マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
ここから物語も少しずつ核心に近づいていきます。
重要な要素も増えていきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
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引き続きよろしくお願いします。
追加:5/1に0話を投稿して、調整を行いました。
10月23日 朝
横浜基地・真白私室
<< 神宮寺 真白 >>
「……あまり眠れなかったな」
ベッドの上で身体を起こしながら、自分は小さく呟いた。
眠った、とは思う。
目を閉じて、意識が何度か沈んだ感覚はあった。
けれど、深く眠れた気はしなかった。
夢を見たような気もする。
元の世界の自室。
スマホの画面。
見慣れた天井。
そして、ゲームの中で何度も見たはずの横浜基地。
それらがぐちゃぐちゃに混ざって、目を覚ました今でも頭の奥に残っている。
昨日、横浜基地に来た。
夕呼副司令に会った。
白銀武がいないと知った。
少佐相当の待遇を与えられた。
検査された。
検体番号まで付けられた。
一日で起きていい出来事の量ではないと思う。
「……普通なら、まだ夢だと思うよな」
けれど、夢ではない。
身体に残る検査の疲れ。
無機質な部屋の空気。
遠くから聞こえる基地の機械音。
それら全部が、ここが現実だと突きつけてくる。
机の上には、昨日支給された制服と、仮の身分証、階級章が置かれていた。
国連軍横浜基地所属。
特務技術顧問。
待遇階級、少佐相当。
文字だけ見れば立派だ。
けれど、自分の中身は何も追いついていない。
昨日まで、自分はただの現代日本人だった。
軍歴もない。
戦場を知らない。
銃も、戦術機も、BETAも、全部画面越しに知っていただけだった。
それなのに、今日からこの基地では少佐待遇として扱われる。
夕呼副司令は、あくまで便宜上の肩書きだと言った。
でも、便宜上でも重いものは重い。
「……やっぱり、重いな」
階級章を見ながら、そう呟く。
これを付けた瞬間、自分はただの迷い込んだ一般人ではいられなくなる。
けれど、付けなかったところで、元の自分に戻れるわけでもない。
白銀武がいない。
その事実だけで、この世界はもう、自分を逃がしてくれない。
「……やるしかないですよね」
言葉にして、自分に言い聞かせる。
制服に袖を通す。
鏡の前に立つと、そこにはまだ見慣れない自分がいた。
軍服姿の神宮寺真白。
中性的な顔立ちのせいで、服に着られているようにも見える。
けれど、肩にある階級章だけは、妙に現実味を持って重く見えた。
「……コスプレじゃないんだよな、これ」
自分で言って、少し虚しくなった。
その時、部屋の端末が短く鳴る。
『神宮寺少佐』
ピアティフ中尉の声だった。
「は、はい。神宮寺です……少佐、です」
いまだに慣れない。
自分で言っていて、ものすごくぎこちない。
『香月副司令がお呼びです。準備ができ次第、副司令室へお越しください』
「分かりました」
通話が切れる。
副司令室。
昨日、自分がこの世界での役割を押し付けられた場所。
いや、正確には、自分から受け入れた場所。
そして、その近くには。
「……あの扉」
昨日、医務区画から戻る途中。
副司令室の近くにある一つの扉の前で、妙な感覚を覚えた。
懐かしいような。
悲しいような。
誰かに呼ばれたような感覚。
あれが何だったのかは、まだ分からない。
けれど、たぶん。
今日、その答えの一部を知ることになる。
そんな気がしていた。
10月23日 午前
横浜基地・副司令室前通路
<< 神宮寺 真白 >>
副司令室へ向かう途中、何人もの兵士とすれ違った。
ほとんどが女性だった。
正門でも思ったが、この世界では本当に女性兵が多い。
その兵士たちの視線が、ちらちらとこちらへ向く。
若い男。
少佐待遇。
昨日突然現れた不審な存在。
その全部が、きっと噂になっているのだろう。
中には、こちらの顔を見て、一瞬だけ足を止めかける兵士もいた。
「……目立つなぁ」
小さく呟いて、肩を縮める。
元の世界でも、女性に間違われることはあった。
けれど、この世界ではそれが別の意味を持つ。
若い男性は貴重。
しかも軍の中枢にいきなり現れた、身元不明の男。
見られない方がおかしい。
