マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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第26話「足りない切り札」

11月8日 夜

国連軍横浜基地・B19フロア解析室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 南の島では、207Bが総合戦闘技術演習の最終課題へ入っている頃だった。

 

 通信手段を持たずに二班へ分かれ、それぞれの目標を処理した後、決められた場所で再合流する。予定通りなら、榊さんたちはもう五人に戻っているはずだ。

 

 心配ではある。

 かなり心配だ。

 

 けれど、今の自分には横浜基地でやることがあった。

 

 A-01のXM3訓練。JM-01の実機調整。白兵負荷低減機動案の整理。そして、刻一刻と近づいてくる新潟への備え。

 

 その最後に追加されたのが、夕呼からの呼び出しだった。

 

「……失礼します」

 

 B19フロアの解析室へ入ると、夕呼とピアティフ中尉が待っていた。

 

 机上の端末には、見覚えのある小瓶と、複数の人名が表示されている。

 

 高濃度リンク因子サンプル。

 

 その文字を見るだけなら、もう初めてではない。

 

 第22話――あの運用会議で、自分たちは最低限のルールを決めた。

 

 平時使用は本人同意を原則とする。

 使用前後の検査を行う。

 連続使用は禁止。

 依存や精神的変化が確認された場合は停止。

 自分自身の体調と精神状態も、採取量を決める条件に含める。

 

 あの時に決めたのは、使っていい条件だった。

 

 今日は違う。

 

 誰に使うかを決める。

 

「来たわね」

 

 夕呼は、いつもの椅子に座ったまま端末を指で叩いた。

 

「前に決めた運用ルールを、実戦用に落とし込むわ」

「……新潟戦ですか」

「ええ」

 

 予想していた答えだった。

 それでも、口の中が少し乾いた。

 

「今回は、実際の割り振りを決める」

「割り振り……」

 

 やはり、嫌な言葉だ。

 

 誰に使うか。

 誰には使わないか。

 

 人の名前を並べ、その間へ線を引く。

 

 ピアティフ中尉が画面を切り替えた。

 

「現在、実戦投入可能な状態で保存されている携行型サンプルは六本です」

「六本……」

 

 思っていたより少ない。

 

 A-01の人数を考えれば、それだけで全員へは行き渡らない。

 

「ただし、六本すべてを事前使用へ回すことは推奨しません」

 

 ピアティフ中尉が続ける。

 

「保存時間による劣化、使用後の経過観察、緊急時の予備を考慮すると、戦闘前に確実に使用できるのは三本、多くても四本です」

「……さらに減るんですね」

「ええ」

 

 夕呼があっさり答えた。

 

「だから切り札なのよ」

 

 端末へ視線を戻す。

 

 六本ある。

 でも、六人には使えない。

 

 全部を使えば、戦闘中に必要になった時の予備がなくなる。

 残せば、今使えば助かったかもしれない誰かへ渡せない。

 

 それがもう、選択だった。

 

「真白」

「はい」

「気持ち悪い?」

 

 突然聞かれ、少し迷った。

 

「……はい」

「それでいいわ」

 

 夕呼は、特に気にした様子もなく答える。

 

少し前(第22話の時)にも言ったけど、これは便利な栄養剤じゃない。慣れて、何も感じず配れるようになる方が危険よ」

「夕呼がそういうことを言うと、逆に怖いんですけど」

「失礼ね」

 

 少しだけ肩の力が抜けた。

 

 でも、画面に並ぶ名前を見れば、すぐに元へ戻った。

 

 

11月8日 夜

国連軍横浜基地・B19フロア解析室

<< 香月 夕呼 >>

 

 夕呼は、候補者一覧を表示した。

 

 A-01の衛士たち。

 

 伊隅みちる。

 速瀬水月。

 涼宮遙。

 宗像美冴。

 風間祷子。

 如月桃音。

 弥生藤乃。

 臼杵咲良。

 

 さらに若手組として、涼宮茜、柏木晴子、築地多恵、高原、麻倉。

 

 それぞれの任務、疲労傾向、XM3習熟度、真白との接触記録、心理的受容度、過去の身体データが一つの画面へまとめられている。

 

 真白は、人名が表示された瞬間に分かりやすく表情を硬くした。

 

 予想通りだった。

 

 この青年は数値より先に人の顔を見る。

 

