マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
11月13日 夕方
国連軍横浜基地・シミュレーター制御室
<< 神宮寺 真白 >>
新潟防衛戦に、月詠さんたち斯衛軍が直接参加したわけではない。だからといって横浜基地で何もしていなかったわけでもなく、A-01が新潟へ向かっている間も戦況報告は入り続け、負傷者搬送への備えや帝国軍との情報連絡、冥夜周辺の警護体制も平時より引き上げられていたという。
戦場に出なかった者にも、その日の緊張は残っている。
制御室へ入ってきた四人を迎え、真白は軽く頭を下げた。先頭に立つ月詠真那中尉がいつものように真っすぐこちらを見て、その後ろには白い斯衛軍装を纏った神代巽少尉、巴雪乃少尉、戎美凪少尉が続いている。
冥夜を守る三人だった。
「新潟の直後に時間を取っていただいて、ありがとうございます」
「構いません。我々の任務そのものに関係する可能性があるのであれば、確認する価値はあります」
「ありがとうございます」
端末を操作すると、夕呼副司令の管理番号が入った資料が表示された。
《XM3-MODERN 近接戦/護衛機動参考確認》
《簡易機動入力支援機構《MODERN》》
《香月副司令管理下・追加機能案》
神代少尉が僅かに首を傾げる。
「MODERN……ですか」
巴少尉は既に資料の概要へ目を落としていた。
「登録した機動を、簡易入力で呼び出す機能と理解してよろしいでしょうか」
「はい。ただし、完全自動操縦ではありません。XM3の先行入力を利用して、事前登録した動作列を簡易操作で呼び出します。今のところ主目的は、回避、姿勢復帰、味方射線開放、隊列や帰還方向への再接続です」
「帰還方向への再接続」
月詠さんの目が少しだけ細くなった。
「危険を避けて終わりではなく、その後どこへ戻るかまで含むのですね」
「はい。自動回避だと、その瞬間の危険を避けることが中心になります。でもMODERNでは、避けた後にどこへ戻るか、誰の射線を空けるか、味方から離れすぎていないかまで一つの機動として考えます」
神代少尉が小さく頷いた。
「護衛任務にも転用できそうですね」
「それを見ていただきたくて、皆さんにお願いしました」
A-01には実戦部隊としての目があり、まりもさんには訓練兵を育てる教官の目がある。なら近接戦闘と護衛についても、また別の見方が必要になる。
「守る側の目が必要だと思ったんです」
月詠さんが資料から顔を上げ、ほんの僅かに表情を和らげた。
「なるほど。試しても?」
「もちろんです」
真白はシミュレーターを起動した。
「今回は、斬撃後の姿勢復帰と、護衛対象との位置関係を見ていただきたいです。神代少尉、巴少尉、戎少尉にはこちらからログを見てもらえれば」
「承知しました」
月詠さんは短く答え、筐体へ向かう。赤い背中を見送りながら、真白はふと思った。
この人にとって、戦術機の一歩にはいつも冥夜がいる。前へ出る時も、戻る時も。
だからこそ、自分たちとは違うものが見えるはずだった。
◇
11月13日 夕方
横浜基地・シミュレーター内
<< 月詠 真那 >>
視界が仮想市街地へ切り替わった。前方には要撃級、後方には護衛対象を示す青いマーカー、左右には僚機を想定した白いマーカーが二つ表示されている。
月詠は操縦桿へ手を添えた。
『月詠中尉。今回の想定は、近接攻撃後に護衛対象から離れすぎず、同時に僚機の射線も塞がない位置へ復帰する機動です』
「了解」
『登録機動は途中で崩して構いません。違和感があれば、むしろ遠慮なく』
「承知しました」
要撃級が動く。月詠は先に踏み込み、敵前腕の軌道を外へ流しながら側面へ入り、長刀を走らせた。斬撃が抜けたところでMODERNを起動すると、不知火は滑らかに後方斜行へ移り、姿勢を戻しながら味方射線を抜け、護衛対象との距離を詰めていく。
悪くない。
だが――近い。
月詠は途中で登録動作を切り、入力を上書きして復帰角度を一段外へずらした。護衛対象へ密着はしない。それでも次に敵が踏み込んだなら、自機を間へ差し込める距離を保つ。
長刀を構え直したところで、試験終了の表示が出た。
『今のキャンセル、復帰位置の修正ですか?』
「はい」
『理由を聞いても?』
「戻りすぎです」
通信の向こうが少し静かになった。
『戻りすぎ……』
「護衛対象へ近づけばよい、というものではありません。近すぎれば、こちらを狙った攻撃を守るべき方の近くへ呼び込みます。遠すぎれば、割って入れない」
一拍置く。
「重要なのは距離ではなく、間合いです」
『……間合い』
「はい」
