マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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第43話「個人設定」

11月13日 夕方

国連軍横浜基地・A-01待機区画

<< 神宮寺 真白 >>

 

「作戦後、まだ二日しか経っていないところにすみません」

 

 机へ資料を置くと、思ったより大きな音がした。

 

 新潟から戻って以降、A-01の待機区画はどこか普段と違う。人数そのものはほとんど変わっていないのに、医務区画にいる臼杵さんの席だけが妙に目につくし、格納庫では各機の整備が続き、JM-01もまだ修復方針を詰めている途中だった。

 

 本当なら新しい資料を増やす時期ではない。それくらいは自分でも分かっている。

 

「最初に言っておきます。今すぐ運用してほしいという話ではありません」

 

 伊隅大尉が一番上の冊子を手に取った。

 

《XM3-MODERN 個人設定案》

《汎用初期設定からの派生調整について》

 

 水月中尉が横から覗き込む。

 

「モダン入力?」

 

「はい」

 

「また少佐殿が変なの持ってきた」

 

「否定しきれないのがつらいです」

 

「名前からして、少佐殿の世界産っぽいねぇ」

 

 宗像中尉まで楽しそうに口を挟む。

 

「……はい」

 

「正直でよろしい」

 

 その横では、風間少尉が既に資料を数ページ先まで読み進めていた。

 

「汎用初期設定、衛士別調整、真白少佐専用。三系統に分けるのですね」

 

「はい。午前中に夕呼副司令から仮採用をもらって、午後にはまりもさんにも汎用設定を試してもらいました」

 

「もう?」

 

 水月中尉が顔を上げる。

 

「仕事早すぎない?」

 

「自分でも少しそう思います」

 

「少し?」

 

「……かなり」

 

 伊隅大尉だけは資料から目を離さなかった。

 

「それで、私たちにも見せる理由は?」

 

 部屋の空気が少し締まる。

 

「実戦部隊として見てほしいからです」

 

 一度、言葉を選んだ。

 

「自分はこれを“帰るための機能”として考えています。夕呼副司令は技術として、ピアティフ中尉は運用として見てくれました。まりもさんは、教える側から止めるところを決めてくれた」

 

 そこでA-01の顔を見渡す。

 

「でも、新潟で実際にXM3を使ったのは皆さんです。机の上では見えない使いにくさや、逆に使えるところがあると思います」

 

 水月中尉が資料を指で叩いた。

 

「要するに、現場から文句を募集?」

 

「かなり近いです」

 

「それなら得意」

 

「ほどほどでお願いします」

 

 小さく笑いが起きた。

 

 だが、次のページを開いた水月中尉の表情はすぐ変わる。

 

《MODERN運用優先順位》

 

《1.回避》

《2.復帰》

《3.味方射線開放》

《4.隊列・帰還方向への再接続》

《5.必要時のみ攻撃系登録》

 

「……前に出るためじゃないのね」

 

「はい」

 

「やっぱり言うと思った」

 

「言います」

 

 水月中尉が少し嫌そうな顔をしながら、自分の項目を探し始めた。

 

「あたしのところ、“踏み込みすぎ”とか絶対書いてるでしょ」

 

「書いてあります」

 

「ちょっとは濁しなさいよ!」

 

 宗像中尉が隣から紙面を覗き込み、肩を震わせる。

 

「本当に書いてある」

 

「見せなさい!」

 

 水月中尉が資料を引き寄せた。

 

《速瀬水月中尉用・調整案》

 

《・高機動への適応性は高い》

《・踏み込み後の復帰を重点評価》

《・撃破成立時点ではなく、隊列復帰までを一連の行動として記録》

《・前進加速系登録は制限付き》

《・後退復帰/味方射線開放を優先》

 

「前進加速系、制限付きって何よ」

 

「水月中尉は、自分で前へ出られますから」

 

「褒めてる?」

 

「褒めてます」

 

「なのに制限?」

 

「必要なので」

 

「ぐぬ……」

 

 隣から小さな笑い声がした。

 

「水月には必要だと思う」

 

「遙まで!?」

 

 遙中尉は妹を見る時と同じ穏やかな顔で、容赦がない。その手元には、水月中尉とは別の資料が開かれていた。

 

《涼宮遙中尉用・CP管理案》

 

《・各機MODERN使用状況監視》

《・使用頻度/キャンセル率/復帰失敗を記録》

《・連続使用/依存傾向への警告》

《・個人設定更新時の比較資料として保存》

 