 それは戦略資源の配分を考えるうえでは厄介で、同時に高濃度リンク因子を安全に扱うためには必要な性質でもある。

 

「まず、前提」

 

 夕呼は一覧を指した。

 

「全員には使えない」

 

 真白の口元がわずかに動いた。

 

「……はい」

「戦術的な効果が大きいところから選ぶ。それが今回の原則よ」

 

 ピアティフが優先候補を表示する。

 

 第一候補――伊隅みちる。

 部隊指揮中枢。疲労による判断低下を抑制できれば、A-01全体への効果が大きい。

 

 第二候補――速瀬水月。

 前衛機動戦力。XM3適応性が高く、瞬間的な戦力向上幅も大きい。

 

 第三候補――涼宮遙。

 管制・戦況把握。低濃度使用による集中維持効果を検討。

 

 涼宮茜は、追加使用原則なし。

 

 残りは緊急予備。

 

「茜少尉は外すんですね」

 

 真白が真っ先に反応した。

 

「事前使用からはね」

「前にかなり強く効果が出ていましたけど……」

「だからよ」

 

 夕呼は即答した。

 

「初回効果が大きすぎた。本人も水月へ追いつこうとして焦ってる。あそこへさらに上積みしたら、経験が追いついてないのに自分だけは動けると錯覚する可能性がある」

 

 真白の表情が、ほんの少し緩んだ。

 

「今は追加しない。身体と経験が、前回の変化へ追いつく方を優先する」

「……はい。その方がいいと思います」

 

「神宮司まりもも今回は除外」

 

 真白の視線が上がった。

 

「追加しないんですね」

「継続観察中よ。それに今回は後方。積極的に重ねる理由がない」

 

 また少しだけ安心した顔をする。

 

 分かりやすい。

 

「遙中尉は?」

「確定じゃない」

 

 夕呼は涼宮遙のデータを開いた。

 

「前線で機動させるためじゃない。長時間の管制で集中力を維持する目的。ただ、低濃度でも十分な効果が出るかは未確認」

「未確認なら、新潟直前に試すのは……」

「危険。だから第三候補止まりよ」

 

 真白は頷いた。

 

「では、ほぼ確定なのは伊隅大尉と速瀬中尉?」

「そうね」

 

 夕呼は二人の名前を並べた。

 

「伊隅は、本人の戦闘力だけを見ているわけじゃない。部隊長の判断が半拍遅れるか早くなるかで、A-01全体の動きが変わる」

 

「速瀬中尉は、XM3との相性」

「良すぎるくらいね」

 

 真白が少し顔を曇らせる。

 

「速く動けるようになったら、もっと前へ行こうとする」

「だから、水月への使用は伊隅の指揮下を条件にする」

 

 単独突出のためではなく、部隊全体の即応性を上げるため。

 

 前へ出る力ではなく、戻る余力を増やすため。

 

「帰ってくるために使わせる、ですか」

 

 真白が言った。

 

「ええ」

 

 夕呼は軽く頷いた。

 

「その方が、あんたも納得しやすいでしょう?」

「納得しやすいだけで、怖くないわけじゃありません」

「それでいいのよ」

 

 問題は、そこからだった。

 

 伊隅へ一本。

 水月へ一本。

 

 残りをどうするか。

 

 遙へ低濃度で回すのか。

 緊急予備を厚くするのか。

 

 そして、さらに一本増やすために真白から追加採取するのか。

 

 夕呼は、最後の選択肢だけは既に捨てていた。

 

 

11月8日 夜

国連軍横浜基地・B19フロア解析室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 候補を見ているだけで、胃が重かった。

 

 もう、ただの原作キャラクターではない。

 

 伊隅大尉とは何度も訓練について話した。

 速瀬中尉にはからかわれた。

 遙中尉には心配され、宗像中尉には笑われ、風間少尉とは実機のデータを一緒に見た。

 

 名前の向こうに、顔が浮かぶ。

 

 なのに画面上では、

 

 優先対象。

 使用候補。

 対象外。

 緊急予備。

 

 そんな言葉に置き換えられている。

 

「……全員に使えたらいいのに」

 

 自分でも気づかないうちに、言葉が漏れた。

 

「できないから決めるのよ」

 

 夕呼はすぐに返した。

 

「分かっています」

「なら、判断しなさい」

 

 短い言葉だった。

 

 納得しろとは言われなかった。

 

 判断しろと言われた。

 

