徳川死天王達の会合が終わり、
幹部達が各地へと向かう中。
その1人霞もまた、己が狙う領地へと向かって一人歩いていた。
ゴスロリの裾を揺らしながら、スキップをするように。
一見可愛らしい光景だが、彼女の萌え袖から垂れ、蠢く百足がそれを塗りつぶす。
「はぁ〜、ダル。前回しくじったとか知らないけど、どーせ全部壊すんだから、作戦会議なんて必要ないっつーの」
霞は気怠そうにぼやく。
だが、その目だけは爛々としていた。
「…今度こそ。
今度こそ殺してやんよ…!!」
『豊臣』
その名前を思い浮かべただけで、胸の奥が焼ける。腑が煮え繰り返るようだった。
「アハッ……♡」
怒りを通り越して口が歪む。
毎回毎回ループの度に殺そうとして。
正面から挑んだ。豊臣が他の敵と戦っている背後から奇襲を仕掛けた事もあった。
様々な手を尽くしたが、いつも後一歩届かなかった。
だが、今度こそ。
「待ってろよ、ヒデヨシィ…」
そう呟くと、霞は闇へ消えた。
ーーーー
O-SK郊外東区域。
かつてはO-SKの夜を彩る繁華街だった場所だが、今やシャッター街となり、ほぼ廃墟化している。
その中心を、奇妙な姿の少女がふらふら歩いていた。
頭には――バケツと丸メガネ。
背中に大振りの二刀を背負い
猫背でどこか自信なさげな立ち姿は
異様極まりない。
「……いないなぁ、タケゾー様……」
彼女はボソボソ呟きながら、スマホを見ている。
「ここら辺の有名な剣士はみんな、『人違い』だったし……」
彼女の名は、寺円堂ハナコ。
通称、“634”。
『タケゾー』という腕利きの辻斬り系ネット配信者を盲信する少女だ。
彼女は、タケゾーの配信企画「巌流島チャレンジ」(O-EDOから、遥か西の巌流島に辿り着くまでに何人の剣士を倒す事が出来るかというものだ)に挑戦。
彼のリスナー諸共、彼自身をも斬り伏せた。
その数合わせて『634』人。
彼女はその伝説からネット上で「ムサシ」と呼ばれて崇められているのだが、知る由もない。
「一体どこにいるんだろ?タケゾー様…」
自分の敬う「タケゾー」が自分に負けるはずはない。あの時自分が斬ったのは「偽物」で、きっとどこかに「本物」がいると、思い込んでいるのだから。
ハナコがここでの「タケゾー探し」を諦め、別の場所へ向かおうとした、その瞬間だった。
ズルッ……
地面が蠢く。
無数の百足が、アスファルトを割って這い出した。
「んぇえ!?」
咄嗟に避け、ハナコが顔を上げる。
すると、目の前のビルの上からゴスロリ衣装の少女がこちらを見下ろしていた。
「……なにその格好。
ウケるんだけど」
霞が、ハナコの格好を嘲笑する。
しかし、ハナコは無言のまま、じっと霞を見つめていた。
「…………」
「は?なんか言えよ」
「……もしかして……」
するとハナコは、小さく呟いた。
「貴方、タケゾー様……ですか?」
訪れる沈黙。
霞は思考が追いつかず、数秒固まる。
「……は?何言ってんーー」
しかし、次の瞬間。
轟音と共にビル壁が抉れる。
霞の右腕ーーにいる百足が切断され、宙を舞う。
そして、霞の目の前には刀を抜いたハナコの姿があった。
「ッッ!!」
悍ましい殺気に、霞が左腕の百足を鞭のようにしならせハナコをビルから地面へ叩き落とした。
「…凄い強さ。やっぱり……!」
すぐに砂煙の中から、ハナコが歩いて出てくる。
「貴方がタケゾー様なんですね!」
「は?」
霞の眉がひくつく。
邪魔だったから殺そうとした。
それだけなのに。
意味のわからない言動、理解できない強さに霞は無性に苛立ちを覚える。
「気狂い女が…普通に死ねよ」
ハナコへと再び迫る百足の群れ。
先程とは桁違いの数の百足が、まるで波のように押し寄せる。
しかし。
ズバッ
ズバッ
ズバババッ!!
ハナコは止まらない。
迷いなく真っ直ぐと走りながら迫る百足を二刀で斬りさいていく。
「えへへへぇ!!凄いです!強いですね!!タケゾー様!!」
「…キッショ」
霞の口元がへの字に歪む。
(…なんなんだコイツ)
ただのオタク女じゃない。
百足の軌道を全部読み、最小限の動きで切り伏せ、速度を緩める事なくこちらへと向かってきている。
その剣捌きは並の剣士のそれではない。
「アハッ、まぁいいや」
霞の笑みが深くなる。
「強い剣士ってのは別にわーし、嫌いじゃないし♡」
両腕の百足が絡み合う。
そして、それは霞の体へ纏わりつくと強固なアーマーとなり、ハナコの斬撃を防ぐ。
そのままムカデの外骨格を纏った霞の右拳がハナコへと叩きつけられる。
ドゴォッ!!
