Akeenohi -アケノヒ-   作:大化

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第十七話 女郎蜘蛛の檻

アレックス達の援護により、カエデ達の歩みは、徳川の船団の中枢まで達していた。

飛び交う光線の雨、爆散し、舞い散る火の粉の中、カエデ達は突き進む。

 

すると、天より垂れた幾千もの糸が、黒く燃え盛る雲間を裂き、カエデ達へ向けて放たれた。

 

「…!!アタラヨ、緊急回避!」

 

――鉄の糸。

 

絡繰にして巨大な蜘蛛の姿を模すその構造体は、徳川本陣の城そのものと融合した瀬名姫。

家康の夢にして、愛にして、狂気そのもの。

 

その姿は艶やかな和装を基調に、八本の脚部を鉄骨のように広げた蜘蛛の機体。腹部には城郭の屋根瓦が重なり合い、無数の目が火のように光っている。

その背から放たれる糸は、一筋が大地を穿ち、また一筋が空中の船を切り裂く。

 

「家康様の理想を阻む小蝿共……」

 

その声は、どこか悲しげにすら響いた。だが、眼差しには一片の迷いもなかった。

 

「世界は、我ら徳川が統べるべきなのです。……お前たちのような代用品が、語る理想など……クズ鉄にすら劣る!」

 

地から空を裂く蜘蛛の糸。

その糸が、地形ごと戦場を作り変えていく。

 

「っ、このっ…!!」

 

カエデがアタラヨを逆噴射の姿勢を取らせる事で、襲い来る糸をギリギリで避ける。だが、鉄線は一度地面を貫いた後、徳川の戦艦を支点とし、カエデ達を阻む壁としてその場へ残る。次弾が飛べばこれもまた、先の線と交わりより強固な壁を形成していく。

一点、また一点と繋がっていくその線は、やがて幾何学的な美しさすら帯びながら、蜘蛛の巣状に空中に広がっていった。

 

「……まずい、このままだと……!」

 

カエデが声を上げる。

 

彼女の足元にも、頭上にも、もう逃げ場はなかった。すべての経路が糸で塞がれてゆく。地を跳ねても、空を飛んでも、あらゆる道は切り裂かれる運命にある。

 

シズメの矢も通らず、シンゲンが斬っても斬っても「巣」は数を減らすことはない。

 

巣を伝い、瀬名姫は上空へと姿を表す。

 

こちらを見つめるその瞳は、まるで慈愛に満ちた聖母のように――歪んでいた。

 

「愚かしいわ。貴方たちはもう、この檻から出られない。

徳川の夢は、誰にも触れさせない――そう、決して……!」

 

「アタラヨ!」

 

「わかっています…!ですが、どのプランで何度計算しても生存確率は0%…!!」

 

空が、閉ざされる。

 

鉄の天井が落ちてくる。

万事休すーーそう思った、その時だった。

 

 

 

 ――ボウウウウウオオオオンン……!!

 

 

 

地の底を突き破るような爆音とともに、蒸気の柱が空を貫いた。

 

雲を突き破り、現れたのは、異形の機体。

 

『阿毘沙羅・門天丸・金烏玉兎ノ装』

 

黒鉄と金光を纏い、あらゆる拘束を嘲笑うかのように滑空するその機体が、蒸気を噴き上げながら戦場へと降下する。

 

「…みんな!遅くなって、ごめん!!」

 

響いたのは、懐かしい――けれど確かに力強くなったテルトラの声だった。

 

門天丸の刀が糸の檻を切り裂く。

 

「……空が、開いた……!」

 

シズメが目を見開く。

 

「遅かったな!」

 

シンゲンが歓喜とも驚愕ともつかぬ声を漏らす。

 

カエデだけが、笑った。

 

「……おかえり、テルトラ」

 

「…空は、私に任せてもらう!」

 

門天丸の背部ユニットが展開される。

十数枚の展開装甲が盾となり、全方向に防壁を張り、放たれる瀬名姫の糸からカエデ達を守る。

 

「…これを防ぐ技術は、現在の地球上には無いはずなのですけどね」

 

静かな声と共に、瀬名姫の“顔”が絡繰の中央部へ、横にすべるように出現する。

 

「テルトラ、と言ったかしら? 貴女には、心がないのですね。カエデのように、誰かに“代わって”生きることも出来ず、ただ自分だけの都合で彷徨って……哀れなこと」

 

「……黙れ。そっちこそ、“魂”を吹き込まれただけの操り人形のくせに」

 

「いいえ、違います。私は家康様の想いそのもの。それは、貴女たちのような自己満足の理想とは格が違うのです」

 

彼女の声が響いた瞬間、糸が戦場全体を網目状に支配する。

 

空も地も――逃げ場はない。

 

「テルトラ、上!!」

 

一面の糸が螺旋状に収束し、阿毘沙羅門天丸に襲いかかる。

 

刹那。

 

「…このッ!」

 

蒸気を圧縮して放った衝撃波が糸を吹き飛ばし、テルトラが前面装甲で弾くも、数本が腕部関節に絡まり焼き切れていく。

 

「…っ、私と門天丸を舐めんなよ……こんな程度で、潰れるかっての……!!」

 

テルトラが叫ぶ。

 

「…友達守るくらい、造作もないんだよ!!」

 

機体の反応が限界を超える。しかし、それでも動かす。

空中で脚を広げた女郎蜘蛛の本体に向け、門天丸が再び跳躍。

 

「……行かせるものですか!」

 

瀬名姫が怒りの声と共に、腹部装甲を展開。

その内部からさらに極細の鋼糸が吐き出され、門天丸の動きを完全に止めようとする――

 

「テルトラ、下がって!」

 

声と共に、カエデ達が前へ。

 

アタラヨの背に乗ったシンゲンが二刀を振るう。刃が火花を散らし、鋼糸を斬り裂く。

一筋、また一筋、破られるたびに瀬名姫の装甲が軋む。

 

「やめなさい……! 私を、否定しないで……!」

 

本体の“顔”が浮かび上がる。

テルトラが目を凝らす。

 

「――本体だけ、逃がす気?…逃がさないよ」

 

門天丸が糸の網を抜け、本体の中心に斬り込む。切り開かれたそこにあるのは、人の顔を模した瀬名姫の中枢部。

 

その表情は、まるで本物の人間のように、美しく、そして悲しげだった。

 

「なぜ……なぜ、私じゃいけなかったの……。徳川の未来を、守ろうとしただけなのに……」

 

「……貴方が見てた未来なんてーー夢でしかないよ」

 

カエデの刃が振り下ろされる直前。

 

瀬名姫は――笑った。

 

「そうね。貴女も、どうせ同じ。誰かの代わり。……所詮は、代用品」

 

次の瞬間、本体が機能を停止し、静かに崩れ落ちる。

 

美しい人形のようなその顔が、最後に見せた表情は――

 

涙とも、微笑とも、つかないものだった。

 

ーーー

 

糸がすべて断ち切られ、戦場に光が差す。

 

蜘蛛の絡繰が崩れ、徳川の砦の一角が失われた。

 

「テルトラ……ありがとう」

 

「……ううん、こちらこそ。もう逃げないよ」

 

その言葉に、カエデは少しだけ笑った。

 

そして、視線を前へ。

 

最奥。

母艦の甲板で、曽是が、静かに、彼女たちを見下ろしていた。

 

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