「私は使う側ではなく、見る側なのですね」

 

「はい」

 

 遙中尉は資料からモニターへ視線を移した。

 

「誰が、何を使ったかを見る」

 

「それだけじゃなくて、何度使ったか。途中で自分の判断へ戻れたか。逆に、最後までショートカットへ任せてしまったかも」

 

「……なるほど」

 

 表情が少し真面目になる。

 

「戻るための機能なのに、それに依存して戻れなくなる可能性もある」

 

「はい」

 

 すぐ本質へ届く。新潟でも遙中尉が見ていたのは撃破数より帰還線だった。だからこそ、MODERNにも彼女の目が必要になる。

 

◇

 

11月13日 夕方

国連軍横浜基地・A-01待機区画

<< 涼宮 茜 >>

 

 自分の名前が印刷された紙を見るのは、思った以上に落ち着かなかった。

 

《涼宮茜少尉用・調整案》

 

 評価表なら何度も見てきた。でも、これは少し違う。できたこと、できなかったことだけではなく、自分がどう動く人間なのかまで書かれている。

 

「茜」

 

 隣から水月が顔を出した。

 

「何て書かれてる?」

 

「水月さん、自分の資料読んでくださいよ」

 

「もう読んだ。傷ついた」

 

「前に出すぎって書かれただけでしょう」

 

「茜まで遙側!?」

 

 思わず少し笑った。そのおかげで、紙を持つ指から余計な力が抜ける。

 

《・前進時の反応は良好》

《・速瀬中尉の機動影響を受けやすい》

《・攻撃成立後、復帰判断が遅れる傾向》

《・隊列復帰補助を優先》

《・後退復帰ショートカットを個人調整》

《・評価項目:撃破後の復帰時間/味方射線を塞がない位置取り》

 

「……やっぱり、戻るところなんですね」

 

 口にすると、少しだけ悔しかった。

 

 前に出ること自体はできる。敵が見えれば、何をしなければならないかも分かる。問題は、その後だった。

 

 一体倒すと、すぐ次の敵を見る。その先には水月がいて、まだもう一歩行ける気がする。そう思った時には、自分の後ろにあった隊列が一瞬だけ遠くなっている。

 

 ほんの一瞬。それでも、戦場では十分すぎる。

 

「茜」

 

 姉の声がした。

 

「できていない、と書かれているわけではないわ」

 

「……うん」

 

 分かっている。分かっているけれど、紙にされると逃げられない。

 

「涼宮少尉」

 

 神宮寺少佐がこちらへ来た。

 

「はい」

 

「これ、茜さんの動きを止めるための設定ではありません」

 

「……はい」

 

「前へ出る力は必要です」

 

 思わず顔を上げる。

 

「でも、戻れるなら」

 

 神宮寺少佐が資料の《復帰》という文字を指先で叩いた。

 

「また前へ出られます」

 

 その一言が、妙に残った。

 

 前へ出るために戻る。今までは、戻るのは攻撃が終わった後で、前へ出られなくなったから下がるものだと思っていた。

 

 そうじゃない。

 

 次も前へ出るために、一度戻る。

 

「……はい」

 

 水月を見ると視線が合い、向こうが先に少し逸らした。

 

「茜」

 

「はい」

 

「あたしの真似するなら」

 

 腕を組んだまま、ぶっきらぼうに言う。

 

「戻るところまで真似しなさい」

 

「水月さん……」

 

「戻れない突撃は、ただの迷惑だから」

 

 一瞬、何を返せばいいのか分からなかった。でも水月の顔には、新潟で見た時とは少し違うものがある。

 

 自分へ言っているようで、自分自身にも言っている。

 

 たぶん、そうだった。

 

「はい」

 

 資料を胸元へ寄せる。

 

「そこまで、真似します」

 

「よろしい」

 

 水月は少しだけ笑った。

 

 神宮寺少佐も隣で小さく頷く。

 

「一緒に調整しましょう」

 

 その言葉は、思っていたより心強かった。

 

◇

 

11月13日 夕方

国連軍横浜基地・A-01待機区画

<< 神宮寺 真白 >>

 

 A-01の反応は、思っていたよりずっと細かかった。

 

 誰も「便利そう」で終わらせない。自分ならどう使うのか、隣の人間が使った時に何が起きるのか、部隊全体ではどう見えるのか。新潟を越えたばかりだからこそ、そこに妥協がなかった。

 

「少佐殿、私のは面白いね」

 

