『本編完結』鋼の隣人 ―石の世界の副読本(バイブル)―   作:微糖コーヒー

11 / 29
第10話:鋼の鼓動 ―ペルセウス進水―

 

 

第10話:鋼の鼓動 ―ペルセウス進水―

 

1. 職人たちの限界点

 

 石神村の海岸、そこには巨大な「骸」のような船体が横たわっていた。

 

 科学帆船『ペルセウス』。

 

 木造と鉄を組み合わせた、この時代における最大にして最強の機動要塞。だが、その心臓部である「エンジン」の組み上げは、難航を極めていた。

 

「カセキさん、シリンダーの気密が0.1ミリ甘い。これじゃ、爆発の圧力が逃げちまうんだ」

 

 蓮は、手製のマイクロメーター(ネジのピッチを利用した精密測定器)を手に、血走った目でクランクシャフトを見つめていた。

 

「ホッホ……蓮くん、流石にこの『鉄の塊』を寸分の狂いなく削り出すのは、ワシの指でも悲鳴を上げとるぞ」

 

 カセキの額からは滝のような汗が流れている。

 

 千空が設計した「4サイクルエンジン」。その理論を形にするには、原始の鍛冶場では不可能なはずの精度が要求された。

 

「……千空、これ以上の精度は『手作業』の限界だ。……『治具(じぐ)』を作るぞ」

 

「ククク、待ってました現場監督! 職人技に頼らねえ『工作機械』の誕生だな」

 

 蓮は、自ら旋盤(せんばん)を設計し、水車の動力をベルトで繋いで「自動で鉄を削る機械」を急造した。

 

 一人の天才の腕に頼るのではなく、**「誰がやっても同じ精度が出るシステム」**を構築する。それがエンジニア・蓮の戦い方だった。

 

2. 石の世界の「第一呼吸」

 

 そして一週間後。

 

 ペルセウスの機関室。

 

 蓮は、千空、龍水、そしてクロムが見守る中、エンジンの始動レバーを握った。

 

「燃料(ガソリン)供給、よし。点火プラグ(カセキ謹製)、火花確認。……千空、行くぞ」

 

「あぁ。3700年の沈黙を破れ、現場監督!」

 

 蓮が力一杯、スターターを引き抜く。

 

 ――ガガッ、……プスン。

 

 最初の一回は、空しく煙を吐くだけだった。

 

「……もう一度だ」

 

 二回、三回。

 

 四回目。蓮がキャブレターの吸気量を微調整し、魂を込めて引いた。

 

 ――ドォォォォン!!

 

 腹の底を揺さぶるような爆発音。

 

 黒煙と共に、鉄のピストンが猛烈な勢いで上下運動を始めた。

 

 規則正しく、力強い。それは、失われた文明の心拍音そのものだった。

 

「回った……! 回ったぞおおお!!」

 

 クロムが叫び、龍水がパチンと指を鳴らす。

 

「はっはー! 素晴らしい! これぞ欲望の音、文明の咆哮だ! 蓮、貴様の造ったこの心臓が、世界を縮めるぞ!」

 

「……ククク、100億%の出力だ。これで俺たちは、風の機嫌を伺う必要がなくなった」

 

 蓮は、熱を帯び始めたエンジンの震動を手に感じながら、静かに笑った。

 

 この震動のために、どれだけの鉄を叩き、どれだけの設計図を書き直したか。その苦労がすべて、この一回転に報われた。

 

3. 未知なる海へ

 

 進水式の日。

 

 石神村の住人、そして元司帝国の面々が見守る中、ペルセウスは波を割って進み出した。

 

 

 

 蓮は甲板に立ち、遠ざかる日本の島影を見つめていた。

 

 隣には、同じように水平線を睨む千空。

 

「千空。……これから先は、漫画の知識も、俺の記憶も届かない『未知の領域』だ。……ホワイマンの正体、石化の謎。本当に辿り着けると思うか?」

 

「ククク、質問が非合理的だな、蓮。……辿り着けるかじゃねえ。辿り着くんだよ、科学でな」

 

 千空は、蓮の肩をグイと引き寄せた。

 

「てめーが『現場』で不可能を可能にし続ける限り、俺の理論はどこまでも飛べる。……だろ、相棒?」

 

「……。フン、言われなくても納期までには間に合わせてやるよ。……あぁ、龍水! 面舵(おもかじ)が少し重いぞ! 戻ったら油圧系統の点検だ!」

 

 蓮の怒鳴り声が、潮風に乗って響く。

 

 

 

 ペルセウスは、黄金色の夕日を背に、一路、南太平洋へと舵を切った。

 

 理論の王・千空。

 

 欲望の王・龍水。

 

 そして、現実を鋼に変える男・蓮。

 

 

 

 三人のリーダーを乗せた船は、ついに「世界」を奪還するための航海へと足を踏み入れた。

 

 




科学的ポイント:

治具(じぐ): 加工を案内するための補助器具。これがあることで、個人の技術差に依存せず「量産」と「高精度」が可能になります。

工作機械: 道具を作るための道具。蓮の真の功績は、エンジンそのものよりも、これを作ったことにあります。

次話、第11話「宝島編:不可視の脅威」。

上陸早々、科学王国を襲う「全滅」の危機。蓮は、石化光線の正体を暴くための「センサー」を開発できるのか!?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。