マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
11月13日 午後
国連軍横浜基地・シミュレーター制御室
<< 神宮寺 真白 >>
「207Bには、まだ触らせません」
そう言うと、まりもさんは端末から目を上げ、少しだけ意外そうにこちらを見た。
「……珍しいですね」
「そうですか?」
「神宮寺少佐なら、便利なものができたらすぐ訓練へ持ち込みたがると思っていました」
「自分でも、最初はそう考えてました」
午前中、夕呼副司令の執務室で仮採用されたXM3拡張案――簡易機動入力支援機構《MODERN》。通称モダン入力。その汎用初期設定を確認するため、午後からシミュレーター制御室へ移っていた。
ただし、今日207Bは呼んでいない。
総合戦闘技術演習を終えたばかりの彼女たちは、まだ戦術機という巨大な身体を自分のものにしている途中だ。歩く、止まる、旋回する。姿勢を崩さず射撃し、近接へ入り、回避した後に次の行動へ戻る。
そういう地味な一つ一つを、頭で考えなくても動かせるようになる段階だった。
「そこへ最初からMODERNを渡したら、たぶん便利すぎます」
まりもさんが静かに頷いた。
「便利だからこそ、ですね」
「はい」
「訓練兵は、楽な操作を覚えればそちらへ寄ります。特に、自分の判断に自信がない者ほど」
声が教官のものへ変わる。まりもさんは端末に並ぶショートカット一覧へ目を落とした。
「低姿勢化。後退復帰。射線開放。レーザー警報時低高度退避……。確かに便利です」
「でも、どうしてそう動くのかを知らないままボタンだけ覚えたら危ない」
「その通りです」
返答は早かった。
「なので、207Bへ渡す前にまりもさんに見てほしいんです」
「私に?」
端末の画面を切り替える。
《XM3-MODERN 汎用初期設定試験》
《対象:神宮司まりも大尉》
《目的:教官視点による安全性確認》
《訓練兵への導入可否判断》
《基礎教習との接続方法確認》
まりもさんはしばらく画面を眺めたあと、こちらへ視線を戻した。
「香月博士でも、あなたでもなく?」
「夕呼副司令は機能として見ます。自分は、生きて戻るための道具として見ます。ピアティフ中尉は運用面を見てくれる」
一度区切る。
「でも、訓練兵がどう間違えるかを見るのは、まりもさんが一番だと思いました」
表情がほんの少しだけ変わった。
「……よく、そこに気づきましたね」
「新潟で気づかされました」
口にすると、まだ胸の奥に小さく刺さる。赤い警告と、青い帰還線。動かなくなったJM-01と、その前へ入った臼杵機。
「速く動けることと、正しく動けることは違いました」
「ええ」
「便利な機能も、使う順番を間違えたら事故になると思います」
まりもさんは制御室奥のシミュレーター筐体へ目を向けた。
「分かりました」
一歩踏み出す。
「教官として見ます」
「お願いします」
「ただし」
「はい」
「神宮寺少佐も無理をしないこと」
「……はい」
「まだ顔色が悪いです」
「皆さん、本当にそこ見逃しませんね」
「見逃す方が難しいです」
返せなかった。
その時、制御室のスピーカーが小さく鳴る。
『聞こえてるわよ』
夕呼副司令だった。
「……やっぱり見てたんですね」
『直接行くと面倒だから、こっちから見る。まりも、遠慮なく粗を出してちょうだい』
「承知しました」
副司令執務室側からはピアティフ中尉もログ監視へ入っている。隣では霞が端末を抱え、こちらと試験項目を交互に見ていた。
「霞、真白用のログは混ぜないでね」
「はい」
一拍。
「危ないので」
「……そこまで念押しする?」
「はい」
最近、扱いが完全に危険物だった。
「今日は汎用だけ」
「はい」
準備は整った。
まりもさんがシミュレーター筐体へ入り、扉が閉まる。接続確認が終わると、制御室の大型モニターへ訓練用不知火の仮想機体が表示された。