 宗像中尉が自分の頁をひらひらと振る。

 

《宗像美冴中尉用・調整案》

 

《・敵群誘導/味方機の位置誘導に適性》

《・単純回避より、誘導後の復帰補助を優先》

《・敵群をずらした後、味方射線を開く登録機動を候補》

《・対衛士では登録機動そのものを囮として使用可能》

 

「私に、わざと読ませる使い方をしろと?」

 

「選択肢としては」

 

「悪いことを覚えたねぇ」

 

「応用です」

 

「言い方まで上手くなった」

 

「宗像中尉の影響かもしれません」

 

「それは光栄」

 

 楽しそうだった。たぶんこの人は、本当に一度相手へ見せた動きを次から逆手に取る。MODERNの弱点として考えた「読まれること」さえ、最初から利用する側の発想だった。

 

 同じ資料でも、使う人間が違えば意味まで変わる。

 

「神宮寺少佐」

 

 風間少尉が手を上げた。

 

「はい」

 

「設定ごとに、機体負荷の上限も変えた方がよいと思います」

 

 彼女の資料には、後方支援と負荷監視が並んでいる。

 

「同じショートカットでも、機体の装備重量や損耗状態で結果は変わります。速瀬中尉のように連続して機体を振る場合と、後方から射撃姿勢へ復帰する場合でも、関節への負担は別です」

 

「なるほど……」

 

「個人設定と機体設定を完全には切り離さない方がよいかと」

 

 新潟のJM-01が浮かぶ。

 

 人だけを見るのでは足りない。誰が、何に乗り、何を持っているのか。そこまで含めて個人設定になる。

 

「風間少尉。あとで仕様整理、手伝ってもらってもいいですか?」

 

「もちろんです」

 

 柏木少尉は、自分の紙を読みながら妙に嬉しそうだった。

 

「少佐、私のところだけちょっと優しくありません?」

 

「そうですか?」

 

《柏木晴子少尉用・調整案》

 

《・周囲観察/僚機との距離調整に適性》

《・味方機との衝突回避/射線譲渡/後退補助を優先》

《・緊急回避より、部隊内の空白を埋める位置調整に適性》

 

「なんか地味だけど、褒められてる感じする」

 

「かなり褒めています」

 

「地味ってところ?」

 

「そこじゃありません」

 

 柏木少尉が笑い、つられて周囲にも小さく笑いが広がった。

 

 医務区画にはまだ臼杵さんがいる。その事実は変わらない。それでもA-01は、ずっと沈黙したままではない。

 

 誰かが笑えば、他の誰かも少し笑う。それも、生きて戻った部隊の形なのだと思う。

 

「神宮寺少佐」

 

 最後まで黙っていた伊隅大尉が資料を閉じた。

 

「はい」

 

「A-01として、この機能の方向性は有用と判断します」

 

 思わず息を止めた。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、個人設定という名称に少し引っかかります」

 

「……名称ですか?」

 

「ええ」

 

 伊隅大尉は机の上へ資料を置いた。

 

「水月がどこへ戻るのかを、水月だけが知っていても意味がありません」

 

 水月中尉が顔を上げる。

 

「宗像がどの方向へ敵を流すのか。風間がどの射線を開けてほしいのか。茜がどのタイミングで隊列へ戻るのか」

 

 一人ずつ見る。

 

「個人設定が増えるほど、周囲もその動きを知っていなければ連携は乱れます」

 

「……確かに」

 

 そこまで考え切れていなかった。

 

 個人に合わせること自体は正しい。でもA-01は、一人で戦う集団ではない。

 

「個人設定は、個人だけの設定ではありません」

 

 伊隅大尉が言う。

 

「部隊の中で使うなら、部隊が知っている必要があります」

 

 端末を引き寄せ、一行書き加えた。

 

《個人設定変更時:僚機/CPへの共有必須》

 

「……部隊設定でもある」

 

「はい」

 

 また一つ、MODERNが自分の手から離れた。それでいい。むしろ、その方がいいのだと思う。

 

「A-01各員で確認し、使用者側から修正案を返します」

 

「お願いします」

 

「それと」

 

 伊隅大尉が少しだけ表情を緩めた。

 

「作戦後二日で、これだけ用意したのですね」

 

「……思いついたことを忘れたくなくて」

 

「気持ちは分かります」

 

 その言葉だけで、何を考えていたか見透かされた気がした。

 

「次に同じことを起こしたくないのでしょう」

 

