マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
白銀武の因子を受け継いだ真白が、どこまで戦術機を動かせるのか。
そして、既存OSでは届かない動きをどう形にしていくのか。
ここから本格的に、真白が横浜基地の戦力強化に関わり始めます。
昨日投稿した番外編はいかがでしたでしょうか。
もし楽しんでいただけていたら、続きも検討していきたいと思っています。
6話の出来事を受けた、
まりも・伊隅大尉・夕呼副司令側の反応や空気感を描く補足回になりますので、
あわせて読んでいただけると嬉しいです。
10月25日 朝
横浜基地・シミュレーター区画 更衣室
<< 神宮寺 真白 >>
「……これが、衛士強化装備……」
目の前に置かれた装備を見下ろしながら、自分は思わず呟いた。
衛士強化装備。
戦術機に搭乗する衛士が着る専用装備。
原作で見ていた時は、ただ「そういうもの」として受け入れていた。
けれど、いざ自分が着る側になると、話は別だった。
「……なんか、パイロットスーツみたいで、かっこいいな」
そう呟いてから、すぐに内心で突っ込む。
いや、本当に戦術機のパイロットなんだけど。
数日前まで現代日本にいた自分が。
今日はいきなり、衛士強化装備を着ようとしている。
横浜基地に来て。
夕呼副司令に会って。
少佐相当になって。
検体番号まで付けられて。
霞と出会って。
そして今度は、戦術機のシミュレーター。
展開が早すぎる。
「……まあ、やるしかないんですけど」
小さく息を吐いて、強化装備に袖を通す。
身体にぴたりと密着する感覚。
思っていたより、動きにくくはない。
むしろ、身体の動きを邪魔しないように作られているのが分かる。
けれど、鏡の前に立った瞬間、自分は少し固まった。
「……これは、ちょっと恥ずかしいな……」
軍の装備だ。
必要なものだ。
分かっている。
分かっているけれど、身体のラインがかなり出る。
しかも、この世界では若い男がかなり目立つらしい。
昨日、基地内を案内された時に感じた視線を思い出す。
制服姿でも目立った。
それなのに、この格好で外に出るのは、なかなか勇気がいる。
鏡の中には、衛士強化装備を着た自分がいた。
茶色の髪。
中性的な顔立ち。
小柄な体格。
頼りないのは変わらない。
けれど、少しだけ。
本当に衛士みたいに見えた。
「……衛士、か」
その言葉が、少し重く胸に落ちる。
自分はまだ衛士ではない。
訓練も受けていない。
戦場も知らない。
だけど今日、自分は戦術機を動かす。
自分の中にあるものが、本当に使えるのか。
それが、確かめられる。
「……行こう」
扉の向こうから、ピアティフ中尉の声がした。
「神宮寺少佐、装着に問題はありませんか」
「た、多分、大丈夫です」
「では、バイタルチェックを行います」
「……また検査ですか」
「搭乗前確認です」
「名前が違うだけで、だいたい検査ですよね……」
「必要事項です」
淡々とした返答。
この人は本当にぶれない。
でも、変に気を遣われるよりは落ち着く。
自分は小さく息を吐いて、更衣室を出た。
* * *
10月25日 朝
横浜基地・シミュレーター制御室
<< 神宮寺 真白 >>
制御室には、すでに人が集まっていた。
香月夕呼副司令。
秘書のピアティフ中尉。
A-01部隊長、伊隅みちる大尉。
そして、横浜基地衛士訓練学校教官、神宮司まりも軍曹。
まりもさん。
その姿を見た瞬間、胸の奥が少し詰まった。
自分にとっては、画面越しに見たことのある人。
そして、絶対に救いたい人の一人。
けれど、この世界のまりもさん本人とは、これが初対面だった。
第5話で遠くから姿を見た時とは違う。
今は、目の前にいる。
息をしている。
声を出している。
それだけで、胸の奥が妙に熱くなる。
「紹介するわ」
夕呼副司令が、いつもの調子で言う。
「伊隅みちる大尉。A-01を代表して、あんたの適性を見に来てもらったわ」
伊隅大尉が一歩前へ出た。
背筋の伸びた、凛とした女性だった。
A-01を率いる隊長。
実戦を知る衛士。
その目は、こちらをただの少年として見ていない。
観察している。
評価している。
「伊隅みちるだ。香月副司令から、君のシミュレーター適性を確認するよう命じられた」
「神宮寺真白です。よろしくお願いします」
「少佐待遇と聞いていたが……ずいぶん若いな」
「自分でもそう思います……」
本音が漏れた。
伊隅大尉は真面目な顔のまま頷いた。
その反応が逆に少し困る。
続いて、まりもさんがこちらを見る。
「横浜基地衛士訓練学校教官、神宮司まりもです」
「神宮寺真白です。よろしくお願いします」
まりもさんの眉が、わずかに動いた。
「……神宮寺?」
「あ、はい。神宮司ではなく、神宮寺です。寺の方です」
「そう……本当に紛らわしい名前ね」
「自分でもそう思います……」
まりもさんは少し困ったように笑った。
その表情を見て、少しだけ胸が温かくなる。
生きている。
ただそれだけで、安心してしまう。
もちろん、そんなことは言えない。
今の自分は、少佐待遇の特務技術顧問なのだから。
中身は全然追いついていないけれど。
まりもさんは夕呼副司令へ視線を向けた。
「それで、夕呼。今日もまた実験なの?」
声には明らかな警戒があった。
夕呼副司令は肩をすくめる。
「今日は違うわよ。少なくとも、あんたに何か飲ませる予定はないわ」
「その言い方、本当に信用できないのよね……」
「疑り深いわねえ」
「あなた相手なら当然でしょう」
二人のやり取りに、自分は少しだけ首を傾げた。
飲ませる?
