マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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29話定期更新です、帝国軍のあの方が初登場します。


第29話「最優先回収対象」

11月10日 未明

横浜基地・副司令執務室

<< 香月 夕呼 >>

 

 横浜基地の夜は眠らない。

 

 それでも未明の副司令執務室は、日中とは別の場所のように静かだった。端末の冷たい光だけが夕呼の顔を照らし、壁面には新潟方面の最新予測図が表示されている。

 

 帝国軍の防衛線。国連軍の支援可能区域。A-01の投入候補地点に、JM-01の行動可能範囲。XM3の実戦評価項目と、条件付きのBETA捕獲候補区域。

 

 その中に、神宮寺真白の名前もある。

 

「……いよいよね」

 

 隣では、ピアティフ中尉が暗号化文書の最終確認を進めていた。

 

「帝国側への協力要請文、暗号化完了しました」

「表向きは?」

「新潟方面におけるBETA上陸予測、および防衛線維持に関する緊急協力要請です」

「裏は?」

「斑鳩閣下経由で、帝国軍および斯衛軍の一部指揮系統へ優先通達されます」

 

 夕呼は頷き、文書を呼び出した。

 

「真白とXM3は最優先。現場の政治判断で潰されたら困るわ」

「神宮寺少佐について、どこまで開示しますか」

「必要最低限よ」

 

 表示されている情報は多くない。

 

 神宮寺真白。国連軍横浜基地所属。特務技術顧問。少佐相当待遇。新型OS・XM3教導担当。JM-01搭乗予定者。そして、新潟防衛戦における重要戦術資産。

 

 因果導体性も、高濃度リンク因子も、真白が持つ未来知識も記されていない。

 

「秘匿情報は一切出さない。XM3についても詳細仕様は伏せる」

「実戦投入される新型OSであること、生存性および機動性向上に関わること、新潟で実戦評価を行うことまでですね」

「それで十分」

 

 ピアティフ中尉が次の項目へ進む。

 

「神宮寺少佐の保護優先度は?」

「最高レベルまで上げる。ただし、保護対象としてだけ扱わせないで」

「戦術資産として?」

「ええ」

 

 ピアティフ中尉の指がわずかに止まった。

 

「言葉は冷たい方が、現場には効くわ」

 

 夕呼は淡々と続ける。

 

「神宮寺真白という青年を守ってください、と言ったところで、帝国軍の指揮官がどこまで優先するかは分からない。でも、新型OSの教導担当で、JM-01の搭乗者で、横浜基地の重要戦術資産だと伝えれば話は変わる」

「神宮寺少佐本人が聞けば、嫌がりそうですが」

「でしょうね」

 

 少しだけ苦笑する。

 

「でも、あの子を軽く扱わせないためには必要よ」

 

 守るために、人間ではなく価値を示す。

 

 夕呼自身、そのやり方が綺麗だとは思っていない。だが戦場へ命令を通すなら、綺麗な言葉より優先順位の方が役に立つ。

 

 ピアティフ中尉が文書へ反映する間に、夕呼は別の暗号回線を開いた。

 

 月詠真那への個別通信。

 

 数秒後、画面に月詠の姿が映る。

 

『香月副司令』

 

 いつものように隙のない表情で敬礼する。

 

「未明に悪いわね、月詠中尉」

『緊急案件と判断しております』

「ええ。11日の新潟防衛について、帝国側へ裏ルートで協力要請を出す」

 

 月詠の目がわずかに細くなった。

 

『新潟……やはり、動きますか』

「高確率でね」

『神宮寺少佐も関わるのですか』

「関わるわ」

 

 即答すると、月詠の表情が硬くなる。

 

『神宮寺少佐を、戦場へ出すおつもりですか』

「出さなければ、死ぬ人間が増える」

 

 冷たい言葉だった。

 

 だが、月詠は感情だけで否定しなかった。帝国軍人である彼女にも、そこは理解できる。

 

『では、条件があります』

「言ってみなさい」

『神宮寺少佐の帰還を、最優先条件に加えていただきたい』

 

 夕呼はわずかに笑った。

 