それでも、視線に慣れるわけではない。
自分はできるだけ背筋を伸ばし、歩幅を乱さないように歩いた。
少佐相当。
ただの肩書き。
でも、その肩書きがなければ、自分はこの廊下すらまともに歩けないのだろう。
そう考えると、胸の奥が少し冷える。
副司令室の扉の前で足を止める。
深呼吸を一つ。
そして、ノックする。
「神宮寺真白です」
中から、短く返事があった。
「入りなさい」
扉を開ける。
その先にいたのは、昨日と同じ白衣の女だった。
香月夕呼副司令。
机の向こうに座り、端末を操作している。
机の上には、昨日の検査結果らしき資料が並んでいた。
端末の画面には、見覚えのある文字。
検体番号:JM-001。
それを見るたびに、胸の奥が少し重くなる。
「来たわね」
「はい。お呼びとのことでしたので」
「軍服、似合ってるじゃない」
「……ありがとうございます」
褒められているのか、面白がられているのか分からない。
たぶん後者だ。
夕呼副司令は、こちらを軽く眺めたあと、資料を閉じた。
「昨日は身体面のデータを取ったわ」
「はい……かなり取られました」
「でも、まだ足りない」
「……また検査ですか?」
思わず身構える。
本当に勘弁してほしい。
昨日だけで一生分くらい検査された気分だった。
夕呼副司令は小さく笑う。
「今日は少し違うわ。紹介よ」
「紹介……?」
「この基地で、あんたが一番気をつけて接するべき相手の一人」
胸が小さく跳ねた。
嫌な予感というより、心当たりがあった。
昨日の扉。
あの向こうにいた気配。
夕呼副司令は、その名前を口にした。
「社霞」
社霞。
その名前を聞いた瞬間、胸の奥が強く反応した。
原作を知っている自分にとって、その少女はただの子供ではない。
夕呼副司令の傍にいる少女。
横浜基地の深部にいる存在。
オルタネイティヴ4の核心に近く、00ユニットや鑑純夏に関わる少女。
そして、白銀武と深く関わるはずだった少女。
「……社、霞」
思わず名前を繰り返す。
夕呼副司令の目が細くなる。
「やっぱり知ってる顔ね」
「……はい」
「余計なことは言わないこと。いいわね?」
「分かりました」
夕呼副司令は立ち上がり、隣室へ続く扉の前へ向かう。
「真白」
「はい」
「怖がりすぎないこと」
「……顔に出てますか」
「出すぎ」
「すみません……」
「謝るところじゃないわ。あの子は普通じゃない。だからこそ、普通に接しなさい」
普通じゃない相手に普通に接する。
簡単に言ってくれる。
でも、たぶんそれが一番大事なのだろう。
霞は、人の心を読める。
リーディング。
原作で知っていた力。
けれど、実際に目の前にするとなれば話は別だ。
自分の中には、見られたくないものが多すぎる。
白銀武がいないことへの恐怖。
自分が代役にならなければならない重さ。
知っている悲劇。
助けられるか分からない命。
それらを見られるかもしれない。
そう思うだけで、足が少し重くなる。
夕呼副司令が扉を開けた。
その先は、少し暗かった。
副司令室より照明が落とされている。
空気が冷たい。
奥の方から、低い機械音が聞こえる。
ケーブル。
端末。
計測装置。
そして、奥にぼんやりと見える大きな円筒状の影。
それを見た瞬間、喉が詰まった。
知っている。
いや、知っているからこそ、見てはいけない。
あれは背景ではない。
ゲーム画面の奥にあった、設定の一部ではない。
そこにいる。
誰かが。
鑑純夏が。
「真白」
夕呼副司令の声で、我に返る。
「見すぎよ」
「……すみません」
慌てて視線を戻す。
部屋の中央に、小柄な少女が立っていた。
紫がかった髪。
感情の読みにくい瞳。
静かな佇まい。
社霞。
画面越しに見たことのある少女が、現実として目の前にいた。
思っていたよりも小さい。
思っていたよりも静かで。
そして、思っていたよりもずっと、孤独に見えた。
「霞」
夕呼副司令が声をかける。
「紹介するわ。神宮寺真白。昨日から、この基地で預かることになった重要人物よ。表向きは少佐待遇の特務技術顧問」
霞は、ゆっくりとこちらを見る。
その視線は、普通の人のものとは少し違っていた。
顔を見ているのに、顔だけを見ていない。
身体を見ているのに、身体だけを見ていない。
もっと奥を見ているような目。
「……社霞です」
小さな声だった。
自分は慌てて姿勢を正す。
「神宮寺真白です。よろしくお願いします」
しばらく、沈黙が落ちた。
機械音だけが、低く部屋に響いている。
