マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
少し遅れましたが更新です!
色々と大変な方もいらっしゃる方もしれませんが、皆さんお気をつけくださいm(_ _)m
11月3日 夜
国連軍横浜基地・B19フロア解析室
<< 香月 夕呼 >>
解析端末には、高濃度リンク因子サンプルを使用した前後の記録が表示されていた。反応速度、疲労回復、神経伝達、筋出力、集中維持、シミュレーター成績。それぞれの変化率に加え、対象者ごとの安定性と、保存時間による効果低下も記録されている。
香月夕呼は腕を組み、並んだ数値を黙って追っていた。
「……やっぱり、ただの強化薬ではないわね」
隣に立つピアティフ中尉が端末を操作し、神宮司まりもの経過記録を表示する。
「神宮司軍曹は、初回使用後から疲労回復と集中維持に継続的な上昇が見られます。反応速度の伸びも誤差の範囲を超えています」
「初回の変化が大きく、その後は緩やかに安定する継続型ね」
「はい。ただし、本人はサンプルの由来と能力の全容を把握していません」
「把握させていないもの」
夕呼は当然のように答えた。
ピアティフは一瞬だけ沈黙したが、すぐに涼宮茜の訓練ログへ画面を切り替える。
午前の茜は、水月を追うことに意識を取られ、隊列復帰が遅れていた。入力も過剰で、周囲へ修正を強いる場面が多い。それに対し、携行型サンプルを使用した午後は反応速度、入力精度、射撃安定性が上がり、自分の位置へ戻る判断も改善していた。
「涼宮少尉は初回反応が強く出ています。ただし、経験不足までは補えていません」
「当然よ。身体や神経の噛み合わせが良くなっても、判断経験まで注入されるわけじゃない」
「心理状態による差も確認されています。神宮寺少佐への信頼や、サンプルを受け入れる意思が効果の安定性に影響している可能性があります」
「でしょうね」
夕呼にとっては、予想の範囲内だった。
真白の能力は、薬品だけで完結する現象ではない。彼を中心に生まれる信頼や受容、精神的な距離が、因子の働きへ影響している。対象が真白を拒絶し、恐怖や嫌悪を抱いていれば、効果が弱まるだけでなく、別の形へ歪む可能性もあった。
「便利な栄養剤として配るわけにはいきませんね」
「ええ。対象を選ぶし、数も足りない。保存性も改善したとはいえ、完全ではないわ」
夕呼は、小瓶の劣化曲線へ視線を移した。密閉から一時間、六時間、十二時間、二十四時間と経過するにつれ、効果は緩やかに低下している。携行型容器によって実用性は上がったが、鮮度の問題は残っていた。
「供給源は神宮寺少佐本人です。身体的負荷だけでなく、対象者との関係が運用へ影響する以上、精神的な消耗も無視できません」
「無視する気はないわ」
夕呼の声が少し低くなる。
「真白が潰れたら、そこで終わりだもの」
ピアティフは何も言わなかった。
夕呼は数値の画面を閉じ、椅子へ腰を下ろす。
「真白を呼んで」
「よろしいのですか」
「茜へ使った時点で、本人も能力が運用段階へ入ったことは察している。いつまでも黙っておける話ではないわ」
「神宮司軍曹への初期使用についても説明されますか?」
夕呼は、すぐには答えなかった。
真白が知れば傷つく。
怒鳴って感情を吐き出すより、黙って自分の中へ抱え込む人間だ。そういう傷つき方の方が管理しにくい。
それでも、避けて通ることはできない。
真白の力は、既に彼一人の秘密ではなく、人類の生存率へ影響する可能性を持つ資源になっている。
「話すわ」
「了解しました」
ピアティフが通信を入れる。
夕呼は暗くなった画面へ映る自分の顔を見た。
能力を運用するなら、真白の感情や人間関係を無視することはできない。
その面倒さまで含めて管理する必要があった。
◇
11月3日 夜
国連軍横浜基地・B19フロア解析室
<< 神宮寺 真白 >>
「……夕呼副司令。今度は何ですか?」
解析室へ入って最初に出た言葉が、それだった。
少し失礼だったかもしれないが、B19フロアへの夜間呼び出しで、警戒するなという方が無理だった。
