マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

64 / 64
第40話「ワンボタンの未来」

11月12日 深夜

横浜基地・B19フロア 神宮寺真白臨時居室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 天井を見ていた。

 

 医務室ではない。自分に割り当てられた臨時居室の、何の変哲もない白い天井だった。消毒液の匂いも、医療機器の電子音も、薄いカーテン越しを行き来する衛生兵の足音もない。

 

 そのはずなのに、眠れない。

 

 目を閉じると、静かな部屋の代わりに赤い警告表示が浮かぶ。

 

《レーザー照射警報》

《左膝関節負荷 危険域突破》

《ヴァルキリー7 大破》

《衛士生命反応 低下》

 

「……」

 

 目を開ければ、また白い天井だった。

 

 身体は疲れ切っている。背中も肩も鈍く重く、操縦桿を握り続けた手にはまだ妙な力が残っていた。眠れば楽になるのだろうが、身体だけ横浜へ戻ってきても、頭の一部はまだ新潟に残っている。

 

 死の八分は越えた。A-01も帰還し、XM3も実戦で通用した。そこに疑いはない。むしろ、その性能は想像していた以上だった。

 

 入力を先に積み、必要なら途中で捨てる。機体の反応を待つ時間を削り、切り返しから次の機動へ繋ぐ。従来OSでは一度動作を終えてから組み直していた部分が、XM3なら一つの流れになる。

 

 水月中尉はその速度を突破力へ変え、伊隅大尉は部隊全体を見ながら必要な瞬間だけ使った。宗像中尉や風間少尉も、それぞれの役割へXM3を落とし込んでいた。

 

 自分も使った。

 

 使えてしまった。

 

「……強すぎるんだよな」

 

 独り言が、誰もいない部屋へ落ちる。

 

 XM3そのものが危険なのではない。速く動けることが危険なのか――そう考えて、すぐに違和感が残った。

 

「速く動けることと、正しく動けることは違う……」

 

 新潟で、自分が一番よく証明してしまった。

 

 JM-01には高負荷抑制制御があり、遙中尉の示す帰還線があり、伊隅大尉が止め、水月中尉たちが支えてくれた。それでも自分は一度、その全部から外れた。

 

 速く前へ行けた。

 

 光線級にも届いた。

 

 帝国軍機も救えた。

 

 そして、帰れなくなった。

 

 XM3なら斬るのも、避けるのも、踏み込むのも速くなる。けれど、速く動けるからといって、正しい場所へ戻る判断まで速くなるわけではない。

 

「……207Bへ、そのまま渡すのは怖いな」

 

 千鶴さん、彩峰さん、たま、冥夜、美琴さん。島から帰ってきた五人は、以前とは見違えるほど強くなっている。それでもA-01とは違う。実戦経験も、恐怖の中で判断する回数も、失敗したあとに立て直す速さも、まだ足りない。

 

 XM3を与えれば、確実に動きは良くなる。だからこそ怖かった。避けられるからもう一歩出る。踏み込めるから戻るための距離まで使う。恐怖で入力が乱れた瞬間、その乱れまで従来より速く機体へ伝わる。

 

「上手い人には自由度がいる。でも、慣れてない人に最初から全部渡したら……」

 

 そこで思考が途切れた。

 

 天井を見ているうちに、なぜか全く関係のないものが浮かんだ。元の世界の自分の部屋。手の中のコントローラーと、画面の向こうで派手な技を出すキャラクター。

 

「……あ」

 

 格闘ゲーム。

 

 最近の作品には、初心者向けの簡易操作があった。難しいコマンドを覚えなくても、ボタン一つで技を出せる。連続入力を完全に理解していなくても、簡単な操作から試合そのものへ参加できる。

 

 もちろん万能ではない。自由度は落ちるし、同じ動きを繰り返せば読まれる。細かな最適化では通常操作に負ける。それでも、初心者が「何を入力すればいいのか分からない」と固まる時間は減らせる。

 

「……ワンボタン」

 

 身体を起こした瞬間、背中に鈍い痛みが走った。

 

「っ……」

 

 一度止まる。

 

 昨日までなら、そのまま無視して動いていたかもしれない。今日は少しだけ待ち、痛みが引いてからベッドの端へ腰掛けた。

 

「ワンボタンで……登録した機動を呼び出す?」

 

 完全な自動操縦ではない。機体へ判断を任せるわけでもない。人間が決めた「型」を、必要な時だけ簡易入力で呼び出す。

 