 返事が一瞬遅れる。

 

「……はい」

 

「なら、あなた自身の休養も次への準備に含めてください」

 

「はい」

 

「神宮司大尉にも言われていますね?」

 

「もう何度も」

 

「なら」

 

「実行します」

 

 先回りすると、水月中尉が吹き出した。

 

「少佐殿、とうとう言われる前に答えるようになった」

 

「成長です」

 

「休めって言われなくなる方へ成長しなさいよ」

 

「……それは今後の課題で」

 

「課題にするな」

 

 また、小さく笑いが起きた。

 

◇

 

11月13日 夜

国連軍横浜基地・教官室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 A-01を出たあと、そのまま教官室へ向かった。

 

 訓練兵たちへMODERNを使わせるのはまだ先だ。午後の試験で、それは十分分かっている。だから今日持ってきたのも実装資料ではなく、将来使うならどうするかをまとめた案だった。

 

「失礼します」

 

「どうぞ」

 

 まりもさんは、机いっぱいに訓練記録を広げていた。

 

 207Bの訓練兵たちは総合戦闘技術演習を終えたばかりだ。今はまだ、戦術機で歩き、止まり、構え、避け、戻る。そんな当たり前を身体へ落とし込んでいる途中だった。

 

「A-01への説明は?」

 

「終わりました。かなり修正が入りそうです」

 

「それは良いことです」

 

 差し出した資料を受け取る。

 

《XM3-MODERN 個人設定案》

《第207衛士訓練部隊B分隊・将来的導入用》

《※現段階では教官確認のみ》

 

 まりもさんは最後の一行を声に出した。

 

「現段階では教官確認のみ」

 

「はい」

 

「よろしい」

 

 即答だった。

 

「訓練兵には、まだ使わせません」

 

「はい」

 

「それが賢明です」

 

 まりもさんが最初の頁を開く。

 

《榊千鶴訓練兵用・将来的調整案》

 

《・隊列維持/射線管理を重点》

《・分隊全体の位置把握を補助》

《・後退復帰/味方射線開放/隊列復帰と相性良好》

《・慎重さによる判断遅延に注意》

 

「榊らしいですね」

 

「はい」

 

「仕組みを理解すれば丁寧に使うでしょう。ただし、理解してから動こうとする癖があります」

 

 まりもさんは資料へ小さな印をつける。

 

「MODERNで入力を早くするより、まず判断を切る練習が先です」

 

「はい」

 

 次の頁へ進む。

 

《彩峰慧訓練兵用・将来的調整案》

 

《・自由度を残した変則機動補助》

《・固定復帰点より複数候補選択方式》

《・初動のみ登録し、その後は手動操作を推奨》

《・汎用設定による拘束に注意》

 

「これは難しい」

 

「ですよね」

 

「自由を与えすぎれば分隊から外れる。縛れば長所を殺す」

 

「千鶴さんとの組み合わせで何とかできないかと思ってます」

 

 まりもさんの指が止まる。

 

「どういう意味です?」

 

「千鶴さんが全体の基準を持つ。彩峰さんには、その基準へ戻れる候補だけ見せる。戻り方までは決めない」

 

 一瞬考えてから、まりもさんが頷いた。

 

「榊が道を作り、彩峰が自分で選ぶ」

 

「はい」

 

「要検討ですね」

 

 小さく印が入る。

 

 次は冥夜。

 

《御剣冥夜訓練兵用・将来的調整案》

 

《・近接戦闘後の姿勢復帰を重点》

《・斬撃後の後退/再構えを補助》

《・型として習得しやすい》

《・連続攻撃への派生過多に注意》

 

「御剣は喜びそうですね」

 

「そこが少し怖いです」

 

「“あと一太刀”をやりますからね」

 

「自分もやりそうなので、強く言えないんですけど」

 

「あなたはもっと自覚してください」

 

「はい」

 

 次は、たま。

 

《珠瀬壬姫訓練兵用・将来的調整案》

 

《・狙撃姿勢安定/反動後復帰》

《・恐怖による初動停止への補助適性》

《・“押せば助かる”という依存形成に注意》

《・伏せ姿勢/反動吸収/再照準を候補》

《・長距離射撃用特殊設定は別管理》

 

 まりもさんの視線が、最後の一行で止まった。

 

「長距離射撃用特殊設定」

 

「……将来的な話です」

 

「珠瀬に、何かあるのですね」

 

 HSST。大口径砲。そして、これから来る空の未来。

 