霞は、じっとこちらを見ている。
逃げ出したい。
そんな情けない感情が、一瞬だけ胸をよぎった。
けれど、逃げられない。
この子は、白銀武と出会うはずだった。
白銀武に救われるはずだった。
白銀武と共に、オルタネイティヴ4の中心に関わるはずだった。
でも、この世界には白銀武がいない。
代わりに、自分がここにいる。
それが正しいことなのかは、まだ分からない。
霞が、ぽつりと言った。
「……白銀さんじゃ、ありません」
心臓が跳ねた。
夕呼副司令の視線が、自分と霞の間を行き来する。
「でも」
霞は続ける。
「少し……似ています」
「……似ている?」
自分の声が掠れた。
霞は小さく頷く。
「奥の方が、近いです」
奥の方。
それが何を意味しているのか、自分には分かった気がした。
白銀武の因果導体としての性質。
自分に付与された、白銀武由来の因子。
本来この世界に来るはずだった人物の代わりに、自分がここにいるという異常。
霞は、それを理屈ではなく感じ取っている。
「……そう、ですか」
うまく返せなかった。
自分は白銀武じゃない。
でも、白銀武に少し似た何かを持っている。
それを、目の前の少女に見抜かれた。
その事実が、少しだけ怖かった。
「へぇ」
夕呼副司令は、面白そうに笑う。
「霞がそう言うなら、やっぱり何かあるわね」
「夕呼副司令……」
「安心しなさい。今すぐ何かする気はないわ」
「今すぐ、って付けないでください……」
そう返しながら、自分は無意識に一歩下がった。
その瞬間。
足元に何かが引っかかった。
床を這うケーブル。
暗い部屋。
奥の機器に気を取られていて、まったく見えていなかった。
「……あ」
身体が傾く。
目の前には霞がいる。
このままだと、ぶつかる。
「社さん!」
自分は反射的に手を伸ばした。
霞に体重をかけないよう、腕を床につく。
しかし勢いは殺しきれず、二人で倒れかけた。
どさっ、と鈍い音が響く。
自分の両手が、霞の横の床についた。
腕に衝撃が走る。
霞は、自分の下にいた。
ただし、自分は必死に腕で身体を支えている。
体重はかけていない。
たぶん、かけていないはずだ。
「す、すみません!」
顔が一気に熱くなる。
「大丈夫ですか!? 社さん、どこか痛くないですか!?」
霞は倒れたまま瞬きをした。
表情はほとんど変わっていない。
「……大丈夫です」
「本当に!? 頭とか打ってませんか!?」
「打ってません」
「腕は!? 足は!?」
「大丈夫です」
「よ、よかった……」
そう言った瞬間、自分の腕がぷるぷる震え始めた。
無理な体勢で支えているせいだ。
背後から夕呼副司令の声が聞こえた。
「初対面でなかなか派手な挨拶ね」
「違います! これは事故です!」
「見れば分かるわよ」
「だったら変な言い方しないでください!」
夕呼副司令は楽しそうに笑っていた。
完全に面白がっている。
自分は慌てて身体を起こし、霞から離れた。
「本当にすみません……」
「……平気です」
霞はゆっくりと起き上がる。
それから、そっと自分の手首に触れた。
細い指。
冷たいようで、少しだけ温かい。
その瞬間、胸の奥に何かが触れたような感覚がした。
「……あたたかいです」
「え?」
「でも……少し、寂しいです」
その言葉に、息が止まった。
寂しい。
それは、自分がなるべく見ないようにしていた感情だった。
元の世界に戻れないかもしれないこと。
家族にも、友人にも、もう会えないかもしれないこと。
白銀武の代わりにならなければならないこと。
知っている悲劇を変えられるか分からないこと。
それら全部を、霞の一言で胸の奥から引きずり出された気がした。
「……社さん」
霞は、静かにこちらを見る。
「怖いんですね」
「……」
「失うのが」
やめてほしい。
そう思った。
でも同時に、少しだけ聞いてほしいとも思ってしまった。
「知っているのに、助けられないかもしれないのが」
断片的に、いくつもの光景が頭をよぎる。
雨。
赤い髪。
崩れた基地。
叫び声。
戦術機の残骸。
誰かの最期。
画面越しに見たはずの悲劇が、現実の未来として胸に迫ってくる。
自分はそれを知っている。
でも、助けられる保証なんてどこにもない。
むしろ、自分がいることで、別の誰かが死ぬかもしれない。
その恐怖を、霞は触れただけで覗いた。
「霞」
夕呼副司令の声が鋭くなる。
「そこまで」
霞は、静かに口を閉じた。
自分はしばらく動けなかった。
