マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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2026年7月25日 定期更新です。


第21.5話 幕間「司令官の視線」

11月3日 夕方

国連軍横浜基地・司令部区画

<< パウル・ラダビノッド >>

 

 パウル・ラダビノッドは、机上の端末に表示された実機訓練報告を静かに読んでいた。

 

 XM3α版実機稼働試験。使用機体はA-01預かりの評価用不知火、仮登録JM-01。搭乗者は、香月副司令管理下の特務技術顧問、神宮寺真白少佐相当。

 

 初回訓練の結果は良好だった。従来OSでの基本動作からXM3α版への切り替え、先行入力、動作中断、連続機動まで、主要機能は実機でも正常に作動している。

 

 一方で、脚部関節への負荷増大、推進剤消費の増加、連続機動後の冷却負担といった課題も記録されていた。短時間であれば有効でも、長期戦で同じ動きを続ければ機体の継戦能力は確実に落ちる。

 

 強力だが、万能ではない。

 むしろ、万能ではないと早い段階で判明したことは幸運だった。兵器は、使う側が限界を忘れた瞬間に味方を殺す。

 

「……香月副司令らしい試験結果だ」

 

 低く呟いたところで、執務室の扉が開いた。

 白衣を揺らしながら入ってきた香月夕呼は、机を挟んだ椅子へ遠慮なく腰を下ろす。

 

「お呼びかしら、司令」

「神宮寺真白少佐相当の実機訓練について確認したい」

「初回としては上々よ。XM3は実機でも正常に動作したし、機体負荷も予測の範囲内。推進剤消費は運用側で修正できるわ」

「君の言う予測範囲は、時々広すぎる」

「失礼ね」

「事実だ」

 

 夕呼は肩をすくめたが、ラダビノッドは報告書から目を離さなかった。

 

「JM-01は今後もA-01預かりで運用するのか」

「そのつもりよ。真白自身の実機訓練と、A-01へのXM3教導、機体比較データの取得を同時に進められる」

「合理的ではある」

「褒めてる?」

「評価している」

 

 夕呼は楽しそうに笑った。

 しかし、ラダビノッドは表情を変えない。

 

「香月副司令」

 

 声の重さを察したのか、夕呼の笑みがわずかに薄くなった。

 

「神宮寺真白を、どこまで使うつもりだ」

 

 短い沈黙が落ちる。

 夕呼はすぐには答えず、机へ肘をついてから淡々と言った。

 

「使えるところまで。この世界に、利用できる人材を温存する余裕はないわ」

「それも事実だ」

 

 ラダビノッドは否定しなかった。

 神宮寺真白の知識、能力、戦術機適性は、人類にとって無視できない価値を持つ。必要なら戦場へ出す判断も、司令官として下さなければならない。

 

「だが、彼は兵器ではない」

 

 夕呼の目がわずかに細くなる。

 

「分かっているわ」

「本当にそうか」

「分かっているから、ピアティフに予定を管理させ、A-01にも本人の状態を見させている。月詠中尉の護衛も認めたし、医務区画の検査も入れた。整備班には、JM-01だけでなく搭乗者の無茶も報告するよう指示しているわ」

「管理している、ということだな」

「保護している、とも言えるわよ」

「君の場合、その二つはよく混ざる」

「否定はしないわ」

 

 ラダビノッドは、再び端末へ視線を落とした。

 

 神宮寺真白、二十歳。正式な軍歴を持たず、少佐相当の待遇を与えられた特異な青年。XM3を理解し、異常な戦術機適性と因果導体としての性質を持つ。

 

 既に彼の周囲には、A-01、207B、社霞、帝国斯衛、整備班、医務区画と、多くの組織や人間がつながっている。さらに今回、彼専用に調整された不知火まで用意された。

 

 それは、神宮寺真白が香月夕呼個人の研究対象から、横浜基地の戦力体系へ正式に組み込まれ始めたことを意味している。

 

「A-01への教導継続は認める。JM-01による実機訓練も承認しよう」

「助かるわ」

「ただし、条件がある」

 

 夕呼は黙って続きを待った。

 

「神宮寺真白を、君個人の切り札としてだけ扱うことは認めない」

「司令」

「彼はA-01の教導官であり、207Bにも影響を与え、既に帝国側とも接触している。今後の運用や損耗は、横浜基地全体へ影響する問題だ」

「つまり、あなたも直接管理に入ると?」

「必要な範囲でな」

 