夕呼はいつもの椅子に座り、隣にはピアティフ中尉が立っている。机の上には複数の端末が並び、その一つに見覚えのある小瓶が表示されていた。
「何ですか、これ」
「あんたの能力に関する運用会議よ」
「……運用」
その言葉を聞いただけで、胸の奥に嫌なものが沈んだ。
「運用と言われると、自分が物資みたいに聞こえます」
「実際、戦略資源としての価値があるもの」
即答だった。
あまりにも夕呼らしい言葉に、怒るより先に力が抜ける。
「そうですか」
「拗ねないの」
「拗ねてはいません」
「顔に出てるわよ」
最近、本当に同じことばかり言われる。
自分は小さく息を吐いた。
「それで、戦略資源としての自分を、どう使うつもりなんですか」
言葉に少し棘が混じった。
夕呼も気づいているはずだが、表情は変えなかった。
「ただの物資として扱うには、あんたの精神状態や人間関係が効果へ影響しすぎる。だから今日は、一方的な命令ではなく運用条件を決める」
「自分の意見も聞くんですか?」
「聞くだけならね」
「できれば採用してください」
「内容次第よ」
夕呼が肩をすくめ、ピアティフ中尉が端末を操作する。
画面へ表示された二つの名前を見た瞬間、自分の視線が止まった。
神宮司まりも。
涼宮茜。
茜の使用については知っている。自分が携行型サンプルを渡し、本人の意思を確認したうえで使用した。それでも迷いはあったし、今後の副作用も怖い。
問題は、もう一人だった。
「夕呼副司令」
自分の声が硬くなる。
「これは、何ですか」
「高濃度リンク因子サンプルの検証結果よ」
「まりもさんにも使ったんですか?」
「ええ」
「自分に黙って?」
解析室が静かになった。
ピアティフ中尉がわずかに視線を下げる。
「初期検証として必要だった」
「必要なら、自分に黙って使っていいんですか」
怒鳴ってはいない。
それでも、喉の奥が熱かった。
「まりもさん本人は、どこまで知っていますか」
「高濃度リンク因子による疲労回復と適性向上の試験だとは説明してある」
「自分由来だということは?」
「伝えていないわ」
胸の中が冷たくなった。
自分の身体から採られたものが、自分の知らないところで、まりもさんの身体へ使われていた。まりもさんはその由来を知らず、自分も今まで知らなかった。
「……自分の力なのに」
声が少し掠れた。
「自分の知らないところで、大切な人の身体へ使われるのは……怖いです」
怒りもある。
しかし、それ以上に恐怖が強かった。
因果に関わる力が、自分の意志から離れ、誰かの身体や心を変えていく。しかも、その相手が自分にとって大切な人であるほど、責任の境界が分からなくなる。
「怖がって当然よ」
夕呼の声は、意外なほど静かだった。
「でも、検証しなければ、あんたの能力を人類のために使えるか判断できなかった」
「だから黙って使ったんですか」
「ええ」
夕呼は逃げなかった。
必要だと判断したから実行した。それを正当化するために言葉を飾ることもしない。
「まりもさんを、実験台にしたんですね」
「実験対象にはしたわ」
夕呼は正面から認めた。
「ただし、使い捨てる気はない。神宮司まりもは207Bの教官であり、横浜基地に必要な人材よ。彼女の能力と生存率が上がるなら、試す価値はある」
「本人に全て説明していなくても?」
「必要ならね」
自分は一度目を閉じた。
夕呼は人類全体を見る。
救える人数、戦力、計画の成功率を計算し、必要なら誰かを検証対象にする。
自分は、どうしても目の前の人間を名前で考えてしまう。まりもさんや茜、A-01、207B、霞、月詠さん。誰かの顔が浮かんだ瞬間、その人を数字だけで扱えなくなる。
「真白」
夕呼の声が少し低くなった。
「あんたの優しさは、この能力を暴走させないための安全装置よ」
顔を上げる。
夕呼は真剣な目でこちらを見ていた。
「でも、優しさだけでは戦争には勝てない」
反論したかった。
けれど、できなかった。
この世界では、優しいだけでは誰も守れない。使える手段を使わず、判断を遅らせれば、その間に誰かが死ぬ。自分も新潟が近づいていることを知っている。
「……分かっています」
小さく答えた。
「だから、今日は話し合うのよ」
夕呼が端末を操作すると、現時点の仮説が整理されて表示された。
