マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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第28話「新潟への秒読み」

11月8日 夜

国連軍横浜基地・副司令執務室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 新潟。

 

 壁面モニターの中央に表示された地名から、目を離せなかった。

 

 日本海側の沿岸部。帝国軍の防衛線。佐渡島方面から伸びる複数の進路予測。その矢印の先には、大規模なBETA群の接近が示されている。

 

 11月11日。

 

 記憶の中でも、その日付は変わらない。

 

 BETAの新潟上陸。

 

「顔色、悪いわよ」

 

 夕呼の声で、ようやく視線を上げた。

 

「……すみません」

「謝るところじゃないわ。そんな顔をするってことは、今の予測はあんたの知識と大きく外れてないのね?」

「はい。大筋では」

 

 ピアティフ中尉が観測情報を切り替える。

 

「帝国軍観測網、国連軍の長距離観測、佐渡島周辺の活動兆候を統合した結果です。大規模BETA群が新潟沿岸へ到達する可能性は高いと判断されています」

 

 夕呼が地図の一部を拡大した。

 

「で、ここは?」

 

 進路予測の一本が、自分の記憶とわずかに違っていた。

 

「……違います」

「どのくらい?」

「正確な進路を全部覚えているわけではありません。でも、自分が知っている流れとは完全には一致していません」

 

 夕呼は驚かなかった。

 

「当然でしょうね」

 

 椅子へ身体を預け、地図を見上げる。

 

「XM3を前倒しして、A-01の訓練も変えた。207Bも予定より早く進んでる。JM-01(真白用不知火)もあるし、帝国や斯衛との接触も増えてる」

 

 そして、自分もここにいる。

 

 助けたかったから動いた。

知っていることを使わない方が無責任だと思った。

 

 その結果、知っていた未来まで少しずつ形を変えている。

 

「真白」

 

 夕呼がこちらを向く。

 

「あんたの知識は参考情報よ」

「……はい」

「予言じゃない」

 

 一瞬、返事が遅れた。

 

 分かっていたはずなのに、その一言だけは重かった。

 

「知識を捨てろとは言わないわ。何も知らないより遥かに有利よ。でも、記憶に現実を合わせようとしないこと」

 

 夕呼は進路予測を指した。

 

「違っていたら、現実を見る。知っていた未来の方を疑いなさい」

「……分かりました」

「それでいいわ」

 

 ピアティフ中尉が次の資料を開く。

 

 A-01訓練計画変更。

 

 海岸線防衛。

市街区域における突破阻止。

混成BETA群への対応。

光線級存在下での制限機動。

撤退線維持。

帰還経路確保。

 

 最後の項目に目が止まった。

 

「明日から、A-01の訓練を新潟想定へ寄せる」

「正式命令は?」

「まだよ」

 

 夕呼は即答した。

 

「今は訓練内容だけ。新潟への正式投入、JM-01、帝国側との調整は10日にまとめて動かす」

「A-01には、まだ新潟とは?」

「言わない。察する人間はいるでしょうけどね」

 

 危険が分かっているなら、早く知らせた方がいい。

 

 以前の自分なら、すぐそう考えたと思う。

 

「情報は、早ければいいわけじゃないんですね」

 

 夕呼が少しだけ口元を上げた。

 

「ようやく分かってきた?」

「少しだけです」

「早く出せば、それを前提に人は動く。余計な準備もするし、不安にもなる。漏れる可能性だって増える」

 

 必要な時に、必要な量だけ。

 

 頭では理解できる。

それでも、自分にはまだ難しい。

 

「207Bは?」

 

 ピアティフ中尉へ目を向ける。

 

「本日は最終課題へ移行しています。重大な負傷、演習中止の報告はありません」

「……そうですか」

 

 肩の力が少し抜けた。

 

 昨日の夜には二班が合流しているはずだ。

今日は、五人で前回越えられなかった場所に挑んでいる。

 

 そこへ自分は手を出せない。

信じるしかなかった。

 

「真白」

 

 夕呼が地図を指で叩く。

 

「207Bは10日に帰ってくる。こっちは11日よ」

 

 視線を新潟へ戻した。

 

 あと3日。

 

 記憶の中に、8分という数字が浮かぶ。

 

 自分は一度、手を握った。

 

「……死なせたくないです」

 

 夕呼も、ピアティフ中尉も何も言わない。

 

「でも、知っている未来と現実が違い始めてる。記憶を信じすぎても駄目で、無視しても駄目で……」

 

 そこまで言って、言葉を止める。

 

 夕呼は短く息を吐いた。

 

「全部はできないわ」

「はい」

「でも、何もしないよりはできる」

 