現役を離れていても、まりもさんは元衛士だ。それ以上に今は、何百、何千という失敗を訓練兵へさせ、その失敗から生き残る形を教えてきた人間でもある。
今日は、その目が欲しかった。
「では、始めます」
◇
11月13日 午後
横浜基地・シミュレーター内
<< 神宮司 まりも >>
視界が開けた。
低層建築物が並ぶ仮想市街地。瓦礫、遮蔽物、細い道路、その向こうに表示される仮想BETAの反応。
まりもは操縦桿へ手を添えた。
懐かしい、と単純には思わなかった。現役時代とは機体の反応もOSも違う。何より、今は衛士としてではなく教官としてここに座っている。
戦術機は衛士の身体ではない。
だが、戦場では自分の身体より先に動かせなければ死ぬ。
だから訓練兵には、最初から便利な答えを渡してはいけない。
『まりもさん。まず汎用ショートカットAです』
神宮寺少佐の声が入る。
『要撃級の前腕攻撃を想定。低姿勢化、横方向離脱、後退、射撃姿勢復帰までを登録しています』
「了解しました」
『途中キャンセル可能です。完全自動回避ではありません』
「確認します」
前方に要撃級が生成される。巨大な前腕が持ち上がるのを見ながら、まりもは意図的に反応を遅らせた。
訓練兵なら、あの質量だけで身体が固まる。
恐怖で判断が一瞬遅れた状態を作り、その上でMODERN入力を起動する。
機体が沈んだ。
余計な上昇をせず、前腕の軌道下へ身体を落とす。そこから横へ滑り、振り抜かれた腕をかわした直後には半歩後ろへ下がっている。最後に突撃砲が前を向いた。
「……なるほど」
悪くない。むしろ、かなり良い。
訓練兵は避けた後によく止まる。避けた。助かった。その一瞬だけ安心して、次の敵への反応が遅れる。
この機能は、その空白を削っている。
『どうですか?』
神宮寺少佐が聞いた。
「便利です」
『はい』
「だから危険です」
通信の向こうが静かになった。
「これを最初に渡せば、“このボタンを押せば避けられる”と覚える者が出ます」
『……はい』
「低姿勢になる理由。横へ逃げる理由。敵を避けた後、なぜ銃口を前へ戻すのか。それを理解していない者に完成した動作だけ渡せば、ボタンが使えない状況で何もできません」
機体を停止させる。
「この機能は、判断を覚えた後に使わせるべきです」
『基礎教習の代わりではなく』
「基礎教習の後です」
『いいじゃない』
香月博士の声が割り込んだ。
『やっぱり教官に最初に見せて正解ね』
「香月博士。聞こえています」
『聞こえるように言ってるのよ』
まりもは小さく息を吐いた。相変わらずだ。
ただ、この機能については役割を分けた方がいい。
香月夕呼は「使えるか」で判断する。神宮寺真白は「誰かを帰せるか」で判断する。そして自分は、「使わせても、その人間が育つか」を見る。
それぞれ必要だった。
『次、汎用ショートカットBです』
『前進停止、後方斜行、味方射線開放、隊列復帰』
「了解」
仮想空間へ味方機のマーカーが追加された。
前へ出て敵を引きつける。MODERNを入力すると、機体は勢いを殺しながら後方斜めへ滑り、後衛の射線から身体を外した。そのままほとんど止まらず、隊列位置へ収まる。
滑らかだ。
だが、その滑らかさの中に問題も見えた。
「神宮寺少佐」
『はい』
「これは榊には向いています」
『自分もそう思います』
「ですが、彩峰へ同じものを渡すべきではありません」
『……はい』
反応を見る限り、本人にも思い当たるところがあるらしい。
「榊は基準位置を持たせた方が判断しやすい。部隊全体の形から、自分がどこへ戻るべきかを考えます」
視線を仮想戦域へ巡らせる。
「彩峰は逆です。固定された復帰点を意識させすぎると、彼女の地形感覚と変則機動を殺す可能性がある」
