現代日本の霊的事情が終わってる件 作:RGN
富士山本宮浅間大社なる神社は思ったよりも立派な神社であった。
話を聞いた限り全国に1000を超える数が点在する浅間神社の総本山だの、ヤマトタケルやら坂上田村麻呂やらの、俺でも知ってる超ビッグネームな英雄様と関りがあったりと、何ともすごい神社であるらしい。
いやまぁ日本最高にして象徴の霊山たる富士山を御神体として祭っている時点で、そりゃあまぁ格の高い神社なのだろうなと思ってはいたが、その想像を超えてきた。
で、そんな神社に着くや否や神社の関係者であろう皆さんに拉致られ、裸にひん剥かれ、クッソ寒い池にドボンさせられたり大幣でバッサバッサされたりした後に、袴……じゃなくて狩衣っていうヤツ? を着せられて、何か顔を隠す白い布を被せられたりした後に、待機を言い渡された。
「……あの、これっていったいどんな意味があったんですかね……」
あまりにも目まぐるし過ぎて口を挟む間が一瞬たりとも無かったのだが、どうにも暇になったので近くにいた関係者であろう人に声をかける。
スーツを着用しているので、恐らく神主さんではないと思う。
「どんな意味……と、申しますと」
「あの妙に冷たい池に入ったり、この布をする意味です」
「あぁ……それでしたら、池に入るのは身を清めるため、面布は貴方を隠すためですね」
「身を清めるのはともかく、なぜ隠す必要が」
「俗っぽい例え方で失礼しますが、イケメン俳優が来ますって言われて貴方が出てきたら、アレなんか顔違うなってなるでしょう? それを防ぐためです」
「あぁ、成程。理解しました」
今回で言えば、俺はニニギ様ってことで結婚式を行うわけだ。
だけど当然俺はニニギ様ではない。だからこそ、こうして顔を隠すことが重要になるわけだ。
……こんなんばっかだなこの儀式。いやまぁ仕方ないっちゃあ仕方ないんだろうけど。
「……あぁ、そうだ。お節介ながら一つアドバイスを」
「はい?」
「貴方はとにかく、やれと言われたことをやることに全神経を集中させてください。選ばれた人物であるからこそ、吞まれてしまうのものですから」
「呑まれる……?」
一体何に、だとか。
どういうことだ、とか。
そういうことを聞こうするが、しかしその寸前に、巫女さんであろう人が準備が間もなく完了するので、こちらの方へ来てほしいと伝えに来た。
「行きましょう」
「は、はぁ……」
と、巫女さんについて行き、ここで待ってほしいと言われた場所に1、2分ほど待機していると、阿立がやってきた。
いわゆる角隠し……と言われるやつなのだろうか。
阿立の髪が短いからか、なんだかちょっと違う形になっているが。
「…………ッ!?」
瞬間、ぞわり、と。
俺の全身を悪寒が走り、得体の知れない恐怖感が襲う。
とにかく、そう感じた。
四方八方どこからもだ。
誰か、数えきれないほど多くのナニカが、俺の様子を観察している。
そしてそれは、尋常な存在ではない。
人間程度のチンケな尺度では絶対に測り得ないであろう、巨大な存在だ。
視線に込められた感情を理解することなど、当然できるわけもない。
慈愛や好意のようでもあれば、敵意や殺意のようでもある。
それが一体何であれ、確かに彼らは俺に関心を持ち、覗いている。
俺にはそれを、明確に感じ取ることができた。
……呑まれるとは、こういう事か。
恐怖に冷静さを失いゆく思考を何とか纏めようと必死に頭を回し、そして理解する。
あの人が言っていたのは、恐らくこのことだ。
そして、俺を見ているのは多分、神様と呼ばれるだろう。
ニニギ様とやらかも知れないし、コノハサクヤ様とやらかも知れない。
あるいはその両方か、それこそ八百万とさえ言われる数多の神々かも知れない。
何であれ、とにかく
俺の生物的な本能とでも言うべきものが逃げろと大音量で警鐘を鳴らしている。
全身からは不快な汗が止まらないし、膝は先程から笑いっぱなしだ。
俺の気がもう少し弱ければ、あるいはもう少し理性的でなければ、腰を抜かすか糞尿を巻き散らしてこの場から逃走していたかもしれない。
今の俺がこうして恐れ戦きつつも二本の足で立っていられるのは、彼らが決して敵ではなく、また逃げたところでどうしようもない、文字通り次元の違う存在であると理解できたからだ。
『誰の娘だ?』
頭の中で、声がする。
知らない男の声だ。
一体何事だと俺は動揺するが、しかしその直後、俺は直感的に理解する。
これは恐らく、俺の台詞なのだ、と。
「誰の、娘だ?」
「オオヤマツミの娘、カムアタツ、あるいはコノハサクヤと申します」
震えそうな声を必死に紡ぐと、阿立はそれが正解だと言わんばかりに微笑み、スラスラと返す。
すると再び俺の脳内に声が響いてきたので、俺はそれに従うように言葉を発してゆく。
「あなたに結婚を申し入れたい。どうだろう」
「私よりは申し上げられません、我が父、オオヤマツミよりお答えします」
「では、使いを出そう」
俺がそう言うと、俺のそばにずっと控えていたスーツ姿の人がぺこりと頭を下げ、暖簾の奥へと消えていった。