 画面から新潟の予測図が消えた。

 

「だから準備する。それだけよ」

 

 単純な言葉だった。

 

 今は、それでよかった。

 

 

11月9日 午前

国連軍横浜基地・シミュレーター室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 翌朝、A-01の訓練内容は明らかに変わっていた。

 

 仮想戦場は、日本海側の沿岸都市を想定した市街地。

 

 海岸側から侵入する混成BETA群を阻止しつつ、友軍の後退を支援する。

 

 ただ倒せばいいわけではない。

 

 前へ出すぎれば、防衛線が開く。

戻りが遅れれば、次の波に捕まる。

光線級を想定した制限が入れば、跳躍ユニットにも好きには頼れない。

 

「伊隅大尉」

 

 水月中尉がシミュレーターへ入る直前、口を開いた。

 

「これ、普通の訓練じゃないですよね」

 

 伊隅大尉は装備を確認したまま答える。

 

「正式命令が出るまでは訓練だ」

「それ、答えになってませんよ」

「今は、それが答えだ」

 

 水月中尉は肩をすくめた。

 

「了解」

 

 声はいつも通りだったが、目は笑っていない。

 

 遙中尉が管制画面を確認する。

 

「今回は、撤退経路の指定が細かいですね」

「はい」

 

 自分は頷いた。

 

「撃破数より、帰還線を維持することを優先してください。敵を追うのではなく、必要な場所で止めて、次の線へ戻る。その繰り返しです」

 

 伊隅大尉がこちらを見る。

 

「突破阻止と帰還線維持が主目的ですね」

「はい」

 

「特に水月中尉」

「はいはい」

 

 少し嫌そうな返事。

 

「速く動けても、一人で前へ行かないでください」

「耳にタコができそう」

「それでも言います」

 

 水月中尉が一瞬目を丸くし、それから笑った。

 

「少佐殿も言うようになったわね」

「言わないと行きそうなので」

「否定できないのが腹立つわ」

 

 宗像中尉が横から笑う。

 

「完全に読まれてるじゃない」

「うるさい」

 

 いつものやり取り。

 

 少しだけ、空気が和らいだ。

 

「訓練を開始する」

 

 伊隅大尉の声で、全員がシミュレーターへ入った。

 

 

 訓練開始から数分。

 

 最初に前へ出たのは、水月機だった。

 

 速い。

 

 要撃級の脇を抜け、その奥の戦車級まで届く位置。

 

『速瀬、戻れ。追うな』

 

 伊隅大尉の指示が飛ぶ。

 

『了解!』

 

 水月機は一瞬だけ前へ向きかけ、そのまま機首を返した。

 

 以前より戻りが早い。

 

 その空いた位置へ宗像機が入り、後方から遙中尉が帰還経路を引き直す。

 

『水月、第二線へ。宗像中尉は左を補完してください』

『了解』

『はいよ』

 

 隊列が崩れない。

 

 良くなっている。

確実に。

 

 それでも、自分の右手には力が入っていた。

 

 画面のBETA群が、記憶の中の新潟へ重なる。

 

 8分。

 

 ただ、それだけの時間。

 

 そこで一機が前へ出すぎれば。

一人が戻れなくなれば。

それを助けようと誰かが隊列を離れれば。

 

「神宮寺少佐」

 

 隣からピアティフ中尉の声。

 

「手を開いてください」

「……え?」

 

 自分の右手を見る。

 

 爪が掌へ食い込んでいた。

 

「すみません」

「謝罪ではなく、力を抜いてください」

「はい」

 

 指を開く。

 

 赤い跡が残っている。

 

「この程度なら医務記録には――」

「記録してほしい、という意味ですか?」

「何でもありません」

 

 ピアティフ中尉は、それ以上言わなかった。

 

 視線をモニターへ戻す。

 

 水月機が、再び伊隅大尉の指定位置へ戻っている。

 

 まずは、これを繰り返す。

 

 前へ出る。

戻る。

もう一度動く。

 

 実戦でも、同じことができるように。

 

 

11月9日 夕方

国連軍横浜基地・副司令執務室

<< 香月 夕呼 >>

 

「足りないわね」

 

 夕呼は新潟方面の戦力配置を眺めた。

 

 帝国軍。

国連軍支援枠。

A-01。

XM3。

JM-01。

高濃度リンク因子。

斯衛との調整線。

 

 使えるものを全て並べても、十分ではない。

 

「でも、盤面にはなる」

 

 真白が画面を見る。

 

「足りないのに?」

「十分に揃うまで待ってたら、人類はとっくに滅びてるわよ」

 

