鋼の隣人 ―石の世界の副読本(バイブル)―   作:微糖コーヒー

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番外編②:【日常のバグ】蓮、強制休暇(シャットダウン)

 

 

 1. 閾値(しきいち)を超えた現場監督

 

  月面任務を終え、全人類復活のロードマップが軌道に乗った頃。科学王国の「中央管理室」で、蓮の様子が明らかにおかしくなっていた。

 

 「……計算が、0.002秒遅い。……カセキさん、このネジのピッチ、あと0.05ミクロン……いや、0.04……」

 

  蓮の瞳は焦点が合わず、持っているペンは震えている。コーヒーの代わりに「高濃度カフェイン水」を煽り、72時間一睡もしていない彼の脳は、もはやオーバーヒート寸前のサーバー状態だった。

 

 「……蓮。てめーの顔、石化してた時より不健康だぞ。100億%効率が落ちてる」

 

 千空が呆れたように告げるが、蓮は止まらない。

 

 「休む……? 休息とは、生産性のないダウンタイムだ。……そんなバグ(隙)、俺の工程表には存在しない……」

 

  その瞬間、蓮の背後に「死神」のような影が立った。

 

 「……そうか。ならばその『バグ』、私が力技で修正してやろう」

 

  ──ドカッ!! 

 

  コハクの鮮やかな手刀が、蓮の首筋に炸裂した。

 

 現場監督・佐藤蓮、物理的な「強制シャットダウン」である。

 

 2. ミッション:何もしないこと

 

  蓮が目を覚ますと、そこは石神村から少し離れた、静かな温泉地だった。

 

 視界に入ったのは、着物姿のルリと、腕組みをして仁王立ちするコハク。

 

 「おはよう、蓮さん。三日三晩、ずっと眠っていたわよ」

 

「……ここは? 俺のコンソールは? まだボイラーの圧力調整が……!」

 

  飛び起きようとする蓮を、コハクが軽々と組み伏せる。

 

「動くな。千空とゼノからの伝言だ。『現場監督が過労死したら、ロケットがただの鉄屑になる。一週間の有給休暇を消化しろ』だそうだ」

 

 「一週間!? バカ言え、その間にどれだけのプロジェクトが停滞すると……!」

 

 「……蓮さん」

 

 ルリが優しく、しかし有無を言わせぬ微笑みで湯気を指差した。

 

「これは『メンテナンス』だと思ってください。機械も、使い続ければ壊れてしまうでしょう?」

 

 3. 「休息」の効率化を試みる男

 

  結局、逃げ場を失った蓮は、温泉に浸かることになった。

 

 しかし、根っからのエンジニアである彼は、「ただ休む」ことができない。

 

 (……仕方ない。この一週間を、いかに『最短工程』で肉体疲労を回復させるかというプロジェクトに切り替える)

 

  蓮は湯船の中で、防水加工を施した自作のスマートウォッチ(脈拍計)を睨みつけた。

 

 「……湯温42度。皮膚からのミネラル吸収率を最大化するには、15分入浴し、3分外気浴。これを5セット。……よし、これが『最強の休息ロードマップ』だ」

 

  無心で景色を楽しむコハクやクロムを尻目に、蓮はストップウォッチを片手に、眉間にシワを寄せて入浴し続けた。

 

 「……蓮。お前、温泉に入りながらなんでそんなに険しい顔をしてるんだ?」

 

 呆れ顔のクロムが問いかける。

 

 「……黙ってろ。今、俺の副交感神経を強制的に優位(ハック)させている最中だ」

 

 4. メンテナンスの本質

 

  休暇最終日の夜。

 

 蓮は、村の広場で開かれたささやかな宴にいた。

 

 計測器を捨て、ルリに勧められた「科学のブドウ酒(ノンアルコール)」を口にした時、ふと、空を見上げた。

 

  そこには、かつて自分たちが命懸けで目指した月が、静かに輝いている。

 

 (……ああ。あそこから、俺たちの作った船が帰ってきたんだな)

 

  不思議と、数値や工程表のことが、頭から消えていた。

 

 ただ、隣で笑う仲間たちの声が、心地よいノイズとして染み渡っていく。

 

 蓮の肩から、数年分の重圧が、文字通り「排熱」されるように抜けていった。

 

 「……はは、……そうか。システムを維持するには、一度『電源を切る』ことも必要なんだな」

 

 「……ようやく気づいたか、バカ。100億%遅いんだよ、現場監督」

 

 いつの間にか隣に来ていた千空が、無造作に串焼きを差し出した。

 

 「……次は、もう少し早めにバグを見つけてくれよ、リーダー。……リフレッシュは完了だ。明日からの再起動(リブート)、期待してろ」

 

 5. 後日談

 

  翌朝、現場に復帰した蓮は、かつてないスピードと正確さで業務をこなしていった。

 

 ただし、一つだけ変わったことがあった。

 

  彼のデスクの横には、小さな「砂時計」が置かれるようになった。

 

 30分に一度、その砂が落ちる間だけ、彼はペンを置き、遠くの緑を眺める。

 

 「……よし。CPU(脳)の冷却完了。……次工程、開始!」

 

  石の世界の現場監督は、今日も絶好調(フル稼働)で文明を動かしている。

 

 

 

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