現代日本の霊的事情が終わってる件 作:RGN
俺がその言葉を飲み込むのにかかった時間は、おおよそ十秒程度。
そしてそこから、その言葉をもとに俺がはじき出した結論は、『質の悪い冗談』であった。
「馬鹿馬鹿しいにも程があるな? 俺はそんな下らない冗談のために、俺の用事を放り出してまでお前に付き合ったわけではないんだが」
「冗談じゃないんだよね、これが。全く。本当に」
「だとしたら証拠を見せて欲しいものだな」
「見えてるでしょ。これだよ、これ」
そう言って彼女が指さすのは、やはり自分の髪だ。
「その髪が普通じゃないことはもうわかった。だが、普通じゃないからと言ってそれが特別というわけではない。世の中はそういうものだと俺はもう学んだ」
俺の色弱がそうであったように。
ちょっと特殊な髪質を持った人間がいて、ちょっと特殊な目の性質をもった人間に、ちょっと違うように見えてしまう。たったそれだけだ。それだけで説明はつく。
「うーん、強情だね」
「誉め言葉として受け取っておこう」
「でもまぁ、どうせ信じることになるんだけども」
「あ?」
阿立がパチンと指を鳴らす。
瞬間、背後の玄関に続く扉がひとりでにバタンと音を立てて閉まった。
「……よくできた仕掛けだ」
「そうだね。ちなみに、その扉はもう開かないよ」
ドアノブに手をかけ、回してみる。
確かに開かない。精一杯押しても、引いてみても同じだ。
仕方がないのでベランダに通じる窓の方を調べてみようとするが、しかしどのように頑張ってもカーテンが取り払えず、外の光さえも見ることができない。
「この部屋は今、外界と隔絶した結界として機能してるんだ。その主はコノハサクヤの化身である私。つまり一種の神域ってわけ。そして君は哀れな遭遇者。だから君は脱出できない……今のところはね?」
ふざけんな、と衝動的に叫びたくなるが、しかし冷静な俺がそこに待ったをかける。
「…………はぁ、わかったわかった。この現状を引き起こしたのが科学的な仕掛けだろうがオカルト的なパワーだろうが、ただ事じゃないってのは理解できた」
実際、そうだろう。
オカルト的な話で無いにせよ、ただ俺をからかったり監禁するためにこんな仕掛けを用意する理由がわからないというものだ。
どうせ彼女の裏についているのは、科学的でもオカルト的でも強い力を持った、俺にはどうしようもない組織的であるに違いない。
であるのなら下手なことはせず、向こうに会話をする気があるのなら、まずは会話を試みるべきだ。
「どうやらわかってくれたようで有り難いよ。でもまだ足りないよね?」
阿立がそういうと、彼女はどこからか何かの木の枝を取り出す。
そして彼女が少し気合を入れると、その次の瞬間、枝から幾つもの桜の花が咲いた。
あまりの出来事に俺が言葉を失っていると、彼女は俺にその枝を持たせて来る。
驚くべきは、その花が造花などではなく、ちゃんとした生物的な花であったという事だ。
「……降参だ」
流石に信じざるを得ない。
俺とてその道の専門ではないが、今の科学にアレの再現は無理だというのは、わかる。
「よろしい。さて、それじゃあどこから話そうかな?」
んー、と。悩む素振りを見せる阿立。
「じゃあまず、大前提として。この世界にあるあらゆる神話や伝説、怪談なんかは、全部本当に起こった事実だって風に認識して欲しいかな。色々とそのあたりには複雑な話があるんだけど、まぁその辺をいちいち話してると話が長くなり過ぎちゃうから」
「…………まぁ、わかった」
「で、さっそく本題に入るんだけど。そういう神話とかが全部あるわけだから、当然悪魔とか妖怪とか悪霊とか、そういうのも実在しちゃうわけね」
「そうなるだろうな」
「でね、そういう連中は大抵、人の悪意だとか欲望だとか、不安や絶望。そういうのを糧に力を得るわけさ」
私たちの業界じゃ『穢れ』っていうんだけどね、と。阿立が言う。
「……さては、人口爆発か」