『最初の一手だけ補助して、その後は自由にした方がいいですね』
「そうです。鎧衣も、固定ルートへ戻すより地形を見て複数候補から選ばせた方がいい」
『個人設定が必要……』
「個人設定以前に、個人の癖を見る必要があります」
そこで神宮寺少佐の返事が一拍遅れた。
『……はい』
「珠瀬には別の危険があります」
『安心感、ですか?』
少し驚いた。
「分かりましたか」
『昨日考えていて、少し』
「ええ。珠瀬は怖い時に固まります。最初の一歩を機能が助けること自体は有効です」
ただし。
「“これを押せば大丈夫”と思わせたら駄目です」
『……はい』
「安心させる道具と、依存させる道具は違います」
通信の向こうで、何か入力する音がした。
「御剣は、型として吸収するでしょう」
『途中から斬撃へ繋げそうです』
「間違いなく」
思わず少しだけ口元が緩む。
「禁止だけでは駄目です。どの時点なら崩してよいかを教える」
『はい』
「神宮寺少佐」
『はい』
「全員に同じ便利さを配らないことです」
はっきり言う。
「その子がどこで迷うかを見て、必要な部分だけ渡す」
『……はい』
「それが教官の仕事です」
◇
11月13日 午後
国連軍横浜基地・シミュレーター制御室
<< 神宮寺 真白 >>
思っていた以上に刺さった。
MODERNを考えた時、自分なりに個人差は考えていた。でも、まりもさんはもう一段手前を見ている。設定をどう変えるかではなく、そもそも誰にどこまで渡すべきなのか。何を渡さない方が、その人間が強くなれるのか。
「やっぱり、いきなり207Bに渡さなくて正解でした」
隣で霞が小さく頷く。
「はい」
「最初からボタンに頼ったら、戻り方そのものを覚えません」
自分で口にして、少し引っかかった。
「……戻るためのボタンなのに、戻り方を忘れたら意味ないか」
『その通りです』
まりもさんの声が返ってくる。
『神宮寺少佐。この機能は良いものです』
「はい」
『だからこそ、教える順番を間違えてはいけません。まず通常操作で戻ることを覚えさせる。その意味を理解させた上で、恐怖や混乱の中でも同じことができるようにMODERNを使わせます』
端末へ書き込む。
《MODERN導入順序》
《1.通常操作による基礎機動習得》
《2.復帰行動の意味を理解》
《3.危険状況下に限定して補助導入》
《4.個人特性に合わせて調整》
夕呼副司令が通信へ割り込む。
『決まりね。基礎教習の代替は禁止。初期段階は教官側で機能ロック。使用ログも全部取る』
「はい」
ピアティフ中尉が続いた。
『登録機動の使用回数、使用状況、途中キャンセル回数、キャンセル失敗も記録対象にします』
「キャンセル失敗まで?」
『むしろ重要です。衛士がどこで判断を機能へ預けすぎているか確認できます』
「ああ……」
納得した。
『段階的解放機能も追加しましょう』
「段階的解放?」
『訓練進度に応じて、使用可能なMODERN入力を増やします』
夕呼副司令が少し楽しそうに笑う。
『レベルを上げると技が増えるわけね』
「副司令」
『冗談よ。半分』
半分は本気らしい。
『香月博士』
まりもさんの声が低くなる。
『はいはい。真面目にやってるって』
本当だろうか。
「まりもさん、次は味方射線開放をお願いします」
『了解しました』
仮想機が再び動き始める。
今回のショートカットは、見た目だけならかなり地味だった。前衛が敵を引きつけ、後方に射撃機。射線が重なった瞬間に前衛が短く横へずれ、姿勢を沈めたまま射線から抜ける。
後衛が撃つ。
その後、隊列へ戻る。それだけだ。
敵を華麗に斬るわけでもないし、目立つ回避でもない。それでも、まりもさんはすぐ言った。
『これは使えます』
「本当ですか?」
『ええ。特に榊と珠瀬には』
「千鶴さんと、たま?」
『榊には、自分が射線を空ける側として。珠瀬には、味方がどう射線を作ってくれているのか理解させるために』
