常に機能しているわ』

 

 夕呼の声が少し弾んだ。

 

『先行入力、動作中断、連続機動。シミュレーターだけの理論ではなかったということね』

 

『実機でも、あれだけ滑らかに動くのね』

 

 水月中尉が感心したように言う。

 その一方で、宗像中尉の声には慎重さがあった。

 

『動けすぎるのが怖いね。衛士が少し踏み込みすぎただけでも、そのまま機体へ出る』

 

『関節負荷、従来OS時より上昇しています』

 

 風間少尉が数値を読み上げる。

 

『特に着地後の再加速で、脚部フレームへ負荷が集中しています』

 

『白い少佐さん。今の機動、シミュレーターでは綺麗に見えるかもしれません』

 

 千歳さんの声が続いた。

 

『でも実機では、脚がかなり無理をしています』

「すぐ停止します」

『完全に止める必要はありません。動かし方を変えてください』

 

 声が少し厳しくなる。

 

『XM3は、速く動くためだけのOSやありません。衛士が望めば、機体が速く動けてしまうOSです。せやから、どこで入力を抑えるかまで覚えなあかん』

 

 昨日まで、自分がA-01へ伝えていたことを、整備班の立場から返された気がした。

 前へ出すぎないことや隊列へ戻ることだけでなく、機体が耐えられる形で戻らなければならない。

 

「了解しました」

 

 次の機動では踏み込みを浅くし、噴射時間を短くする。着地前から姿勢を整え、脚部に衝撃が残っている間は次の加速へ入らない。従来OSよりは速いが、連続機動を無理につなげることも避けた。

 

『脚部負荷が低下しました』

 

 風間少尉の報告が入る。

 

『推進剤の消費量も抑えられています。ただし、先ほどのような全力機動を続ければ、長期戦では推進剤が先に尽きる可能性があります』

「長期戦……」

 

『敵を倒せても、帰投に必要な推進剤を残せなければ意味がありません』

 

 XM3は確かに強力だ。

 しかし、入力へ機体が素早く反応する分、関節も推進剤も消耗する。新潟のような長時間の防衛戦では、瞬間的な速さより、最後まで動き続けられる運用が必要になる。

 

「……魔法じゃない」

 

『ええ』

 

 遙中尉の声が静かに返ってきた。

 

『衛士が生きて戻るためには、機体にも最後まで動いてもらわないといけません』

「はい」

 

 自分は操縦桿を握り直し、負荷を抑えた次の機動へ入った。

 

 

11月3日 午前

国連軍横浜基地・演習場管制室

<< 涼宮 遙 >>

 

 遙は、リアルタイムで流れるJM-01の訓練ログを追っていた。従来OSとXM3α版の反応差、関節負荷、推進剤消費、冷却系温度、そして真白の心拍や呼吸。シミュレーターとは違い、画面の向こうで動く不知火には、本物の真白が乗っている。

 

 転倒や姿勢制御の失敗、機体の故障が起きれば、訓練中でも負傷する可能性はある。

 

「真白さん……」

 

 小さく漏れた声に、水月が反応した。

 

「心配?」

「うん」

「まあ、そうよね。実機のXM3は、見ているだけでも怖いもの」

「水月でも怖いの?」

「私だから怖いのよ」

 

 水月は演習場の映像を見たまま、少し眉を寄せた。

 

「自分の思った通りに機体が動くなら、もっと前へ出られるって考えるに決まってる。乗ったら絶対に気持ちいいし、止め時を間違える自信があるわ」

 

 冗談めかしているが、本人は自分の危うさを理解している。

 XM3は水月の強みを伸ばす一方で、突出しやすい性格まで機体へ反映する。今日の実機訓練は、衛士だけでなく機体側にも限界があることを示していた。

 

「速く動けることと、速く動いていいことは違うのね」

「うん。それに、速くても途中で壊れたら帰れない」

「衛士も機体も、無事に残って初めて次へつながるってことか」

 

 別席では、風間が千歳と通信をつなぎ、関節負荷や推進剤の数値を確認している。

 

「今後のA-01訓練にも、連続機動時の負荷評価を加えるべきです」

『せやね。撃破数や反応速度だけ見とったら、機体が先に根を上げます』

「推進剤消費と冷却系温度も評価項目へ追加します。長期戦では、機動ごとの消費差を無視できません」

『話が早くて助かりますわ』

 