 たとえば敵の攻撃を避けたあと、低姿勢化して横へ離脱し、味方の射線を空けながら後退、最後に射撃姿勢か隊列へ復帰する。それらを一つずつ入力するのではなく、安全寄りの連続機動として先に登録しておく。

 

「XM3なら……できるか?」

 

 先行入力機能へ、衛士自身の逐次操作ではなく登録済みの入力列を呼び出す。途中キャンセルは残し、状況に応じて分岐できる余地も必要になる。最後まで強制的に動かすのは危険すぎる。

 

「自動回避じゃない」

 

 口にすると、さっきまで引っかかっていたものが少し外れた。

 

「回避だけじゃ駄目なんだ」

 

 新潟を思い出す。レーザー照射警報が鳴った時、JM-01には即時降下と遮蔽物への退避ルートが表示されていた。

 

 自分は、それを無視した。

 

 もし若い衛士だったら。あるいは、本当に恐怖で指が止まった衛士だったら。警告が鳴った瞬間、簡易入力一つで最初の数動作だけでも始められたなら。

 

 高高度から降下し、姿勢を低くして射線を切る。遮蔽物へ移り、そのまま味方隊列へ戻る。

 

「……帰るまでを、一つにする」

 

 声にした瞬間、ばらばらだったものが繋がった。

 

 回避動作でも、必殺技でもない。緊急時に機体を格好良く動かすためでもない。恐怖で思考が止まった一瞬に、「こっちへ戻れ」と機体側から最初のきっかけを渡す。

 

 補助輪。

 

 それが一番近かった。

 

「格闘ゲームから、戦術機OSの案か……」

 

 自分でもおかしくなって、少し笑った。夕呼副司令へ説明した時の顔が簡単に想像できる。

 

 また妙な世界の文化を持ち込んだわね。

 

 絶対に言う。

 

「でも……使えるよな」

 

 ワンボタンで勝つ必要はない。

 

 ワンボタンで死ななければいい。

 

 その一瞬を越えた後は、また自分で操縦すればいい。

 

 机へ移り、端末を立ち上げる。新しいメモを開き、《XM3追加機能案》と打ち込んだあと、少し考えてもう一行加えた。

 

《登録機動ショートカット》

 

 その下へ、思いつくまま条件を書き足していく。

 

《目的:衛士の判断停止時における初動補助》

《完全自動操縦化はしない》

《任意キャンセル可能》

《登録動作終了後は通常操作へ復帰》

《攻撃より退避・姿勢回復・隊列復帰を優先》

 

「まずは安全側……」

 

 使う本人が上手くなくても機体を壊しにくいこと。敵へ突っ込ませず、味方の射線も塞がないこと。迷った時に、とりあえず生き残る方向へ動くこと。

 

 汎用初期設定として考えるなら、それくらい臆病でもいい。

 

 候補として《緊急横滑り回避》《低姿勢化》《後退復帰》《味方射線開放》《射撃姿勢復帰》《近接離脱》《レーザー警報時・低高度退避》《帰還線復帰補助》と並べてみる。

 

 書いてみると、意外なほど地味だった。

 

 それでいい。

 

 真白用の高負荷機動とは、最初から分ける。JM-01のように限界ぎりぎりまで機体を振り回すためのものではなく、危険側へ入りそうになった衛士を一度安全圏へ戻すための機能だ。

 

《真白専用設定は汎用化しない》

 

 その一行だけは、少し強く入力した。新潟のJM-01を見れば、理由は十分だった。

 

「真白用は、真白用」

 

 白刃構想と一般衛士向けXM3は、同じ方向へ進めてはいけない。白刃は、自分の異常な機動を壊さず成立させ、最後には帰すための機体。こちらは、普通の衛士が危険な瞬間に「普通へ戻る」ための仕組みだ。

 

 似ているようで、役割が違う。

 

 そこまで考えたところで、207Bの顔が順番に浮かんだ。汎用設定だけではなく、個人ごとの調整もできるかもしれない。

 

 千鶴さんなら隊列と射線を維持しやすい復帰機動。冥夜なら近接攻撃後に踏み込みすぎない離脱パターン。彩峰さんは決められた動きを増やしすぎると逆に長所を殺すから、最初の一手だけ渡して、その後は自由にした方がいい。美琴さんなら地形利用と偵察時の緊急退避。

 

 そして、たま。

 

