焦げた糸が、風に流れていた。
瀬名姫の絡繰が崩れ落ちた地面には、蒸気と残熱と、静寂だけが残る。
カエデ達はアタラヨに乗り込み、テルトラの門天丸と共に、ソゼの待つ母艦を目指して再び飛び立とうとしていた。
「やるやんか。ほんま、綺麗に倒してくれちゃってまぁ」
すると、上空から乾いた拍手と共に、声が降ってきた。
影が射す。
空から、羽根のように銃を背負った男がゆっくりと降下してくる。
「はじめましてやけど……まあ、名乗らんでもええやろ。どうせ、すぐ死にはるんやし」
十兵衛が笑った。
その背後、着地の振動が地を揺らす。
アラハバキを退けた人型絡繰、二機。
カエデ達が立ち上がり、得物を構える。
「……私がやる。カエデ達は先へ」
テルトラが言った。
「でも――」
「…任せて。大丈夫、今の私は誰にも負けない」
わずかな間のあと、カエデは頷く。
テルトラを一瞥すると、アタラヨを全速力で発進させた。
「…いいの?追わなくて」
「ええんとちゃう? あんたをさっと始末して、すぐ引き返したら、ちょうど挟み撃ちにできるやろし」
門天丸が一歩、前に出る。
熱のこもった装甲が、焦げた地面に蒸気を吐く。
十兵衛は笑ったまま、肩をすくめた。
「それより、あんたこそ自分の心配しときぃ」
十兵衛と絡繰達の武装が展開される音が、乾いた風の中で響いた。
テルトラの声は、低く短い。
「…始めよう」
「姫さんの弔い合戦っちゅうには、ちと大袈裟やけどな……僕はええけど、付き添いのもんが黙っとられへんらしいわ」
十兵衛が手首を軽く振ると、二機の絡繰が低い音を立てて前に出る。
それに合わせてテルトラは門天丸を加速させる。火薬駆動の脚が地を蹴る。砲身は伏せ、装甲を前面に集約。
突撃する絡繰の一機。右腕部にあたる機構が変形し、杭のような打突武器が前に伸びる。
機動は速く、踏破力も高い。だが――
「…読みやすい」
テルトラの目は、わずかな動作のラグを見逃さない。
門天丸がステップをずらすと、打突が空を裂く。
門天丸の右腕が絡繰の肩関節を打ち抜く。装甲がきしみ、油煙が吹き出す。
もう一機。斜め後方からの援護。両肩のキャノンが射出姿勢に変形する。
「ほら、狙われとるで」
十兵衛がからかうように口笛を吹いた直後、砲弾が連射された。
テルトラは振り返らず、門天丸を後ろへ跳ねさせる。
推進の反動を殺しながら、空中でスラスターを点火。
直下へ落ちるように着地し――着地した瞬間、再度加速。
弾道の死角から、再び接近。
絡繰の砲塔が振り向くより早く、門天丸の脚がその装甲を蹴り砕いた。
「……所詮は無人機」
粉塵の中、テルトラが呟く。
そのまま体勢を崩した絡繰の動力部目掛けて一撃を放たん、と門天丸のブレードの出力を上げる。
しかし、そこへ残る一機が壊れた関節を引きずりながら、門天丸へ飛びかかる。
斬撃が振るわれる直前、門天丸が一歩引き、一機を左手で鷲掴むと、ブースターの推進でもう一方飛びかかる機体に叩きつけた。
「あっちゃあ〜…2VS1なのにボッコボコやん」
十兵衛が額に手をかざす。
そして、背中の羽根――銃がわずかに角度を変える。門天丸へ照準を合わせた。
「ーーけど、3VS1なら話は別やろ?」
ーーーーー
「ほな、始めよか。お手並み拝見や」
十兵衛が指を鳴らすと、二体の絡繰が機械音と共に左右へ展開。
一体は正面から猛突進、もう一体は側面を取るように滑り出す。
正面から迫る絡繰の斬撃を寸前で受け流し、逆手にとった剣で脇を薙ぐ。装甲を裂くが、深くは届かない。
すぐに、もう一体の絡繰が背中を狙って突撃。
テルトラは左肘を後ろへ突き出し、勢いそのままに打ち返す。
絡繰がよろめき、間合いが開く。
すかさず追撃の構えを取り、テルトラが照準を切り替えた、その時。
四方からのアラート音に、咄嗟に防御体勢を取ると、鋭い銃弾が門天丸へ突き刺さる。
「ええ動きやなあ。でも、本番はここからや」
十兵衛の背の装置が展開する。
羽根のように広がった複数の銃が浮遊し、そのまま機体から分離。自律制御で空間を滑空しながら、門天丸を包囲して同時に発砲する。
――オールレンジ攻撃。
銃は狙撃、牽制、予測射撃と、それぞれ異なる挙動をとりながら四方から撃ち込んできた。
避ければ次の一発が来る。進路を変えれば、そこにも弾がある。
門天丸が脚部ブーストで横に滑り、障害物に隠れようとした瞬間、十兵衛の笑い声が空から届く。
