鋼の隣人 ―石の世界の副読本(バイブル)―   作:微糖コーヒー

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第1話:100億%の理論と、100億%の実装

 

 

 

 

1. 3700年の孤独と、一つの確信

 

 秒数を数えるのは、三日目でやめた。

 

 意識を保つために必要なのは、無機質な数字の羅列ではない。いつか来る「その時」に、自分が何を提供できるかという具体的なシミュレーションだ。

 

(……反応プロセスの最適化。触媒は白金が理想だが、この状況じゃ土器の気密性の方が先決か。石化が解けた瞬間の気温、湿度、周辺の植生……。俺がやるべきは、現場の再構築だ)

 

 佐藤蓮は、暗闇の中で思考を回し続けた。

 

 前世は化学メーカーのプロセスエンジニア。設計図を現実に落とし込み、何トンもの化学物質を寸分の狂いなく制御する「工場の心臓」を作るのが仕事だった。

 

 そして、彼は知っていた。この絶望的な状況を、ただ一人で、笑いながら覆す男がこの時代のどこかに必ずいることを。

 

 ――そして。

 

 肌を焼くような硝酸の飛沫と、ひび割れる石の音。

 

 3700年ぶりに吸い込んだ空気は、ひどく泥臭く、そして驚くほど生命の匂いに満ちていた。

 

「……あがっ、ごほっ……! カハッ、……生きて、るな」

 

 目覚めて最初に行ったのは、生存確認ではない。

 

 周辺の土壌を確認し、硝酸の滴る洞窟を特定し、そして――カレンダーを刻むこと。

 

 蓮は、千空より約三ヶ月早く「この世界」に再起動をかけた。

 

2. 準備された再会

 

 それからの三ヶ月は、地獄のような重労働だった。

 

 だが、蓮にとってそれは「仕事」だった。

 

 火を熾し、住居を作り、粘土を焼いて実験器具の代わりにする。千空が一人で辿ったはずの孤独な道のりを、蓮は「千空の負担を減らすため」だけに、先回りして整えていった。

 

 そして、その日は来た。

 

 拠点の洞窟から少し離れた場所、硝酸が滴る「奇跡の洞窟」付近で、聞き慣れた、しかしこの世界で最も不敵な声が響いた。

 

「ククク、ようやくお目見えか。3700年待たせやがって、この石のクズ共が」

 

 逆立った白髪。鋭い眼光。

 

 石神千空。科学の王が、ついに玉座から降り立った。

 

 蓮は物陰からその様子を観察していた。千空が自力で服を作り、火を熾し、文明の階段を一段ずつ駆け上がっていくのを。

 

 本当はすぐにでも声をかけたかった。だが、エンジニアとしての矜持がそれを許さない。

 

「完璧な資材」が整うまで、彼は影に徹した。

 

 千空が目覚めてから数週間。大樹を復活させ、司を復活させ、そして「科学」と「武力」が決裂するあの日。

 

 箱根の森で、千空が司に首を折られ、死を偽装して再起を図る――その直前。

 

 千空が一人、石神村へと向かう道中で、蓮は初めてその姿を現した。

 

3. 科学使いの共犯関係

 

 夕暮れ時の川べり。千空が即席の蒸留器で何かを精製しようとしていた。

 

 その手元を、背後から覗き込む。

 

「……おい、そこの不審者。その蒸留装置、冷却水の循環効率が3%甘い。100億%やり直しだ」

 

 千空の肩がピクリと跳ねた。

 

 ゆっくりと振り返るその瞳には、驚愕と、それ以上の「未知への興奮」が宿っている。

 

「……あ? どこのどいつだ、俺の科学にケチつけるインテリ野郎は」

 

「ケチじゃない、アドバイスだ。その角度じゃ気化した成分が戻っちまう。こっちの、俺が自作した『二重管式冷却器(リービッヒ冷却器)』もどきを使え。気密性は保証する」

 

 蓮は、背負っていた籠から、竹と粘土で精巧に作り上げた実験器具を取り出した。

 

 千空はそれを見るなり、目を見開いた。

 

「ククク、……竹の節を抜いて、中に細い竹を通したか。接合部は漆と粘土の混合物(コンパウンド)だな。……てめー、いつから起きてやがった?」

 

「三ヶ月前だ。お前が硝酸の洞窟で『復活液』のレシピを完成させるのを待ってたんだよ、千空」

 

 二人の間に、火花が散るような沈黙が流れる。

 

 千空はニヤリと口角を上げると、蓮が差し出した器具をひったくるように奪い取った。

 

「名前を呼ぶ手間が省けたな。俺のロードマップを先回りしてやがったか、このストーカー野郎」

 

「心外だな。俺はプロセスエンジニアだ。上流の理論(おまえ)がどんだけ天才的でも、下流の実装(現場)がクソなら文明は復興しねえ。そうだろ?」

 

「ククク、100億%その通りだ。いいじゃねえか、現場監督(エンジニア)。司の野郎を科学でぶちのめすには、一秒でも早く『武器』が必要だ」

 

 千空は地面に木の枝で、凄まじい密度のロードマップを書き殴り始めた。

 

 それは、石神村を拠点とした「サルファ剤」への最短ルート。

 

「俺が欲しいのは抗生物質、サルファ剤だ。だが、工程がアホほど多い。人手が足りねえ、資材が足りねえ、時間が足りねえ」

 

「資材なら、あそこの洞窟に隠してある。精製済みの塩、高純度の石灰、それから……草木灰から抽出した炭酸カリウムだ。お前のロードマップの第1段階から第10段階までは、もう『在庫』があるぞ」

 

 千空の動きが止まる。

 

 しばらくの間、彼は蓮を見つめ、それから腹の底から笑い出した。

 

「ハハハ! 唆るじゃねえか! 工程のショートカット(短縮)かよ。……おい蓮、てめー、自分がこれからどれだけのブラック労働に叩き落とされるか分かってて言ってんのか?」

 

「あぁ。残業代は『新しい世界』の特等席で払ってもらう。……行くぞ、科学のリーダー。俺たちが揃えば、この石の世界(ストーンワールド)は、もはや原始時代じゃねえ」

 

 二人の手が、固く握られる。

 

 理論の天才・石神千空と、実装の天才・佐藤蓮。

 

 二人の科学使いが合流した瞬間、人類の反撃の時計は、100億倍の加速を始めた。

 

 




【設定・あとがき】

佐藤蓮の強み:

原作の千空は「一人で何役もこなす」必要がありましたが、蓮の登場により「量産化・効率化」が可能になります。例えば、ガラス製品の歩留まり(成功率)を上げたり、火薬の品質を安定させたり。

千空との関係性:

仲良しこよしではなく、「お前の設計は無茶だ」「うるせえ、作れねえのか?」「作れるに決まってんだろ」という、プロ同士の信頼関係。

次話予告:

石神村への到着。クロムの「妖術」を、二人の科学使いが「徹底的な科学」で論破し、村ごとハックする工程が始まります!
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