補助剤の件だろうか。
第5話で少しだけ聞こえた、まりもさんの調子の良さ。
何か、自分の知らないところで話が進んでいる気がする。
けれど、今それを聞ける空気ではなかった。
夕呼副司令は、すぐに話を戻した。
「今日二人を呼んだ理由は単純よ。この子のシミュレーターを見て、衛士としての感想を聞きたいの」
「神宮寺少佐のシミュレーターを、ですか」
伊隅大尉が確認する。
「ええ。この子の身体に残っている“妙な適性”が本物かどうか、実際に動かして確認するわ」
妙な適性。
夕呼副司令は、白銀武の名前を出さなかった。
当然だ。
まりもさんも、伊隅大尉も、白銀武を知らない。
この世界に白銀武はいない。
その名前を不用意に出せば、余計な混乱を招くだけだ。
けれど、自分だけは知っている。
本来なら、ここにいるはずだった人。
本来なら、この世界に新型OSの発想をもたらすはずだった人。
その不在を埋めるように、自分がここに座らされている。
まりもさんが自分を見る。
「初搭乗なのですね」
「はい」
「無理はしないでください。違和感があればすぐ申告を」
「分かりました」
「それと、呼吸を忘れないように。緊張すると止まりやすいわ」
「はい。ありがとうございます」
やっぱり教官だ。
短いやり取りだけで、少し落ち着く。
伊隅大尉も静かに言った。
「初回で結果が出なくとも恥じることはない。まずは機体の感覚を掴め」
「はい」
ありがたい。
でも、怖い。
ここで全然動けなければ、自分の存在価値は大きく揺らぐ。
自分の中にある因子。
新型OS。
未来知識。
それを信じてもらうためにも、今日の試験は重要だった。
夕呼副司令がこちらを見る。
「怖い?」
「……怖いです」
「そう。じゃあ、そのまま乗りなさい」
「そのまま、ですか」
「怖くなくなってから動くなんて、この世界じゃ悠長すぎるわ」
その言葉は冷たい。
でも、間違っていない。
自分は小さく頷いた。
「……行きます」
* * *
10月25日 朝
横浜基地・シミュレーター筐体内
<< 神宮寺 真白 >>
コックピットに座る。
身体を固定するシート。
操縦桿。
ペダル。
網膜投影。
計器類。
全部、初めてのはずだった。
なのに。
「……あれ?」
手を置いた瞬間、妙な感覚があった。
分かる。
いや、違う。
分かってしまう。
操縦桿の握り方。
ペダルの踏み込み。
視線の置き方。
網膜投影に出る情報の拾い方。
自分は知らないはずなのに、身体が勝手に知っている。
「……これが、白銀武の……」
口に出しかけて、慌てて飲み込む。
この名前を、まりもさんや伊隅大尉の前で出すわけにはいかない。
自分は白銀武じゃない。
でも、その人の因子が自分の中にある。
なら、今はそれに頼るしかない。
『真白、聞こえる?』
夕呼副司令の声が響く。
「はい。聞こえます」
『機体は不知火。まずは歩行から』
「了解」
不知火が起動する。
画面の中に、機体の各部状態が表示される。
脚部。
腕部。
跳躍ユニット。
武装。
燃料。
姿勢制御。
情報量が多い。
けれど、不思議と目が滑らない。
どこを見ればいいのか。
何を拾えばいいのか。
身体の奥にある何かが、勝手に優先順位をつけている。
ペダルを踏む。
操縦桿を倒す。
不知火が、一歩を踏み出した。
重い。
でも、動く。
一歩。
もう一歩。
最初はぎこちない。
けれど、数歩動かした瞬間、妙な感覚が噛み合った。
「あ……」
元の世界で触れた、仮想のロボット操作の感覚。
人型の機械を動かし、踏み込み、跳び、撃ち、避け、次の行動へ繋げる感覚。
もちろん、現実の戦術機は比べ物にならない。
重さも、情報量も、恐怖も、まるで違う。
これは遊びではない。
失敗しても、すぐやり直せるものではない。
現実なら、ミスの先には死がある。
それでも、操作の入口だけは少し似ていた。
「こう、か……?」
不知火が走る。
横移動。
旋回。
跳躍。
着地。
思ったより動く。
いや、動けてしまう。
頭は追いついていない。
けれど、身体が勝手に動く。
元の世界で触れた仮想操作の感覚が入口を作り、その先を自分の中にある誰かの経験が無理やり埋めていく。