ピアティフ中尉が読み上げる。
「高濃度リンク因子サンプルは、初回使用時の反応が大きく、その後は緩やかな底上げとして安定します。神宮司軍曹と涼宮少尉の双方で、明確な変化が確認されています」
「効果の安定には、対象者の心理状態と真白への信頼、受容が関係する可能性が高いわ」
夕呼が続けた。
「保存時間の経過で効果は低下します。携行容器で劣化速度は抑えられていますが、完全保存はできません」
ピアティフ中尉が次の項目へ進む。
「主な効果は、反応速度、疲労回復、集中維持、機体制御の安定化です。ただし、精神面への作用も疑われています」
「精神面?」
「安心感、依存、庇護欲、距離感の変化。その辺りはまだデータ不足よ」
背筋が冷えた。
自分の力は身体を強くするだけではなく、人との距離へまで影響するかもしれない。
「つまり、自分との信頼関係を、兵器の一部として使うんですか」
夕呼は否定しなかった。
「そうなる可能性はある」
「最悪ですね」
「ええ。最悪よ」
夕呼は当然のように答えた。
「でも、戦争はそれ以上に最悪だわ」
嫌なことを嫌なことだと理解したうえで、それでも必要だから使う。
それが香月夕呼だった。
「だから、ルールを決める。便利な栄養剤として乱用すれば、必ず破綻する。このサンプルは数も少なく、対象も選ぶ切り札よ」
切り札だからこそ、誰に使うかを決めなければならない。
その判断は、誰を優先し、誰を後回しにするかという選別でもあった。
「自分から条件を出してもいいですか」
「言いなさい」
自分は一度息を整えた。
「平時や訓練で使う場合は、本人に最低限の説明をしてください。普通の栄養剤ではないこと、効果と危険性があること、拒否できることを伝えてほしいです」
「本人の拒否権を認めろ、ということね」
「はい。強制使用はしないでください」
「戦場では、本人の意思を確認できないまま使う可能性があるわ」
「それは……」
すぐに否定したかった。
しかし、死にかけている人を前にして、この力を使えば助かる可能性があるなら、自分は使用を止められるのだろうか。
「緊急時は、夕呼副司令の判断に任せます」
絞り出すように答えた。
「でも、平時は必ず本人同意を取ってください」
「いいわ」
あっさりと受け入れられ、少し拍子抜けする。
「それから、A-01やまりもさんを、ただの道具として扱わないでください」
「感情論ね」
「感情論です」
そこは否定しなかった。
「でも、自分には大事なことです」
夕呼はしばらくこちらを見ていた。
「努力するわ」
「実行してください」
一瞬、夕呼が目を丸くし、それから小さく笑った。
「誰かに似てきたわね」
「最近、何度も言われたので」
自分は続ける。
「使用予定は、機密に触れない範囲で自分にも知らせてください。自分の体調や精神状態を無視した採取もやめてほしいです」
ピアティフ中尉がわずかにこちらを見る。
夕呼は頬杖をついた。
「真白の負荷管理は、こちらからも条件へ入れるつもりだったわ」
「本当ですか?」
「失礼ね。供給源を潰したら本末転倒でしょう」
「戦略資源だからですか」
「それもある」
夕呼は少し意地悪そうに笑った。
「でも、それだけじゃないと言っておいてあげる」
返事に困っている間に、夕呼は端末へ視線を戻した。
「こちらの条件も伝えるわ。最終的な使用判断は私が行う。対象者へ開示する情報も必要最小限に制限する」
「全て説明しないんですか?」
「情報を与えすぎることで不安や拒絶が強まり、効果が不安定になる対象もいる。信頼と受容に影響される能力なら、説明そのものが結果を変える可能性があるわ」
納得しきれないが、一理はある。
「使用対象と回数は全て記録し、連続使用は禁止。依存傾向や心理的な変化が確認された時点で停止する。新潟戦まではA-01と横浜基地重要人員に限定し、207Bには使用しない」
「207Bには使わないんですね」
「まだ早いわ」
少しだけ安心した。
同時に、「今は」という意味にも聞こえた。
「まりもさんへの追加使用は?」
「継続観察。追加する場合は、状況を見て判断する」
「いつか、まりもさんには全て説明してください」