「それを帝国側へ通すために、あんたを呼んだのよ」

 

 月詠が沈黙する。

 

「帝国軍には、横浜基地所属のXM3評価部隊が新潟へ投入されると伝える。斯衛側には、神宮寺真白とJM-01の行動を妨げず、必要に応じて支援するよう通して」

『護衛ではなく、支援ですか』

「そう。ただ守らせるだけじゃ意味がない。戦力として動かして、その上で生きて戻す」

 

 月詠の視線が鋭くなった。

 

『神宮寺少佐を、政治の駒として扱うおつもりですか』

「もう駒よ」

 

 ためらわず答える。

 

「ただし、盤面から落とすつもりはないわ」

 

 しばらく、画面越しに視線がぶつかった。

 

 やがて月詠が静かに頭を下げる。

 

『承知しました。斯衛側には必要な範囲で通します』

「煌武院殿下には?」

『必要と判断されれば、斑鳩閣下を通じて上奏されるでしょう』

「なら、それでいい」

 

 夕呼は暗号文書を転送した。

 

「月詠中尉」

『はい』

「真白には、まだ全部は話さない」

『……理由を伺っても?』

「今教えたら、あの子は帝国側の都合まで自分で背負おうとするからよ」

 

 月詠は否定しなかった。

 

『後で知れば、怒るかもしれません』

「怒ればいいわ」

 

 夕呼は肩をすくめる。

 

「あの子が他人に怒れるうちは、まだ健全よ」

 

 月詠が、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

『では、私は私の役目を果たします』

「頼むわ」

 

 通信が切れる。

 

 再び静かになった執務室で、ピアティフ中尉が確認を求めた。

 

「帝国側への送信、実行しますか」

「ええ」

 

 夕呼は端末へ指を置く。

 

「新潟で真白を潰されるわけにはいかない」

 

 一拍。

 

「送信」

 

 暗号化された協力要請が、横浜基地から帝国側の裏回線へ流れていった。

 

 神宮寺真白本人は、まだ知らない。

 

 自分の名前に、新しい優先順位が付けられたことを。

 

 

11月10日 朝

帝都・帝国側通信室

<< 月詠 真那 >>

 

 月詠真那は、横浜基地から届いた機密通達を改めて確認していた。

 

 表向きは、新潟方面の防衛戦に関する緊急情報提供と協力要請。だが秘匿された補足文書には、優先事項が明確に記されている。

 

 新型OS・XM3。

 

 神宮寺真白少佐相当。

 

 JM-01。

 

 新潟防衛戦への実戦投入と、帝国側部隊による行動阻害の禁止。必要に応じた支援。情報拡散の制限。

 

 そして最後に、一文。

 

 ――神宮寺真白およびJM-01については、戦闘評価対象であると同時に、最優先回収対象として扱うこと。

 

「……最優先回収対象」

 

 軍務上の言葉にすれば、それだけだ。

 

 だが意味は分かる。

 

 何があっても戻せ。

 

 月詠は小さく息を吐いた。

 

「香月副司令らしい」

 

 言葉は冷たい。

 

 それでも、捨てるための文書ではない。

 

「月詠中尉」

 

 控えていた斯衛兵が声をかける。

 

「斑鳩閣下への転送準備、整っております」

「送れ」

「はっ」

 

 数分後、暗号回線が開かれた。

 

『月詠か』

「はっ。横浜基地、香月副司令より緊急協力要請が入りました」

 

 画面の向こうで、斑鳩崇継が文書を読み進めていく。

 

 表情はほとんど変わらない。

 

 だが、神宮寺真白の項目で視線が止まった。

 

『神宮寺真白……白き少佐か』

「ご存じでしたか」

『名だけはな』

 

 斑鳩は小さく笑う。

 

『新型OS、XM3。横浜基地の白き少佐。香月博士がここまで露骨に優先順位を付けるとは、よほど失いたくないらしい』

「明日の新潟についても、相当の警戒をしているようです」

『だろうな』

 

 斑鳩は資料を閉じないまま続けた。

 

『表向きは、帝国軍の防衛行動を優先する』

「はっ」

『だがA-01と神宮寺真白の行動は妨げるな。現場で可能な範囲の融通も利かせろ』

「承知しました」

 