 その違いが、胸に刺さった。

 

「真白さん」

 

 ピアティフ中尉が、自分の管理記録を表示した。

 

「現在の状態では、追加採取量を増やすことは推奨できません」

 

 睡眠不足。

 JM-01訓練。

 A-01教導。

 機動案整理。

 新潟方面の作戦準備。

 

 並んだ予定を、自分で見ても少し嫌になる。

 

「この状態で採取量を増やせば、判断力や集中力への影響が懸念されます」

「でも、新潟まで時間がありません」

「だからこそです」

 

 ピアティフ中尉は表情を変えなかった。

 

「神宮寺少佐が崩れた場合、リンク因子供給だけが止まるわけではありません」

 

 夕呼も続ける。

 

「XM3の教導も、JM-01も、機動案も止まる。新潟であんた自身を使う選択肢も消える」

「……」

 

 分かっている。

 

 でも。

 

 画面には、使えない人の名前がまだ並んでいる。

 

「夕呼」

「何?」

「もし、自分が無理をすれば……あと一本くらい増やせますか」

 

 口にした瞬間、解析室の空気が変わった。

 

 ピアティフ中尉の視線が鋭くなる。

 夕呼は笑わなかった。

 

「増やせるわ」

「だったら――」

「許可しない」

 

 言い終わる前に切られた。

 

「何でですか」

「そんな顔で聞く時点で駄目だから」

「顔は関係ないでしょう」

「大ありよ」

 

 夕呼は椅子の背から身体を起こした。

 

「あんた今、自分を一本分の材料として見てる」

 

 否定できなかった。

 

 一本増えれば、誰かへ使える。

 

 その誰かが帰ってくる可能性が少しでも上がるなら。

 

 自分の疲労くらいは、後回しでいい。

 

 そう考えていた。

 

「いい、真白」

 

 夕呼の声が低くなる。

 

「あんたは切り札の供給源じゃない」

「……では、何ですか」

「本体よ」

 

 一瞬、意味が分からなかった。

 

 夕呼は真っ直ぐこちらを見る。

 

「小瓶は、あんたが持ってる手札の一部でしかない。XM3も、JM-01も、あんたの知識も、因果導体性も、全部ひっくるめて神宮寺真白が一つの戦力なの」

 

 言葉が出なかった。

 

「本体を削って小瓶一本を増やすなんて、戦力交換として最悪よ」

「……戦力交換」

「そう。優しさで止めてるんじゃないわ。損だから止めてるの」

 

 夕呼らしい言い方だった。

 

 なのに、少しだけ救われた。

 

 供給源ではない。

 

 本体。

 

 それも大概な表現ではある。

 それでも、自分を一つの小瓶を作るための材料として扱われるより、ずっとましだった。

 

「分かりました」

 

 小さく頷く。

 

「無理に増やすのはやめます」

「よろしい」

 

「今夜から採取量は最低限です」

 

 ピアティフ中尉も念を押す。

 

「明日は休息時間も確保します」

「そこまでですか」

「そこまでです」

「……はい」

 

 逃げ道はなかった。

 

 

11月8日 夜

国連軍横浜基地・副司令執務室

<< 伊隅 みちる >>

 

 夜の訓練後、伊隅みちるは副司令執務室へ呼ばれた。

 

 室内には香月副司令、ピアティフ中尉、神宮寺真白少佐がいる。

 

 真白は、いつも以上に気まずそうな顔をしていた。

 

「伊隅大尉。新潟戦に向け、限定的な補助サンプルの使用を検討しているわ」

「補助サンプルですか」

「高濃度リンク因子サンプル」

 

 伊隅は、その名前を聞いてわずかに目を細めた。

 

 最近の茜の変化。

 神宮司教官の疲労状態。

 香月副司令が水面下で進めている何らかの検証。

 

 完全には分からなくても、いくつかの点は既に見えていた。

 

「使用目的を伺います」

「疲労回復、集中維持、反応遅延の低減。効果には個人差がある」

「副作用は?」

「依存傾向、精神面の偏り、過信、効果消失後の反動。その辺りはまだ継続検証中よ」

 

 隠してはいない。

 

 少なくとも、使用判断に必要な危険性は開示するつもりらしい。

 

「そして第一候補は、あなた」

 

 伊隅は表情を変えなかった。

 

「理由を伺っても?」

「あなたがA-01の指揮中枢だから」

 