 夕呼は資料を切り替えた。

 

「A-01は使える。XM3も実戦へ持っていける。JM-01も最低限は間に合う。リンク因子だって少数ながらある」

「帝国側への調整は?」

「明日」

 

 11月10日。

 

「帝国側へ協力要請を出す。同時にA-01へ正式任務を渡す」

「内容は?」

「新潟方面への投入。XM3の実戦評価。JM-01の支援」

 

 夕呼は最後に真白の名前を指した。

 

「それと、神宮寺真白の回収」

 

 真白の眉が動く。

 

「回収って……」

「必要な言葉よ」

「自分は荷物じゃありません」

「知ってるわよ」

 

 夕呼は肩をすくめる。

 

「だから、JM-01を捨ててもあんたを連れて帰れ、って意味」

 

 真白が黙った。

 

「機体は直せる。あんたの代わりは、今のところいない」

「……はい」

 

「近衛側には月詠から話を通す。帝国軍と斯衛の一部には、XM3とあんたの戦術的重要度を理解させる」

「自分のことも知らせるんですね」

「必要最低限だけね」

 

 特務技術顧問。

XM3教導。

JM-01搭乗予定。

新潟方面での重要人員。

 

 それ以上は伏せる。

 

「怖い?」

 

 真白は少しだけ息を吐いた。

 

「怖いです」

「でしょうね」

「でも、何も知られていない状態で戦場へ出る方が危ない」

「正解」

 

 真白が画面から目を離した。

 

「……飲み込みます」

 

 夕呼は、その言葉だけ少し気になった。

 

 最近、この青年は納得するより、飲み込むと言う。

 

 それを覚えたとも言える。

だが、飲み込み続ければ、そのうちどこかで詰まる。

 

 今は、そこへ手を出す時間がない。

 

「明日、未来知識と最新観測をもう一度照合する」

「はい」

 

「それから」

 

 夕呼は少し声を落とした。

 

「あんたが気にしてる8分」

 

 真白の視線が止まる。

 

「死の八分……」

「そう。それだけを見るのはやめなさい」

 

「でも、一番危険なのは――」

「だからよ」

 

 言葉を遮る。

 

「その前にも戦闘はある。その後には撤退もある」

 

 8分を越えた直後に機体が止まれば意味がない。

撤退線を失えば、そこで終わる。

 

「8分を生き残ることが任務じゃない」

 

 真白は黙って聞いている。

 

「新潟へ行って、やることをやって、横浜まで戻る」

 

 一拍。

 

「そこまでが任務よ」

 

 真白の目が、わずかに揺れた。

 

「……帰ってくるまで」

「そう」

 

 夕呼は頷いた。

 

「死の八分を越えて、帰ってきなさい」

 

 しばらくして。

 

「はい」

 

 今度の返事は、短かった。

 

 

11月9日 夜

国連軍横浜基地・格納庫

<< 神宮寺 真白 >>

 

 JM-01は、格納庫の中で静かに立っていた。

 

 白い識別ライン。

XM3。

高負荷入力を抑えるための暫定制御。

 

 自分と同じように、この機体も新潟へ向けて準備されている。

 

 基地全体が、少しずつ同じ方向へ傾いていた。

 

 A-01の訓練が変わった。

帝国への調整も進んでいる。

リンク因子の配分も決まった。

JM-01には、折れる前に戻すための鞘がつく。

 

 準備は進んでいる。

 

 十分ではない。

 

 たぶん最後まで、十分にはならない。

 

「死の八分を越えて、帰ってくるまで」

 

 夕呼の言葉を繰り返す。

 

 自分は、「死の八分」という言葉に囚われすぎていた。

 

 そこだけを変えればいい。

そこだけを越えれば救える。

 

 どこかで、そう考えていた。

 

 でも、違う。

 

 出撃する。

戦う。

戻る。

 

 そこまで残らなければ意味がない。

 

 A-01も。

JM-01も。

 

 自分も。

 

「……怖いです」

 

 機械の音だけが返ってくる。

 

 それでも、視線は逸らさなかった。

 

「でも、逃げたくない」

 

 戦場へ行きたいわけではない。

 

 ただ、知っている危険を前にして、何もしないまま誰かを失う方が怖かった。

 

 11月11日まで、あと2日。

 

 知っていた未来は、もう確定した道ではない。

それでも、新潟は近づいている。

 

 だから、未来を再現するためではなく。

 

 変わった現実の中で、一人でも多く帰すために準備する。

 

 死の八分を越えた、その先まで。

 

 新潟への秒読みは、もう始まっていた。

 

第28話「新潟への秒読み」 END

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