マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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第3章「帝国編」突入です、引き続きお願いします。


第3章「帝国編」
第38話「帰還後処理」 


11月12日

横浜基地・医務区画

<< 神宮寺 真白 >>

 

 新潟防衛戦は終わった。

 

 けれど、横浜基地から戦場の痕跡が消えたわけではない。医務区画には負傷者の搬送記録が積み上がり、格納庫では損傷した戦術機の修理予定が組まれ、副司令執務室では戦闘ログとXM3の実戦評価が解析されている。基地外縁部では、新潟から運び込まれた捕獲BETAを収容するための準備まで始まっていた。

 

 新潟で生まれた傷も、戦果も、問題も、今はすべて横浜基地の中にある。

 

「……臼杵さんの容体は」

 

 医務区画の廊下で尋ねると、ピアティフ中尉は手元の端末を確認した。

 

「生命反応は維持されています。昨日より安定傾向です。ただし意識は戻っていません。損傷が大きいため、引き続き慎重な経過観察が必要です」

 

「……はい」

 

 生きている。その事実には救われる。それでも、目を覚ましていないという一言が喉の奥へ残った。

 

 動かなくなったJM-01へ迫る要撃級。その前へ割り込み、92式多目的追加装甲を構えた不知火。叩き飛ばされた機体と、急速に落ちていった生命反応。思い出そうとしなくても、あの数秒だけは勝手に戻ってくる。

 

「神宮寺少佐」

 

 隣から声をかけられ、顔を上げた。

 

 伊隅大尉が立っていた。昨日から戦闘後の報告や部隊員の確認に追われているはずなのに、姿勢は普段とほとんど変わらない。

 

「臼杵は生きています」

 

「……はい」

 

「今は、その先を考えましょう」

 

「その先……ですか」

 

「彼女が目を覚ました時、あなたが潰れていては困ります」

 

 胸の奥を突かれた。

 

「……すみません」

 

「謝罪は、本人が目を覚ましてからにしてください」

 

 昨日までなら、その言葉にもすぐ何かを返そうとしていたかもしれない。今は一度だけ息を吐いた。

 

 霞の部屋には、まだ鳴らしていない音楽を預けてある。臼杵さんが目を覚ましたら、その時に聞くと決めた。だから、今ここで全部を終わらせようとする必要はない。

 

「自分は……何をすればいいですか」

 

 伊隅大尉は少し考えてから答えた。

 

「まず、医務班の指示に従うこと」

 

「……また休め、ですか」

 

「またです」

 

 少しだけ口元が緩みそうになる。

 

「その次に、報告を受けること。新潟で何が起きたのか、戦果も失敗も、記録を見て確認してください。必要なら考える。ただし、一人で結論を出さないこと」

 

「了解しました」

 

「あなたは昨日、A-01の一員として戦いました」

 

 伊隅大尉の声は静かだった。

 

「なら、戦後処理も一人で背負わないでください」

 

 一瞬、返事が遅れた。臼杵さんの傷は、自分の中から消えない。けれど、それを自分だけのものにする必要もない。

 

「……はい」

 

 今度は、それだけで十分だった。

 

◇

 

11月12日

横浜基地・格納庫

<< 神宮寺 真白 >>

 

 固定フレームへ収められたJM-01は、遠目には片脚を失ったように見えた。

 

 実際には左脚そのものは繋がっている。だが左膝関節と脚部駆動系はほぼ機能を失い、跳躍ユニット接続部や姿勢制御系にも損傷が広がっていた。外装を外された脚部には整備用ケーブルが何本も伸び、端末上では昨日の負荷記録が赤く並んでいる。

 

「少佐」

 

 浪花千歳さんの声がした。

 

 怒っている。怒鳴ってはいない。だから余計に怖い。

 

「これ、怒るって言いましたよね」

 

「……はい」

 

「めちゃくちゃ怒りますって」

 

「はい」

 

「本当に、めちゃくちゃ怒るやつでした」

 

「……怒られるために帰ってきました」

 

 千歳さんの口が止まった。

 

「……そういう返し、ずるいです」

 

「すみません」

 

「謝るのも今はなしです。先にログ見てください」

 

「はい」

 

 端末へA-01各機の実戦データが展開される。関節負荷、跳躍ユニット使用量、姿勢制御補正、XM3による入力処理、機体損耗率。その数字はどれも戦闘の激しさを示していたが、一つだけ明らかに傾向の違う機体がある。