 一度そこで話が終わるかと思った。

 

 しかし、斑鳩は月詠を呼び止める。

 

『ただし、月詠』

「はっ」

『神宮寺真白を、香月博士だけの手駒として見るな』

 

 月詠の目がわずかに細くなる。

 

「帝国として囲う、という意味でしょうか」

『まだ早い』

 

 斑鳩は静かに否定した。

 

『まず見極める。あの男が本当に盤面を変えるだけの人間なのか、それとも横浜が抱え込んだ新しい火種なのか』

「……承知しました」

『まずは新潟だ』

 

 そこで初めて、文書が閉じられた。

 

『生きて戻らなければ、次の話もできん』

「はっ」

 

 その点だけは、月詠にも異論がない。

 

「神宮寺少佐の帰還を最優先条件として、斯衛側にも必要範囲で通達いたします」

『任せる』

 

 通信が切れた。

 

 暗くなった画面に、自分の姿が映る。

 

 神宮寺真白。

 

 肩書きとは裏腹に控えめで、自分自身を後回しにする青年。その名が今、横浜基地を越え、帝国の指揮系統へ入り始めている。

 

「……少佐」

 

 新潟では、自分の手が届くとは限らない。

 

 だからこそ、今できることをする。

 

「どうか、戻ってきてください」

 

 小さな言葉は、誰にも聞かれなかった。

 

 

11月10日 昼

横浜基地・ブリーフィングルーム

<< 伊隅 みちる >>

 

 A-01がブリーフィングルームへ呼び集められた時点で、伊隅みちるは内容をほぼ察していた。

 

 昨日から訓練が変わっている。

 

 海岸防衛、突破阻止、帰還経路の維持、光線級存在下での制限機動。

 

 あれは訓練のための訓練ではない。

 

 実戦の予行だった。

 

 速瀬水月も、涼宮遙も、宗像美冴も余計な私語はしていない。他の隊員たちも同じだ。

 

 やがて扉が開き、夕呼とピアティフ中尉が入室する。

 

 少し遅れて、真白も姿を見せた。

 

 表情は硬い。

 

 それでも、目を逸らしてはいなかった。

 

 夕呼が端末を操作する。

 

 新潟沿岸部の地図が、正面スクリーンいっぱいに表示された。

 

「明日、11月11日。新潟方面において、大規模BETA群が上陸する可能性が極めて高い」

 

 室内の空気が一段冷えた。

 

「A-01は、新潟防衛戦へ投入される」

 

 やはり。

 

 伊隅は静かに息を吸う。

 

「任務は大きく4つ」

 

 最初の資料が表示される。

 

「第一、新型OS・XM3の実戦評価」

 

 機動性、回避率、部隊連携、撤退時の生存性。

 

「第二、BETA進路予測に基づく帝国軍防衛線への支援」

 

 沿岸部の防衛線と、A-01投入予定区域が重なる。

 

「第三、神宮寺真白およびJM-01の戦闘支援と回収」

 

 その瞬間、数人の視線が真白へ向かった。

 

 本人も一瞬だけ肩を強張らせる。

 

「そして第四。状況が許すなら、BETA個体を捕獲する」

 

 今度は、空気そのものが変わった。

 

「BETA捕獲、ですか」

 

 伊隅が問い返す。

 

「ええ。ただし副次任務よ」

 

 夕呼はすぐに優先順位を表示した。

 

 第一優先――防衛線の維持、およびA-01・JM-01の帰還。

 

 第二優先――XM3とJM-01の実戦データ取得。

 

 第三優先――条件付きBETA捕獲。

 

「捕獲のために防衛線を崩すことも、誰かを置いていくことも認めない。余裕がなければ即座に捨てなさい」

「対象は?」

「兵士級、闘士級、戦車級。大型種は最初から除外」

「捕獲の可否は、現場で私が判断してよろしいですね」

「ええ。あなたに任せる」

 

 伊隅は頷いた。

 

 横から、水月が小さく息を吐く。

 

