現代日本の霊的事情が終わってる件   作:RGN

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運命が定まった日

 自分が特別な存在である、などというくだらない妄想は捨てるべきだと小学校の時にはすでに思い知らされ、それから数ある社会の歯車の一つとなるべく生きていた俺が高校生になってやっぱり自分が特別な存在であると理解させられたきっかけは、同じクラスに在籍する少女であった。

 

 阿立(あだち)サクヤ。全国を探せば一人か二人くらい同姓同名の別人がいそうな程度の名前な彼女であるが、少なくともこのクラス内───否、学校内……ともすればこの辺りの地域であっても、彼女は特別とでも形容されるべき存在であった。

 理由は単純、彼女がとんでもなく美人だったからだ。

 濡れ羽色のショートだかショートボブだかいう髪型に、奇跡みたいなバランスで整っている顔。

 そして線の細い体つき。

 

 まァ見るからに男衆からの人気を集め、校舎裏には毎日のように呼び出されては愚かなオスどもの屍の山を築きそうな見た目だなァと、最初に一目見た時にそう思った俺であったが、しかし意外や意外、彼女の周囲でそんな話を聞くことはない。

 というか何なら誰も彼女に話しかけようとすらしない。男子だけでなく女子までもだ。

 そりゃあグループワークだとかペアワークとかにもなれば多少の会話くらいはあるものであるが、それ以外の場での会話は全くゼロといっていい。

 

「…………ってことで進めたいんだが、問題はないか」

「うん、それで大丈夫だよ」

 

 せいぜいがこの程度だ。きわめて業務的でしかない。

 また、部活等にも参加していないらしく、放課のチャイムが鳴り次第、彼女は誰に呼び止められるでもなくスイーっと校門の外へと消えていく。

 

 一体ありゃアどういう事だと俺の数少ない友人に問うてみれば、彼は大きな声でこう言った。

 

「そりゃあお前、阿立さんは聖域だからだよ」

 

 彼の言葉に、周囲にいたクラスメイト達が頷くことで同調を示していた。

 聖域。聖域ねぇ。

 俺はしばらくその言葉を口の中で転がしつつ、まぁ何となく理解できると内心で呟いた。

 

 何と言うか、近寄り難いのである。

 この感覚は実に言語化しにくいのであるが、彼女の周囲2,3メートルにはどうにも近づく気なれないのだ。

 それが彼女の持つ神秘的な美貌と寡黙な性格が合わさって作り出される心の壁的なサムシングであるのか、あるいは俺たちの本能的な何かが無意識下に彼女の何かを恐れているのか。

 俺は現在彼女の直前の席に座っているのであるが、おかげで居心地がかなり悪い。

 まぁ、勉強とか読書とかに集中していれば気にならない程度のものではあるが。

 しかしまぁ何であれ、彼女の持つそんな領域が彼女を聖域たらしめている事を疑う余地はなく、だからこそ俺は彼女が苦手であった。

 

 さて、そんな彼女がいかにして俺が特別であるかを理解させたかであるが、それはとある日の放課後のことであった。

 その日は様々な不幸な要因が重なったことにより、世間一般で言うところの色弱である俺の日常に文字通り彩りをもたらしてくれる、我が半身とでも言うべき色覚補助眼鏡を破損させてしまった俺は、粉々に粉砕されたレンズに応急処置を施すことも、急遽替えの眼鏡を用意することもできず、致し方なく裸眼で登校することを余儀なくされていた。

 突然色眼鏡を外して登校してきた俺に級友たちは軽く驚き、事情を聴くと、力になるという頼もしい返事をくれる。

 とは言っても緑と赤の区別がつきにくいだけであるので、そこまで日常生活に支障が出るかと聞かれればそうではないのだが、まぁこういう厚意は受け取っておくものであろう。

 