 

 JM-01だった。

 

「最初に、ここは誤解しないでください」

 

 千歳さんがA-01全体の負荷グラフを表示する。

 

「XM3そのものが戦術機を壊してるわけやないです。A-01各機も従来より切り返しや再加速は増えてますし、回避入力も細かい。でも、戦闘後の整備で吸収できる範囲に収まってます」

 

「……じゃあ」

 

「問題はこっちです」

 

 表示がJM-01単機へ切り替わった。

 

 赤い。

 

 他の機体と比べても、関節負荷と姿勢補正の山が明らかに多い。

 

「少佐の入力、切り返しと再加速が多すぎます。特に近接機動へ入る時、着地直後の方向転換、キャンセル気味に次の動作へ繋ぐところ。この辺が脚と腰へ集中してます」

 

 言葉を聞きながら、昨日の操作が頭の中で再生される。ここなら切り返せる。踏み直せる。一度斬って、そのまま戻れる。自分にとっては、その判断が自然だった。

 

「次、ここです」

 

 千歳さんが時系列を進める。

 

 帝国軍機を救うため帰還線を外れ、高度を取った場所。レーザー照射を受け、高負荷抑制制御を一時解除。そのまま急降下し、横へ逃がしながら120ミリを撃ち、着地する。

 

《左膝関節負荷 危険域突破》

 

「解除した時点で、JM-01は少佐の入力を止める側から、できるだけ追従する側へ寄ってます。その状態で急降下から横へ逃がして、120ミリの反動まで受けた。最後の着地荷重が左脚へほぼ全部乗りました」

 

「……はい」

 

「よく耐えましたよ。普通なら、あそこで姿勢を完全に崩して転倒しててもおかしくないです」

 

 一瞬だけ安心しかけたところで、千歳さんがこちらを見る。

 

「でも、耐えたから大丈夫、やないです」

 

 声が少し強くなった。

 

「耐えた分だけ、機体が壊れました」

 

 返す言葉がなかった。

 

「JM-01だけの問題でもありません」

 

 少し離れた場所から、風間少尉が端末を覗き込んでいた。

 

「神宮寺少佐の操縦には、機体が次の入力へ追従することを前提にした部分があります」

 

「追従することを前提に……」

 

「はい。普通は機体の限界を見ながら入力を抑えます。少佐は、機体が限界付近まで応えてくれることを確認すると、その反応を次の機動へ組み込んでいる」

 

 戦闘軌道が表示される。白い線は鋭く曲がり、止まりきる前にまた方向を変え、近接へ入り、斬撃後には次の離脱軌道へ繋がっていく。画面だけを見れば綺麗だったが、実際にはその一つ一つを関節とアクチュエータが受け止めている。

 

「……そんなつもりは」

 

 言いかけて止まった。

 

 心当たりはあった。白銀武から継いだ衛士としての技能、この時代より先の戦術機運用を知っている感覚、そしてXM3なら応えてくれるという経験。その全部が重なって、無意識に「ここまではついてくる」という線を機体側へ押しつけていた。

 

「……自分が壊したんですね」

 

 千歳さんは、すぐには頷かなかった。

 

「少佐だけが悪い、とは言いません。少佐の動きをここまで許した制御側にも、まだ改善できるところがあります」

 

 そこで一度、JM-01を見上げる。

 

「でも、今回の損傷が少佐の操縦特性と強く結びついてるんは事実です」

 

「はい」

 

 胸の奥が鈍く痛んだ。それでも、昨日のようにそこから「全部自分が悪い」へ飛ぶ必要はない。今は、何が壊れたのかを確認する時間だった。

 

「なので」

 

 千歳さんが端末を切り替えた。

 

「白刃構想、進めます」

 

「……白刃」

 

 画面へ、まだ簡素な項目だけの設計メモが開く。

 

 脚部負荷分散、着地姿勢補助、近接機動時の関節保護、跳躍ユニット出力配分、高負荷機動後の強制復帰ルート。

 

「今のJM-01暫定制御を、そのまま強くする話やないです」

 

 千歳さんが言う。

 

「少佐の機動を全部禁止したら、今度は少佐を乗せる意味がなくなる。でも何でも通せば、またこうなる」

 