「ビンゴ。科学の発達による神々の弱体化に反比例するどころじゃない勢いで、そういった化生達が力を伸ばし始めたんだ。まぁ、化生達も科学の発展により相応の弱体化を受けてるけど……それでも脅威であることに変わりはない」
「だから、力のある人間が協力する必要があって、それが俺だった……とでも?」
「うん、そうだよ」
はぁーっと、溜息を吐く。
作り話としては、まぁよくできている。
が、この状況を鑑みるに、嘘と笑い飛ばすことは憚られる。
「まぁ百歩譲ってそこはいい。あんなものを見せられた以上、そういう世界があるっていうのは、認める。……だが、そういうのは普通、そういう専門の家系とかがあるものじゃないのか? 渡辺だとか土御門だとか……あるんだろう?」
「あるよ。あるし、今も続いてる」
「じゃあ、俺みたいな一般人がそんな化け物退治とかに協力する理由はないだろう」
「まぁ、普通に考えたらそうなんだけど…………GHQがね」
「あっ」
彼女のその一言で、なんか察することができてしまった。
察するに、日本の霊的パワーを抑えようとして色々と余計なことをやらかしまくったりしやがったのだろう。
「悪霊や妖怪の脅威は高まっているのに、国内の霊的防御の環境はガタガタ。血筋はバラバラになって、力のある人間はごく少数。当然、そんなのでこれからも脅威を増していくだろう化け物たちには対抗できない」
「……だから少しでも力のある人間を増やすために、ってか」
「うん。ちなみに拒否権はないよ。君にも、私にも」
阿立が微笑む。
「私はね、そういう風にして結婚した両親の五女で、あんまり力はないけどコノハサクヤ様の分御霊を下すに足る器だったから、こうしてニニギ様になってくれる人を探してたんだ。……知ってるかな? ニニギ様は大御神の孫で、皇室の祖神なんだよ?」
クシナダヒメ様の方が、こういう役割には向いてるみたいなんだけど、私じゃ適合できないみたい、と。自虐交じりに笑いながら言った。
そんな彼女の姿に、俺の心象は悪くなるばかりだった。
「バカげている」
世界のために俺に阿立と結婚したり、命を張って戦ったりしろ、だと?
ふざけているにも程がある。
覚悟を決めているらしい阿立の方はともかく、俺には未だ結婚相手の自由も職業選択の自由も残されているはずだ。
「基本的人権を主張するぞ、俺は」
「その基本的人権の在り方が、日本の霊的守護にはあまりにも向いていなかったんだよ。だからこうして、時代の逆行まがいのことをしてるわけさ。……ちなみに、詳しいことは省くけど日本の霊的汚染は本当に世界の終焉を意味するから、世界からの圧力もかかってるよ」
「……冗談じゃないぞ、おい」
「そうだよ。冗談じゃない。これは全然冗談なんかじゃない。現実なんだよ」
「…………ふざけてやがるッ!」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、帰ろうとする。
が、扉は開かない。蹴破ろうとしてもだ。
「無駄だよ。無駄なんだよ。君は私の伴侶だし、私の伴侶は君だ。もう決まった。そうなった」
「何が決まっただ……! そっちの都合をこっちに押し付けるな! 俺にも将来設計ってモンがあるんだ! 大学に行って、院進もして、就職して……少なくとも結婚は今じゃないし、命を張って戦うつもりなんて微塵も無い!」
「そうだよね。そうだと思うよ。ごめんね、本当にいきなりで。でもね、もう無理なんだ。君は特別なんだ。選ばれた人間だったんだよ。だから、相応の責務がある」
「俺は! 特別にだなんて! なりたくない!!」
普通。そうだ、普通が一番なんだ。
特別な人間だなんて、そんな妄想はもうとっくに捨てて久しいし、そんな妄想を繰り返していた俺を今の俺はひどく恥じ、唾棄している。
特別だと? そんなものはフィクションだからいいのだ。
現実世界で『特別な人間』など、碌なものではない。
「ごめんね。本当に、ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって」