 夕呼はしばらくラダビノッドを見つめたあと、薄く笑った。

 

「ずいぶん優しいのね」

「優しさではない」

 

 ラダビノッドは静かに返した。

 

「横浜基地司令としての責任だ」

 

 

11月3日 夕方

国連軍横浜基地・司令部区画

<< 神宮寺 真白 >>

 

 横浜基地司令官から呼び出された。

 連絡を受けた時から、胃の奥が重い。夕呼に呼び出されるのも緊張するし、伊隅大尉に止められれば背筋が伸びる。月詠さんから黙って見つめられるのも落ち着かない。

 

 しかし、基地司令官からの呼び出しは別格だった。

 

「……自分、何かしましたかね」

 

 隣を歩くピアティフ中尉へ小さく尋ねる。

 

「本日の実機訓練ログに関する確認だと思われます」

「それが一番緊張するんですが」

「緊張は自然な反応です」

「ピアティフ中尉は、こういう時に緊張しないんですか?」

「必要に応じてします」

「必要に応じて……」

 

 相変わらず冷静だった。

 

 司令執務室の前で立ち止まると、ピアティフ中尉がこちらへ向き直る。

 

「神宮寺少佐。質問には簡潔にお答えください。ただし、良く見せようと無理に言葉を選ぶ必要はありません」

「はい」

「隠そうとしても、顔に出ますので」

「……またそれですか」

 

 反論できない。

 息を整え、扉の前で姿勢を正した。

 

 入室すると、ラダビノッド司令と夕呼が待っていた。

 

「神宮寺真白少佐、入ります」

 

 敬礼すると、ラダビノッド司令が穏やかに頷いた。

 

「楽にしたまえ」

「はい」

 

 言われたからといって、肩の力が抜けるわけではない。

 夕呼は机の横で、こちらの緊張を面白そうに見ている。

 

「本日のJM-01実機訓練ログを確認した」

「はい」

「初回としては良好だ。同時に、課題も多く見つかっている」

「実機の重量や着地時の衝撃、関節負荷、推進剤消費は、シミュレーターでは十分に分かっていませんでした。整備班や風間少尉に指摘されて、初めて気づいたことも多いです」

 

 ラダビノッド司令は、わずかに目を細めた。

 

「自分一人の成果と考えていない点は評価できる」

「実際、自分だけでは分からなかったと思います」

「では、XM3について現在はどう考えている」

 

 少し考えてから答える。

 

「強力ですが、魔法ではありません。扱い方を間違えれば、衛士だけでなく機体も壊します。特に実機では、思い通りに動けること自体が危険になると感じました」

「ならば、XM3は不要か」

「いいえ。必要です」

 

 そこには迷いがなかった。

 

「理由を聞こう」

「XM3は機体を強くするだけのOSではありません。衛士が避ける、戻る、仲間を助けると判断した時、その一瞬の遅れを減らしてくれます」

 

 遙中尉や水月中尉、伊隅大尉、A-01の隊員たちの顔が浮かぶ。

 

「敵を倒す力としてだけではなく、衛士が生きて戦場を離れるための選択肢を増やすOSにしたいです」

 

 ラダビノッド司令は、しばらく答えなかった。

 その沈黙が長く感じられ、握った手のひらに汗が滲む。

 

「君は、自分が戦場へ出ることをどう考えている」

「……怖いです」

 

 正直に答えた。

 

「それでも、必要なら出ます」

「なぜだ」

「自分には、使えるものがあるからです。戦術機適性やXM3の知識、未来に関する断片もあります」

 

 未来という言葉を口にしかけ、一度止まる。

 しかし、司令は遮らず、夕呼も何も言わなかった。

 

「それに、自分は白銀武の代わりに近い存在だと思っています」

 

 言葉にすると、胸の奥が痛んだ。

 自分は白銀武の因果導体としての性質や、戦闘経験、戦術機を操るための身体感覚を一部引き継いでいる。白銀武がいない場所へ、自分が代わりに差し込まれた。

 

 ならば、この世界における役割も代用品なのではないか。

 そう考える方が自然に思える時もあった。

 

「違う」

 

 ラダビノッド司令の声が、思考を遮った。

 大きな声ではない。それでも、簡単には退けられない重さがある。

 