 と、そんな具合で、友人たちの優しさに俺が感激を覚えている中で、ガラガラと教室の扉が音を立てて開かれる。

 すると直後、教室が一瞬にして静まり返った。

 あぁ、と。俺は察する。きっと阿立さんが登校してきたのだろう。 

 彼女が登校してくると、皆少しの間彼女に気を取られ、動きを止めてしまうというのは割と多くの人間が認識しつつもどうにもならない『絶対時間』であるとされていた。

 いい加減彼女と同じクラスになって3か月が過ぎ、3度目にして高校最後の夏休み直前期にも差し掛かろうとしている頃合いであるのだからいい加減慣れろよ、というのが俺の意見であるが、斯くいう俺であってもついつい見てしまうというその感覚も理解できないでもないのだから、本当にどうしようもない。

 

 彼女が俺の隣を素通りし、荷物を置いて席に腰かける。

 瞬間、俺を襲うのはいつも通りの重圧だ。

 この席になって2週間。もういい加減慣れてくるかと思ったがやはり未だに慣れないこの感覚に辟易しつつ手元のスマホに視線を移す。

 普段は紙の書籍を読んでいたが、今日は朝がドタバタし過ぎて持ってこれていなかったので、こうして電子書籍の方で読書をしているわけである。

 スマホで小説を読むと文字が小さすぎて少々苦手なのだが、まぁ仕方あるまい。

 

 と、そうして時間を潰していればいつの間にかHRの時間になり、チャイムのちょっと後に担任の大島先生が入って来る。

 

「うーい、おはよーございまーす。えーと、休みは……お? 榊原、眼鏡は?」

 

 榊原(さかきばら)と言うのは俺の苗字である。

 フルネームで言うのならば榊原天孫(てん)

 天孫とかいう妙に厳しい名前であるが、これはウチの先祖を辿れば皇族がいるとか言う妄言をウチの両親が信じてしまった結果である。

 所謂キラキラネームではないし、カッコいいしで、俺は存外にこの名前を気に入っていた。

 ……まぁ、こんな名前と両親の妄言、それといくらかの成功体験を信じていたせいで、幼少の俺は自らが特別な人間であるという実に痛い妄想を真実であると思い込んでいたわけだが。

 

「今朝ぶっ壊れました」

「マジか。大変だなそれ……これ見えるか?」

 

 そう言って先生が黒板に恐らく赤のチョークであろうもので文字を書いたらしいが、なんともまぁ読みにくい。

 読めなくはないが、なんか目がショボショボしてしまう。

 

「ちょっと厳しいですね」

「んー……まぁ、アレだな。周囲の協力を仰いでくれ」

「はい」

 

 と、そんな一幕がありつつもつつがなくHRが終了する。

 言っておかねばならないことを最低限だけ告げてとっとと自由時間にしてくれるのは、大島先生が人気な理由の一つであろう。

 そして俺にはこの時間の内にトイレを済ませておくと言う習慣があった。

 この時間は他のクラスがHRを終えていないので、トイレが非常に空いているのだ。

 そうして俺はいつも通りに席を立ち、よりトイレに近い後ろ側の扉から教室を出ようと身を翻す。

 俺がそのことに気づいたのは、その直後である。

 

 ピンク色だったのだ。

 何が、と聞かれれば、阿立の頭が、と答えよう。

 脳内ピンクとかそういう意味ではなく、物理的に髪がピンク色になっていたのだ。

 一体なぜ、だとか。何で誰も突っ込まねぇんだ、とか。

 あまりの事態に固まった俺の脳内でそんな疑問が生まれては言葉になる前に消えてゆく。

 

 次の瞬間に思い至ることは、自らの色弱がここで発動しているのではないかという、極めて現実的な可能性の提示であった。

 確かに彼女の髪の色は他の生徒たちのそれと比べて若干緑っぽい色の混じった綺麗な黒であったわけだから、その緑が反転した結果このようなピンク色になっている可能性が……

 

 いや、ねーだろ。

 

 内なる冷静な俺が真っ向から否定した。

 まぁ、うん。普通に考えてそうはならんよな。

 だって見るからに鮮やかなピンクであるわけだし。

 