「~~~~ッ!!」
騒動に任せ、扉を殴りつける。扉は当然びくともせず、ただ俺の拳を痛めるのみ。
……だが、この痛みのおかげで、ほんの少しだけだが冷静になれた。
「……一応聞いておくが、お前はどうなんだ。嫌じゃないのかよ」
「別に嫌じゃないよ? これも国のためになる立派なことだし、別に君が知らない人ってわけでもないし……私からしたら、むしろ恋愛結婚の方がどうかと思うけどね? 私の価値観が古いだけかもしれないけど」
「まぁ、そこに関しては同意できないこともないが……」
実際、そういう自由に恋愛して自由に結婚できる社会だからこそ、男女関係がこじれたり離婚率が増えたりっていう問題があるのだろうし。
まぁそういう点を見るのなら見会い婚の方がいいと考えるのも、わからないこともない。
ただやはり、現代的な価値観に合わないのは確かだ。
「でもまぁ、榊原くんで良かったって思うよ。とても自分勝手な理由だけどね」
「……そうかぁ……良かったかぁ……俺としちゃあ全然よくないんだがなぁ……」
そんな事を言いながら、自分の単純さ加減に嫌気が差す。
コイツは俺に妙な使命を押し付けやがった張本人で、コイツとの結婚はつまり俺が命懸けの戦いに身を投じる事とイコールであろうと言うのにも関わらず、嬉しいと感じてしまう自分を否定できない。
男は単純、なんてクソデカ主語で言われるが、こればっかりはかなりその通りだと思う。
むしろ例外の方が少ないのではなかろうか。
「……はぁぁぁぁぁ……一応聞いておくが、結婚自体に拒否権は無いんだな?」
「無いね。全く」
「結婚したらバケモノと戦うわけだ」
「そうなるね」
「もし俺がお前と結婚してからゴネにゴネて、絶対に戦いたく無いって言ったら?」
「良くて種馬、悪くて電池扱いかなぁ。まぁ、まともな最期は与えられないと思うよ? 連中に殺されるよりかは多少マシなこともあるかも知れないけど」
「電池かぁ……」
種馬はまだ理解できるとして電池って何だよ電池って……
貯められるのか? 貯められてしまうのか? 電気を。体内に。
……まぁ、そういう意味じゃないにせよ、碌なもんじゃ無さそうだ。
「……戦うとして、生存確率は?」
「高いとは言えないけど、低いとも言えないって感じかな。私が知ってる限り。基本的には身の丈に合った事をやらされるっぽいから。……まぁ、不測の事態はあるみたいだけど」
「まぁ、そんな感じかぁ……」
不測の事態は霊的事象にも付き物、と。
まぁそこは仕方ないか。
何もかも予測可能だったのなら、何も苦労はないと言うものだ。
「大丈夫。大御神の孫にして三種の神器の力を与えられたニニギ様は、ちゃんと格の高い神様だから……戦って神格が強くなれば、きっと死ななくなるはずだよ」
「神格ってそうやって上がるモンなのかよ」
「人間から神様に近づくわけだから……まぁ、ゲームで言うとレベルアップに近いかな」
「……ニニギ様とやらに人格を乗っ取られる可能性は?」
「無いんじゃない? 日本の神様っていっぱい側面を持ってるものだから、そう言うニニギ様もいるよね、でスルーされると思うよ」
「そう言うモンなのか……」
それで良いのか日本神話。
いやまぁ俺としては有り難い限りだが……
「ハァー……よし分かった。どうせ逃げられないんなら腹括ってやる」
こうなったらもうヤケだ。
社会の歯車の一つになるのも、国の存続のための礎になるのもそうそう変わらん。
俺は特別で、そうしなきゃいけないんなら、そうしてやる。
目の前で俺を見つめる彼女の青い瞳を睨み返し、口を開く。
「俺と! ……結婚、してください」
何ともクソッタレなプロポーズだ。
全く本意ではないし、ムードもへったくれも無い上に、やってる事は本質的には徴兵された志願兵と一緒である。
最悪も最悪だ。
「はい、喜んで」
だが、そう言って微笑んだ彼女に思わずドキリとしてしまい、やっぱり男って単純だなぁと心の中で思うのであった。