自分はゆっくりと言った。
「自分からも謝りたいです」
「謝罪が必要かどうかは別として」
「必要です」
夕呼はすぐには答えなかった。
「説明する時期は私が決める。でも、いずれ必要になるでしょうね」
「お願いします」
まりもさんが真実を知った時、どう思うのかは分からない。怒るかもしれないし、必要なら使うべきだったと言うかもしれない。
それでも、自分の知らないところで、知らないまま身体を変えられていた事実を、なかったことにはしたくなかった。
「真白」
「はい」
「あんた自身は、この力を使うの?」
夕呼の問いに、すぐには答えられなかった。
「使わない選択肢もあるわよ」
たぶん、嘘だ。
夕呼にとってではなく、自分にとって、そんな選択肢は存在しない。
この力でA-01の生存率が上がるなら。まりもさんが死なずに済むなら。茜が無事に戦場から戻れる可能性が少しでも増えるなら。
自分は使う。
怖くても、嫌でも、使ってしまう。
「使います」
夕呼の目を見て答えた。
「でも、誰かの心を踏みにじる使い方だけはしたくありません」
「甘いわね」
「分かっています」
「でも、その甘さが安全装置でもある」
「……それも分かっています」
戦争では、優しさは弱さになる。
しかし、この能力が信頼によって働くのなら、自分が他人を人間として見なくなった瞬間、力そのものも歪むような気がした。
「では、仮運用ルールを決定する」
ピアティフ中尉が記録を開始し、夕呼が項目を読み上げた。
高濃度リンク因子サンプルは香月副司令管理下でのみ使用し、対象はA-01および横浜基地重要人員に限定する。平時使用は本人同意を原則とし、使用前後の身体検査を必須とする。連続使用は禁止。保存時間、使用量、対象者の心理状態と反応を記録し、依存や精神的変化が見られた場合は直ちに中止する。
さらに、神宮寺真白本人の体調と精神状態を優先し、採取間隔と休息を管理する。新潟戦までは対象を限定し、真白への事前共有も機密に触れない範囲で行う。
「これでいい?」
画面には、自分の身体と力、人との信頼関係が、軍の運用項目として並んでいた。
正直に言えば気持ちが悪い。
それでも、ルールがないまま使われるよりはいい。
「はい。これでお願いします」
夕呼は頷き、会議の終了を告げた。
しかし、自分の足はすぐには動かなかった。
画面に残るまりもさんの名前から、目を離せない。
「真白」
「はい」
「神宮司まりもの状態は、現在のところ良好よ。悪化や拒絶反応は確認されていない」
「分かっています」
「なら、今はそれで納得しなさい」
「……納得はできません」
静かに答えた。
「でも、今は飲み込みます」
夕呼は何も言わなかった。
自分は一礼し、解析室を出た。
◇
11月3日 夜
国連軍横浜基地・B19フロア通路
<< 神宮寺 真白 >>
B19フロアの白い照明が、静かな通路を冷たく照らしていた。
高濃度リンク因子には、人を救う可能性がある。まりもさんの疲労回復と集中維持は上がり、茜も午後の訓練で自分の位置を取り戻した。A-01の生存率を上げ、新潟で誰かを救えるかもしれない。
同時に、自分との信頼や距離が数値化され、効果や副作用として記録される。優しさや受容まで、安全装置や運用条件という言葉へ置き換えられていく。
「……自分は、何なんだろう」
ラダビノッド司令は、誰かの代わりではなく神宮寺真白だと言ってくれた。
それでも今は、戦略資源、切り札、運用対象という別の言葉が重くのしかかっている。
自分は人間だ。
そう思いたい。
しかし、この世界は自分を人間としてだけ扱うことを許してくれない。自分の力を使わなければ死ぬ人がいる以上、周囲がその価値を無視できないことも理解している。
角を曲がったところで、足が止まった。
廊下の先を、資料を抱えたまりもさんが歩いている。背筋はいつも通り伸びているが、歩調には以前よりも余裕があり、疲労を感じさせない。
あれが高濃度リンク因子の影響なのかもしれない。
まりもさんは由来を知らず、自分もつい先ほどまで知らなかった。
「……まりもさん」
声には出さなかった。
今は呼び止めても、説明も謝罪もできない。
