魔力最弱の転生者が、女支配の世界で感じることを隠しながら魔王を倒した話   作:レオナルド・ハ・ピンチ

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第6話 令嬢の崩壊と、直接的な魔力マッサージ

 三日間、ノワールが毎晩アリスを試した。

 

 一晩目は首筋だった。宿に戻った夜、ノワールはアリスを仰向けにして、首筋に顔を押し当てた。深く吸い込んで、舌を一度だけ這わせた。アリスは天井を見ながら、妹の顔が来るかどうかを確認した。来た。だがノワールの舌の感触が先だった。ノワールはその結果を、アリスの顔を見て把握した。何も言わなかった。

 

 二晩目は腹部だった。ノワールがアリスのシャツを持ち上げて、修練の痕跡の上に頬を押し当てた。それからカルミラが指でなぞった線の上を、舌でなぞった。カルミラの指の記憶の上に、ノワールの舌が重なった。妹の顔は来た。だがその前に、二つの感触が先に来ていた。また何も言わなかった。

 

 三晩目の朝、ノワールが言った。「カルミラの感触が消えない」

 

「……ああ」

 

「私の方が多く触れているのに、消えない」

 

「消えるものではない。蓄積するからだ。上書きにはならない」

 

 ノワールは少しの間、アリスを見た。「今夜、セシリアの処置が始まる」

 

「ああ」

 

「処置が終わって帰ってきたら。今夜は私が先だ」

 

 アリスは答えなかった。起き上がった。ノワールはその背中を見ていた。

 

 

 倉庫の扉を開けた時、セシリアはすでに中にいた。

 

 三日前より整った服装だ。豪奢なドレスではなく、比較的動きやすいワンピースを選んでいる。金髪が、今日は緩やかにまとめられている。アリスを見た瞬間、セシリアの目の質が変わった。三日前の路地裏で見た目だ。昼間の完璧な鎧の表情ではない。羞恥と怒りと、それ以外の何かが混じっている。

 

 扉を閉めた。鍵をかけた。その音を聞いて、セシリアの体が微かに動いた。

 

「始めましょう」

 

「何をするの」

 

「体の内側にある呪いの根元を、外から圧迫して弱らせます。三日前に構造を確認したので、今日は本処置です」

 

「どうやって」

 

「直接触れます。かなり広い範囲に」

 

 セシリアの目が、微かに動いた。「広い範囲、とは」

 

「腹部と腿の内側が主な処置箇所です」

 

 沈黙が落ちた。「……服は」

 

「邪魔になる部分は外してもらう必要があります」

 

 また沈黙。セシリアの頬に、うっすらと赤みが差した。「平民の男に、そこまで晒せと」

 

「嫌なら帰ってください」

 

「っ——」

 

 セシリアの目が細くなった。三日前、アリスが指を離した時。セシリアの体が傾いた。あの感触を、三日間覚えていた。「……ベッドはあるの」

 

「奥にあります」

 

 セシリアはアリスを見た。それから、歩き始めた。

 

 

 倉庫の奥に、簡素なベッドがあった。シーツは清潔だ。窓のない石の壁。燭台の橙色の光。

 

 セシリアはベッドの前に立って、アリスを振り返った。「どこまで外せばいいの」

 

「ワンピースの裾を腰まで上げてください。それから横になってもらいます」

 

 しばらくアリスを見ていた。それから、自分の手でワンピースの裾を持った。ゆっくりと、持ち上げた。

 

 腿が現れた。スレンダーな輪郭。細い腿の内側が、橙色の灯りに照らされている。腰まで上げると、下着の白が見えた。レースの縁が、腰骨の突起に引っかかっていた。

 

 アリスの体が、そのラインに対して答えた。三晩連続でノワールに試された後でも、このラインに対して答えた。

 

 セシリアはそれに気づいた。目を逸らさなかった。「……見ているのね」

 

「見ています」

 

「三日前と同じ目をしてる」

 