 香月副司令が端末へ触れる。

 

「あなた自身が一機多く落とすより、部隊長として判断能力を維持した方がA-01全体への効果が大きい」

 

 伊隅は短く考えた。

 

「速瀬も候補ですね」

「ええ」

「使用するなら条件をつけてください」

 

 真白が顔を上げた。

 

「速瀬は優秀です。しかし、前へ出られると判断すれば限界まで踏み込む傾向がある。補助によって反応速度まで上がれば、単独突出の危険も増します」

「同感」

 

 香月副司令は即答した。

 

「水月への使用は、あなたの指揮下限定にする」

「了解しました」

 

「涼宮茜には?」

「追加使用は原則なし」

 

 真白の肩がわずかに緩む。

 

「妥当です」

 

 伊隅は頷いた。

 

「茜は確かに伸びています。ですが、今は能力をさらに上積みするより、得た反応へ判断経験を追いつかせる時期でしょう」

 

 真白が、少しだけ安堵したように息を吐いた。

 

「伊隅大尉」

 

 その真白が、今度は自分から声を上げた。

 

「このサンプルは万能ではありません」

「聞いています」

「効果が出ても、それを自分自身の実力だと勘違いしたら危険です。それに……精神面へ何も影響しないとは、まだ言えません」

 

 言葉を選んでいるのが分かった。

 

 使ってほしい。

 でも、使ってほしくない。

 

 相反する感情を抱えているのだろう。

 

「それでも、使用する場合は必ず本人へ説明して、同意を取ります」

「神宮寺少佐」

「はい」

 

 伊隅は、一つだけ確認したかった。

 

「あなた自身は、この運用に納得しているのですか」

 

 真白は黙った。

 

 香月副司令も答えを代わらない。

 

 少しして、真白が口を開いた。

 

「納得は、しきれていません」

 

 予想以上に正直な返事だった。

 

「でも、必要なら使います」

「なぜです」

 

「皆さんに、帰ってきてほしいからです」

 

 戦術論ではない。

 

 だが、伊隅には十分だった。

 

 A-01が戦場へ出る理由も、訓練を積む理由も、最後にはそこへ戻る。

 

「分かりました」

 

 伊隅は頷いた。

 

「必要と判断されるなら、私は使用します」

 

 真白の顔が少し強張った。

 

「本当に、いいんですか」

「部隊長として必要なら」

 

 ただし。

 

「こちらからも条件があります」

 

 香月副司令が口元を上げた。

 

「言ってみなさい」

「使用前後の身体状態と、確認されている効果は私自身にも共有してください。自分の変化を把握できないまま部隊を率いるつもりはありません」

「いいわ」

「速瀬への使用判断も、私に事前共有を」

「それも認める」

 

 伊隅は最後に真白を見る。

 

「もう一つ」

「はい」

 

「神宮寺少佐自身が無理をして用意したサンプルなら、私は受け取りません」

 

 真白が息を呑んだ。

 

「伊隅大尉……」

「部隊長として当然です」

 

 伊隅は静かに続ける。

 

「一つの切り札を増やすために、別の切り札を損耗させるのは戦術ではありません」

 

 香月副司令が、小さく笑った。

 

「今日はみんな同じことを言うわね」

「当然の判断です」

 

 真白はA-01の外から助言を与えるだけの人間ではなくなっている。

 

 XM3を教え、実機へ乗り、自分たちと同じ戦場へ近づいている。

 

「神宮寺少佐は、既にA-01の教導官です。損耗を無視できる外部資材ではありません」

 

 真白は何も言わなかった。

 

 やがて、静かに頭を下げる。

 

「……ありがとうございます」

 

 その声には、わずかに安堵が混じっていた。

 

 

11月8日 深夜

国連軍横浜基地・B19フロア通路

<< 神宮寺 真白 >>

 

 会議が終わったあとも、すぐには部屋へ戻れなかった。

 

 新潟戦へ向けた配分は、おおよそ決まった。

 

 伊隅大尉には一本。

 速瀬中尉にも、伊隅大尉の指揮下を条件に一本。

 茜少尉への追加使用はしない。

 遙中尉への低濃度使用は保留。

 残りは、戦闘中の緊急予備として確保する。

 

 誰に使うかを決めた。

 

 つまり、同時に誰に使わないかも決めた。

 