まりもさんの背中が通路の向こうへ消える。
それを見送りながら、拳を握った。
誰かを救うために力を使う。
しかし、その人の意思や心を無視しない。
そう決めた直後に、既に最初の一歩でつまずいていた。
◇
11月3日 夜
国連軍横浜基地・B19フロア解析室
<< 香月 夕呼 >>
真白が出ていったあと、解析室には短い沈黙が残った。
ピアティフ中尉が端末へ記録を保存する。
「神宮寺少佐は、かなり動揺されていました」
「でしょうね。予想よりは冷静だったわ」
「怒鳴らなかったからでしょうか」
「ええ」
「怒鳴らない方が、負荷が大きい場合もあります」
ピアティフの指摘に、夕呼は少しだけ笑った。
「言うようになったわね」
「事実です」
夕呼は、決定した運用ルールと対象者記録へ視線を戻した。新潟戦までに決めなければならないことは多い。説明範囲、使用回数、保存時間、対象者の精神状態、真白本人の採取間隔と負荷。
「神宮司軍曹への説明は、まだ行わないのですか」
「今話せば、本人だけでなく真白も余計に不安定になる。説明するなら、追加データと今後の方針を揃えてからよ」
「いずれは必要になります」
「分かってるわ」
夕呼はまりもの記録を開いた。
神宮司まりもは207Bの教官であり、横浜基地に必要な人材で、真白にとって精神的な支えでもある。
だからこそ慎重に扱う必要があった。
真白の感情を無視して使用すれば、供給源である本人の精神状態が崩れ、因子の安定性まで失われる可能性がある。
「真白は、自分の力が人を変えることを恐れている」
「はい」
「それでも、あの子は使うわ。使わなければ誰かが死ぬと知っているから」
「それは、神宮寺少佐へ大きな負荷を与えます」
「だから管理するのよ」
夕呼は新しい項目を追加した。
神宮寺真白・精神負荷管理。
休息時間、採取間隔、対象者との接触頻度、依存兆候、使用後の心理的反動。必要な項目を一つずつ入力していく。
「有用すぎる能力は、それだけで危険ね」
「ですが、人類にとって必要です」
「ええ。必要だからこそ、雑には扱えない」
人を強化し、疲労を減らし、精神を安定させる可能性がある一方で、人間関係そのものを戦力へ変えてしまう。
夕呼は、その危うさを理解したうえで使う。
それが、自分の役割だった。
「ピアティフ。真白の採取計画を組み直して。新潟前でも、負荷を下げる方向で」
「サンプル数が減少します」
「供給源を潰せば、その後は一つも取れないわ」
「了解しました」
夕呼は、画面に表示された名前を見つめる。
戦略資源であり、切り札であり、それ以前に二十歳の青年でもある。
その全てを同時に扱わなければならない。
「本当に、面倒な切り札ね」
その声には、わずかな苦笑が混じっていた。
◇
11月3日 夜
国連軍横浜基地・居住区前通路
<< 神宮寺 真白 >>
自室へ戻る途中も、胸の奥に重さが残っていた。
自分の力は救いになる。
同時に、軍の管理下で選別され、必要な相手へ使われる。
その現実から、もう目を逸らすことはできない。
壁へ背を預け、夕呼の言葉を思い返す。
「……優しさだけでは、戦争には勝てない」
それは正しい。
しかし、自分が優しさを失えば、何のために戦うのか分からなくなる。
まりもさんを死なせたくない。A-01を一人でも多く生き残らせ、207Bに未来を掴ませたい。霞や月詠さん、冥夜たちにも、戦いの先にある時間を見てほしい。
そう思うから、自分はこの世界で動ける。
その気持ちまで、ただの燃料にはしたくなかった。
「……だから、使います」
誰もいない通路で、小さく言った。
「でも、誰かの心を踏みにじる使い方だけはしません」
夕呼への答えであると同時に、自分自身への約束だった。
その日、高濃度リンク因子は、偶然生まれた救いから、横浜基地が管理する切り札へ変わった。効果と危険性、対象者の意思、使用回数、真白本人の負荷を含めた運用ルールが定められ、人との信頼さえ軍事計画の中へ組み込まれていく。
その現実に傷つきながらも、神宮寺真白は力を使うことを選んだ。
誰かを救う可能性を捨てないために。
同時に、その人の心まで犠牲にしないために。
第22話「切り札の運用」 END