鋼の隣人 ―石の世界の副読本(バイブル)― 作:微糖コーヒー
第18話:沈黙のデッドロック ―論理(ロジック)の檻―
1. 偽りの休戦
浮上した潜水艦。ゼノの部隊が武器を収め、ペルセウス号との間に接舷用のタラップが渡される。
千空、龍水、そして蓮の三人は、ゼノとの直接会談に応じるべく、デッキへと降り立った。
「……エレガントだ。千空、そして佐藤蓮。君たちがこの原始の海で築き上げたシステムは、NASAのシミュレーションさえ凌駕している」
潜水艦のハッチから姿を現したゼノは、タバコを燻らせながら優雅に微笑んだ。だが、蓮の背筋には、氷のような冷気が走っていた。
(……おかしい。エンジンの停止位置、潜水艦の浮上角度。……あまりに「無防備」すぎる。この男が、自分の『現場』をここまでノーガードにするはずがない)
「ゼノ。挨拶はいい。トウモロコシの……」
蓮が言葉を発しようとした瞬間、耳元のレシーバーから耳を劈くような電子音が響いた。
「っ……!? なんだ、この信号(パルス)は……!」
2. 現場監督への「贈り物」
「佐藤蓮。君は有能なエンジニアだ。だからこそ、自分の作った『完璧なシステム』を過信した」
ゼノが指を鳴らす。
同時に、ペルセウス号のメインエンジンが突如として咆哮を上げ、制御を失ってオーバーレブ(過回転)を始めた。
「なっ……!? エンジンが勝手に……! 燃料噴射制御(ECM)をハックされたのか!?」
「いいえ。私がハックしたのは、君が誇らしげに設置した『無線通信網』そのものだ。君の作った指向性アンテナは、私の発する特定の周波数を『マスターキー』として受け入れるよう、最初から回路が脆弱(ぜいじゃく)だったのだよ」
蓮の顔から血の気が引く。
蓮がこれまで構築してきた、科学王国の通信網、エンジンの制御、レーダー。そのすべてが、ゼノの放つ特殊な電波によって、逆に**「科学王国を拘束する檻」**へと作り変えられたのだ。
「全システム、ロックアウト。……千空、蓮。君たちの船は今、私の遠隔操作下にある。……10秒後に、メインボイラーを爆破させることも可能だ。これが私の『秘密の罠(バックドア)』だよ」
3. ロジックの袋小路
ペルセウス号の至る所から蒸気が吹き出し、カセキやクロムたちの悲鳴が上がる。
蓮は、手元のコンソールを必死に叩くが、操作は一切受け付けない。
「……クソっ、……全部読み切られてたのか。……現場を、……俺の作った現場を、逆手に取られた……!」
蓮のプライドが音を立てて崩れようとする。エンジニアにとって、自分の設計した安全装置が「凶器」に変わることほど、屈辱的な敗北はない。
「ククク、……やってくれるじゃねえかゼノ。100億%の絶望をプレゼントしてくれたわけだ」
千空が不敵に笑うが、その額には汗が滲んでいる。
ゼノは冷徹に、最後通牒を突きつけた。
「佐藤蓮。君がその場で、自分の手でペルセウスの全プログラムを消去し、私に降伏するコードを入力しろ。……さもなくば、君の愛する『現場』は、君の仲間を飲み込んで自爆する」
4. 逆転の「物理デバッグ」
絶体絶命のデッドロック。
蓮は、震える手でキーボード――カセキが作った機械式の接点装置――を見つめた。
だが、その瞳の奥で、まだ火は消えていなかった。
「……ゼノ。お前は確かに、俺の『論理(ソフト)』をハックした。……だが、お前はNASAのエリートすぎて、一つだけ忘れてる現場の常識がある」
「……ほう? 興味深いね。聞こうか」
蓮は、懐から一本の、無骨な「手打ちのレンチ」を取り出した。
「エンジニアの最後の手法(ラストリゾート)は……『物理的な切断』だ!!」
蓮は、自ら構築したメインコンソールの基盤を、レンチで叩き壊した。
火花が飛び散り、ペルセウスの全システムが強制停止する。
「なっ……!? 通信ごと、物理的に回路を絶ったのか!? 船が動かなくなるぞ!」
「構わねえ! 操縦不能の船なら、お前のハッキングも届かねえ! ……千空! 0(ゼロ)に戻ったぞ! ここから先は、泥臭い『手作業』の喧嘩だ!!」
「ハッ、100億%賛成だ! ……行くぞ、司、コハク! 科学の檻が壊れた今、物理(パワー)でゼノを制圧する!!」
科学的ポイント:
バックドア: 設計段階で密かに仕込まれた、制限なしでアクセスできる入り口。
物理的切断: ソフトウェア上のハッキングがどれだけ高度でも、電線を切れば干渉は不可能。