「かかれィ…かかれェエイ…!!アハハハハ!!!」
百足が奔る。
石畳を砕き、
壁を穿ち、
まるで黒い濁流のようにヒデヨシ達へ襲いかかった。
だが。
「――甘いッ」
シーメ・ウォンが前へ滑り込む。
回転。
身を捻りながら放たれたチャクラムが、
先頭の百足をまとめて切断した。
金属質な外殻が宙を舞う。
その隙に、
シーメはヒデヨシを背後へ突き飛ばす。
「ヒデちゃん、下がってなさい!
アンタ今、顔が“王様”じゃなくて未亡人なのよン!」
「なっ…!誰が未亡人だ!!」
怒鳴り返すヒデヨシ。
その怒声の直後。
「よぉ、ヒデヨシ♡」
霞がニタリと笑う。
だがその笑みには、
かつての軽薄さよりも、
獣じみた狂気が混ざっていた。
百足が床を砕く。
ギチギチと。
不快な音を鳴らしながら。
「……アンタ、
いい顔してんじゃん♡」
霞が笑う。
「大事なモン失った顔だ♡
アハ♡いいねぇ、そういうの♡」
瞬間、シーメが動いた。
「――ッ、そこまでよン!!」
霞の首を狙ってチャクラムが飛ぶ。
だが、百足の腕が空中でそれを弾いた。
金属音と共に火花が散る。
その隙にシーメは、床を滑るような低姿勢のまま踏み込む。次の瞬間には、霞の懐へ入り込んでいた。
「オラァッ!!」
膝蹴り。
肘打ち。
裏拳。
流れるような連撃が霞へ叩き込まれる。
ゴスロリ衣装が裂け、
小柄な身体が吹き飛ぶ。
――が。
「……ハ♡」
霞は笑っていた。
壁へ叩き付けられながら、
狂気じみた笑みを崩さない。
「すっご♡
オマエ、強いじゃん♡」
次の瞬間。
壁面から百足が噴き出した。
「ッ!?」
シーメが身を捻る。
だが遅い。
巨大な百足が、
彼女の脇腹を掠めた。
「ぐッ……!」
吹き飛ぶ。
石畳を転がり、
瓦礫へ激突。
それでも。
「……アハ。
そう来る?」
シーメは笑う。
口元の血を親指で拭いながら、
再び立ち上がる。
「いいねぇ、このイカれっぷりは嫌いじゃないにゃ〜。一周回って好きかも?」
シーメはクルクルと、チャクラムを指先で回す。
だが内心では舌打ちしていた。
(ど〜〜したもんかな〜…)
硬い。そして重い。
何より、“止まらない”。
霞の攻撃には決まった型がない。
その動きは怒りや衝動。感情そのもの。
それらが凶悪な力となって、暴れている。
「アハハハハ!!」
霞が床をーーいや、百足が
彼女の身体を射出している。
凄まじい速度。
次の瞬間には、
シーメの目の前だった。
「死ねェッ♡」
百足の腕が振り下ろされる。
シーメは回避。
直後、背後の城壁が丸ごと吹き飛んだ。
「ッ、冗談キツ……!」
追撃。
さらに二本。
三本。
百足が連続で襲いかかる。
シーメは踊るように回避しながら、
チャクラムを投げ返した。
回転刃が霞の肩を裂く。
血飛沫が舞う。
だが。
「…アハ♡」
霞は止まらない。
「もっとだ…!!もっとやれよォ♡」
百足が暴走する。
城門が砕け、
石柱が崩落する。
O-SK城そのものが、
悲鳴を上げ始めていた。
ヒデヨシが顔を歪める。
「霞……お前……」
「あァ?」
霞が首を傾げる。
その瞳は濁りきっていた。
「……誰だっけぇ……お前♡」
そして、次の瞬間。
百足が地面を叩く。
衝撃で、石畳が爆ぜる。
シーメが咄嗟に跳んだ。
だが、着地したその瞬間足元から
別の百足が突き上がる。
「――ッ!?」
ほんの僅かだが、シーメの体勢が崩れる。
霞はその“一瞬”を逃さなかった。
「もらったァ♡」
百足が伸びる。その矛先はシーメではない。
その後方ーーーヒデヨシへ。
「しま――」
間に合わない。
巨大な百足の腕が、
ヒデヨシの胴へ巻き付いた。
ギチギチ、と。骨を軋ませながら
その身体を宙へ持ち上げる。
「ぐッ……!!」
「ヒデちゃん!!」
シーメが踏み込む。
だが。
霞が、
初めて心の底から愉快そうに笑った。
「あは♡
捕まえたァ♡」
百足が軋む。
ギチ、ギチギチ、と。
ヒデヨシの身体を締め上げる度、骨が悲鳴を上げた。
「ぐ……ッ……!」
霞の瞳は完全に濁っていた。
焦点はもはや合っていない。
顔は笑っているのに、そこには喜びも理性も感じられなかった。
ただ、壊れた感情だけが暴れている。
「なぁヒデヨシ♡」
霞が首を傾げる。
「お前さァ……
なんで生きてんの?」
百足がさらに締まる。
ヒデヨシの口から血が零れた。
「お前が……
お前らがいたからァ……」
霞の声が掠れる。
「わーし……
いっぱい殺しちゃったのにィ……♡」
「霞ィ!!」
シーメが叫ぶ。
チャクラムを投擲。
高速回転する刃が、一直線に霞へ向かう。
だが、無数の黒い腕が壁のように立ちはだかり、チャクラムが弾かれる。
シーメが歯噛みする。
届かない。
このままでは、ヒデヨシが握り潰される…!