「……狙撃姿勢の安定化」

 

 思わず指が止まる。

 

 射撃姿勢へ入り、反動を逃がし、次弾へ移る。危険が迫れば、その姿勢を捨てて離脱する。これも登録動作として補助できる。

 

「たまには……かなり使えるかも」

 

 そこまで考えたところで、別の予定が頭をよぎった。

 

 明日、珠瀬事務次官が横浜へ来る。

 

 HSST。空。そして、珠瀬壬姫が引き金を引くかもしれない未来。

 

 指先が一瞬止まった。

 

 また未来だ。

 

 けれど、今度はすぐに答えを出そうとはしなかった。必要になった時に考える。今は、このメモを終わらせる。

 

「……対人だと、また違うな」

 

 BETA相手なら、少なくとも現時点では機動パターンを学習して待ち伏せされる心配は薄い。だが模擬戦や対衛士戦では、同じショートカットを繰り返せば熟練衛士には復帰位置を読まれる。

 

 低姿勢化のあとは必ず右、近接離脱後は必ず後退。そんな癖ができれば、戻り先へ先に照準を置かれる。

 

「同じ目的に、複数パターン……」

 

 右へ避けるだけでも、一度後退を挟む型、低姿勢のまま抜ける型、射撃姿勢へ繋ぐ型、味方の後ろへ戻る型が考えられる。ただ、複雑にしすぎれば初心者向けという最初の目的から外れる。

 

「……この辺は夕呼副司令たちに投げよう」

 

 口にしてから、自分で少し笑った。

 

 全部を自分で持たない。

 

 最近、何度も言われている。なら技術案だって同じだ。思いついたところまで出して、専門家と一緒に詰めればいい。

 

 問題は名前だった。

 

「登録機動簡易入力支援……」

 

 そのまますぎる。

 

 端末の隅へ、思いつく英単語を並べてみる。

 

《Maneuver》

《Operation》

《Direct》

《Entry》

《Response》

《Navigation》

 

 頭文字を拾う。

 

「……MODERN」

 

 数秒、画面を見つめた。

 

「モダン入力じゃん」

 

 完全に元ネタそのままだった。しかも、後付け感がすごい。夕呼副司令に見せたら、たぶん一発で何かあると見抜かれる。

 

「仮称。仮称だからな……」

 

《MODERN:仮》

 

 念のため、自分への言い訳まで書き加えた。それでも名前が付くと、急にただの思いつきではなくなった気がする。

 

 ふと、霞なら何と言うだろうと思った。たぶん難しい説明を全部聞いたあと、小さく首を傾げる。

 

 そして。

 

 戻るためのボタンですか。

 

「……戻るためのボタン」

 

 口にすると、それが一番しっくりきた。

 

 怖くて何もできなくなった一瞬に、とりあえず帰る方向へ最初の一歩を動かす。そのためのボタン。

 

 メモの最後へ、新しい項目を追加した。

 

《設計思想》

《迷った時に、死なないための型を渡す》

《避けて終わりではなく、戻るまでを一つの動作として考える》

 

 そこで手が止まった。

 

 画面の文字の向こうへ、新潟の戦場が重なる。レーザー照射警報。青い帰還線。それを外れた自分。動かなくなったJM-01と、その前へ割り込んだ臼杵機。

 

 もし、あの時。

 

 もっと安全に戻れる仕組みがあったら。

 

 臼杵さんは――。

 

「……違う」

 

 小さく首を振った。

 

 また、過去へ答えを当てはめようとしている。あの時にこの機能があればどうなったかなんて、今さら誰にも分からない。そもそも自分は、安全側の制御を自分の意思で外した。

 

 機能一つで消せる失敗ではない。

 

 JM-01の左脚は壊れた。臼杵さんは重傷を負った。その事実は変わらない。

 

 でも、そのまま忘れる必要もない。

 

「傷を機能に変える……っていうのも、なんか嫌な言い方だな」

 

 呟いて、少し考える。

 

 違う。

 

 傷を材料にするのではない。あの日、何が危なかったのか、何が足りなかったのかを忘れないために仕組みへ残す。同じところで、次の誰かが躓かないように。

 

「……それなら、いいか」

 

 メモを保存する。

 

 時刻を見ると、もうかなり遅い。まりもさんに知られたら確実に怒られるし、ピアティフ中尉にも休息不足として記録されるだろう。霞なら――たぶん、何も言わずにこちらを見る。

 

「寝よう」

 