「捕獲って、簡単に言いますけど……相手はBETAですよ?」

「だからA-01に回してるのよ」

「便利に使ってくれますね、本当に」

「使える部隊を使って何が悪いの」

「そこまで堂々と言われると何も言えませんね」

 

 いつもの調子ではある。

 

 だが、伊隅には水月の声に混じる緊張が分かった。

 

「速瀬」

 

 名前を呼ぶ。

 

「分かってます。欲張らない、追わない、戻る」

「ならいい」

 

 夕呼が次の資料へ切り替えた。

 

 JM-01。

 

 白い識別ラインを持つ不知火と、その暫定制御概要。

 

「JM-01には、高負荷機動を抑制する暫定制御が入っている」

 

 伊隅は真白を見る。

 

「詳しく聞かせてもらえますか」

「はい」

 

 真白が立ち上がった。

 

「自分は、XM3を使うと機体を動かしすぎます」

 

 何人かの表情が変わる。

 

「シミュレーターでは成立していた動きでも、実機では関節や推進系へ負担が残る。JM-01は自分の入力に追従できます。でも、追従できることと、安全に続けられることは別です」

 

 遙が確認する。

 

「そのための抑制制御なんですね」

「はい。関節負荷、推進剤消費、姿勢の崩れを監視して、危険域へ入る前に入力を安全側へ戻します」

「緊急時は?」

 

 伊隅が問う。

 

 真白は少しだけ間を置いた。

 

「一時解除できます」

 

 室内の視線が集まる。

 

「ただし、解除中は機体負荷も推進剤消費も跳ね上がります。解除後、自力だけでは安全に離脱できない可能性があります」

 

 夕呼が引き取る。

 

「だから解除は切り札よ。JM-01が解除を使った場合、A-01は戦闘継続より回収可能な位置の確保を優先すること」

「つまり」

 

 伊隅は資料と真白を交互に見る。

 

「我々は護衛ではなく、神宮寺少佐を戦力として動かしながら、限界を越えた時には引き戻す役でもある」

「その理解でいいわ」

 

 なるほど。

 

 だから「回収」なのだ。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「あなたは明日、実際に戦うのですね」

 

 一瞬だけ沈黙した。

 

 それでも、真白は目を逸らさなかった。

 

「はい。戦います」

 

 声は静かだった。

 

「でも、倒すことだけを目的にはしたくありません」

 

 少し言葉を選んでから、続ける。

 

「新潟では、倒すことより、戻ってくることを優先したいです。自分も、A-01の皆さんも、機体も」

 

 伊隅は黙って聞いた。

 

「誰かを救うために出るなら、救った後に帰ってこなければ意味がないと思うので」

 

 帰る。

 

 A-01にとって、それは簡単な言葉ではない。

 

 任務を果たして、生きて帰る。

 

 当たり前のようでいて、この世界では一番難しい。

 

「了解しました」

 

 伊隅は真白へ向き直る。

 

「なら、明日のA-01の任務は一つ増えます」

「増えるんですか?」

「ええ」

 

 一拍。

 

「神宮寺少佐を含め、全員で帰還することです」

 

 真白の目がわずかに揺れた。

 

 水月が隣で息を吐く。

 

「そんなこと言われたら、前に出づらいじゃないですか」

「出すぎないでください」

 

 真白が即座に返した。

 

「……言うようになったわね、少佐殿」

「昨日も言いました」

「耳にタコができそう」

「それでも言います」

 

 宗像が小さく笑う。

 

「速瀬には、それくらいでちょうどいいんじゃない?」

「宗像まで!」

 

 わずかな笑いが室内に広がり、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

 

 遙が端末へ視線を落とした。

 

「帰還経路はこちらで常時更新します。JM-01が解除を使った場合も、最短の離脱線を出します」

「お願いします」

「少佐も、こちらの指示は聞いてくださいね」

「……はい」

 

 その返事に、今度は水月が笑った。

 

「そこは即答じゃないのね」

「努力します」

「実行してください」

 

 真白が何とも言えない顔をした。

 

 伊隅は、そのやり取りを見ながら任務を整理する。

 

 XM3の実戦評価。

 

 帝国軍防衛線への支援。

 

