魔力最弱の転生者が、女支配の世界で感じることを隠しながら魔王を倒した話 作:レオナルド・ハ・ピンチ
三日後の朝、扉を開けると、カルミラは執務室の床に座っていた。
椅子ではなく床だ。執務机の前、書類を膝に乗せたまま、壁に背をもたれている。目は開いているが、焦点がない。三日間眠れなかった者の目だ。隈が、その証拠として目の下にある。
アリスが扉を閉める音で、カルミラが顔を上げた。切れ長の目がアリスを確認した。
「……来たのね」三日間かすれ続けた声だった。
*
三日前、封鎖具なしで執務室に入った。入った瞬間から、今日と同じ部屋だった。革の香り。燭台の橙色の光。執務机と天蓋付きのベッド。
だが三日前のカルミラは椅子に座っていた。執務机に書類を広げて、仕事をしていた。今日のカルミラは床に座っている。書類が散らばっている。膝の上の書類に、視線がいっていない。
その落差を確認した。落差の原因が何かは、分かっていた。
三日前の接触の記憶が、今もアリスの体の中にある。封鎖具なしだった。拘束のない状態で、カルミラの体重がアリスの上に乗った。唇が触れた。粘膜を通じて魔力が流れた。腰が動いた。その記憶が、今もある。
問題は記憶の鮮明さではない。三日前の接触の後、アリスは妹のことを考えた。来た。だがその前に、カルミラの腰の動きが先に来ていた。順序が、変わっていた。その事実を確認して、計測するのをやめた。計測したくなかった。計測すると、認めたくないものと向き合わなければならないからだ。
「三日間」カルミラが言った。「三日間、あなたのことしか考えられなかった」
アリスは答えなかった。
「仕事をしようとした。できなかった。書類を開いた。読めなかった。あなたの魔力のことを考えると、他のことが全部遠くなった」
カルミラは床に座ったまま、アリスを見上げている。170センチの長身が、今日は床に沈んでいる。
「三日間、一度も眠れていない。眠ろうとするたびに、あなたの魔力が体の中に戻ってくる感覚がして、目が覚めた」
カルミラを見た。タイトスーツが乱れている。胸元のボタンが意図的な露出ではない形で二つ外れている。三日間、直す余裕がなかった露出だ。スーツの裾が床に広がっている。その乱れの全体が、三日間の蓄積の量を示していた。
*
部屋に入った。扉を閉めた。カルミラの前に膝をついた。同じ目線の高さになった。
カルミラの目が、アリスを近距離で見た。三日前と同じ目だが、三日前とは色が違う。三日前はギルドマスターの目だった。今日は、三日間眠れなかった者の目だ。
「腿を見せてください」
「……何のために」
「確認が必要です」
カルミラは少しの間、アリスを見た。それから、タイトスカートの裾を自分で持ち上げた。腿の内側が、橙色の灯りの中にある。長い脚だ。腿の内側に薄く肉がある。
その内側が、濡れていた。
三日分の蓄積が、腿の内側に出ていた。それを確認した。確認しながら、アリスの体がその視覚情報に答えた。
掌を、カルミラの腿の内側に当てた。カルミラの体が、強張った。
「っ——」
「力を抜いてください」
「……っ、む、無理」
「今日は確認だけです」
「確認って——」
「三日間の蓄積の量を把握する必要があります」
掌に、カルミラの体温が伝わってくる。三日前に唇から来た温度と同じ系統にある。場所が違う。だが同じ系統だ。指先が、腿の内側の奥の状態を確認した。三日間で積み上がったものの量が、指先を通じて伝わってくる。
「っ……あ——」
カルミラが声を漏らした。床に座った状態から、腰が微かに動いた。アリスの掌に向かって、腰が自然に傾いた。自分では気づいていない動作だ。三日間、ずっとこの感触を求めていた体が、今触れられて、反射的に動いた。
*
掌を離そうとした。