敵の位置、護衛対象の位置、僚機の位置。そして自分が次に何をできるか。その全部を含めて、守れる場所を選ぶ。
「護衛用に転用するなら、復帰位置を一点へ固定してはいけません。複数候補を持たせ、状況に応じて選ばせるべきでしょう」
『なるほど……』
「それと、これは冥夜様にも必要になる考え方です」
『冥夜に?』
「冥夜様は、踏み込めます。それは強さであると同時に、危うさでもある。近接戦闘では大きな長所ですが、踏み込める者ほど戻る型を持っていなければならない」
通信の向こうで言葉が止まった。
「神宮寺少佐」
『……はい』
「これは冥夜様だけのお話ではありません。貴方にも必要です」
返事は少し遅れた。
『……はい』
軽い返事ではなかった。
それで十分だった。
◇
11月13日 夜
国連軍横浜基地・シミュレーター制御室
<< 神宮寺 真白 >>
月詠さんの指摘を端末へ書き留めながら、真白は何度か同じ言葉を見返した。
《護衛対象との距離ではなく、間合いを維持》
「距離じゃなくて、間合い……」
近い方が守れると、どこかで無意識に考えていた。だが敵と護衛対象の間へ入るなら、自分が動くための幅も必要になる。
「我々の場合、敵を倒すこと自体が最優先ではありませんから」
神代少尉が穏やかに言った。
「倒せるなら倒します。しかし、そのために守るべき方から離れては本末転倒です」
巴少尉も資料を指で追う。
「斬撃後の姿勢復帰は有用です。ただ、護衛任務では“戻った場所”にも意味があります」
「戻った場所……」
「神宮寺少佐」
今度は戎少尉が口を開いた。
「この復帰機動ですが、単機としてはよくできています。ですが、僚機がいる場合はこちらへ戻られると困ります」
表示された軌道の一部を指す。
「……あ」
月詠機が予定通り戻った場合、僚機の一つが進もうとする方向と重なっていた。
「戻った先で、味方を塞ぐ」
「はい。護衛では一機が守るのではありません。一機の復帰で別の一機が動けなくなれば、その瞬間だけ護衛線に穴ができます」
ほんの一瞬でも、敵は待たない。
「復帰候補へ、僚機の次動作も入れた方がいいですね」
「可能ならば。誰が引き、誰がその穴へ入るのかまで噛み合えば、より使いやすいでしょう」
また一つ増えた。ただ戻るだけでは足りないし、自分が戻ったことで隣の人間が動けなくなってもいけない。
シミュレーターから戻ってきた月詠さんが、そのやり取りを聞いて頷いた。
「神代は、守るべき方との間合いを見る。巴は、敵からどう見えるかを見る。戎は、僚機との噛み合わせを見る」
最後に真白を見る。
「それぞれ必要です」
「……はい。ありがとうございます。自分だけで考えていたら、ここまでは出ませんでした」
神代少尉が少しだけ笑った。
「冥夜様の安全に繋がるのであれば、こちらにも利益があります」
「それに」
巴少尉が資料の弱点欄を開く。
《対衛士戦》
《登録機動の反復使用による復帰位置予測》
《使用パターンの解析》
《待ち伏せ/先回りの危険》
「BETAが現時点でこちらの登録機動を読んで対策する可能性は、低いのでしょう」
「はい」
「ですが、人間は違います。一度目は見る。二度目は疑う。三度目には、戻る場所へ武器を置きます」
「……三度目で撃つ」
「そう思っていた方が安全です」
「巴は少々厳しいのです」
神代少尉が苦笑する。
「必要な指摘です」
巴少尉は全く表情を変えなかった。
「いえ、本当に助かります」
端末へ追記する。
《対人戦追加》
《・同一登録機動の反復使用禁止を推奨》
《・復帰候補複数化》
《・使用パターン偏りを警告》
《・僚機/CPによるパターン変更指示を検討》
A-01とも、まりもさんとも違う。近衛は敵を倒すことだけを見ているわけではなく、敵と守る相手、自分、隣の味方、その四つの位置関係を崩さないために剣を振る。
MODERNの「戻る」が、また少し違う形になっていた。
◇
11月13日 夜
国連軍横浜基地・シミュレーター制御室
<< 月詠 真那 >>
神宮寺少佐は疲れている。隠しているつもりなのかもしれないが、資料を見るたび目を細め、何か思いつけばすぐ端末へ指を走らせる一方で、一度手を止めるとほんの数秒だけ視線がどこにも合わなくなる。
新潟にいるのだろう。身体ではなく、記憶の一部が。
A-01は帰ったが無傷ではない。臼杵少尉は重傷を負い、JM-01も壊れた。神宮寺少佐はその結果から何かを作ろうとしているが、それ自体を否定するつもりはない。
ただ、少し急ぎすぎている。
「神宮寺少佐」
「はい」
「もう一点、確認しても?」
「もちろんです」
月詠は資料の末尾を開いた。
「登録姿勢についてです」
「登録姿勢?」
「補足資料に、整備時安全停止、武装解除、待機姿勢なども登録可能とあります」