成程、あの人はそういう役割を持った人だったらしい。
それから、ほんの十数秒後。
スーツの人が出て言った暖簾から、神主さんと巫女さん、その他にも複数の人が、何やら箱をもってやってきた。
「オオヤマツミ様はとてもお喜びになられました。お二人の婚儀を認め、また、もう一人の娘もお送りになられました」
そして最後に、阿立と似た花嫁衣裳の女性が入って来る。
しかし、阿立と明確に違う点としては、俺と同じように顔を布で覆っている点と、その衣装が余りにもみすぼらしく見えるという点。
所々の糸がほつれ、茶色と灰色の汚れが目立つその衣装は、間違っても花嫁に着せるべきものではない。恐らくは意図的にそう作られ、そういう役割として彼女もそれを着ているのだろう。
『なんと醜い娘であろうか。私は貴方とは結ばれたくない。去れ』
「!?」
あんまりすぎる言葉に俺は驚いてしまうが、しかしこれも必要なことなのだろうとすぐに我に返り、脳内に響いた通りの言葉を放つ。
すると、彼女もまたぺこりと一礼すると、やって来た暖簾から帰っていった。
「それでは、式を執り行います」
重圧は未だ収まらない。
そんな中で、神主さんがそう宣言したのが聞こえ、ついてくるよう促されたので、そのまま神主さんの背中を追って、何やら台のようなものの前に立つ。
「っ……!」
視線の質が、変化する。
傍観者や観察者のような視線から、俺という存在を推し量るような視線へ。
品定めであろうか。それとも、試練であろうか。それとも、ほかに理由があるのだろうか。
やはり、視線の主たちの意図はわからない。
ただわかるのは、この場での失敗は赦されない、という一点のみ。
神前式。
神の御前で行う儀式。
その言葉の重みを、俺は身を以て体験していた。
……こんなにいきなり命の危機に晒されるとか、聞いてないぞ……!
と、心の中で毒を吐くが、しかし一応、仕方のないことだと理解はしていた。
その一端、または偽物とは言え、神の力を授かろうとしているのだ。
何の代償も無しに、ポンと貰えるわけじゃない、なんて。そこまで深く考えずとも分かる。
しかし、しかしだ。
つい先程まで……それこそ、数時間前まで一般人だった俺を拉致っておいて、この針の筵どころではない過酷すぎる環境を耐え抜けと言うのも、またおかしな話ではなかろうか。
「……ッ」
クソ、やりきってやる。やり切ってやるぞゴミがァ…………!
調子乗って見下してやがるが、今にテメェ等なんかじゃ足元にも届かないほどになってやるからなァ……ッ!!
この状況の理不尽。
自分を見下す上位存在。
唐突かつ最低なプロポーズからの結婚式。
あらゆる全てへのやるせない怒りと無力感、劣等感を闘志と気力に変え、耐える。
そうでもしないと、膝を屈してしまいそうだった。
「どうぞ」
「!」
いつの間にか、幾らかの工程が済んでいたらしい。
目の前に神主さんと、何やら急須らしい物を持っている巫女さんが立っていた。
一体何をすればいいんだとこれ見よがしに俺の目の前にあった箱を覗けば、何とも自己主張の激しい盃が入っていたので、それを取って差し出すと、酒であろう液体を注がれる。
飲め、という事だろう。
間違っても溢さないよう、慎重に盃を布の奥に入れ、口をつける。
死ぬほど飲み難い。が、溢さずに飲まなきゃ死ぬ。
とにかく必死で酒を残さず嚥下した。
未成年飲酒とかこの際もうどうでもよく、ひたすら酒を流し込む。
ようやく全て飲み切ることができたのは、どれほど時間をかけたのか分らないほど後のことだった。
空にした盃を口から離し、一つの関門を乗り越えたことに多少の達成感を感じながら盃を箱へと戻す。
「……!?」
直後、明確な異常を身体が訴え始めた。
熱い。暑いではなく熱い。少なくとも、酔いではないことは確かだった。
体の内側からドロドロに煮えた鉄が湧き上がってくるような苦痛。
それと同時に、抗い難い激烈な眠気が俺を襲う。
ざっ…………けんなァ………………ッ!
事前に言っておけよ、こういうことは!
いやまさか、『呑まれる』ってこっちの方か!?
膝を屈し倒れたくなる衝動を飲み込み、気力と気合で二足歩行を保つ。
ただ有り難いことは、この苦痛のおかげで視線なんて全く気にならなかったことだ。
まぁ、どちらの方が嫌かと言えば間違いなくこちらの方なのだが。
その後は阿立も酒を飲んだり、なんか巫女さん方が色々やったり、誓いの言葉的な文章を読み上げたりしたが、正直自分が何を言ったのか、何をやったのかさえよく分かっていない。
ただやれと言われたことを全てやり切り、そしてすべてを乗り越えた。
「新郎新婦が、退場なされます」
遠くなる聴覚の向こうでそんな声が聞こえ、ただでさえ布で見難いのに瞼が落ちかけ、霞む視界で神主の背中を捉え、追う。
そうして良く分からないままに歩き───
「お疲れさまでした」
そんな声と共に視線の主たちが消えたことを感じながら、俺はようやく膝を屈し、睡魔に身を任せた。
とりあえず後で阿立は泣かせる、と。心に誓いながら。