 JM-01の壊れた左脚へ目を向ける。

 

「だから、少佐の動きを実機で成立する形に整えます。負荷が一か所へ集中する前に分散する。危険な着地へ入る前に姿勢を作る。近接から戻る経路まで、制御側で考える」

 

 風間少尉も頷いた。

 

「速くするためではありません」

 

 その言葉に続けるように、千歳さんが言う。

 

「壊さず戻すためです」

 

 胸に残った。

 

 強くするためではない。

 

 速くするためでもない。

 

 真白を帰すための機体。

 

 それが、白刃。

 

「もちろん、すぐ専用機が完成するわけやないです。まずはJM-01の修復と、今回のログから暫定制御を作り直します。その積み重ねが白刃の方へ繋がる、くらいに思ってください」

 

「……はい」

 

「少佐」

 

 千歳さんがこちらを見る。

 

「JM-01は直します」

 

「はい」

 

「でも、同じ機体をそのまま返すだけやったら意味がないです。少佐がまた戦場へ出るなら、機体側も変わらないといけません」

 

 少しだけ間を置く。

 

「自分も、ですね」

 

「はい」

 

 容赦なく返された。

 

「少佐も変わってください」

 

「……はい」

 

「無茶するな、とは言いません」

 

 思わず千歳さんを見る。

 

「そこは言わないんですね」

 

「言って完全にやめる人なら、とっくに言ってます」

 

「……」

 

「でも、無茶した後に誰かが助けに入らんと帰れないやり方は、もう駄目です」

 

 臼杵さんの機体が浮かんだ。

 

 今度は目を逸らさない。

 

「はい」

 

「難しいなら、整備班も一緒に考えます。JM-01は少佐一人で作った機体やないんですから」

 

 胸の奥が少しだけ温かくなる。

 

 固定フレームの中にいる白い不知火を見上げた。死の八分を一緒に越え、最後には片脚を壊しながら横浜まで戻ってきた機体だ。

 

「……またお願いします」

 

 小さく呟く。

 

 千歳さんは、今度は少し笑った。

 

「こちらこそ。次は、もっと帰ってきやすくします」

 

◇

 

11月12日

横浜基地・副司令執務室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 副司令執務室には、既に新潟防衛戦に関する資料が揃っていた。A-01の戦闘ログ、XM3実戦評価、JM-01損傷記録、帝国軍側の反応、捕獲BETAの一覧。それに臼杵さんの負傷報告と、茜少尉が見せた異常な機動の記録まで並んでいる。

 

 昨日の戦場が、数字と映像へ変換されて机の上に置かれていた。

 

「座りなさい」

 

 夕呼副司令に言われ、椅子へ腰を下ろす。

 

 夕呼副司令はしばらく資料を見てから、こちらへ視線を向けた。

 

「まず結論から言うわ」

 

 一拍。

 

「新潟防衛戦は、戦略的には成功よ」

 

 胸の奥がわずかに重くなる。

 

「……成功、ですか」

 

「そうよ。第12師団は大きな損害を受けたけど防衛線は維持された。第14師団の投入も間に合った。A-01は全員生還。XM3の実戦有効性も確認できたし、帝国軍側にも予定以上の生存者が出ている」

 

 端末へ指を滑らせる。

 

「加えてJM-01の運用限界、新しい制御系に必要なデータ、複数種BETAの捕獲。払った代償を軽いとは言わないけど、得たものも大きい」

 

「臼杵さんは重傷です」

 

「ええ」

 

「JM-01も壊れました」

 

「それも事実」

 

 夕呼副司令は否定しない。

 

「だからといって、成功した部分まで失敗に変わるわけじゃない。逆も同じ。作戦が成功したからって、臼杵の傷が軽くなるわけでもないわ」

 

 昨日から何度も聞いた話だ。けれど今は、成功と傷をどちらか一方へ塗り替えずに聞けた。

 

「……頭では分かります」

 

「なら今はそれでいいわ。心まで昨日一日で追いつけとは言わない」

 

「夕呼副司令がそういうこと言うと、少し意外ですね」

 

「何よ。あたしを何だと思ってるの」

 

「戦略資源なら壊れる前まで使う人かと」

 

「失礼ね」

 

 一拍。

 

「壊れたら困るから、その手前で止めるのよ」

 