 自分からそう言えたことに、少しだけ驚いた。

 

 端末を閉じ、ベッドへ戻る。また同じ白い天井を見上げた。

 

 警告音は消えていない。目を閉じれば、きっとまた新潟を見る。

 

 それでも、さっきまでとは少しだけ違った。

 

 瞼の裏に赤い警告表示が浮かび、その奥に、あの日の青い帰還線が伸びている。

 

「……戻るためのボタン、か」

 

 悪くない。

 

 机の上では、閉じた端末の中に一枚の雑なメモが残っている。

 

《XM3追加機能案――MODERN(仮)》

 

 まだ設計図ですらない。実現できるかどうかも分からない、元の世界のゲームから生まれた思いつきにすぎない。

 

 真白はもう一度だけ青い線を思い浮かべ、それを今度は外れないまま、ゆっくり目を閉じた。

 

第40話「ワンボタンの未来」 END

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger(作者:セントラル14)(原作:Muv-Luv)

はじめは"元の世界"に還りたいと願った。▼だがそれは叶わず、戦いが突きつけられる。▼戦いに身を任せ、戦い、戦い、戦い続けた。資源、食料、ヒト、全てをすり減らしながら。▼いつ死んだ? 何処で死んだ?▼はじまりに戻っていた。▼そこでも戦い、戦い、戦いだ。戦いに明け暮れるが、そこでは全てを失った。全てだ。▼力があっても、知識があっても、覚悟がそ…


総合評価:2205/評価:8.47/連載:63話/更新日時:2026年08月18日(火) 11:00 小説情報

Muv-Luv 戦場に咲く雷花(作者:マルク)(原作:Muv-Luv)

地球外生命体BETAによって地球は滅亡の危機に瀕していた。▼地球の管理神もまたその事実に苦しむ1柱である。▼ある日、神々の会合である議題が挙がった。▼転生者にやらせてみよう。▼その者を神の代行者として人類を救おう。▼しかし事は出来るだけゆっくりとだ。BETA側に神的存在がいないとも限らない。故に、事は静かに、慎ましく、エレガントに運ぶ事。▼作中の主人公がやっ…


総合評価:458/評価:8.19/短編:17話/更新日時:2026年07月04日(土) 18:00 小説情報

機動戦士ガンダム 不死鳥戦記(作者:だいたい大丈夫)(原作:ガンダム)

宇宙世紀0079。ジオン公国の有力名家フロートニック家の長男、カリス・ジークフリード・フロートニック(16歳)は、実家の財力で少尉任官し、私兵を率いてルウム戦役へ出陣した。▼「金の力で遊んでいるお坊ちゃん」と、同期のシャア・アズナブル中尉から冷酷に嘲笑されるカリス。しかし、初陣の激戦の最中、彼は敵の射線が光の道筋として見える「ニュータイプ」の力に覚醒する。▼…


総合評価:709/評価:7.07/連載:46話/更新日時:2026年09月23日(水) 00:13 小説情報

Muv-Luv OPERATION:LAST KISS(作者:ババンババンバン)(原作:Muv-Luv)

私...いや、我々は旅をしていた。▼人類を滅ぼさんとする敵性存在――『バイド』を殲滅するための、果てなき遠征の旅を。▼それは気が遠くなるほど長い戦いだった。幾多の激戦を潜り抜け、数え切れぬ犠牲を払いながらも、我々はついにバイド星系――敵勢力中核宙域へと到達した。▼ようやく、すべてに決着がつく。▼...そのはずだった。▼突如として発生した眩い閃光に、我々の艦隊…


総合評価:369/評価:7.46/連載:15話/更新日時:2026年08月20日(木) 15:24 小説情報

魔法科高校の鬼狩り守護者(作者:守護者の夜明け)(原作:魔法科高校の劣等生)

 魔法科高校の世界に、本来は存在しなかった異形の怪物が跋扈し始めた。▼ 奴らには現代火器はもちろん古式魔法も現代魔法も通用しない。▼ 奴ら〝鬼〟を討てるのは、この世でただ一人。天命を授かりし者だけ。▼ その手に鬼を屠る神器名剣【鬼切丸】を携え、千年の時を超えて生きる伝説の〝守護者〟たる彼だけだった。▼ その名は津那美。神に■■され、そして■われた、白き髪をな…


総合評価:413/評価:7.88/連載:15話/更新日時:2026年10月03日(土) 15:20 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>