そんな感覚だった。
『……真白?』
夕呼副司令の声が少し変わる。
「はい」
『そのまま続けなさい』
「了解」
標的が表示される。
照準。
射撃。
回避。
再照準。
不知火が動く。
自分でも驚くくらいに。
ただ、すぐに違和感が出た。
「……やりづらい」
思わず本音が漏れる。
『何が?』
「操縦はできます。たぶん、身体が勝手についてきます。でも、思考の方が先に動いて、機体がついてこないんです」
『続けなさい』
「動作と動作の間に、壁があります」
自分は動きながら言葉を探した。
「避けたあとに撃つ。撃ったあとに跳ぶ。跳んだあとに斬る。頭の中では繋がっているのに、機体側で一度ずつ止められる感じがします」
不知火が横へ跳ぶ。
着地。
その瞬間に射撃へ移りたい。
けれど、わずかに遅れる。
回避から攻撃。
攻撃から再移動。
流れが硬い。
「一つの動作が終わるまで、次に移れない。衛士の思考はもう次へ進んでいるのに、機体側がそれを受け取るのが遅いんです」
『続けて』
「はい。戦術機で言うなら、回避、射撃、近接、跳躍をもっと滑らかに繋げる仕組みが必要です。不要な終わり動作を切って、次の動作へ移る。衛士が次にしたい動きを、先に機体へ伝えておく」
『……なるほどね』
夕呼副司令が呟く。
『衛士の入力を、単発の命令じゃなく、連続した意思として扱うわけ』
「はい。たぶん、それができれば機体の動きはかなり変わります」
『そのまま動きなさい。違和感も含めてデータを取るわ』
「了解」
そこからは、ほとんど身体に任せた。
走る。
跳ぶ。
撃つ。
避ける。
着地する。
また撃つ。
不知火が三次元的に動く。
完璧ではない。
ところどころ粗い。
OSの硬さに引っかかるたび、動きが乱れる。
でも、完全な素人の動きではなかった。
体が勝手に動く。
元の世界の仮想操作の感覚が入口になり、身体の奥にある因子が操作を支える。
自分は、この不知火を動かせている。
その事実に、怖さと高揚が同時にこみ上げた。
怖い。
でも。
身体の奥が、確かに震えている。
戦術機を動かしている。
この世界を変えるための手段に、ようやく手が届き始めている。
その感覚だけは、否定できなかった。
そして、はっきり分かった。
この世界には、新型OSが必要だ。
* * *
10月25日 昼前
横浜基地・シミュレーター区画
<< 神宮寺 真白 >>
シミュレーターから降りると、足が少し震えていた。
疲労というより、緊張が一気に抜けたせいだと思う。
「神宮寺少佐、大丈夫ですか」
ピアティフ中尉がすぐに近づいてくる。
「はい……多分」
「多分では困ります」
「すみません。大丈夫です」
まだ頭の中に、不知火の感覚が残っている。
操縦桿。
ペダル。
網膜投影。
機体が動く時の、身体の奥から引っ張られるような感覚。
自分は、本当に戦術機を動かした。
まりもさんが近づいてくる。
「神宮寺少佐」
「はい」
「初回としては、十分以上です。正直、驚きました」
「ありがとうございます」
「ただし、かなり危うい動きでもありました。身体が先に動いて、意識が後から追いついているように見えました」
「……自分でも、そんな感じでした」
「借り物の感覚だとしても、それを使うのはあなたです」
まりもさんは静かに言う。
「怖いなら、怖いまま訓練すればいい。怖くなくなる必要はありません。恐怖を理解した上で動けるようになることが、衛士には必要です」
その言葉に、少し救われた。
「ありがとうございます、神宮司軍曹」
「どういたしまして」
伊隅大尉も口を開く。
「この若さで、しかも男性で、ここまで動ける衛士がいたとはな」
「いえ、自分はまだ衛士と言えるほどでは……」
「謙遜ではなく、本心だろうな。だが、動きは確かだった。粗いが、下地がある。A-01としても、無視できない結果だ」
その言葉は重かった。
A-01として。
実戦部隊として。
伊隅大尉は、自分を見ている。
評価している。
その時、伊隅大尉がふと自分とまりもさんを見比べた。
「しかし……神宮司軍曹と神宮寺少佐は、名前の響きだけでなく、どこか雰囲気も似ているな」
