現代日本の霊的事情が終わってる件   作:RGN

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Lvを上げて物理で殴れ。

 まずは最初だから、弱めの敵が想定されてるはずだよ、と。

 そう言われて辿り着いたのは─────

 

「いや、ウチの学校じゃねぇか」

 

 まごうことなき勝手知ったる我が母校(死亡中退済み)であった。

 もう二度と来ないのだろうなァー、と思っていたら、まさかのそう思った数十分後にはまた訪れることになろうとは。

 

「大丈夫なのか、行っても。俺らもう死亡者扱いなんじゃないのかよ?」

「そこは大丈夫。私たちが今いるのは異次元的な所だから」

「……そうなのか?」

幽世(カクリヨ)って名前だね。まぁ幽世ってのは正確には死後の世界とかそう言うのを指す言葉なんだけど、科学の世界と神秘の世界の住民の認識の差がこうして世界を二分しちゃったから、便宜上そう呼んでるわけ。妖怪とか霊とかが居るのは基本こっち」

 

 そう言うモンか、と。

 自らを納得させつつ、人の姿も形も見えない学校の中を歩いてゆく。

 そうして校舎の中に入り、幾らか歩いたところで不意に阿立が足を止めた。

 

「見える? アレだよ」

「……なんだアレ」

 

 遠目から見れば、それは人のシルエットのようであった。

 しかし良く見れば良く見るほど、その認識が間違いである事がよく分かる。

 煙を押し固めたようなその肉体は、少なくとも尋常のそれではない。

 

「生霊だね」

 

 その単語に聞き覚えがないわけではない。

 源氏物語の授業で、ちょっとだけ扱った。

 強い思いや怨念が、勝手に体を抜け出して悪さをする……とかいうものだったはずだ。

 となれば、アレはこの学校の誰かの強い思いなり怨念なりが形になったもの、と。

 そういう事なのだろう。

 

「アレ自体は特に何ができるでもないくらい弱いんだけど、放っておくと面倒なことになるから、祓わなきゃいけない」

 

 というわけで、初仕事だよ。

 阿立はそう言って、俺の背後に控えた。

 

「俺はアレをどうすればいい」

「殴ればいいよ。その辺に良さそうな武器があるならそれを使ってもいい」

「……そうか」

 

 神の力とやらを授かっても、結局は物理攻撃らしい。

 漫画的なエネルギー弾とか能力とかを使えるモンだと思っていたが……まぁ、そういう事なら仕方あるまい。

 ……大丈夫だよな。反撃されてやられたりしないよな。

 

 と、そんな事を考えながら、おっかなびっくり生霊とか言われた黒い人形に近付いて、蹴る。

 すると、何とも軽い衝撃と共に、パァンと生霊の身体が弾け、消滅した。

 

「……!?」

 

 俺は即座に地面を蹴り、後退する。

 あまりにも手応えが無さすぎて、仕留め損なったと思ったからだ。

 しかし。

 

「うん、倒したね。やっぱり生霊じゃこんなものか」

「……これ、ちゃんと倒せてるのか? 手応えが無さすぎて怖いんだが」

「人一人分の欲望だの悪意だのが形を得ただけの生霊なんて、神の力を持ってすればゴミも同然だからねぇ。これが集まったり、これ目当ての怪物が集まったりするとすると面倒なんだけど」

「……で、そういった連中がこの学校に?」

「まぁ、いるだろうね。そうでもなきゃ、行けなんて言われないし」

 

 まぁ、そうだよな、と。

 最大限警戒しながら、探索を再開する。

 1階、2階と、虱潰しに探索を続けて行くが、しかし居るのは弱い生霊のみ。

 となれば、上の階層の何処かか、あるいは部室棟やその他建物に居るのだろうが……

 

「まぁ、何処にどんなのが居るかは、正直大体わかってるんだけどね」

「……何?」

 

 前を歩く阿立が、何やら聞き捨てのならない事を言った。

 

「どういう事だ。何故分かる」

「心当たりがあるから、としか言えないかな。君にもあるはずだよ? 一つ、大きな心当たりが」

「心当たり、だと……?」

 

 まぁ、そりゃあ、俺がつい先週くらいまでは毎日通っていた学校だ。

 そりゃあ学内で起きている事をある程度把握してこそいるが、しかし心当たりとなると殆ど無い。

 強いて上げるのならば、直近のイベント……テスト、夏休み、文化祭……程度のものだろうか。

 

 最もあり得そうなものはテストだ。

 このために多くの学生達が憂鬱な気持ちを抱えながら挑み、そして玉砕するわけだから、様々な負の感情やら何やらが吹き出して溜まっていても、まぁ不思議ではない。

 しかし、我々からすればそれは仕方がないというか。

 大体の学生はそういうモンだと割り切っていた感じがある。

 