その見方は、自分にはなかった。
射撃する側だけではなく、その射撃を成立させる側の動き。
『狙撃手に必要なのは狙う技術だけではありません。自分の一発が、誰の動きによって作られたのか理解することです』
「……なるほど」
『ただし、彩峰には感覚でやらせた方が早い可能性があります。鎧衣は地形との組み合わせが先です』
「個人差、大きいですね」
『それが訓練です』
まりもさんの声は厳しい。
『訓練兵を機能へ合わせてはいけません』
一拍。
『機能を、訓練兵の成長へ合わせるのです』
その言葉は強く残った。
作る側は、どうしても「何ができるか」を見る。まりもさんは「それを渡された子がどうなるか」を見る。
「……やっぱり、先に見てもらってよかったです」
『そう思うなら、今後も勝手に新機能を渡さないように』
「はい」
『返事ではなく』
「実行します」
最近、本当にこの言葉をよく使う。
◇
11月13日 午後
横浜基地・シミュレーター内
<< 神宮司 まりも >>
最後の確認項目には、少し長く目が止まった。
《レーザー警報時低高度退避》
光線級。
衛士から空を奪った存在。
現役を離れていても、その警報音だけは身体が覚えている。まして初めて実戦へ出る訓練兵なら、知識では分かっていても実際に照準された瞬間には指が止まる。
『まりもさん』
神宮寺少佐の声が入った。
『これは上昇入力抑制、即時低姿勢化、横方向離脱、遮蔽物候補への移動、帰還方向への復帰までを一つにしています』
「自動回避ではない」
『はい。避けるだけではなく、その後どこへ戻るかまで含めています』
まりもは小さく息を吐いた。
新潟で神宮寺少佐が何をしたかは知っている。警報を受け、安全な帰還線もあった。それでも彼は、誰かを救うため高度を取った。
結果、JM-01は壊れ、臼杵少尉が倒れた。
この機能には、明らかにその記憶が混ざっている。
「開始してください」
『了解』
《レーザー照射警報》
音が鳴った。
理屈とは別に、肩へ力が入る。
まりもはMODERNを起動した。
機体が沈む。
跳ばない。
地面へ張りつくように高度を落とし、横へ逃げる。遮蔽物候補がHUDへ表示され、その方向へ離脱。最後に、帰還方向へ機首が戻った。
悪くない。よくできている。
だからこそ、問題が分かった。
「神宮寺少佐」
『はい』
「これは、全部を最初から使わせてはいけません」
『理由を聞いても?』
「訓練兵が、自分で遮蔽物を探さなくなります」
通信が静かになる。
「警報が鳴った。ボタンを押した。機体が安全な場所を選んだ。それだけを覚えたら、地形を見る目が育ちません」
『……はい』
「分けましょう」
まりもは画面を確認しながら順番に整理する。
「第一段階は上昇抑制と低姿勢化まで。第二段階で横方向への離脱。第三段階で遮蔽物候補を表示する」
『はい』
「帰還方向へ戻るところまで繋げるのは、その全部を理解してからです」
通信の向こうで、神宮寺少佐の声が少し明るくなった。
『それ、すごく良いです』
「当然です」
短く返す。
「教える順番を作るのが教官です」
『段階的解放、正式採用ね』
香月博士の声が入る。
『ピアティフ、仕様書へ』
『反映します』
まりもは仮想戦域を見たまま、少し迷った。
それから言う。
「神宮寺少佐」
『はい』
「この機能を、新潟のやり直しにしないでください」
一瞬、音がなくなった。
「あなたがあの時こう動けていれば、と考えた部分はあるでしょう」
『……あります』
「それ自体を責めるつもりはありません」
操縦桿から片手を離す。
「ですが、過去を訂正するために機能を作るのではありません」
『はい』
「次に、誰かが戻るためです」
少しの沈黙。
やがて、声が返ってくる。
『分かっています』
強がっているようには聞こえなかった。