「同じです」

 

「顔は動かないのに」

 

「動かせていません、今日も」

 

 少しの間、アリスを見た。それから、ベッドに横になった。

 

 

 ベッドの横に膝をついた。

 

 セシリアが横たわっている。ワンピースの裾が腰まで上がっている。腿の全体が露出している。腹部から始めた。布の上から、腹部の特定の点に指先を置く。微量の魔力を、皮膚の表面から体の内側へ向けて押し込む。

 

 セシリアの息が変わった。「っ——」

 

「痛いですか」

 

「違う」

 

 指先を動かした。臍の下へ。そこから左右に広げながら、魔力の密度を少しずつ上げていく。セシリアの腹部が、呼吸のたびに上下していた。膨らむたびに接触が深くなる。引くたびに浅くなる。速度が少しずつ上がっていった。

 

「もう少し、深く——」

 

「これ以上は魔力が足りません」

 

「嘘をつくな」

 

「……嘘ではありません」

 

「今、指先の密度が変わった。魔力が足りないなら変化するはずがない」

 

 少しの間、黙っていた。それから、指先の密度を少し上げた。セシリアが声を漏らした。

 

 腹部の処置が二十分続いた頃、セシリアの呼吸は完全に乱れていた。「……腿の内側、と言っていたわね」

 

「ええ」

 

「今から、そこに移るの」

 

「はい」

 

 少しの間、天井を見た。「続けなさい」

 

 

 右腿の内側に手を置いた。直接触れた。

 

 セシリアの体が、腹部に触れた時より強く反応した。背中が微かに反れた。「っ——」

 

「力を抜いてください」

 

「……っ、分かってる、でも無理」

 

 腿の内側の皮膚は薄い。神経が浅い。指先が当たっている部分から、じわりと熱が広がり始めた。指先に魔力を込めた。膝の裏から付け根へ向けて、ゆっくりと動かす。

 

 セシリアの腿が、その動きを追うように、わずかに開いていった。意識的な動作ではない。体が先に動いていた。三日前の路地裏でセシリアが腿の内側に手を当てていた場所が、今、アリスの指先から数センチの距離にある。そこには触れなかった。腿の内側の呪いが集中している点を、指先で圧迫する。

 

 セシリアが声を上げた。堪えようとした。できなかった。魔力が腿の内側の深い部分に届いた瞬間、セシリアの体が弓なりに反れた。シーツを握っていた手が白くなった。「っ、あ——」

 

 手を止めなかった。指先の角度を変えた。圧迫する点を、一センチだけ付け根の方向へ動かした。

 

 セシリアが言葉を失った。代わりに、声が出た。三日前の路地裏で出た声と同じ種類の音だった。誰にも聞かれていないと思って出た、あの声だ。今日は聞かれている。

 

 腰が動いた。アリスの手から逃げる方向ではない。逆だ。アリスの指先を求める方向に、腰が自然に動いた。

 

「……っ、もっと——」

 

「もっと?」

 

「もっと、深く——」

 

 指先の圧力を少し上げた。セシリアが声を上げた。今度は長い声だった。途中で止めようとして、止められなかった声だ。腿の内側から下着にかけて、濡れが広がっていった。

 

 セシリアの状態を確認した。下着が、濡れていた。三日前の路地裏で手を当てていた場所と同じ場所が、今日は直接見えていた。アリスの体が、その視覚情報に答えた。ノワールに三晩試された後でも、答えた。三晩分の蓄積が加わって、今日の方が悪かった。表情を平坦に保つことに、全ての制御を使った。

 

 セシリアは目を閉じていた。荒い息をしていた。腿がアリスの手を挟むように、内側から圧力をかけていた。指先に込める魔力の密度を、少しずつ上げ続けた。声が大きくなっていく。

 

 やがてセシリアが、アリスの手首を掴んだ。引き寄せる動作だ。アリスの指先を、より深い部分へ引き込もうとする動作だ。「……っ、アリス——」初めて名前を呼んだ。命令の口調ではなかった。