 一瞬だけ迷った。

 

 まりもさんは、その沈黙だけで十分だと判断したらしい。

 

「必要になった時は、必ず私を通してください」

 

「はい」

 

「必ず、です」

 

「必ず」

 

 最後に美琴さん。

 

《鎧衣美琴訓練兵用・将来的調整案》

 

《・偵察/回避/地形利用に適性》

《・固定復帰線より地形候補表示との連動を優先》

《・危険地形回避/遮蔽物移動/偵察後離脱を候補》

《・機能を面白がって多用する可能性に注意》

 

 まりもさんが深く息を吐いた。

 

「鎧衣は絶対に面白がります」

 

「ですよね」

 

「しかも、できるようになると余計に使います」

 

「ですよね……」

 

「使用回数制限を入れましょう」

 

「はい」

 

 即決だった。

 

 まりもさんは資料を閉じる。

 

「総評します」

 

「お願いします」

 

「方向性は良いです。ただし、訓練兵への導入はまだ先です」

 

「はい」

 

「まず通常操作。歩く、止まる、見る、避ける、戻る、構える。それを自分の手でできるようにする」

 

「はい」

 

「MODERNはその後です。いきなり個人設定にも入りません。汎用設定の意味を理解させてから、必要な部分だけ変えます」

 

「了解しました」

 

 まりもさんが資料ではなく、こちらを見る。

 

「神宮寺少佐」

 

「はい」

 

「よくできた資料です」

 

「ありがとうございます」

 

「ですが」

 

 来ると思った。

 

「また寝る時間を削りましたね?」

 

「……」

 

「否定しないのですか」

 

「否定すると嘘になるので」

 

 まりもさんのため息が、今日は少し長かった。

 

「新潟で残ったものを、少しでも次へ繋げたい気持ちは分かります」

 

「……はい」

 

 一度、声が柔らかくなる。

 

「でも、あなた自身が次へ繋がらなければ意味がありません」

 

 機能の話にも聞こえたし、自分自身の話にも聞こえた。

 

「休みなさい」

 

「実行します」

 

「よろしい」

 

◇

 

11月13日 夜

横浜基地・B19フロア 神宮寺真白臨時居室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 部屋へ戻って扉を閉めた瞬間、肩から力が抜けた。思っていた以上に疲れていたらしい。

 

 A-01からもらった指摘。まりもさんが資料へ書いた小さな印。ピアティフ中尉へ送る修正項目と、霞が整理してくれたログ。一日でMODERNはかなり進んだ。

 

 けれど、進むほど自分一人で決められる部分は減っていった。

 

 机の上へ資料を置く。その一番上には、小さな付箋が貼られていた。

 

《ボタンの前に、道を覚える》

 

 霞の字だった。

 

「……本当に、その通りだ」

 

 椅子へ座りかけて、やめた。座れば、また続きを書く気がする。

 

 《白線返し》の細部も、茜さんの復帰パターンも、冥夜の近接離脱もまだ途中だ。千鶴さんと彩峰さんの連携、たまの狙撃姿勢、美琴さんの地形候補選択も詰め切れていない。

 

 でも、途中でいい。

 

 今日、それが少し分かった。

 

 水月中尉は自分の戻り方を考え、茜さんはその背中をどこまで追うか決める。宗像中尉ならこちらが弱点だと思ったものまで利用法へ変え、風間少尉は機体側から問題を見る。伊隅大尉は一人の設定を部隊全体へ広げ、まりもさんは訓練兵たちへ何をまだ渡さないかを決める。

 

 自分が全部完成させる必要はない。

 

「……個人設定、か」

 

 言葉にすると、少し違って聞こえた。

 

 自分がその人に合う答えを作るのではない。

 

 一緒に、その人の帰り方を探す。

 

 たぶん、それでいい。

 

 資料を閉じた。

 

 今日はもう書かない。

 

 付箋だけは剥がさず、そのまま机へ残した。

 

 207BがMODERNを使う日はまだ先だ。今は訓練兵として、自分の手で歩き、止まり、自分の目で戻る場所を探す時期。

 

 その道を身体へ覚えたあとで、怖さに一瞬だけ足を取られた時に、ボタン一つ分だけ背中を押せればいい。

 

 真白は机の灯りを消した。

 

 暗くなった部屋に、付箋の文字だけがしばらく目に残る。

 

《ボタンの前に、道を覚える》

 

 そして、その道は全員同じではない。

 

第43話「個人設定」 END

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