 となると、他の要因があるはずだ。

 何か大きな事があっただろうか。

 それこそ、この学校内の多くの人間が絶望や、悲哀、憤怒や怨恨のような、強い感情を引き起こすような、とんでもなく大きな出来事、が……

 

「……まさか」

 

 一つの仮説が脳裏に浮かび上がる。

 成程、そういう事ならば、確かにあり得る。

 しかし、それが本当のことであったとして、まさか、この『最初の仕事』と言うのは────

 

「その様子じゃ、どうやら気付いたかな?」

「……本館4階。3ーG教室。そうだな?」

「御名答」

「御名答じゃねぇだろうがお前ッ……お前……いや、よそう。どうせ()()()()()()なんだろ?」

「まぁ、ね」

 

 本館4階。3ーG教室。

 俺の所属していた教室であり、つまり阿立も所属していた教室である。

 つまりこの学校において、3ーG教室は『聖域』の存在した部屋であり、そして今となっては『聖域』と共に1人のクラスメイトを喪った地獄である。

 ともなれば、その教室に渦巻く負の感情が如何程のものであるかなど、察するに余りあるものであり─────

 

「そりゃあ、こうなるよな」

 

 歩き慣れた廊下の奥。

 見知った教室の扉から、ドス黒いオーラとでも言うべき何かが漏れ出ているのが確認できる。

 あの奥に、きっと今回で処理すべき敵というものが存在するのであろう。

 

「……立つ鳥跡を濁さず……とでも?」

「似たようなものだよ。……()()()()んだ。初陣の相手としては、これ以上なく」

「そこまで計算していた、とでも?」

「してるんだろうね。私としては、本意じゃないんだけど。……本当だよ?」

「わざわざそんな事を疑うつもりはない」

 

 そんな事は、俺とて理解している。

 どちらかと言えば悪いのは俺だ。

 俺が色眼鏡を壊さなければ、阿立の異常性に気付かなければ、何も言わずにいたならば、何も起こらずに終わったはずの話なのだ。

 そして彼女も、そういう使命を持っていて、そういう計画の一環としてこういう事を行うことを容認しなければならない立場だ。

 この場で最も責められるべきは、きっと俺だ。

 

 その上で、彼女やその裏に大勢いるであろう人間達に憤りを感じずにはいられない。

 生霊は、それ事態はそこまで危険ではないにせよ、多く集まったり、それに引き寄せられた他の怪物が危険であるのだという話だった。

 そして、あそこに尋常でない量の生霊共が犇いている事は火を見るより明らかで、アレが放置された理由は、俺の初陣として相応しいから。

 つまり俺の友人や知人は、何処ぞの誰かの都合で、危険に晒され続けたという事だ。

 そしてそれは、必要な事であったという理屈の下、正当化されている。

 

「……クソが。終わってやがる」

 

 思わず、悪態が口を突いて出る。

 

「終わってないよ」

 

 そんな独り言に、阿立が反応した。

 

「終わってないから、ここまで酷い事になってるんだよ。終わってないから、まだ希望が残されているから、ここまで非道に、必死になってやってるんだよ。……終わってない。終わってないんだ。私たちが、終わらせちゃいけないんだよ」

「……だから、仕方がないとでも? 正当化できるとでも?」

「正当化ができるとは思わない。けど、これが一番()()()()()。……効率よりも人命や人権が大事なんて贅沢は言えないんだよ。今の日本は。世界は」

 

 ……戦時中じゃねぇんだぞ、クソが。

 

 と、心の中でそう悪態を吐くが、しかしそれ以上を言う事などできない。

 多数を救う為に少数の犠牲は許容すべき、という全体主義的な思考。

 俺にはその思考が理解できる、理解できてしまうからだ。

 だからこそ、責める事などできない。だって、それはきっと正しい判断であるのだから。

 

「これが良くない事だって思うなら、現状を変えるしかない。君が本当に強い力を得て、どうにかするしかない。誰だって、彼らを犠牲にしたいわけじゃないんだから」

 

 そう、そうだ。

 誰だって、少数を犠牲にしたいからそうするわけではない。

 そうしなければならないから、そうするのだ。

 

「これは、その為の第一歩だよ。君が現状を変えたいのなら、行動を起こすんだ」

「……そうだな」

 

 駄々を捏ねている暇があるのなら、少しでも早く行動を起こすべき。

 その論は、間違いなく正解だろう。

 俺は教室に歩みを進める。

 黒い瘴気が俺を押し返すように噴き出すが、しかし俺はそれに逆らって前に進む。

 そして、扉に手を掛け、開いた。

 