「そこなんですね」

 

「戦略資源としても」

 

 夕呼副司令が一度言葉を切る。

 

「……人間としてもね」

 

 思わず顔を見る。

 

 夕呼副司令は露骨に視線を逸らした。

 

「今のは忘れなさい」

 

「無理です」

 

「面倒ね、あんた」

 

 空気が少しだけ緩んだ。

 

 隣に立つピアティフ中尉が、次の資料を表示する。

 

「続いて、涼宮茜少尉の戦闘ログです」

 

 映像が切り替わった。

 

 要撃級の圧力で後退線から押し出され、戦車級に囲まれかけた茜機。その直後、通常の反応では間に合わない角度から機体を捻り、足元の群れだけを撃ち抜いて帰還線へ戻っている。

 

 映像で見直しても、やはりおかしい。

 

「……あれ」

 

「気づいてたのね」

 

「はい。XM3だけじゃないと思います」

 

「私もそう見てる」

 

 夕呼副司令が映像を止める。

 

「戦術機側の入力処理は、XM3の延長で説明できる。でも衛士側の判断と反応が、この一瞬だけ跳ねてる」

 

「リンク因子……」

 

「あのサンプルの影響は疑ってる。ただし、まだ断定はしない」

 

 茜少尉へ渡した小さな切り札。あれが彼女を救った可能性がある。同時に、何を変えたのか分からないままでもある。

 

「……自分が渡したから」

 

 口にしたところで、夕呼副司令の目が細くなった。

 

「原因候補の一つにあんたの介入がある。それ以上はまだ言えないわ」

 

「はい」

 

「助かったから安全とも言えないし、異常が出たから失敗とも言えない。検証する。それだけ」

 

「……また実験ですね」

 

「実験しないで安全性が分かる方法を知ってるなら、ぜひ教えて」

 

「ないです」

 

「でしょうね」

 

 夕呼副司令が次の資料を開く。

 

「で、こっちが今日の本題の一つ」

 

 画面には兵士級、闘士級、戦車級、損傷した要撃級。それに輸送可否を確認中の突撃級まで並んでいた。大型種とレーザー属種は捕獲対象から外されている。

 

「新潟で確保できた個体は、順次収容へ回すわ。要塞級やレーザー属種まで持ち帰るほど馬鹿じゃない。管理できないものを基地へ入れても仕方ないもの」

 

「……何に使うんですか」

 

 自分でも分かるほど声が硬くなった。

 

 夕呼副司令が、こちらを見る。

 

「実験よ」

 

 その一言で、背中が冷えた。

 

 捕獲BETA。

 

 実験。

 

 横浜基地。

 

 頭の奥から、まだ起きていない光景が浮かび上がる。

 

 12月10日。XM3トライアル。管理されていたはずのBETAが基地内へ侵入し――。

 

 そして――。

 

「真白」

 

 夕呼副司令の声で意識が戻る。

 

「あんた、その顔は何か知ってる時の顔ね」

 

「……」

 

 ここで黙るわけにはいかない。

 

 未来は答えではない。新潟でも、それは嫌というほど分かった。それでも、知っている危険を伝えずに起きるのを待つことだけはできない。

 

「夕呼副司令」

 

「何」

 

「捕獲BETAについて、話しておきたいことがあります」

 

 夕呼副司令の表情が変わった。

 

「重要?」

 

「はい」

 

 一度、息を整える。

 

「自分が知っている未来では、捕獲されたBETAが関係する重大な事故が横浜基地で起きます」

 

 ピアティフ中尉の指が端末の上で止まった。

 

「時期は」

 

「12月10日」

 

「確実?」

 

「いいえ」

 

 即答した。

 

「この世界では、既に未来が変わっています。新潟も自分の知っていた通りにはなりませんでした。だから同じ日に、同じ形で起こる保証はありません」

 

「なら、何が分かるの」

 

「捕獲BETAを基地内で運用する計画が、重大な危険に繋がる可能性があることです」

 

 喉が乾く。

 

「そして、その事故で……まりもさんが死ぬ未来を、自分は知っています」

 

 部屋から音が消えた気がした。

 

 夕呼副司令の目が、真っすぐこちらへ向く。

 

「そう」

 

 短い一言だった。

 

「それで、さっきからその顔なわけね」

 

「……はい」

 