 JM-01の戦闘支援と回収。

 

 条件付きのBETA捕獲。

 

 不確定要素はいくらでもある。

 

 だが、優先順位だけは明確だった。

 

 防衛線を守る。

 

 戻る線を残す。

 

 そして全員で帰る。

 

「A-01、各員」

 

 声を上げると、全員の表情が切り替わった。

 

「明日の任務は困難です。XM3の実戦評価、帝国軍防衛線への支援、神宮寺少佐およびJM-01の戦闘支援。そして条件が許せばBETA捕獲。どれも軽い任務ではありません」

 

 一人ずつを見る。

 

「ですが、我々はA-01です」

 

 水月が小さく笑った。

 

「伊隅戦乙女隊、ですからね」

「その通り」

 

 伊隅は頷く。

 

「全員で出て、全員で帰ります」

 

『了解!』

 

 声が揃った。

 

 その中で、真白だけが一瞬目を伏せた。

 

 祈っているのか。

 

 覚悟を決めているのか。

 

 伊隅には分からない。

 

 ただ次に顔を上げた時、真白も同じように前を見ていた。

 

 

11月10日 夜

横浜基地・副司令執務室

<< 香月 夕呼 >>

 

 帝国への裏ルート通達は通った。

 

 A-01への正式命令も出した。JM-01の情報も必要な範囲まで開示し、BETA捕獲は副次任務として組み込んだ。

 

 準備できることは、ほぼ終わった。

 

 夕呼は新潟方面の予測図を眺める。

 

 帝国軍の防衛線に、A-01の投入予定区域。JM-01の行動範囲と、条件付きの捕獲候補地点。

 

 その間には、いくつもの空白がある。

 

 戦場から空白をなくすことはできない。

 

 予測から外れるBETAの動き。現場指揮官の判断。機体故障。恐怖。偶然。

 

 どれだけ計算しても、最後には必ず何かが残る。

 

「神宮寺少佐には、帝国側への通達の詳細を伏せたままでよろしいのですか」

 

 ピアティフ中尉の声に、夕呼は画面から目を離さず答える。

 

「ええ」

「後で知れば、気にされると思います」

「でしょうね」

「すでに十分なものを背負っているようにも見えますが」

「分かってるわ」

 

 夕呼は、新潟の地図を拡大した。

 

「だから、周りにも背負わせるのよ」

 

 A-01。

 

 帝国軍。

 

 斯衛。

 

 整備班。

 

 ピアティフ。

 

 そして、自分。

 

「真白一人に、全部抱えさせる気はないわ。本人が勝手に抱えようとしてもね」

「神宮寺少佐は、それを知りません」

「知らなくていいこともあるのよ。少なくとも明日までは」

 

 ピアティフ中尉は、それ以上追及しなかった。

 

 夕呼は端末上の一項目へ視線を落とす。

 

 ――最優先回収対象。

 

 個人を守るには、あまりにも冷たい言葉だ。

 

 しかし、だからこそ軍隊の中では意味を持つ。

 

 神宮寺真白を守るための肩書き。

 

 同時に、戦場へ出すための肩書き。

 

「矛盾してるわね」

 

「何がでしょうか」

「守りたいから、価値を付ける。価値を付ければ、今度は使われる」

 

 夕呼は小さく笑った。

 

「まあ、戦争なんてそんなものよね」

 

 画面の向こうでは、予測されたBETA群が新潟へ近づき続けている。

 

 明日になれば、白き少佐という呼び名も、横浜基地だけのものではなくなるかもしれない。

 

 XM3も。

 

 JM-01も。

 

 真白自身も。

 

 実戦に出れば、隠しておけるものは少しずつ減っていく。

 

 それでも、必要なことはやる。

 

 夕呼は最後の確認画面を閉じた。

 

「明日は、必ず回収するわよ」

 

 人間を物のように扱う言葉。

 

 けれど今だけは、その冷たさでいい。

 

 その言葉が、神宮寺真白を横浜基地へ連れ戻す命令になるのなら。

 

 新潟防衛戦まで、あと1日。

 

第29話「最優先回収対象」 END

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