その時。
――ギュゥゥゥン……
低い回転音。
霞が目を見開く。
「……ァ?」
次の瞬間。
百足を、
“何か”が切り裂いた。
巨大な円盤が、ヒデヨシを拘束していた百足を強引に断ち切る。
「ッ!?」
ヒデヨシの身体が落下する。
シーメが咄嗟に飛び込み、抱き止めた。
その横へ、巨大な円盤が
ガンッ!!と石畳へ突き刺さる。
それは、チャクラムではない。
巨大な――レコード。
次の瞬間。
――ドゥンッ!!
重低音。
城下へ響き渡るビート。
瓦礫の向こうから、
軽快なリズムと共に人影が現れる。
先頭には、ターンテーブルを背負った男。
回天。
「悪ィ悪ィ。遅くなっちまった。道混んでてよ」
その後ろには。
ラクタ。
カグラ。
そして風魔光太郎。
風魔が崩れた城門を見上げ、
呆れたように口を開く。
「……派手に暴れてんなァ」
「ハッ♡」
霞が笑う。
「増えた増えたァ♡」
百足が蠢く。
「全員まとめて殺せるじゃん♡」
レコードが回転する。
重低音が空間を揺らし、百足の動きを僅かに乱す。
その隙に、風魔が姿を消す。
次の瞬間には霞の背後。
斬撃で百足が数本飛ぶ。
同時に、ラクタが前へ出る。
至近距離で手のアンチマテリアルライフルが火を吹き、霞の身体が吹き飛ぶ。
そこへ、カグラが踊るように銃撃と共に体術を叩き込んだ。
シーメが笑う。
「お〜、なかなかやるねい」
回天がビートを鳴らすと、連撃は加速。
百足が次々と断ち切られていく。
そして、遂にその内の一撃が
霞の肩口を斬り裂く。
血飛沫が舞い、初めて霞が大きく後退した。
「……ァ」
ふらつき、百足の動きが乱れる。
回天が目を細めた。
「……効いてるな」
「しゃあ!!押し切るぞォ!!」
カグラが吠える。
戦況は、確かに好転していた。
…はずだった。
霞が、俯いたまま震え始めた。
「……ぁ」
百足が騒がしく蠢く。
ギチギチギチ、と。
異様な音を立てながら。
「……痛い」
低い声。
「痛い痛い痛い痛い痛い……」
空気が変わる。
風魔が眉を顰めた。
「…なんかヤバそうっス」
霞の腕。
いや。
“全身”から百足が溢れ始めていた。
皮膚を裂き。
肉を押し広げ。
無数の百足が噴き出していく。
「わーしが……
悪いのかァ……?」
霞が笑う。
泣きながら。
「わーしがァ……
弱かったからァ……?」
轟音。
百足が爆発的に膨張した。
城壁を貫通し、天井を突き破る。
O-SK城全体が大きく揺れた。
「アハハハハハハハハ!!!!」
霞が笑う。
その声はもはや、人間の物ではなかった。
百足が城を埋め尽くす。
天井も床も百足が這い回り
さながら黒い津波と化していた。
ラクタが顔を歪めた。
「……冗談だろこれ」
「いや、これは全く笑えねぇな」
回天の額に汗が流れる。
シーメですら、初めて笑みを消していた。
この場の誰も。
この暴走を、止める術を持ってはいなかった。
天井を埋め、
壁を食い破り、
街へ溢れ出していく黒い濁流。
その中心で、
霞が笑っていた。
「あは♡あはははははははッ!!!」
もはや会話は成立しない。
そこには感情も理性もなく。
ただただ、怨嗟だけが暴れている。
回天がレコードを押さえながら顔を歪めた。
「切っても切っても増えてやがる……!」
ラクタが銃をリロードし、構え直す。
「クソッ……!こんなんどうすりゃ――」
その時だった。
「――霞ィ!!」
怒声。
全員が振り向く。
城門の瓦礫を突き破り
装甲車が飛び込んできた。
運転席には、ヒデヨシの姿があった。
「ヒデちゃん!?」
シーメが目を見開く。
回天達も息を呑んだ。
「何やってんだあの馬鹿!!」
だがヒデヨシは止まらない。
装甲車を滑らせながら、
真正面から霞を睨みつける。
そして。
「余の首はここにあるぞ!!」
叫んだ。
同時に、アクセル全開。