 さてどうするか。

 どうするのが正解なのであろうか。

 ここで指摘しても何か変な空気になる気がするし、誰かに相談しようにも、生徒指導の担当でもある大島先生すらもこの色に反応していない時点で、俺以外にこの浮かれた大学生のような髪色を見ている人物はいないということがわかる。

 って言うか何ならよく見たら瞳も黒から蒼に変化している。

 これはもう絶対に普通じゃない。

 

 ……見なかったことにするか。

 最終的にそんな結論にたどり着いた。

 こういうのは大体見間違いでしたで済ませるのが一番安全なのだ。

 ピンク色の髪も、碧眼も、今日眼鏡をかけていないからたまたま一瞬そう見えてしまった幻であり、彼女自身は何も変わっていないのだ。

 そうして自らを納得させることに成功した俺がその場から移動しようとする。

 その瞬間のことであった。

 

「……何か、あったかな?」

 

 阿立のうんざりするほどに整った顔がこちらを向いていた。

 ギョッと、周囲のクラスメイト達の視線が集まる。

 

「あー……」

 

 俺は答えに困窮する。

 正直に答えるべきか、はぐらかして答えるべきか。

 ……いや、今の俺には見間違いをしてしまう理由の免罪符があるのだから、それを堂々と掲げてしまおう。

 

「どうにも、髪がピンク色に見えて……すまん。多分俺の目がダメなだけだ」

 

 そう考えた俺は、馬鹿正直に自分の見えている景色について説明することにした。してしまった。

 この時に「いや、何でもない」とでも言って立ち去っていれば、この先も俺は自らが特別であることなどに微塵も気付かず平穏無事な生活を送り、立派な社会の歯車になれていたのかもしれない。

 

 ただ、そうはならなかった。

 

「そうなんだ。不思議だね」

 

 その時は、たったそれだけで終わった。

 しかし午前の授業を悉く終わらせ、昼飯を食い、放課を迎えたその時から、彼女は本格的な行動を始めた。

 

「榊原君」

「……ん?」

「この後、時間ある?」

 

 再びクラスメイト達がギョッとした視線を俺達へ向けた。

 阿立が自ら声をかけるのみならず何かの誘いをかけるなど、明らかに異常事態であったからだ。

 彼女が聖域と呼ばれるのには、彼女自身が自身から他人に接触しようとしないという要素もその理由の一つとして含まれていた。

 周囲の人間は彼女に近寄らず、彼女自身も周囲の誰かに近付かない。

 それが普通だった。

 

 だが、今。

 こうして彼女は、俺という男に向けてこの後の予定を尋ねてきた。

 それはつまり、彼女にそれをさせるだけの何かが起こったという事の証拠であり。

 俺がその渦中にいるであろうことは、誰の目から見ても明らかなことであった。

 

「…………あー……何か、俺に付き合ってほしい用があったりするのか」

「うん。とても大事なことだよ」

「それは俺が壊れた眼鏡を買いに行くこと以上に重要か?」

「まぁ、そうなるのかな」

「そうかぁ……」

 

 チラリ。

 俺は周囲の人間たちに視線で助けを求める。

 しかし、今朝はあんなにも頼もしかった我が級友たちは、自分は何も知らないし聞かなかったと言わんばかりに全力で俺から目を逸らしやがった。

 

「……わかった。どうせ部活も終わったし暇だったからな。少しくらいの用事になら付き合おう」

「うーん……まぁ、少しで済むかはわからないけどね」

「一応聞いておくが、何をするつもりなんだ?」

「大事なお話だよ。……あぁ、告白じゃないから、安心して」

「告白じゃないことと安心できるかどうかは、また別の問題だと思うんだがな」

 

 と、そんな軽口を言い合いながら、阿立さんの後ろについて教室を出る。

 廊下や昇降口では、俺と阿立さんが連れ立って歩いていることに、多くの生徒たちが級友たちと同じくギョッとした視線を向けてきたが、やはり何も言うことができず、全力で見なかったフリをするのみであった。

 