 A-01はこれまで、XM3をどう使うかを学んできた。

 これからは、どこで入力を抑え、どの動きを省き、いつ機体へ余裕を与えるかまで考えなければならない。

 

「今後のXM3訓練には、機体負荷評価を加える」

 

 伊隅の言葉に、管制室の視線が集まる。

 

「反応速度、撃破数、隊列復帰時間だけでなく、関節負荷、推進剤消費、冷却系への影響も評価対象とする。速さを得た結果、機体が次の作戦へ出られなくなるようでは意味がない」

「了解」

 

 水月が答え、宗像が少し笑った。

 

「つまり、どれだけ速くても機体を壊したら減点だね」

「当然だ」

 

 如月も演習場のJM-01を見ながら頷く。

 

「一度の訓練や戦闘を終えるだけではなく、次も出られる状態で戻す必要があるのね」

「片道だけの機動では、部隊運用にならない」

 

 弥生の短い言葉に、遙も頷いた。

 

 臼杵は既に端末へ新しい評価項目を入力している。観測席の柏木や茜たちも、速度だけでは足りないという課題を自分のこととして受け止めているようだった。

 

 遙は、白い識別ラインを持つ不知火を見つめた。

 真白は、また一つ戦場の現実を知ろうとしている。

 

 そのことを少し苦しく思いながらも、知らないまま実戦へ出るよりは良かったと、遙は自分へ言い聞かせた。

 

 

11月3日 昼前

国連軍横浜基地・演習場

<< 神宮寺 真白 >>

 

 訓練が終わる頃には、身体だけでなく頭の奥まで重くなっていた。

 

 実機では、自分が操縦桿をわずかに動かすだけでも、巨大な関節が動き、推進剤が消費され、フレームへ負荷が残る。警告表示や数値が変化するたび、自分の判断が現実の機体を少しずつ削っているのだと分かった。

 

「JM-01、訓練終了。従来OSへ戻します」

 

『了解。機体停止後、整備班が確認に入ります』

 

 不知火を停止させると、駆動音と振動が徐々に小さくなった。

 シートへ身体を預けたまま、しばらく息を整える。怖さはあった。それでも実機は動き、XM3も正常に機能した。

 

 それは希望であると同時に、今後解決しなければならない問題の始まりでもあった。

 

 ハッチが開き、外の光が入ってくる。

 リフトで地上へ降りると、足元が少し揺れた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 遙中尉が、すぐに近づいてきた。

 

「はい。まだ実機の揺れが身体に残っているだけです」

「顔色も良くありません」

「それは、いつものことかもしれません」

「いつものことにしないでください」

「……はい」

 

 遙中尉には勝てない。

 

 千歳さんが整備端末を持って近づいてきた。

 

「白い少佐さん。初回としては悪くありません」

「ありがとうございます」

「ただし、XM3へ切り替えた直後の機動は脚部へ負担がかかりすぎています」

「すみません」

「謝るより、次に直してください」

「はい」

 

 端末には、着地から再加速へ移る瞬間の負荷が波形として表示されていた。

 

「ここです。脚部へ着地衝撃が残ったまま、次の加速を始めています。戦場で一度だけなら許容できますが、五回、十回と続ければ、帰投中に駆動系が止まる可能性があります」

「確かに、負荷が残っていますね」

「推進剤も同じです。XM3で細かい噴射をつなげると、短時間では強くても、長期戦では途中で動けなくなるかもしれません」

 

 水月中尉が後ろで小さく呟いた。

 

「ほんと、耳が痛いわ」

「今日の訓練、水月にも効果があったみたいだね」

「宗像、うるさい」

 

 風間少尉が端末の波形を確認しながら言った。

 

「XM3用の機体負荷を抑えた機動手順が必要だと思います」

「機動手順?」

「はい。同じ斬撃や回避でも、踏み込み角度、噴射時間、着地姿勢、次動作へ移る間隔を調整すれば、フレームへの負荷を減らせる可能性があります」

 

 千歳さんも頷いた。

 

「最初から、機体に無理をさせない動きを組んでおくいうことですね」

 

 その言葉が、胸に引っかかった。

 XM3が衛士の意図を素早く機体へ伝えるなら、衛士側の判断を、最初から機体へ優しい形へ変えればいい。最大出力で踏み込むのではなく、必要な距離だけ進み、余計な噴射を使わずに斬り、反動を逃がして次の姿勢へ移る。

 