エンジンが唸る。
「取れるものなら取ってみせい!!!」
その言葉に反応し、霞の動きが止まった。
無数の百足が、
一斉にヒデヨシへ向く。
ギチギチギチギチ――……
空気が鳴る。
次の瞬間。
百足の大群が、
装甲車へ襲いかかった。
「来るぞ!!」
回天が叫ぶ。
だが。
ヒデヨシは笑った。
「そうだ!!それでよい!!」
装甲車が急発進。
瓦礫を跳ね飛ばし、
O-SK城を飛び出す。
その後ろを、霞が追う。
百足を纏った巨体が
地を這い、壁を駆け、屋根を飛び越えながら
猛スピードで迫ってくる。
「アハハハハハハッ!!!」
獣の咆哮のような声が響く。
ヒデヨシはバックミラー越しに
その姿を見据える。
装甲車が街へ飛び込み
無人のO-SKを駆け抜ける。
角を曲がる。
タイヤが火花を散らす。
その直後
百足が建物ごと突き破った。
背後の建物が崩壊する。
「ッ……!」
それでもヒデヨシは前を見る。
そして、叫ぶように投げかけた。
「覚えているか!!
いつぞやの会議で、貴様と意見を違えた時も!!」
アクセルを踏み込む。
「このようにして決着をつけたなァ!!」
霞は答えない。
ただ咆哮を上げ、
百足を振り回しながら追ってくる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
それでも尚、ヒデヨシは続けた。
「この通りもだ!!トシは覚えているか!?」
街路を抜ける。
割れたネオン。
崩れた屋台。
「よくここに三人で集まったものよなァ!!」
霞が壁を砕く。
百足が街灯を薙ぎ払う。
ヒデヨシは、語り続ける。
「ここもだ!」
「懐かしいなァ!!」
「お前ときたら、酔うとすぐ暴れおって!!」
記憶を辿る。
失われた日々を。
覚えている。
戦う前の時間を。
かつて確かにあった、“仲間”だった頃を。
だが、霞は止まらない。答えない。
ただ、壊れた獣のように追い続ける。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」
長い直線道路へ出る。
その先に見えるのは崖。
ヒデヨシが静かに目を細めた。
アクセルを踏み込む。
「……なぁ、霞よ」
さらに加速。
風圧が車体を揺らす。
「もう、こんな事は終わりにしよう」
次の瞬間。
装甲車が、崖から飛び出した。
そして、宙へ。
その後を追って、霞も跳ぶ。
百足を伸ばし、装甲車へ組み付く。
その時。
霞の視界に映ったのは、荷台一杯の爆薬。
ヒデヨシが、運転席から飛び降りる。
空中へ投げ出されながら、霞を見た。
「もう一度お前を殺す事を許してくれ。
……◻️◻️◻️◻️」
そのまま、手に持つ起爆スイッチをカチリ、と押し込んだ。
次の瞬間。
閃光と轟音が炸裂する。
空中で、装甲車が大爆発を起こした。
ヒデヨシの身体は、爆風の煽りを受けて吹き飛び、重力に引かれ落下していく。
意識が遠のき、空が滲む。
その時だった。
――ブォン!!
高鳴るエンジン音。
地上から、一台のバイクが飛び出す。
運転席にはシーメの姿がある。
彼女は加速したまま、
空中のヒデヨシを抱き止めた。
「ッ……とォ!!無茶するならそう言ってよねん!!」
バイクが着地し、タイヤが火花を散らす。
ヒデヨシが、薄く目を開く。
「……シーメよ
余は……愚かだったか……?」
掠れた声で問いかける。
突拍子のない質問にシーメは一瞬、ポカンとするも、すぐに口をキュッと結び、泣きそうな顔で笑った。
「……いいえ」
震える声。
「ご立派でしたよ」
ヒデヨシは、満足そうに微笑む。
そして、そのまま意識を失った。
ヒデヨシを抱えたまま、シーメはバイクを走らせる。
背後では、装甲車の燃えカスが崩れ落ちていった。
そして、炎の向こうから。
ゾロゾロと、大量の百足が森へ消えていった。