「ああ……はい。夕呼副司令から、姿勢制御そのものの応用試験にも使えるんじゃないかって」
神代少尉が画面を覗き込む。
「式典にも使えそうですね」
「部隊整列の姿勢統一にも有用でしょう」
戎少尉も頷く。巴少尉は少し違うところを見ていた。
「片膝、武器保持、頭部角度。見栄えの話だけではありませんね。姿勢制御としては意外に複雑です」
「はい」
月詠は少し考えた。
戦術機は兵器だ。人を殺し、BETAを殺し、守るために使われる鉄の巨人だが、それだけではない。
帝国の機体は国を背負い、斯衛の機体は主君を背負う。そこには、剣を振るう時以外にも意味がある。
「神宮寺少佐」
「はい」
「両手で長刀を持ち、切っ先を地面へ下ろす姿勢は登録できますか。頭部も下げます」
神宮寺少佐が目を瞬いた。
「長刀を……」
「式典や慰霊。あるいは出撃前後の儀礼にも使えるでしょう」
彼の顔から技術者めいた好奇心が一度消え、代わりに何かを思い出すような目になる。
「……できます。たぶん、できます」
「戦術機にも礼をさせる、ということですね」
神代少尉が静かに言った。
「礼……」
神宮寺少佐が、その言葉を反芻する。
「はい。戦う時だけ動けばよいわけではありません」
誰かを守って戻った後、帰れなかった者を送る時、これから戦場へ向かう者を見送る時。剣を置き、頭を垂れる。
そういう型もあってよい。
「姿勢制御試験としても有効です」
巴少尉が現実的な補足を入れる。
「両腕保持、重心制御、武器固定、頭部角度。複数機で同期させるなら、同期制御試験にもなります」
「なるほど……」
神宮寺少佐の指がまた動き始める。
《登録姿勢派生案》
《整備時安全停止》
《武装解除》
《式典姿勢》
《慰霊姿勢》
《長刀保持・頭部俯角》
《複数機同期》
「もし実現するのであれば、いつか冥夜様の機体にも」
「はい」
神宮寺少佐が頷いた。先ほどまでより、少し声が穏やかだった。
彼にとってMODERNは「帰るための機能」なのだろう。ならば帰った後に、迎える、送る、礼をする、祈る――そういう動作が増えてもよい。
帰還の先には、そういう時間もある。
◇
11月13日 夜
国連軍横浜基地・シミュレーター制御室
<< 神宮寺 真白 >>
試験を始める前、近衛に聞きたかったのは近接戦闘のことだった。終わってみれば、端末にはそれ以上のものが増えている。
斬撃後はただ後ろへ下がればいいわけではなく、護衛対象へ近づけばいいわけでもない。敵との位置、守る相手との間合い、僚機の次動作、味方射線。その全部の間に「守れる場所」がある。
人間を相手にするなら、同じ場所へ戻り続けること自体が弱点になる。さらに、戦術機が戦わない時の姿勢まで考えることになった。
「……思ってたより、ずっと増えました」
「問題がありますか?」
月詠さんが聞く。
「いえ。むしろ、自分だけで完成させなくて正解だったなって」
その言葉に月詠さんが僅かに目を細めた。
「ならば、そのままでよろしいかと」
「……はい」
神代少尉たちも資料をまとめ始める。
「実戦投入には、まだ検証が必要でしょう。ですが、護衛機動への応用には価値があります」
巴少尉が言い、神代少尉も頷いた。
「守る側にとっても、参考になりました」
戎少尉は最後にもう一度、軌道図を見る。
「単機だけで完成させないことをお勧めします。守るための動きは、隣の機体と噛み合って初めて成立します」
「はい」
真白は、その言葉を一番下へ書き足した。
《護衛機動:単機で完結させない》
月詠さんがこちらを見る。
「神宮寺少佐。この機能は、未熟な衛士を熟練者に変えるものではありません」
「はい」
「ですが、恐怖や混乱で失われる一瞬を、守るための一歩へ変えることはできるかもしれない」
胸の奥へ、静かに落ちた。
「そのために作りたいんです」
月詠さんは真っすぐ頷いた。
「ならば、近衛として意見を出しましょう。斬るための型ではなく――」
先ほどまで不知火が映っていたモニターへ視線を移す。
「守って戻るための型として」
その言葉が、この夜に一番しっくりきた。
試験を終えた月詠さんたちが制御室を出ていく。赤い制服の後ろへ白い三人が続き、真白はその背中を見ながら端末に残った護衛機動の軌道を眺めた。
どの線も、一機だけでは終わっていない。
隣にいた霞が、小さく口を開く。
「守るための型」
「うん」
「守る人も、一緒に帰ります」
一瞬だけ言葉が止まった。
「……そうだね」
端末をもう一度開き、最後に一行だけ追加する。
《護衛用MODERN設計思想》
《守るべき者と共に、戻れる位置へ》
保存した。
今日は、それで十分だった。
第44話「守るための型」 END