カルミラの手が、アリスの手首を掴んだ。三日間眠れなかった女の手だ。細い指だが、力がある。三日間、耐え続けた体の残力が、今この手首に全部込められていた。
「……もう少しだけ」声が、かすれていた。三日間の蓄積が、今その声の中にある。ギルドマスターの声ではない。三日間、一人で耐え続けた女の声だ。
手首を引こうとした。引けなかった。
「……お願い」今度の声は、もっと低かった。
カルミラがこれまで使ったことのない音の質だった。「お願い」という言葉を、この女がどれほど久しぶりに口にしたかを、アリスは確認する方法を持っていなかった。確認できなかったが、声の質でそれに近いものは分かった。
手首を止めた。離すつもりで止めたのか、止めるつもりで止めたのかを、判断しなかった。判断しないまま、もう一度掌をカルミラの腿の内側に当てた。
カルミラの体が、今度は別の反応をした。強張ったのではない。緩んだ。三日間、ずっと何かを堪えていた体が、掌が戻ってきた瞬間に、全部の力が抜けた。
「っ……」声にならない声だった。堪えていたものが、一瞬で解放された時の音だ。
掌を動かした。腿の内側を、膝から付け根へ向けて、ゆっくりと。カルミラの腿が、掌の動きを追うように開いた。三日間の蓄積が、掌に全部伝わってきた。量と、温度と、濡れの質が。
「……っ、あ——」声が出た。三日分が一度に来ている声だ。一日目に堪えた分、二日目に堪えた分、三日目に堪えた分——それが今この音の中に全部あった。
その音に対して、アリスの体が答えた。三日前より、悪かった。三日前は唇の感触だった。今日は声と腿の濡れと体温が同時に来ていた。種類が多い分、制御が利かない。表情を平坦に保つことに、全ての制御を使った。
カルミラの腰が動いていた。掌の動きを追うように、前後に微かに揺れていた。自分では気づいていない。三日間の蓄積が体を動かしていた。
「……もっと——」
「これ以上は」
「もっと、深く——」
「今日はここまでです」
「っ、なんで——」
「三日分が一度に来ると、処置の制御が難しい」
「そんな理由で——」
「処置の精度を保つためです」
カルミラは掌を掴んだまま、アリスを見た。その目の中に、三日分の蓄積と三日間の孤独が同時にある。
「……三日前、あなたが帰った後」
「はい」
「すぐに戻ってきてほしかった」
アリスは答えなかった。
「三日間、ずっとそれだけを考えていた。仕事も眠りも全部消えて、それだけが残った」
「……」
「それが、処置の結果なのか。それとも——」
カルミラは言いかけて止まった。代わりに、アリスの手首を掴んでいた手が、少しだけ力を弱めた。弱めながら、手を離さなかった。
「今日も、帰るのね」
「帰ります」
「また来るの」
「二日後です」
少しの間、カルミラはアリスを見た。「二日後に来るまで、また眠れない」
「今日の確認で、昨日より楽になるはずです」
「楽になっても、眠れない」
「……」
「あなたのことを考えるから眠れないのよ」
アリスは答えなかった。カルミラの手が、アリスの手首をようやく離した。離れた瞬間、その温度が消えた。
*
カルミラが立ち上がった。床から立ち上がる動作が重い。三日間眠れていない体の重さだ。タイトスーツの乱れを、少しだけ整えた。胸元のボタンを一つ留めた。もう一つは、手が止まった。
「あなた」
「はい」
「三日間、私が眠れていなかったことを、知っていた?」
「予測していました」
「それでも三日後に来た」
「スケジュール通りです」
カルミラの唇の端が、微かに上がった。笑っているのではない。何かを確認した後の顔だ。「そう。スケジュール通り」
「……」
「あなたは私を、依存させようとしている」
「その通りです」
「分かっていて、来た」
「ええ」
「私も分かっていて、待っていた。分かっていても、待っていた」
