鋼の隣人 ―石の世界の副読本(バイブル)― 作:微糖コーヒー
第2話:魔法使いの敗北と、科学の軍門
1. 原始の村の「魔法使い」
「……ここが、石神村か」
千空と蓮の二人は、崖の上から眼下に広がる集落を見下ろしていた。
海に突き出た岩山の上に築かれた、要塞のような村。3700年の時を経て、人類が再び築き上げた「社会」の雛形だ。
「ククク、唆るじゃねえか。文明の残り香もねえ完全な原始生活。だが、あそこには『マンパワー』っていう最大の資源が眠ってやがる」
千空が不敵に笑う。隣で蓮は、手元の竹筒に詰めた「特製の試薬」を点検しながら応じた。
「千空、まずは村の連中に『得体の知れない魔法使い』じゃなく、『圧倒的に便利な隣人』だと思わせる必要がある。……あの、門番をやってる二人組はどうする?」
橋の袂には、金髪の兄弟――金狼と銀狼が槍を構えて立っていた。
原作を知る蓮には、彼らが決して悪い人間ではないことが分かっている。だが、今は「転生者」としての知識を、千空の「科学」を最大化するための演出(ステージ)に変える時だ。
「蓮、てめーならどう動く?」
「俺なら、あのアホみたいに真面目な金髪(金狼)の『弱点』を突く。……千空、お前がハッタリをかませ。俺が裏で『現象』を作る」
「ククク、話が早くて助かるぜ!」
2. 妖術師クロム、登場
村の入り口。千空が派手な煙幕(杉の葉と硝酸の混合物による着色煙)と共に姿を現すと、案の定、一人の青年が飛び出してきた。
「待て待て待てぇい! どこの馬の骨とも知れねえ奴らが、この石神村に何の用だ!」
クロム。この世界で独力で科学の端緒に触れた「妖術師」だ。
彼は自慢の収集品(コレクション)を見せびらかし、千空に勝負を挑む。
「俺は世界一の妖術師、クロム様だ! 見ろ、この『炎の色変え』をよぉ!」
クロムが焚き火にボリビア石(硫黄の混じった鉱石)を投げ入れる。炎が青白く変化し、村人たちがどよめく。
だが、千空は欠伸を噛み殺し、蓮は呆れたように肩をすくめた。
「ククク、炎色反応か。ガキの自由研究以下だな、100億%」
「……だな。千空、ここは俺がやっていいか? 『現場』の格の違いってやつを見せてやる」
蓮が前に出る。クロムが「あぁ!? てめー、誰だ!」と色めき立つ中、蓮は腰のポーチから三つの小さな土器を取り出した。
「クロム、お前の『妖術』はただの自然現象だ。俺たち『科学使い』は、それを制御して、望む結果を100%の精度で引き出す。……例えば、こういう風にな」
蓮は、焚き火に手をかざす素振りを見せながら、三つの土器を順番に投げ入れた。
――瞬間。
炎は鮮やかな「深紅」に染まり、次に「眩い緑」へ、最後に「まばゆい紫」へと、魔法のように姿を変えた。
ストロンチウム、バリウム、カリウム。蓮が目覚めてからの三ヶ月で、周辺の地層から精製・濃縮しておいた高純度の化合物だ。
「なっ……なんだそりゃあ! 色が……色が混ざってねえ! 宝石みてえな色になってやがる!」
腰を抜かすクロムに、蓮は追い打ちをかけるように告げた。
「これは『妖術』じゃない。物質が熱に反応して光を放つ、ただの道理だ。……さて、クロム。お前が隠し持ってるその『コレクション』。その中に、面白い石があるだろ? ――例えば、こいつ(磁鉄鉱)とかさ」
蓮が指差したのは、クロムが大事に抱えていた磁石の原石だった。
3. 発電所建設:二人の共謀
クロムの「妖術の館」に招き入れられた二人。
千空は膨大な鉱石のコレクションを見て、歓喜に震えていた。
「ククク、宝の山じゃねえか! 蓮、これなら行けるぞ。ロードマップを一気に五段飛ばしだ!」
「あぁ。サルファ剤の前に、まずは『エネルギー』を確保する。……クロム、お前の集めたこのゴミ……いや、お宝を使って、『雷の力』を捕まえる道具を作るぞ」
「カ、カミナリぃ!? そんなもん、人間に扱えるわけねえだろ!」
叫ぶクロムを余所に、千空と蓮の「超スピード作業」が始まった。
千空が指揮を執り、蓮が実作業の監督を務める。
「蓮、導線の絶縁はどうする?」
「漆(うるし)じゃ乾燥に時間がかかる。さっき見つけた杜仲(とちゅう)の木からグッタペルカ(天然樹脂)を抽出した。こいつを熱して被覆すれば、防水も絶縁も完璧だ」
「相変わらず手際がいいじゃねえか、現場監督(エンジニア)」
「お前が理論しか言わないから、こっちが苦労してんだよ、所長(リーダー)」
二人の会話は、クロムには宇宙語にしか聞こえなかった。
千空が磁鉄鉱を加工して円盤を作り、蓮が銅を叩き伸ばして均一な太さの導線を巻き上げていく。
千空の「知識」があれば、確かに何でも作れる。
だが、蓮の「実装力」が加わることで、本来なら数日かかる「試作」が、わずか数時間で、しかも「製品レベル」の精度で完成していくのだ。
「……よし、蓮。回せ」
「了解。……クロム、瞬きするなよ。これが、3700年後の文明の灯りだ」
二人が作り上げた人力発電機。金狼と銀狼に無理やりハンドルを回させると、二つの炭素棒の間に、激しい火花――アーク放電が散った。
「ヒッ……!? カ、カミナリ……カミナリが出やがったぁ!!」
クロムが、そして村の住人たちが、その光に射すくめられる。
夜の闇を裂く、白銀の光。
それは、ただの自然現象への恐怖ではない。人間が、自分たちの手で「世界の理」を操った瞬間への、根源的な敬畏だった。
4. 科学王国の軍師
「ククク、まずは一勝だ。村の連中の心臓を、科学の光でぶち抜いた」
深夜。村の外に設営したキャンプで、千空と蓮は焚き火を囲んでいた。
手元には、クロムから譲り受けた「白金(プラチナ)」の原石がある。
「これで、サルファ剤への最短ルートが見えたな、千空。……だが、司の帝国は確実にこっちに向かってる」
「あぁ。氷月だか何だか知らねえが、武力で押してくるだろうよ。……で、蓮。てめーの裏工作(プランB)はどうなってる?」
蓮は薄く笑い、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。
そこには、石神村周辺の地形図と、司帝国の予想侵攻路、そして――「罠」の配置図が記されていた。
「司の連中は、この村が橋一つで繋がった要塞だと思ってる。だが、それは逆に言えば『出口が一つしかない』ということだ。……千空、お前が『サルファ剤』という最強の矛を作るなら、俺は村全体を『巨大な化学トラップ』に変えてやる」
「ククク、えげつねえな。エンジニアってのは、どいつもこいつもマッドサイエンティスト予備軍かよ」
「お前にだけは言われたくないな。……俺の目的は、この科学王国を無敗でゴールさせることだ。そのためなら、文明の利器を総動員して、司の連中に『現代戦の恐怖』を叩き込んでやる」
千空は空を見上げ、赤い瞳を輝かせた。
「いいじゃねえか。やれるもんならやってみろ。……100億%、俺たちの勝ちだ」
一人は、空の彼方(宇宙)を見据える天才。
一人は、足元の泥(現実)を鋼に変える天才。
石の世界を再起動させる双璧の物語は、まだ始まったばかりだった。