ハナコが吹き飛ばされ、叩きつけられたビルが下部から崩壊する。
「……違うなぁ」
瓦礫の中からハナコが無傷で出てくる。
「もっとこう……」
次の瞬間。
ズンッ!!
ボソボソとハナコが呟いたかと思えば
霞との距離を一瞬で詰める。
霞の目が見開かれた。
ーー速い。
しかし。
次の瞬間、百足がハナコの全身へ巻き付く。
「…捕まえた♡」
そのまま、ギチギチと締め上げる。
もがく事すらままならず、ハナコの手から剣が離れる。
カラン……と。
二刀が地面に落ちた。
それを見て、霞が嗤う。
「なかなかの腕だったけど…わーしに会ったのが運の尽き、ってコト♡」
百足達の締め付けが増す。
「ーーー死ね」
霞がハナコを握り潰そうとした――その時。
シュパッ。
と。
軽い音共に百足が裂けた。
「……は?」
拘束されたまま。
ハナコの“手刀”が、百足を切断した。
「……え?」
シュバッ!!
もう一度、音が鳴る。
そして、百足が裂け飛ぶ。
「……はぁ!?」
そのまま、素手で百足を切り裂きながら拘束を抜け出していく。
「ーーー無刀の境地。タケゾー様が配信で言ってたのを真似してみたんですが…案外簡単なんですね」
「待て待て待て待て!!」
霞が叫ぶ。
「なんなんだよそれ!!」
そう言っている間にも、霞の繰り出す百足は次々と裂かれていく。
ハナコが来る。
ひたすら真っ直ぐ、ただこちらへと。
「……バケモノがァ!!!」
霞が地面を叩く。
瞬間、街全体が揺れた。
その揺れが巨大な地割れを引き起こす。
そして、ひび割れた地面の奥から、高層ビルの如き質量を持つ、超巨大百足が現れた。
「潰れろォ!!」
轟音と共にハナコを吹き飛ばす。
ハナコは吹き飛ばされ、瓦礫の山へ消えた。
霞が息を吐く。
「……はぁ、クソッ」
だが。
ガラ……
瓦礫が動いた。
「……やっぱり、違う」
ハナコが立ち上がる。
落とした剣を拾い、巨大百足を見上げた。
「タケゾー様が、私なんかにこんなに手こずる訳ないですもん」
そして。
斬。
一瞬で巨大百足が、真っ二つになった。
「は――」
霞の声が止まる。
次の瞬間。
ハナコが霞の目の前にいた。
二刀が走る。
ズバァッ――!!
霞の身体が切断され
鮮血が吹き出し、内に潜む百足が苦痛にのたうった。
「っ、ぁ……!!」
崩れ落ちる霞。
ハナコが歩み寄る。
「……偽物は……消えてください」
ゆっくりと。確実に。
剣が振り上がる。
だが、その剣が振り下ろされる事はなかった。
ドサッ
ハナコが突然、白目を剥いてその場に倒れ込む。
その様子を見て霞が息を吐いた。
「……は、はは……やっと『効きやがった』」
巨大百足。
あれをぶつけた瞬間に、神経毒を流し込んでいたのだ。
その威力は、1滴触れようものなら即死する
激毒だがーーー
「気絶止まりかよ……」
霞の顔が歪む。
「マジでバケモンじゃん……」
切断された身体。
その断面から百足が溢れ、無理やり繋ぐ。
修復される際の激痛に顔が歪み、精神が軋む。
「グッ……!!」
視界が揺れ、幻聴が頭を駆け巡った。
「……うるせぇ……」
霞はフラフラと立ち上がる。
徳川の幹部たちの中でも屈指のタフネスを誇る霞であったが、既にその体は満身創痍だった。
「……チッ」
倒れたハナコを見る。
「2度と会いたくねぇ……」
ボソリと、吐き捨てた。
そして霞は、足早にその場を去った。
急ぎ、体の傷を癒さねばならない。
豊臣が、自分以外に滅ぼされる前にーー。
霞はニヤリと笑う。
が、すぐに顔を歪め、吐血した。
能力を酷使しすぎた代償は、確実に彼女を蝕んでいた。
「……秀吉…ヒデヨシィ…」
その言葉だけを繰り返しながら。
ーー霞は闇へ消えていった。