「事故の原因、侵入経路、発生条件。どこまで分かる?」

 

「細部まで全部は分かりません。自分が知っているのは結果と、大まかな流れです」

 

「分かった」

 

 夕呼副司令はすぐ端末を操作した。

 

「捕獲個体の処分はしない」

 

 予想していた。それでも身体が固くなる。

 

「……はい」

 

「使えるものは使う。BETAの反応、各種センサー、基地防衛、XM3搭載機への対応。取れるデータは多い」

 

 一度言葉を切る。

 

「その代わり、あんたの知ってる事故を前提に安全策を組み直す」

 

 顔を上げた。

 

「いいんですか」

 

「何のために未来を知ってる人間を置いてると思ってるのよ」

 

 夕呼副司令は少しだけ眉を上げた。

 

「未来通りにするためじゃない。危険箇所を先に洗うためでしょ」

 

「……はい」

 

「あとで全部吐きなさい。覚えてること、曖昧なこと、自信がないところも分けて。勝手に確定情報へ加工しないこと」

 

「了解しました」

 

「後から『実は知ってました』では済ませたくないんでしょう?」

 

 胸の奥を突かれた。

 

「はい」

 

 ゆっくり頷く。

 

「この件だけは、絶対に」

 

 夕呼副司令は、小さく笑った。

 

「よろしい」

 

 戦後処理は、戦場を片づけるだけではなかった。昨日持ち帰ったものが、次に何を起こすのか。そこまで見なければ、終わらない。

 

◇

 

11月12日

横浜基地外縁部・第七演習場地下収容区画

<< 神宮寺 真白 >>

 

 副司令執務室での報告後、夕呼副司令の許可を得て、捕獲BETAの収容予定区画を確認することになった。

 

 場所は横浜基地本棟ではない。第七演習場の一角に設けられた地下施設で、地上から見れば資材保管庫にしか見えない。内部には複数の隔壁、独立した監視系統、緊急封鎖設備があり、本棟へ直接繋がる経路も制限されていた。

 

「本棟から距離を取ることで、封鎖時の侵入遅延を確保します」

 

 同行しているピアティフ中尉が説明する。

 

「捕獲個体の搬入経路と人員経路も原則分離。万が一の際には、演習場側から戦術機を即時展開可能です」

 

「……かなり対策されてるんですね」

 

「当然です」

 

 分厚い隔壁の向こうでは、搬入準備が進められていた。監視室、強化観察窓、大型コンテナ、警備兵と技術員。さらに緊急時用の戦術機進入路まで用意されている。

 

 少なくとも、何も考えずBETAを基地へ持ち込んでいるわけではない。

 

 それでも胸の奥の不安は消えなかった。

 

 安全策がある。

 

 だから安全だ。

 

 その二つは、同じではない。

 

「……檻の中の未来、か」

 

 小さく呟いた。

 

 未来では、管理できるはずだったものが破綻した。けれど、ここでも同じことが起きるとは限らない。今は既に、自分がその未来を夕呼副司令へ伝えている。

 

 条件は変わった。

 

 同じ事故を恐れるだけでは足りない。どこが破綻したのかを、一つずつ探す必要がある。

 

「真白さん」

 

 背後から小さな声がした。

 

 振り返ると、霞が立っている。

 

「霞」

 

 霞も隔壁の向こうを見た。

 

「怖いですか」

 

 一瞬だけ迷う。

 

 でも、もう便利な答えで隠す必要はなかった。

 

「……怖いです」

 

「はい」

 

「でも、今度は知ってるだけで終わらせません」

 

 霞がこちらを見る。

 

「はい」

 

 それだけだった。

 

 けれど、足元は少しだけ安定した。

 

 新潟では、知っている未来を変えた。そして、変えた結果にも傷は残った。

 

 だから次は、未来を知っていることを答えにするのではなく、危険を減らすための材料として使う。

 

 隔壁の向こうには、まだ見えない捕獲BETAがいる。そのさらに向こうには、自分が知っている12月10日の未来がある。

 

 けれど、その日までの道筋はもう一つではない。

 

 真白は、分厚い隔壁を見つめた。

 

 戦場から持ち帰ったのは、戦果と傷だけではなかった。

 

 次に変えなければならない未来も、一緒に横浜へ帰ってきていた。

 

第38話「帰還後処理」 END

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