「えっ」
自分とまりもさんが、ほぼ同時に反応した。
夕呼副司令が楽しそうに笑う。
「あら、もしかして生き別れの兄弟かもしれないわね」
「夕呼!」
まりもさんが即座に声を上げる。
「ふざけないで」
「冗談よ」
「あなたの冗談は洒落にならないのよ」
自分は慌てて首を振った。
「い、いえ、自分もびっくりしています。神宮司軍曹みたいな立派な方と似ていると言われるのは、恐れ多いというか……」
「そんなに畏まらなくていいわよ」
まりもさんは、少しだけ真面目な声で言った。
「あなたはあなたです。誰かに似ていても、似ていなくても」
「……はい」
その言葉に、胸が少し軽くなる。
白銀武の代わり。
白銀武の因子。
白銀武の席。
昨日から、自分は誰かの代替として扱われている気がしていた。
でも、まりもさんは今、自分を自分として見てくれた。
「さて」
夕呼副司令の声が割り込む。
「感動的なところ悪いけど、本題に戻るわよ」
「……はい」
やっぱり容赦がない。
夕呼副司令はシミュレーター映像を表示した。
「真白。さっき言っていた新型OSの話。説明しなさい」
「分かりました」
自分は端末の前に立つ。
画面には、不知火がぎこちなくも高速で動く記録が表示されている。
自分の動き。
自分で見ても、危うい。
でも、その中に確かに次の形が見える。
「今のOSは、動作と動作の繋ぎが硬いです。だから必要なのは、三つです」
夕呼副司令が端末に文字を打ち込む。
「一つ目は、連続機動。回避、射撃、近接、跳躍を単発で終わらせず、連続した流れとして繋げること」
伊隅大尉が真剣な顔で頷く。
「二つ目は、動作中断。不要な硬直や終わり動作を切り上げて、次の行動へ移ること」
まりもさんの表情が教官のものになる。
「三つ目は、先行入力。衛士が次に行いたい動作をあらかじめ入れておき、機体側がすぐ反応できるようにすること」
夕呼副司令が、目を細めた。
「……面白いわね。衛士の入力を、単発の命令じゃなく、連続した意思として扱うわけ」
「はい。戦術機を一つずつ命令して動かすんじゃなくて、衛士が思い描いた一連の動きを、機体側が途切れさせずに受け取れるようにする発想です」
「従来の戦術機OSにはない操作思想ね」
「はい。自由度が上がる分、危険もあります。誤入力や暴発、機体に振り回される危険もある。だから訓練と安全制御は必要です」
「でしょうね」
「でも、使いこなせれば……衛士の生存率は変わると思います」
言いながら、胸の奥が熱くなった。
これは、自分だけの発想ではない。
本来なら、別の誰かがこの世界にもたらすはずだったもの。
けれど今、この世界にその人はいない。
なら、自分が語るしかない。
そして、語る以上は。
ただ受け継いだだけではなく、自分の意思で選ばなければならない。
「自分は……ある人から、このOSの発想を受け継ぎました」
部屋の空気が少し変わる。
まりもさんも、伊隅大尉も、その“ある人”が誰なのかは知らない。
当然だ。
この世界に、白銀武はいない。
だから二人にとっては、正体不明の誰かの思想を、自分が語っているようにしか聞こえないはずだった。
それでも。
「その人は、元々は臆病な人でした。でも、誰よりも必死に戦って、誰よりも前へ進もうとした人です」
自分は、言葉を選びながら続けた。
「一人でも多くの衛士にこのOSを普及させて、前線の消耗率を減らしたい。そう考えていました」
まりもさんの表情が変わった。
教官として。
前線を知る軍人として。
その言葉を、ただの技術説明ではなく、思想として受け取ってくれているのが分かった。
自分は、小さく息を吸う。
「もちろん、このOSには政治的な価値もあると思います」
そう言うと、伊隅大尉の目がわずかに細くなった。
夕呼副司令も、黙ってこちらを見ている。
「新型OSをどこの部隊に先に渡すのか。国連軍が主導するのか、帝国軍にどう広げるのか。そういう問題が出るのは分かっています」
自分は、画面に映る不知火の動きを見た。
硬い動作。
繋がらない回避。
一拍遅れる反応。
その一拍で、衛士は死ぬ。