「……で、どこに向かうんだ、これ」

「人がいないところだったら別にどこでもいいんだけど……まぁ、私の家かな」

「は?」

 

 俺は耳を疑った。

 さも当然のごとく、彼女は自らの自宅に男を招き入れると発言したわけであるが。

 その意味を理解しているのであろうか。

 いや、別に俺はそんなことをするような考え無しの馬鹿ではないが。

 しかしそれにしても、意味が分からなすぎる。

 

「……冗談にしちゃ笑えない」

「冗談じゃないから笑わないで大丈夫だよ」

「…………」

 

 彼女の言葉通り、彼女の発言は冗談でも何でもなかったらしい。

 何を言えばいいのか、何がどうなっているのか、意味も分からないまま流されるままに彼女の背中を追って歩いていれば、比較的新しく建てられたであろうアパート住宅、その一室の前に辿り着いてしまっていた。

 

「どうぞ。お父さんもお母さんもここには暮らしていないから、好きにしてくれていいよ」

 

 女の子の部屋、というのは可愛らしいものである……と、されていたが。

 どうにもこの部屋はそうではないらしい。

 1LDKとでも言うのであろう間取りの、リビングに該当するであろうその場所は、なんとも質素なものであった。

 特に何が置いてあるわけでもない。最低限の道具と家具が置いてある程度か。

 少し気になるのは、居室があるにも関わらずこの部屋で布団を敷いて寝ているらしい形跡があること程度のものだろう。

 まぁ、居室を生活に適さない趣味の部屋として用いているのだろう。

 

「一人暮らしだったのか」

「色々な事情があって、一人暮らしの方が都合がよくて……君にも、もう関係ある話だからね?」

「俺にも? 一体いつの間に」

「これ、見えてるんでしょ?」

 

 ピンク色の髪を指さす。

 もう言ってしまったことだ。

 過去の発言をひっくり返すのは恥ずべき行為であると、その辺の常識をわきまえている俺は、その問いに頷かざるを得なかった。

 

「ピンク色の髪に碧眼……しかもコスプレでも、ましてやイメチェンでもなく。もっと言えば俺にしか見えていない。だから俺が呼ばれた……そういう認識でいいのか」

「そうだね。大正解だよ」

「厄介事の臭いしかしないな」

 

 苦々しい顔を作りながら、吐き捨てる。

 

「厄介事だよ。本当に。意味わからないくらいの」

 

 俺としては、明らかに面倒くさそうな事態に巻き込まれそうなことに対する嫌味のつもりであったが。

 しかしどうやら彼女にとっても、本意ではないらしい。

 教室では絶対に見せないような、忌々しいという内心を微塵も隠そうとしない表情で彼女は呟いた。

 

「ガチの厄介事なのか」

「まぁね。君が想像してるよりも規模はずっと大きいよ。日本の存亡とか世界の滅亡とかもかかってるし」

「今ので一気に信憑性が薄れたんだが」

「……男の子ってこういうの好きなものだと思ってたんだけど」

「フィクションとしてならな。それにそんな問題が俺なんかにどうにかできるわけがない」

 

 日本滅亡、世界滅亡とか、そんなのが俺のような並みの高校生一人で決まるものかよ。

 仮に本当にそんな問題があったとして、そういうのは大人が背負ってくれ。

 

「ンー……でもまぁ確かに、私たちがどうこうしても、根本解決とかは土台無理って話ではあるんだよね。対処療法として出来る限り多くの手数が必要ってだけで……でも、それが足りなくなって、追いつかなくなったら世界滅亡は本当だよ」

「……わかった。そこに関してはまぁ信頼するとしよう。そこを了解しないと話は進まなそうだからな。で? 俺はそんな世界崩壊の危機に何をすればいいんだ?」

「ああ、それね。まぁ、そう大したことじゃないよ」

 

 笑顔で。

 しかしどこか影がある、あきらめたような表情で、彼女は言う。

 

「私と結婚して、力を得て、命を張って戦う。それだけだよ」

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