『あの時を消せないのは、分かってます。でも、次に誰かが同じところで止まらずに済むなら……作る意味はあると思います』
「ええ」
まりもは静かに頷いた。
「なら、正しく教えましょう」
◇
11月13日 夕方前
国連軍横浜基地・シミュレーター制御室
<< 神宮寺 真白 >>
試験が終わった。
MODERNの汎用初期設定は有用だった。それと同時に、そのまま207Bへ渡してはいけないこともはっきりした。
端末上には、午前中よりずっと増えた項目が並んでいる。
《XM3-MODERN 教官用導入方針》
《・基礎教習の代替禁止》
《・通常操作で同一機動の意味を事前習得》
《・訓練段階ごとの機能制限》
《・教官側による使用ログ管理》
《・個人調整は基礎理解後》
《・レーザー警報系は段階的解放》
たった半日の試験で、昨夜自分が書いたメモとはずいぶん違うものになった。
「かなり変わりましたね」
『良くなった、と言ってください』
ピアティフ中尉の声が返る。
「良くなりました」
『神宮司大尉の指摘が大きいですね』
『教官に見せて正解だったわ』
夕呼副司令も続けた。
「最初からそのつもりでした」
『嘘つけ』
「……半分くらいは、早く207Bで試したかったです」
『正直でよろしい』
シミュレーター筐体の扉が開き、まりもさんが降りてきた。少し疲れているように見えたが、その目は普段通りだった。
「神宮寺少佐」
「はい」
「本日の結果をまとめます」
姿勢を正す。
「MODERN入力は有用です」
胸の奥が少し軽くなる。
「ただし、訓練兵への直接導入は時期尚早。まず教官が理解し、訓練兵には通常操作を身につけさせる。その上で限定機能から段階的に導入します」
「はい」
「207Bへ使わせるのは、基礎シミュレーター教習を一通り終えてから。それまでは私が確認します」
「……お願いします」
まりもさんの表情が少しだけ和らいだ。
「戻るためのボタン、でしたね」
「はい」
「なら、ボタンを渡す前に戻り方を教えます」
霞が横から小さく言う。
「ボタンの前に、道を覚える」
思わずそちらを見る。
「……それ、いいね」
「はい」
端末へ一行追加する。
《ボタンの前に、道を覚える》
『仕様書に詩を書くんじゃないわよ』
夕呼副司令が笑った。
「開発思想です」
『便利な言葉ね』
からかわれている。でも、悪い気はしなかった。
新潟の傷は何も消えていない。JM-01の左脚も、臼杵さんの重傷も、自分がレーザー警報の中で判断を誤ったことも残っている。
それでも、そこから生まれたものは少しずつ自分の手を離れ始めていた。夕呼副司令が仕様へ落とし、ピアティフ中尉が運用へ変える。霞が危険なログを切り分け、まりもさんが教える順番を作る。
もう、自分一人の思いつきではない。
そのことが、少し嬉しかった。
「神宮寺少佐」
「はい」
「本日の試験は終了です。この後は休憩」
「……はい」
「報告書は後です」
「はい」
「不満ですか?」
「いえ。実行します」
まりもさんが満足そうに頷き、霞まで同じように頷いた。
「戻るためのボタンを作る人が、戻れなくなるのは困ります」
「それ、朝も言われた気がする」
「はい」
「何度でも言うの?」
「はい」
完全に逃げ道がない。
でも、不思議と嫌ではなかった。
自分は端末を閉じた。
制御室の画面には、試験済みの四項目が残っている。緊急横滑り回避、後退復帰、味方射線開放、レーザー警報時低高度退避。
どれも派手ではない。敵を倒す技でもない。
けれど、教官の目を通したことで、ようやく「誰かへ渡せるかもしれない機能」になり始めていた。
最後に、今日追加された一行を見る。
《ボタンの前に、道を覚える》
少しだけ笑った。
MODERNは、今日初めて教官に止められた。
そして、止められたことで少しだけ完成へ近づいた。
第42話「教官用ショートカット試験」 END