「でも、それでも……BETAに対抗するには、この力が必要です」
声が少し震えた。
「BETAは、待ってくれません。政治的な調整が終わるまで、前線で死ぬ人を待ってはくれない」
まりもさんが、黙ってこちらを見る。
伊隅大尉の表情も、さっきより真剣になっていた。
「だから自分は、このOSをただの技術や交渉材料だけにはしたくありません」
言葉を選ぶ。
けれど、ここだけは誤魔化したくなかった。
「これは、衛士を生かすための力です。前線で一秒でも長く生き残るための力です。BETAに食い殺される未来を、少しでも減らすための力です」
自分は、拳を握った。
「自分は、その人の思想に共感しました。でも、それだけじゃありません」
一度、息を吐く。
「自分自身も、そう思っています。BETAに対抗するには、新型OSが必要です」
部屋に沈黙が落ちた。
その沈黙の中で、自分は続ける。
「自分は、その人ほど強くありません。経験も、覚悟も、きっと足りません。でも……この考えだけは、自分の意思で選びたいと思っています」
沈黙。
最初に口を開いたのは、まりもさんだった。
「……前線の消耗率を減らす、か」
その声は静かだった。
「それが本当に可能なら、どれだけの衛士が救われるか分からないわね」
伊隅大尉も頷く。
「名も知らぬ人物の発想だとしても、思想としては理解できる。A-01としても、関心を持たざるを得ない。生存率が上がるなら、それは戦術そのものを変える」
夕呼副司令は、楽しそうに目を細めた。
「面白いわね」
「面白い、ですか」
「ええ。とても面白い。詳しい話はあとで詰めるわ」
その言い方に、背筋が少し冷える。
夕呼副司令が「面白い」と言う時は、だいたいろくでもないことが始まる。
それでも、ここまで来た以上、引くわけにはいかない。
「はい。自分に説明できることなら、説明します」
「いい返事ね」
夕呼副司令は端末を閉じる。
「今日のところはここまで。データ整理はこちらでやるわ」
「分かりました」
「真白」
「はい」
「明日以降、もっと忙しくなるわよ」
「……ですよね」
「覚悟しておきなさい」
覚悟。
また、その言葉だ。
この世界に来てから、何度も突きつけられている。
けれど、今日ほど実感した日はなかった。
自分は今日、初めて不知火を動かした。
動けた。
動けてしまった。
けれど、それは自分だけの力ではない。
自分の中に残された誰かの経験。
元の世界で触れた仮想操作の感覚。
夕呼副司令の計画。
そして、まだ形になっていない新型OS。
それらが、ようやく一つの線になり始めている。
怖い。
重い。
自分に背負えるのかは、分からない。
それでも。
「……やるしかないですよね」
小さく呟いた。
まりもさんが、少しだけこちらを見る。
伊隅大尉も、何かを確かめるように自分を見ていた。
夕呼副司令は、ただ薄く笑っている。
ピアティフ中尉は、黙って端末にデータを記録していた。
この時の自分はまだ知らなかった。
制御室に残った大人たちが、この試験の意味をどれほど重く受け止めていたのかを。
そして、神宮寺真白という異物が、横浜基地の戦術思想を大きく変え始めていたことを。
それは、神宮寺真白が初めて不知火を動かした日。
そして、本来なら別の誰かがもたらすはずだった新型OSの思想を、神宮寺真白が自分の意思で選び直した日だった。
――本作用語メモ6――
■ 衛士強化装備
戦術機に搭乗する衛士が着用する専用装備。
身体に密着する構造で、搭乗時の負荷軽減や各種計測に使われる。
■ 戦術機シミュレーター
戦術機の操縦訓練を行うための設備。
実機を使わずに機動・戦闘・反応速度などを確認できる。
■ XM3
真白が提案する新型OS。
先行入力、キャンセル、連続機動などにより、衛士の意思と戦術機の動きをより近づけることを目的としている。
■ キャンセル機動
戦術機の動作を途中で切り替え、次の行動へ繋げる操作概念。
使いこなせば機体の反応速度と戦闘中の自由度が大きく上がる。
■ 先行入力
次に行う動作をあらかじめ入力し、機体の反応を早める操作概念。
XM3の重要な要素の一つ。