鋼の隣人 ―石の世界の副読本(バイブル)―   作:微糖コーヒー

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第6話:職人の共鳴と、科学の伝声管

 

 

第6話:職人の共鳴と、科学の伝声管

 

1. 現場監督と老職人の邂逅

 

 高炉の建設以来、石神村の広場は「製鉄所」へと変貌していた。

 

 鉄を叩く重々しい音が響く中、蓮はカセキが管理する工房の隅で、複雑な数式を地面に書き殴っていた。

 

「……カセキさん。この『真空管』のガラス、厚さを0.5ミリ以下で均一に保てるか? 内部でフィラメントを光らせるには、気密性と耐熱性が100億%必要だ」

 

 カセキは、鼻の頭を煤で汚しながら、蓮の持ってきた設計図を食い入るように見つめている。

 

「ホッホ、蓮くん。あんたの要求はいつも千空くん並みに無茶苦茶じゃが……その『熱を操るガラスの心臓』ってのは、なんとも職人の血を滾らせるじゃないか!」

 

 蓮は、カセキの手の震え――それは恐怖ではなく、未知の技術への武者震いであることを知っている。

 

 前世で蓮が見てきたオートメーション化された工場にはない、「人の手」が持つ熱量。蓮は、この老職人に畏敬の念を抱きながら、そっと手渡した。

 

「これを使ってくれ。高炉の煤(カーボン)を精製して作った、特製のコーティング剤だ。ガラスの表面張力を制御しやすくなる。……カセキさん、俺はプロセスを組めるが、それを実際に形にする『神の指先』はお前にしかねえ」

 

「……っ! ホッホ、任せなさい! 蓮くん、あんたの期待に応えないわけにはいかんのう!」

 

 千空が指示を出す「王」なら、蓮は職人と共に泥にまみれる「相棒」だった。

 

 

 

2. クロムの「現代病」と蓮の講義

 

 一方、クロムは、千空と蓮が次々と作り出す「科学の塊」に対し、期待と同時に、ある種の焦燥感を感じていた。

 

「……なあ、蓮。俺、最近怖くなるんだわ。お前ら二人が話してる『電子』だの『電波』だの……目に見えねえもんが、この世界を支配してるなんてよ」

 

 休憩中、蓮はクロムに一本の「氷菓子(蓮が硝酸冷却で作った即席のアイス)」を手渡した。

 

「クロム、それは現代人も同じだったんだ。スマホ……ああ、携帯電話を使ってる奴らの9割は、その中身(理屈)なんて理解しちゃいなかった。ただ便利だから使ってただけだ」

 

「……それじゃ、魔法と変わらねえじゃねえか」

 

「だから、お前は凄いんだよ。お前は理由を知ろうとしている。……いいか、クロム。携帯電話ってのは、声を『電気』っていう見えない粒に変えて、それを『波』にして飛ばす。お前が川に石を投げて、波紋が広がるだろ? あれを空気中でやってるだけだ」

 

「波紋……? それが、遠くの奴の耳に届くのかよ!?」

 

 蓮はクロムの目線に合わせ、地面に簡単な図解を書き始めた。

 

 千空のような早口の解説ではない。蓮の解説は、現場での実務に基づいた、地に足の着いた「教え」だった。

 

「そうだ。お前が拾った『鉱石』たちが、その波を捕まえる。……お前のコレクションが、世界を繋ぐんだぞ、クロム」

 

「……俺の、お宝が……。へへっ、唆るじゃねえか!」

 

3. スイカと「現場監督」の約束

 

 作業が進む中、名無しの少女・スイカが、蓮のところに水を持ってトコトコとやってきた。

 

「蓮さん、お疲れ様なんだよ! でも、あんまり無理しちゃダメなんだよ。顔が怖いんだよ」

 

 蓮は我に返り、顔を緩めた。

 

 司帝国との戦争、技術の再現、失敗の許されないスケジュール……。気づかぬうちに、眉間に皺が寄っていたらしい。

 

「悪いな、スイカ。……ありがとう。この水、100億%うまいぞ」

 

「蓮さんは、千空さんと仲良しなんだよ。でも、二人で難しいお話ばっかりしてて、時々遠くに行っちゃいそうなんだよ」

 

 子供の直感は鋭い。

 

 蓮と千空は、この世界において「異物」だ。3700年前の記憶を持ち、この原始の景色を、無理やり未来へ引き戻そうとしている。

 

「……遠くには行かないさ。スイカ、俺たちが作ってるのは、お前たちがもっと楽に、もっと楽しく暮らせるための『道具』だ。……冬に震えることも、病気に怯えることもない世界を作る。それは、この世界の住人であるお前たちのためのもんなんだよ」

 

 蓮はスイカの頭を撫でる。

 

 自分は、ただ千空の相棒として動いているのではない。この世界で生きる彼らの「未来」を、エンジニアとして保証したい。その決意が、蓮の胸に深く刻まれる。

 

4. ケータイ、発進

 

 数週間の不眠不休の作業を経て、ついに――。

 

 カセキが泣きながら吹き上げた真空管、蓮が精製した超高純度タングステン、そして千空が組み上げた電子回路が、一つの形を成した。

 

 「携帯電話(ケータイ)」。

 

 それは、巨大な木製の箱に、無数の配線が絡みついた「原始的な通信機」だが、紛れもなく人類の叡智の結晶。

 

「……よし。大樹(デカブツ)のところに届ける前に、テストだ。蓮、てめーが最初の『声』を放り込め」

 

 千空が受話器を蓮に手渡す。

 

 蓮は少し震える手でそれを受け取り、数百メートル離れた場所にいるクロムの受信機へと、声を飛ばした。

 

「……こちら、現場監督。……クロム、聞こえるか? 文明の産声が」

 

 受話器から、ノイズ混じりの、しかし確かな「人の声」が返ってくる。

 

『……あ、あああ! 聞こえる、聞こえるぞ蓮! お前の声が、この箱から出てる! 科学……すっげえええ!!』

 

 村人たちが歓声を上げる。

 

 千空はニヤリと笑い、蓮と拳を合わせた。

 

「ククク、100億%の成功だ。これで、司帝国との戦争(バトル)のルールが書き換わったぞ。……さあ、行くぞ。司の心臓部に、この『情報の弾丸』をぶち込みに行く!」

 

「あぁ。……現場は整った。あとは勝利をもぎ取るだけだ」

 

 





キャラクター描写:

カセキ: 「神の手」を持つ職人。蓮がそのプライドを尊重することで、原作以上の精度を発揮。

クロム: 科学の巨大さに怯える若者。蓮が「現代人も同じだった」と寄り添うことで、恐怖を好奇心に変える。

科学的ポイント:

真空管: 電波の増幅に不可欠。手作りでの製作は極めて困難だが、カセキの技術と蓮のプロセス制御により実現。

次回、第7話「ストーン・ウォーズ開始」。

いよいよ司帝国への潜入、そして大樹・杠との再会へ!
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