 速く動くのではなく、無駄を削る。

 機体を振り回すのではなく、鋭く通して元の位置へ戻す。

 

「……白い刃みたいに」

 

 小さく漏れた言葉を、水月中尉が拾った。

 

「白い刃?」

「あ、いえ。まだ、ただの例えです」

「どういう意味?」

「力任せに叩きつけるのではなく、必要な部分だけを薄く斬って、機体に負担を残さず離脱するような動きです」

 

「続けなさい」

 

 いつの間にか演習場へ下りてきていた夕呼が、こちらを見ていた。

 

「XM3を前提にした近接戦闘機動を、機体負荷まで含めて設計できないかと思ったんです。今のままだと、反応が速い人ほど機体を削ります。だったら、負担が少ない動きを最初から訓練へ組み込んだ方がいい」

 

 夕呼の目が研究者のものへ変わる。

 

「実機でのXM3は有効。ただし、連続機動時の消耗が大きい。なら、消耗を抑えながら反応速度を生かす機動体系を作る。考え方としては悪くないわ」

 

 伊隅大尉も頷いた。

 

「A-01にも必要な訓練です。特に防衛戦では、短時間の突破力だけでは足りません。戦闘終了まで動き続けられることを含めて、戦力と考えるべきでしょう」

「はい」

 

 遙中尉が静かに続ける。

 

「敵を倒すだけではなく、最後まで機体を動かせるようにするための機動ですね」

「そうです。そのための動きです」

 

 如月中尉は少し笑いながら、JM-01の脚部を見上げた。

 

「速く斬って終わりではなく、次の行動へつなげる。若い衛士ほど覚えた方が良さそうね」

「刃も機体も、折れたら先へ進めない」

 

 弥生中尉の言葉は短かったが、今の話を十分に表していた。

 

 千歳さんは腕を組み、満足そうに頷く。

 

「ようやく整備班に優しいことを考え始めましたね、白い少佐さん」

「今までは優しくなかったですか?」

「まだまだです」

「厳しい……」

「機体の命に関わるところでは、甘くできません」

 

 正論だった。

 

 夕呼は端末を操作し、何かを記録し始めた。

 

「仮称として、白兵負荷低減機動案と登録しておくわ」

「まだ思いつきの段階ですよ」

「思いつきは記録しないと、別の仕事に埋もれて消えるのよ」

 

 白兵負荷低減機動案。

 言葉にすると地味だが、今日の実機訓練で見つけた問題へ答えるための、小さな出発点ではある。

 

 今後、実戦で機体の限界を知り、さらに自分専用の改修機が必要になった時、この考えが別の形へ育つのかもしれない。

 

 白い刃という言葉も、まだ正式な名称ではない。

 ただ、実機の負荷を抑えながら鋭く動くというイメージだけが、胸の中に残った。

 

「神宮寺少佐」

 

 伊隅大尉が、自分へ向き直った。

 

「本日の訓練で、A-01もXM3の実機運用における重要な課題を確認できました。速度だけを追わず、機体と部隊を維持したまま作戦を完遂する運用を組み直します」

「お願いします」

「こちらこそ。貴重なデータをありがとうございました」

 

 教導官と部隊長として交わす、まっすぐな言葉だった。

 

 JM-01を振り返ると、既に整備班が脚部や跳躍ユニット、センサー周辺の点検へ入っている。自分が短時間動かしただけでも、多くの人が機体を囲み、異常がないか確かめなければならない。

 

 昨日、千歳さんは戦術機を命を預ける相棒だと言った。

 今日、その意味を少しだけ理解できた気がする。

 

「……戦術機って、本当に重いですね」

 

 隣にいた千歳さんが笑った。

 

「重いですよ。機体そのものも、乗る責任も」

「はい」

「でも、その重さを知っとる衛士は、知らん人より少しだけ長く生きます」

 

 自分は、黙って頷いた。

 

 少しだけ長く生きる。

 その小さな差を積み重ねるために、XM3も、訓練も、整備も存在している。

 

 その日、神宮寺真白は初めて、実機の不知火を自分の手で動かした。XM3が現実の戦術機でも有効であることを確認する一方で、速さの代償として関節負荷や推進剤消費が増えることも知った。

 

 そしてJM-01の訓練ログには、まだ正式な構想にもならない一つの案が記録された。

 

 白兵負荷低減機動案。

 

 それは後に生まれる白い機体や専用機動へつながる、最初の小さな種だった。

 

第21話「鋼の重さ」 END

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