 

 

 手を動かした。腿の内側から、付け根へ向けて。

 

 付け根に達した瞬間、セシリアの体が完全に反れた。背中がベッドから浮いた。両手がシーツを掴んだ。声が出た。これまでで一番大きな声だった。全ての抵抗をやめた瞬間の声だ。腿の内側から下着にかけて、濡れが広がっていった。

 

 体が、細かく震えていた。震えながら、アリスの手首を掴んでいる指の力が、ゆっくりと抜けていった。

 

 手を引いた。引きながら、自分の状態を確認した。三晩分の蓄積と今日の二十分が重なって、隠しようのない状態が続いていた。

 

 セシリアはゆっくりと目を開けた。アリスを見た。アリスの状態を確認した。しばらく黙っていた。「……終わり?」

 

「いいえ」

 

「まだあるの」

 

「左側も同じ処置が必要です」

 

 少しの間、天井を見た。「……続けなさい」

 

 

 左腿の処置が終わった時、セシリアはほとんど声を出し続けていた。

 

 堪えようとするたびに、アリスが魔力の角度を変えた。最終的にセシリアは堪えることをやめた。シーツを掴んだ手を離した。代わりに、アリスの腕を掴んだ。掴んだまま、動かなかった。

 

 手を止めた。二人の間に、荒い呼吸だけが続いていた。

 

 セシリアが目を開けた。アリスを見た。自分がアリスの腕を掴んでいることに気づいた。手を離そうとした。離せなかった。指が、力を持ったままだった。

 

「……あなた」

 

「はい」

 

「ずっと顔が動かなかった」

 

「ええ」

 

「体は、ずっと答えていたのに」

 

「……そうです」

 

「なぜ顔を動かさなかったの」

 

「動かすと、手が止まります」

 

「手が止まると困るの?」

 

「処置が止まります」

 

「それだけが理由?」

 

 アリスは答えなかった。セシリアはアリスの腕を掴んだまま、顔を見た。それからアリスの体の特定の部分を確認した。「……これだけの状態で、顔を動かさなかった」

 

「ええ」

 

「顔を動かしてしまうと、何かが変わるから動かさなかったんでしょ」

 

 アリスは黙ったまま、前を向いた。

 

 セシリアはゆっくりと、アリスの腕を離した。それから、ワンピースの裾を自分で下ろした。腿が隠れた。上体を起こした。乱れた髪を手で整えた。

 

「次はいつ」

 

「三日後です」

 

「また同じことをするの」

 

「同じ処置が必要です」

 

「……覚えておくわ」

 

 立ち上がった。扉に向かいながら、一度だけ振り返った。「アリス」

 

「はい」

 

「今夜、顔が動きそうになった瞬間が、三回あった」

 

 アリスは答えなかった。

 

「気づいてた?」

 

「……気づいていました」

 

「どの瞬間か、分かる?」

 

「最初に声が出た時。付け根に達した時。名前を呼ばれた時、です」

 

 少しの間、アリスを見た。「全部正確ね」

 

「ええ」

 

「次に来た時」とセシリアが言った。「また三回あるかしら」

 

 それだけ言って、扉を開けた。踵の音が遠ざかっていった。

 

 

 倉庫の中に一人残った。

 

 顔が動きそうになった三回の瞬間を、正確に覚えていた。最初に声が出た時。誰にも聞かれていないと思って出た声と同じ種類の音が出た時。付け根に達した時。腰が浮いて、全部の抵抗がなくなった時。名前を呼ばれた時。命令でも要求でもない声で、アリス、と呼ばれた時。

 

 その三つの瞬間に、顔を動かしてしまうと何かが変わるという確信があった。何が変わるのかを、特定できなかった。倉庫を出た。

 

 宿に戻ると、ノワールが部屋の入口に立っていた。アリスの顔を見た瞬間、獣耳がぴんと立った。顔を見て、体全体を見て、アリスの手を見た。「……その手でセシリアを」

 