心を読まれた。
完全ではないのかもしれない。
でも、触れられた瞬間に、自分の深い場所を見られた。
怖い。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
この子に見られたことが嫌なのではない。
ただ、自分で見ないようにしていたものを突きつけられたことが怖かった。
夕呼副司令は、真剣な目で霞を見ていた。
「今の感覚、あとで記録して」
「はい」
「真白」
「……はい」
「今のことは、外で話さないこと」
「分かりました」
夕呼副司令は頷く。
「これで分かったことはあるわ。あなたは身体だけじゃなく、因果的にもかなり面倒な存在ってこと」
「また面倒って言われた……」
「褒めてるのよ」
「絶対に褒めてないです」
霞が、じっとこちらを見ていた。
自分は少し困ったように笑う。
「社さんが何を見たのか、自分には分かりません」
霞は何も言わない。
「でも……自分は、できるだけ後悔しないように動きます」
全部を救えるとは言えない。
そんな無責任なことは言えない。
でも、何もしないで見ているだけなんて、もう無理だ。
白銀武がいないなら。
その席に自分が座らされたのなら。
少なくとも、知っている悲劇から目を逸らすことだけはしたくない。
「だから、もしよければ……また話してください」
霞は、少しだけ目を伏せた。
そして、小さく頷く。
「……はい」
それだけだった。
けれど、その返事に少しだけ胸が温かくなった。
霞は、もう一度こちらを見る。
「真白さんは、少し……白いです」
「白い?」
「はい」
意味は分からなかった。
けれど、夕呼副司令はその言葉を聞いて、面白そうに笑った。
「白い、ね……面白い表現するじゃない」
霞は、それ以上何も言わなかった。
自分も深く聞き返せなかった。
ただ、その言葉だけが胸に残った。
白い。
神宮寺真白。
白銀武ではない。
けれど、白銀武に少し似た因果を持つ存在。
空白の席に座らされた、自分。
「……白い、か」
小さく呟くと、霞は静かに頷いた。
10月23日 午後
横浜基地・香月副司令執務室
<< 香月 夕呼 >>
真白が退室した後、夕呼は端末に霞の反応を記録していた。
霞は部屋の隅に静かに立っている。
「白銀武ではない。でも、奥の方が似ている、ね」
夕呼は、霞の言葉を反芻する。
白銀武。
本来、この世界に現れるはずだったという男。
だが、この世界にはいない。
代わりに現れたのは、神宮寺真白。
白銀武本人ではない。
だが、白銀武の因果導体としての性質を一部持ち、未来知識を持ち、他者を強化する能力まで持つ。
さらに、霞が反応した。
それは大きい。
身体検査では見えなかった部分。
因果的な異常性。
00ユニット周辺に関わる可能性。
「本当に、悪趣味な因果ね」
夕呼は小さく笑った。
だが、その笑みの奥には警戒がある。
真白という異物が、00ユニットにどう影響するか。
それは、慎重に見る必要がある。
「霞」
「はい」
「真白をどう感じた?」
霞は少しだけ沈黙した。
それから、ぽつりと答える。
「……遠くから来た人です」
「それは本人も言ってるわね」
「でも、近いです」
「何に?」
霞は、少しだけ奥の部屋の方へ視線を向けた。
夕呼の目が細くなる。
「……なるほど」
霞はそれ以上言わなかった。
夕呼も深く追及しなかった。
今はまだ、踏み込みすぎるべきではない。
真白は、白銀武ではない。
だが、白銀武に似た因果を持つ。
そして、00ユニットの中核に近い何かへ、霞が反応している。
それだけで十分だった。
「身体、精神、因果反応……全部が繋がってる」
夕呼は端末を閉じる。
「なら、次は実際に外部対象へ効果が出るか」
机の上には、昨日の検査で採取したサンプルデータがある。
保存による濃度低下。
高濃度リンク因子反応。
対象者との信頼関係による安定性の仮説。
普通の科学なら、馬鹿げた仮説だ。
だが、目の前にいる異物そのものが、すでに普通ではない。
ならば、常識の側を修正するしかない。
本当なら、本人の同意を得てから進めるべきなのだろう。
だが、真白に知らせれば、おそらく止める。
少なくとも、最初の対象に罪悪感を抱くだろう。
あの青年は、自分が使われることには耐えられても、自分の知らないところで誰かが試されることには耐えられない。
それが長所であり、弱点だ。
甘い。
危うい。
だが、その甘さがあるからこそ、人を繋ぐのかもしれない。