「君は白銀武ではない。誰かの代替品でもない」

「……はい」

「君は神宮寺真白だ」

 

 自分の名前が、これまでとは違う重さを持って胸へ落ちた。

 

「君が何を引き継ぎ、どのような因果によってここへ来たのか、私にはすべてを理解できない。しかし、今この場所で判断し、悩み、恐れ、それでも前へ進もうとしているのは神宮寺真白だ」

 

 司令は、こちらから目を逸らさなかった。

 

「ならば、君が負う責任も、成し遂げた功績も、君自身のものとして扱われるべきだ」

 

 胸の奥が熱くなる。

 同時に、逃げ道を塞がれたような怖さもあった。

 

 白銀武の物語の延長ではなく、神宮寺真白自身の選択として責任を持つ。それは重い。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「君のA-01への教導継続と、JM-01を用いた実機訓練を正式に承認する」

「ありがとうございます」

「ただし、いくつか条件を設ける」

 

 自然と背筋が伸びた。

 

「過度な負荷を伴う訓練を禁じる。訓練計画には休息時間を明確に組み込み、医務区画の検査を拒まないこと。また、A-01、整備班、医務区画のいずれかが危険と判断した場合、君の意思にかかわらず訓練を中止する」

「……はい」

「君は、自分の損耗を軽く見る傾向がある」

「よく言われます」

「ならば直したまえ」

「努力します」

「努力では足りない。実行したまえ」

 

 どこかで聞いた言葉だった。

 穂村さんにも似た注意を受けたばかりだ。

 

 夕呼が小さく笑った。

 

「人気者ね、真白」

「胃が痛いです」

「そのうち慣れるわ」

「できれば慣れたくありません」

 

 ラダビノッド司令の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

「神宮寺少佐。横浜基地は、君の能力と知識を必要としている」

「はい」

「しかし、必要な人材だからといって、使い潰してよい理由にはならない」

 

 司令は言葉を区切り、静かに続けた。

 

「君は香月副司令の切り札である前に、横浜基地の一員だ」

 

 横浜基地の一員。

 その言葉が、ゆっくりと胸へ染み込んでいく。

 

 自分は、この世界に突然入り込んだ異物だと思っていた。その感覚は、今も完全には消えていない。

 それでも、ここにいてもいいと、基地の責任者から認められた。

 

「ありがとうございます」

 

 深く頭を下げた。

 

「自分はまだ未熟で、分からないことも多いです。失敗もすると思います」

「だろうな」

「即答ですね……」

「事実だからな」

 

 ラダビノッド司令は淡々としていた。

 

「それでも、自分にできることをします。A-01や207B、横浜基地の皆さんが、一人でも多く生き残れるように」

 

 司令は、静かに頷いた。

 

「期待している」

 

 その一言は重かったが、自分を押し潰す重さではなかった。

 

 

11月3日 夕方

国連軍横浜基地・司令部区画

<< 香月 夕呼 >>

 

 真白が退室したあと、執務室には短い沈黙が残った。

 夕呼は閉じた扉を見つめ、小さく息を吐く。

 

「ずいぶん真正面から言ったわね」

「必要だと判断した」

 

 ラダビノッドは端末を閉じた。

 

「彼は、自分を誰かの代替品として扱いすぎている」

「白銀武の因子を引き継いでいる影響でしょうね」

「それだけではない。彼は他人の損耗を警戒する一方で、自分が壊れる可能性を作戦計画へ入れていない」

「入れてはいるわよ。ただ、自分の損失を異常に軽く見積もるだけ」

「それを、計算に入れていないと言うのだ」

「……そうね」

 

 夕呼は珍しく否定しなかった。

 

 神宮寺真白は、横浜基地にとって極めて価値が高い。XM3、因果導体性、リンク因子、未来の知識、戦術機適性。どれか一つだけでも重要だが、それらが一人の人間へ集中している。

 

 同時に、真白は自分を切り札として扱うことへ抵抗が薄い。

 誰かを助けられる可能性があるなら、自分の損耗を後回しにする。止める者がいなければ、必要と判断した地点まで自分で歩き続けるだろう。

 

「香月副司令」

「何?」

「彼を使うなとは言わない」

「言われても使うわ」

「だろうな」

 

 ラダビノッドは静かに目を細めた。

 