カルミラがもう一度言った。二度目は、確認ではなく、事実を自分の中に置く言い方だった。
*
扉の前で、カルミラが言った。「二日後、また今日みたいなことをするの」
「処置として必要な範囲で」
「今日、掌が腿の内側に戻ってきた時」カルミラは少しの間、アリスを見た。「私が声を出した、気づいてた?」
「気づいていました」
「なぜ戻ってきたの」
「……手首を離せませんでした」
「それだけ?」
「それだけです」
「嘘ね」
アリスは答えなかった。
「声が出た時、あなたの掌の密度が変わった。私の腿の上から伝わってきた」
「……処置として必要な調整です」
「嘘ね。調整じゃなく、あなたが反応したから変わったんでしょ」
アリスは答えなかった。カルミラは少しの間、アリスの顔を見た。「顔が動かない」
「ええ」
「体は動いていたのに」
「……ええ」
「今もそうね」
アリスは答えなかった。カルミラの視線が、アリスの体の特定の部分に一度だけ向いた。それから顔に戻った。「二日後、待っているわ」
扉を開けた。アリスが廊下に出た。扉が閉まる直前、カルミラが言った。
「さっき声が出た時と、三日前に唇が触れた時。二つの種類の声を、あなたはもう覚えてるでしょ」
「……覚えています」
「どっちが先に来てる、今も」
「……両方、同時に来ています」
「そう」カルミラは少しの間、扉の隙間からアリスを見た。「二日後、また別の種類を聞かせてあげる」
扉が閉まった。
*
廊下でノワールが待っていた。アリスの顔を見た瞬間、獣耳がぴんと立った。
「どうだった」
「確認が終わった」
「触れたのか」
「処置として必要な確認をした」
「腿か」
アリスは答えなかった。ノワールの目が細くなった。「触れたんだな」
「帰るぞ」
「今日の状態を確認していいか」
「帰るぞ」
ノワールはアリスの前に回り込んだ。アリスの体の特定の部分を確認した。「……まだなってる」
「関係ない」
「三日前の接触のせいがまだ残っているのか、今日の確認のせいか、どちらだ」
「両方だ」
答えてしまった。ノワールは少しの間、アリスを見た。「正直だな」
「うるさい」
宿への道を歩きながら、ノワールが言った。「三日前の接触の後、妹の顔は来たか」
「……来た」
「何が先だった」
「……カルミラの腰の動きが先だった。妹の顔はその後だった」
「今日は」
「……今日も来た。カルミラの声が先に来て、腿の濡れが先に来て、妹の顔はその後だった」
「先に来るものが、また増えたな」
「……ああ」
ノワールは少しの間、前を向いたまま歩いた。「今夜、試してみていいか」
「何を」
「私が名前を呼んだ時に、妹の顔が来るかどうか」
「……」
「来たら、それを教えろ」
「なぜ」
「カルミラの声と腿の感触と、私の声で、どれが先に来るかを確かめたい」
アリスは答えなかった。ノワールの声が、問いを言い終えた後も耳の奥に残っていた。宿の灯りが見えてきた。
今夜、ノワールが名前を呼ぶ。その後に妹の顔が来るかどうかを、アリスは今夜初めて計測することになる。
来た時と来なかった時で、どちらが困るのか。来た時は、ノワールの声が妹の顔を引き寄せるという意味になる。カルミラの声や腿の感触より、ノワールの声の方が先に来る、あるいは来させる力があるという意味になる。来なかった時は、ノワールの声でも届かない場所に妹の顔がある、という意味になる。今日カルミラの声と腿の感触が先に来たように、別のものが先に来てしまうという意味になる。
どちらが来た時に、より困るか。前者が困るのか、後者が困るのか。宿の扉を前にして、その問いに答えられないまま、扉を開けた。答えられない理由が何かを、アリスは今夜眠れないまま考え続けることになっていた。
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