夕呼は、端末に対象者候補を表示する。
A-01の衛士。
医務区画の職員。
訓練兵。
いくつかの候補が浮かんでは消える。
その中で、夕呼の指は一つの名前で止まった。
「……まりもなら、初回対象としては悪くない」
神宮司まりも。
身体データが揃っている。
精神的に安定している。
現場経験がある。
夕呼の管理下に置きやすい。
そして、真白との接点が今後確実に増える。
霞が、静かに夕呼を見る。
「……夕呼先生」
「何?」
「真白さんには、言わないのですか」
「今はね」
夕呼は、淡々と答えた。
「言えば止めるわ。あるいは、自分を責める。どちらにしても、初回検証には邪魔になる」
「……」
「安心しなさい。まりもを壊すつもりはないわ」
「壊す、ですか」
「ええ。壊れたら困るもの」
夕呼はそう言って、薄く笑った。
それは、冗談のようで。
けれど、冗談だけではない言葉だった。
まりもは友人だ。
昔からの腐れ縁で、面倒で、時に鬱陶しくて、それでも切り捨てるには惜しい人間。
だからこそ、初回対象として使える。
信頼できる。
壊したくない。
そして、壊れた時に一番困る。
「さて」
夕呼は端末に新しい試験項目を表示させる。
第一回外部対象反応試験。
対象候補:神宮司まりも。
検証項目:疲労回復、反応速度、筋出力、精神安定値、機体制御精度。
「次は、身体側の検証よ」
その声は、静かだった。
だが、確かに何かが動き始めていた。
10月23日 夕方
横浜基地・真白私室
<< 神宮寺 真白 >>
自室に戻ったあとも、霞の言葉が頭から離れなかった。
――真白さんは、少し……白いです。
白い。
それは、名前のことだろうか。
それとも、自分の中にある白銀武由来の因子のことだろうか。
いや。
たぶん、もっと曖昧で、もっと深い何か。
霞の言葉は、説明ではなく感覚だった。
でも、だからこそ胸に残る。
「……白銀武じゃない、か」
それは分かっている。
自分は白銀武じゃない。
彼のように強くはない。
彼のように何度も繰り返していない。
彼のように、この世界の中心に最初から立つ覚悟もなかった。
ただ、知ってしまっただけだ。
この世界の未来を。
誰が死ぬのかを。
何が起きるのかを。
そして、それを変えられるかもしれない場所に、自分が立ってしまったことを。
「……助けられるのかな」
口に出した瞬間、部屋が少しだけ静かになった気がした。
助けたい。
でも、助けられるとは言えない。
変えたい。
でも、変えた結果が良くなる保証はない。
白銀武がいない。
その空白に、自分がいる。
それは本当に救いなのか。
それとも、新しい悲劇の始まりなのか。
分からない。
何も分からない。
それでも。
霞は言った。
少し白い、と。
その言葉が、なぜか完全な否定ではないように思えた。
白銀武ではない。
でも、何もないわけでもない。
まだ形になっていない、白い何か。
空白。
可能性。
あるいは、未完成の因果。
「……やるしかないですよね」
自分はベッドに腰掛け、ゆっくり息を吐いた。
夕呼副司令が何を考えているのかは分からない。
霞が何を見たのかも分からない。
自分がこの世界で何を変えられるのかも分からない。
でも、今日。
自分は社霞と出会った。
白銀武ではないと告げられた。
それでも、少し似ていると言われた。
なら。
その言葉から逃げずに、進むしかない。
窓のない部屋の中で、遠くの機械音だけが低く響いていた。
神宮寺真白はまだ知らない。
自分が霞の奥に何を見せたのかも。
夕呼が何を決めたのかも。
そして、自分由来の因果が、これから最初の外部対象へ向けられることも。
ただ、胸の中で霞の言葉だけが、静かに揺れていた。
――真白さんは、少し……白いです。
その意味を、まだ知らないまま。
第4話「白い因果」
それは、神宮寺真白が社霞と出会った日。
そして、香月夕呼が“因果の外部検証”を始めると決めた日だった。
――本作用語メモ4――
■ 社霞
横浜基地で香月夕呼のそばにいる少女。
原作でも物語の核心に関わる重要人物。
■ シリンダー
夕呼の研究区画にある特殊な設備。
中に収められているものは、物語の核心に関わる。
■ 衛士強化装備
戦術機に搭乗する衛士が着用する専用装備。
操縦時の身体保護や機体との接続を補助する。
■ シミュレーター
戦術機の操縦訓練や実験に使われる装置。
実機に乗らずに戦闘データを取ることができる。