鋼の隣人 ―石の世界の副読本(バイブル)― 作:微糖コーヒー
第17話:深淵の狙撃手(スナイパー) ―水底のデバッグ―
1. 予兆:聞こえない鼓動
スカイ・ゴリラ号の凱旋に沸くペルセウス号。だが、蓮だけは一人、船底の浸水検知センサーを確認しながら眉をひそめていた。
「……千空、浮かれるのは100億%早いぞ。空を追い払ったのはいいが、ゼノの奴、無線のトーンが変わった。……『エレガントではないが、実用的だ』だと? 負け惜しみを言うタイプじゃないだろ、あの男は」
「ククク、そうだな。NASAのトップが矛先を引くのは、次の『最適解』を見つけた時だけだ」
蓮は、船体に耳を押し当てた。
ペルセウスのエンジン音、川の流れ、魚の跳ねる音。……そのノイズの合間に、規則的で不気味な「打音」が混じっている。
「……スクリュー音だ。しかも、この振動パターン……。千空、奴ら『潜水艦』を持ってやがる!!」
2. 水面下のチェスボード
その直後、船体の至近距離で激しい水柱が上がった。
魚雷ではない。だが、水圧によって船体を揺さぶり、ペルセウスの足を止める精密な牽制攻撃。
「はっはー! 姿も見せずに撃ってくるとは、風情のない野郎だ! 蓮、どうする? 相手は見えないぞ!」
龍水が舵を必死に操るが、水中の敵に対しては無力だ。
「……見えないなら、見せてやるよ。カセキさん、以前作った『蓄音機の振動板』を水中に吊るせ! 龍水、エンジンを切れ、惰性で進め! 船内の音をゼロにするんだ!」
蓮は、自身のレシーバーを改良型の「アクティブ・ソナー」へと繋ぎ変えた。
「千空。……ゼノの潜水艦は、恐らく手漕ぎ、あるいは原始的な電動だ。音が小さい。……なら、こっちから『音の礫(いし)』を投げて、跳ね返りで位置を特定する」
3. 深海へのハッキング
蓮は、船底に設置した大型の金属ドラムを、一定の周期で叩かせた。
――コン、……コン、……。
水中に響く単調な音。だが、蓮の耳には、その音が水底の泥や、魚の群れ、そして「鋼鉄の塊」に当たって返ってくる微細なエコーがすべて聞こえていた。
「……捉えた。右舷、前方300メートル、深度15。……ゼノ、お前の『隠れん坊』のルールは、俺が書き換えたぞ」
蓮は、千空が開発した「硫酸入りのガラス瓶(即席の水雷)」を手に取った。
「殺す気はない。……だが、強制浮上(強制終了)させてやる。千空、タイミングは任せるぞ!」
「ククク、100億%の精度で落としてやるよ、現場監督!」
蓮のカウントダウンに合わせて、正確な座標に投下される水雷。
水中での爆発現象(バブルパルス)が潜水艦のバラストタンクを揺さぶり、水面に銀色の巨体が姿を現した。
4. 水上の対峙:二人の「所長」
浮上した潜水艦のハッチが開き、中からゼノの科学部隊が現れる。
無線機から、ゼノの溜息混じりの、しかし賞賛を隠しきれない声が流れた。
『……信じがたい。アクティブ・ソナーの概念まで実装しているのか。佐藤蓮、君という男は、私の「美学」をことごとく物理的に解体していくね』
「現場(ここ)じゃ美学で腹は膨れないんでね。……ゼノ。空も海も封じられた今、次は何を出す? ……それとも、そろそろ膝を突き合わせて『人類の再起動』について話し合うか?」
「ククク、いいぜ、科学の独裁者。……てめーの持ってるトウモロコシの山。俺たちの現場監督(エンジニア)が、最高効率で『復活液』に変えてやるよ」
北米の濁流の上。
潜水艦を「デバッグ」し、ついにゼノを交渉のテーブルへと引きずり出した。
蓮と千空の共犯関係は、ついに大陸の支配者をも飲み込もうとしていた。
科学的ポイント:
アクティブ・ソナー: 自ら音を出し、跳ね返りで敵を特定する。
バブルパルス: 水中爆発で発生する衝撃波。直接当てなくても、船体を激しく揺さぶることが可能。