「…………こりゃあ、確かに、ヤバいな」

 

 そこには、教室を埋め尽くすような、黒い怪物とでも言うべき存在が鎮座していた。

 先程まで相手をしていた生霊達のような人の形は、既に保っていない。

 幾つもの人体が積み重なり、絡み合って構成されたような悍ましい肉体は、正しく異形のそれであった。

 

「……!」

 

 ギロリ。

 眼窩と思しき窪みが、俺を捉える。

 怪物は声にならない咆哮を上げ、俺に襲いかかってきた。

 

「ぬぅッ!?」

 

 ズドン、と。

 確実な質量を感じさせる鈍い痛みが俺を襲う。

 初めて明確な危機を感じる攻撃を喰らい、俺は思わず動揺してしまう。

 

「忠告が遅れたけど……気を付けてね? 多くの同族と穢れを取り込んだ生霊は、指数関数的に強くなっていくから、油断してると普通に死ぬよ」

「そう言う事は、もっと早く言えッ!!」

 

 怪物の攻撃を躱し、拳を叩き込めば、怪物は苦悶の叫びを上げる。

 このドデカい図体であっても、攻撃が効かないと言うわけではなさそうだ。

 

「オラァッ!」

 

 殴る、蹴る、殴る、蹴る。

 怪物の攻撃を避けながら、全力の攻撃を繰り返す。

 

 恐らく、神に近づいた影響とやらだろう。

 俺の体は以前のそれと比べて異常に軽く、動きやすくなっていた。

 怪物の動きを回避しつつ、攻撃するなど、しっかりと集中していれば難しい事ではない……が。

 

「……なんか、ムカついて来やがった……!」

 

 何に、と聞かれれば、何もかもに、と言う他ない。

 こんな現状に引き摺り込みやがった阿立にも、その裏にいるであろう野郎共にも……

 あの妙に畏まったスーツ野郎にも、そうすることが当然と言わんばかりに俺を池に突き落としやがった神主や巫女共にも……ッ

 俺にこんな名前を付けやがった両親、俺に降りたとか言うニニギ、海外で色々やらかしやがったキリスト教にも……ッ!

 そして何より、余計な事をしでかしやがったGHQ以下昔の連中ッ!!

 全部が全部、腹立たしいッ!!

 

「……うーわ、やば」

 

 怒りを込め、拳と脚を怪物に叩き込む。

 もはや怪物は、反撃に移行する事さえも出来ないようだったが、そんなのは関係ない。

 ただひたすらに、叩く、叩く、叩く。

 そして。

 

「くたばれ、この野郎ッッ!!」

 

 瀕死になった怪物の脳天であろう場所に、拳を振り下ろす。

 パァンと音を立てて、怪物は霧散した。

 

「フーッ……フーッ……」

 

 荒い息を整えていると、控えて観戦していた阿立が、パチパチと拍手を鳴らす。

 

「すごいね。流石はLv5。余裕の勝利だ」

「……」

 

 ……余裕の勝利であった事は否定しない。

 事実、俺が危機を感じたのは最初の一撃を喰らった直後程度のもので、それ以降は特にこれといった危険はなかった。

 あれほどまでに一方的な攻勢は、蹂躙という言葉が相応しいだろう。

 

「まぁ、本来ならLv1とかでも勝てる相手だからね。こんなに余裕だと、レベルアップはまだかな?」

「レベルアップ、か。先程からやけにレベルの概念を推すが、本当にあるのか?」

「あるよ」

「……巫山戯てやがる」

 

 ゲームじゃないんだぞ、この世界は。

 

「いやまぁ、便宜的にね。そりゃあ当然、成長にはグラデーションがあって然るべきなんだけど、一定の基準があった方が分かりやすくて」

「そう言うモンか」

「うん。……まぁ、欧米の辺りの判断基準をそのまま流用してるから、古い人たちは嫌いなんだけどね、これ」

「……」

 

 何ともまぁ世知辛い社会のようである。

 俺もこれからそちらの社会に足を踏み入れなければならないようであるが。

 

「何にせよ、初仕事の成功、おめでとう。これからどんどん厳しい仕事が舞い込んでくると思うけど……」

「達成していけば、強くなれる、と?」

「うん。そう」

「だったら、望むところだ、と言っておこう」

 

 さっき多少ストレス発散して、吹っ切れて、やる事は決めた。

 レベルを上げて物理で殴る。

 そしてこの終わりに終わり散らかした現代日本の霊的事情を打破し、時代錯誤のクソ野郎共に引導を渡してやるのだ。

 首洗って待ってやがれよ、クソ野郎共。

 俺をこの世界に引き摺り込んだ事を、後悔するがいい。

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