「甘い、甘い。そんなんじゃ避けれへんよ」
空中で展開された銃のひとつが、門天丸の肩装甲を正確に撃ち抜いた。火花とともに片腕が震える。
後退しようとしたところに絡繰の追撃。斬撃を防御しながら体勢を立て直そうとするが、すぐさま反対側からもう一体が突撃してくる。
テルトラは両腕で受けながら機体を捻り、絡繰を弾き返す。
だが、それすらも十兵衛の射線の“合図”となっていたかのように、すぐ後方から連射が押し寄せる。
(…機体損傷率、20%)
テルトラはパネルに表示される数字を見て眉を顰めた。
(…これ以上長期戦になれば、私は負ける)
テルトラは、冷静であった。
だがそれ故に、事態の深刻さも正確に感じ取っていた。
(…カエデとの合流は諦めて、少しでもコイツらの足止めをーーいや、いっそのことさっきの絡繰のように私もコイツらもろとも…)
テルトラが合理的判断の元、決死の覚悟を決めたその時。
新たに、1つの機影が迫る。
「嬢ちゃん、援護するよ!」
聞き覚えのある声と共に、機体の駆動音が響く。
夜刀――芳ニ、50銭の乗る飛行バイクが戦線に割り込んできた。
操るのは芳ニ。
後部座席で身を乗り出す50銭が、即座に機銃を展開する。
「こっちを見やがれぇ!!」
弾幕が斜めに走り、二機の十二機神将の注意を、テルトラから強引に引き剥がす。
絡繰の一体が進路を変え、バイクを追う。
もう一体も反応し、砲身を旋回させた。
その一瞬で十分だった。
テルトラは十兵衛の射線を横切るように踏み込み、門天丸を滑り込ませる。
即座に、十兵衛が分離した銃で応戦するも、逆に銃を門天丸に撃ち抜かれ、破壊された。
怯む十兵衛を横目に、十二機神将の一体へ門天丸が強襲する。
脚部を砕き、体勢を崩したところへ追撃。
心臓部を貫かれた絡繰は機能を停止した。
二体目の絡繰も、再び門天丸へ照準を定め、両手の剣で斬りかかる。
しかし、門天丸は瞬時に背後に回り込むと、背面からの一撃で動力部を貫いた。
十二機神将二機はあっけなく全滅した。
「……やりよったな」
十兵衛が低く呟く。
追い詰められた男は、宙で姿勢を崩さないまま、砕けた絡繰へと手を伸ばした。
装甲が剥がれ、武装が引き抜かれ、ケーブルが自身の背へと接続されていく。
大破した十二機神将と十兵衛が、一つになる。
「ほな……最後に付き合うてもらおか」
高出力の射撃。
面で押し潰すような火力が、芳ニ達へ迫る。
「ッ…!不味い…!!」
芳ニが急ハンドルを切ると、射撃はバイクの側面を撫で、遥彼方の地上に巨大な爆風を生んだ。
「あら…直撃せえへんかったか」
バイクは先程の被弾で制御を失い、煙を上げながらふらふらと飛行する。
「カスっただけでこれかよ!」
「今度こそ本当に不味いよ…!!」
夜刀が動けないと判断するより早く、十兵衛の主砲が再収束する。
狙いは明白だった。
「次は避けれんなぁ?…盾でも用意したらどうや?」
「…ッ!!…門天丸、装甲を前面に収束…!!」
門天丸が即座に射線上へ飛び出る。
次の瞬間、光と衝撃が芳ニ達の視界を塗り潰し、爆風が彼らのバイクを大きく揺らした。
「嬢ちゃんッ!!!」
彼らは、自分達を庇った少女の身を案じるも、結果は見えていた。あの出力を受け止めて原型が残るはずもない。
「…終わりやな」
十兵衛が勝利を確信して呟く。
しかし、爆煙の中心から、突如として装甲の塊が十兵衛へ向けて射出される。
門天丸の前面装甲。
それらをすべて切り離し、射撃の盾にしてのパージアタック。
質量を犠牲に速度を上げた一撃が、十兵衛の防御を貫いた。
「……っ、ガ……!」
背の銃が吹き飛び、十兵衛の肩もろとも装甲が弾け飛ぶ。
戦闘不能だと判断した十兵衛は、即座に発煙弾を起動させた。
「……油断したわ。命拾いしたなぁ、アンタら」
白煙が一気に広がり、視界が遮断される。
「精々抗ってみせや。…無駄やろうけどなぁ」
憎たらしげな声だけを残し、反応は消えた。
テルトラは門天丸を立て直し、夜刀の元へ向かう。
芳ニは腰を下ろし、50銭も機銃を下ろして息を吐いた。
「嬢ちゃん、助かったぜ」
「…こちらこそ。貴方達が来てくれなければ負けていた。ありがとう」
テルトラは短く答え、頭を下げる。
言うが早いか、門天丸が踵を返す。
向かう先は、カエデが進んだ方向。
テルトラは振り返らず、駆け出した。