 宗像中尉には渡さない。

 風間少尉にも、如月中尉にも、弥生中尉にも、臼杵少尉にも、今の段階では使わない。

 

 それが正しいのかは分からない。

 

 でも、決めなければならなかった。

 

「……足りない」

 

 言葉が自然に漏れた。

 

 六本あるのに足りない。

 

 もっとあればと思う。

 

 でも、もっと作るために自分を削ることも許されない。

 

 救いたい人の数に対して、持っているものが少なすぎる。

 

「真白」

 

 背後から夕呼の声がした。

 

「まだいたの?」

「少し考えていました」

「どうせ暗いこと考えてたんでしょう」

「否定できません」

 

 夕呼は隣まで歩いてきた。

 

「足りないと思った?」

「……はい」

「でしょうね」

 

「夕呼は、平気なんですか」

「平気に見える?」

「見えます」

「なら私の勝ちね」

 

 夕呼は軽く笑った。

 

 ただ、その声はいつもより低い。

 

「足りないのよ、真白」

 

 廊下の先を見ながら言う。

 

「この世界は、いつだって足りない」

 

 足りない人員。

 足りない時間。

 足りない機体。

 足りない弾薬。

 足りない情報。

 

「だから、足りない中で決めるしかない」

「誰を救うかを?」

「誰を救える可能性が高いかを、よ」

 

 その言い方は痛かった。

 

 でも、たぶんそれが現実だ。

 

「全部は救えない」

「……分かっています」

「でも、全部を諦める必要もない」

 

 夕呼がこちらを見る。

 

「伊隅へ一本渡すことで、A-01全体が生き残る可能性が上がる。水月へ一本使うことで、誰かを援護して戻る余裕が生まれるかもしれない。予備を残しておけば、今は名前も決まっていない誰かを助けられる可能性もある」

 

 誰に使わないかを決めた。

 

 それでも、その人たちを見捨てたわけではない。

 

 全員へ同じものを渡せないから、部隊全体が生き残る可能性を高める場所へ使う。

 

 それが今回、自分たちが選んだ答えだった。

 

「……自分は、また迷うと思います」

「でしょうね」

「戦場で予備を誰かに使う時も、きっと」

「それでいいわ」

 

 夕呼は迷わなかった。

 

「迷ったうえで、決めなさい」

 

 また、それだった。

 

 納得ではない。

 

 判断する。

 

 この世界では、最後まで納得できないまま選ばなければならないことがある。

 

「それでも、使います」

「そうしなさい」

 

「でも、もしまた自分が無理して増やそうとしたら」

「止めるわよ」

 

 即答だった。

 

「本当に?」

「ええ。あんたを小瓶数本と交換するほど、私は計算が下手じゃない」

「……安心しました」

「さっきより随分素直ね」

「伊隅大尉にも同じことを言われたので」

 

 夕呼は小さく鼻を鳴らした。

 

「本当に、周りに止められるようになったわね」

「逃げ場がなくなっている気もします」

「良いことじゃない」

 

 自分は、少しだけ笑った。

 

 新潟まで残された時間は短い。

 

 XM3。

 JM-01。

 A-01。

 白兵負荷低減機動案。

 高濃度リンク因子サンプル。

 

 準備できたものはある。

 

 でも、十分ではない。

 

 たぶん、この先も十分になることはない。

 

「足りないなら」

 

 自分は、小さく言った。

 

「足りないまま、できることを積みます」

 

 夕呼が、ほんの少しだけこちらを見る。

 

「そうしなさい」

 

 その声は静かだった。

 

 その夜、新潟戦へ持ち込む切り札の配分が決まった。

 

 伊隅みちるには使う。

 速瀬水月にも条件付きで使う。

 涼宮茜には追加しない。

 涼宮遙は保留。

 そして、一本はまだ名前のない誰かのために残す。

 

 十分ではない。

 

 それでも、ゼロではない。

 

 足りない人員。

 足りない時間。

 足りない機体。

 足りない切り札。

 

 その全てを抱えたまま、横浜基地は戦場へ向けて準備を進めていく。

 

 神宮寺真白もまた、初めて知った。

 

 切り札とは、十分な数を揃えてから使うものではない。

 

 足りないからこそ。

 誰かへ渡せば、誰かへは渡せないからこそ。

 

 震える手で、それでも選ばなければならないものなのだと。

 

第26話「足りない切り札」 END

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