「だが、使うなら生還と、その後も使える状態へ戻すことまで計算に入れろ。任務を達成したあとに本人や機体が壊れれば、それは運用の成功とは言えない」

 

 夕呼は少しだけ黙った。

 それから、いつものように口元を上げる。

 

「司令も、ずいぶん真白に甘くなったわね」

「私は横浜基地司令だ」

 

 ラダビノッドは動じなかった。

 

「基地の人間を戦場へ出し、可能な限り連れ戻す算段をする。それが私の仕事だ」

「了解。善処するわ」

「善処では足りない」

「……最近、それを真白もよく言われてるわね」

「君も実行したまえ」

「はいはい」

 

 返事は軽かったが、夕呼の目は笑っていなかった。

 

 JM-01、A-01、207B、新潟防衛戦。

 すべてが急速に動いている。止まって検討する時間は少ないが、真白を使い潰せば、その後の計画自体が崩れる。

 

 感情の問題ではない。

 戦力を維持するための、当然の管理だ。

 

 夕呼は端末を開き、新しい項目を追加した。

 

 神宮寺真白・負荷管理計画。

 訓練時間、休息、医務検査、機体状態、精神負荷、周囲からの停止判断。必要な条件を一つずつ入力していく。

 

「本当に、手のかかる切り札ね」

 

 声に嫌悪はなかった。

 

 

11月3日 夕方

国連軍横浜基地・廊下

<< 神宮寺 真白 >>

 

 司令部区画を出た時、足取りは来た時よりも少し重くなっていた。

 ただ、胸の奥にあった何かは軽くなっている。

 

 君は神宮寺真白だ。

 

 ラダビノッド司令の言葉が、何度も頭の中へ戻ってくる。

 

 白銀武の代わりや、因果導体の器、夕呼の切り札、横浜基地へ入り込んだ異物。そう考えていた方が、ある意味では楽だった。何かに失敗しても、誰かの物語をうまく引き継げなかったのだと思えるからだ。

 

 しかし、司令はその逃げ方を認めなかった。

 自分が選んだことは、自分の責任になる。成し遂げたことも、失敗したことも、神宮寺真白のものだ。

 

 重い。

 それでも、自分の存在を認められたことは、少し嬉しかった。

 

「……横浜基地の一員、か」

 

 小さく呟き、言葉の意味を確かめる。

 

 横浜基地は、今も怖い場所だ。B19フロアや夕呼の実験、A-01の厳しい訓練、月詠さんの鋭い視線、穂村さんの丁寧すぎる観察、そして実機の不知火。慣れないものも、理解できないものも多い。

 

 それでも、ここには自分の状態を見て、止めて、無事に戻ることを望んでくれる人たちがいる。

 ならば、自分もここへ戻ることを前提に進まなければならない。

 

「……自分は、神宮寺真白」

 

 誰かの空席を埋めるだけではなく、自分の名前でこの世界へ関わる。

 そう考えた時、廊下の向こうから白衣の裾が見えた。

 

「真白」

「夕呼副司令」

「明日から予定を少し組み替えるわ」

「またですか?」

「司令命令よ。訓練時間と休息を明確に分ける。医務区画の検査も増えるわ」

「……ラダビノッド司令の条件ですね」

「ええ。A-01、整備班、医務区画、司令部。上からも下からも横からも監視されることになったわね」

「逃げ場がありません」

「大事にされている証拠だと思いなさい」

 

 以前にも似た言葉を聞いた気がする。

 自分は少しだけ苦笑した。

 

「そう思うことにします」

「ええ、そうしなさい」

 

 夕呼は、こちらをまっすぐ見た。

 何を考えているか分かりにくい目だったが、いつもより少しだけ柔らかく見えた。

 

「神宮寺真白として、きっちり働きなさい」

「……はい」

「ただし、壊れる前に止まること」

「努力します」

「実行しなさい」

 

 また同じ注意を受け、思わず笑ってしまう。

 

 その日、ラダビノッド司令は、神宮寺真白の教導任務と実機訓練を正式に認めた。同時に、彼を夕呼個人の切り札ではなく、横浜基地全体で管理し、無事に任務から戻すべき一員として扱うことを決めた。

 

 神宮寺真白もまた、自分が誰かの代替品ではなく、この基地へ戻ることを望まれている一人の人間なのだと、初めてはっきり理解した。

 

第21.5話 幕間「司令官の視線」 END

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