「処置した」

 

「腿の内側を」

 

「処置した」

 

「声は出たか」

 

 口が開かなかった。ノワールの目が細くなった。「出たんだな。顔が動きそうになった瞬間が三回あった、とセシリアが言っていた」

 

 足を止めた。「……廊下から聞こえたのか」

 

「扉越しでも聞こえた。セシリアの声も少し」ノワールの声に、複雑なものが混じっていた。怒りではない。「三回のうち、どの瞬間が一番ひどかった」

 

「……全部同じだ」

 

「嘘だ」

 

「名前を呼ばれた時だ」

 

 答えてしまった。ノワールは少しの間、それを持っていた。「名前を呼ばれた時」

 

「……ああ」

 

「私が名前を呼んでも、その顔になるか」

 

 返す言葉が来なかった。

 

 

 宿の部屋に入った。ノワールが扉を閉めた。アリスを見た。

 

「今夜、私が先だと言った」

 

「……言った」

 

「カルミラの感触は消えなかった。セシリアの声の残像が今日から加わった。消えなかった上に、増えた」

 

「……」

 

「それでも今夜、私が先だ」

 

「上書きにはならない」

 

「分かっている。それでも先だと言う」

 

「なぜ」

 

「今夜、私が名前を呼んだ時に、セシリアの名前を呼ばれた時と同じ顔になるかどうかを確かめたい」

 

「確かめてどうする」

 

「確かめる。それだけだ」

 

 アリスはノワールを見た。金色の瞳が、アリスを見ていた。三日間、試し続けた目だ。「……ああ」

 

 ノワールの手がアリスの腕を引いた。部屋の奥へ向かって。

 

 

 その夜、アリスの顔は三回動いた。三回とも、セシリアに指摘された瞬間とは違う場所だった。ノワールだけが知っている三つの瞬間が、その夜に生まれた。

 

 その夜、妹のことを考えた。来た。だがノワールの三回の瞬間が先に来た。それからセシリアの三回の瞬間が来た。妹の顔は、その後に来た。先に来るものの種類が、今日から変わった。ノワールの三回とセシリアの三回が、今夜から同じ場所に存在している。二種類の三回を抱えたまま眠ろうとした。眠れなかった。

 

 

 翌朝、ノワールがアリスに文を渡した。「さっき使いが来た。セシリアからだ」

 

 受け取った。一行だけ書かれていた。

 

『次の処置は三日後。昨夜、顔が動きそうになった三回の瞬間を、私は全部正確に覚えているわよ。あなたも覚えているでしょう』

 

 文を折りたたんだ。覚えている。全部覚えている。

 

 ノワールが横でアリスを見ていた。「何が書かれていた」

 

「三日後の処置のことだ」

 

「それだけか」

 

「……それだけだ」

 

「嘘だ」

 

 視線を外した。ノワールは少しの間、アリスを見た。それから、視線を文に向けた。「昨夜の三回を覚えているか、と書いてあったか」

 

「……」

 

「私の三回より、セシリアの三回の方が先に書いてきた」

 

「そういう話ではない」

 

「そういう話だ」

 

 ノワールの声が、低くなっていた。「昨夜、私の名前を呼んだ時、お前はどうなった」

 

「……」

 

「答えろ」

 

「セシリアの名前を呼ばれた時とは、種類が違った」

 

 ノワールは少しの間、黙っていた。「種類が違った」

 

「ああ」

 

「私の方が、ひどかったということか」

 

「……ああ」

 

 またしばらく黙った。やがて口を開いた。「三日後、またセシリアの処置がある」

 

「ああ」

 

「その夜、二種類の三回がお前の中に同時にある」

 

「……そうだ」

 

「その夜も、私が先だ」

 

 アリスは答えなかった。ノワールは答えを待たなかった。「三日後の夜、どちらの三回が先に来るかを、私は確かめたい」




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