Akeenohi -アケノヒ-   作:大化

37 / 38
二話 決断

武田城 大広間

 

武田城の大広間は、いつもより静かだった。

 

畳の上に並ぶ座布団。

その中央に置かれた大きな地図。

 

その地図には、日の本の国々が細かく描かれている。

 

毛利。

北条。

島津。

大友。

上杉。

 

そして――豊臣と武田。

 

部屋の一方には、武田側の人間が座っていた。

 

武田当主、シンゲン。

その少し後ろに、控えるように立つ小柄な女性。

 

ユキ=ムラマサ。

 

さらに柱の影には、気配を消した忍び。

 

ヒロカ=ウィステリア。

 

対する反対側には、豊臣勢。

 

最も小柄な人物が中央に座っていた。

 

豊臣当主――ヒデヨシ。

 

その隣には銀髪の参謀。

 

シーメ・ウォン。

 

そして、少し離れた場所。

 

四脚機械に座るフードの男。

 

サー・リベロ。

 

その背後には腕を組んだ青年。

 

サコン。

 

空気は、重かった。

 

徳川との戦いが終わってから、まだ日も浅い。

 

それなのに、もう次の戦争の話をしている。

 

誰もがそれを理解していた。

 

 

沈黙を破ったのは、ヒデヨシだった。

 

「では、始めよう」

 

小柄な体だが、声には威厳があった。

 

「ウィステリアの報告によれば」

 

地図に目を落とす。

 

「各地で武装蜂起の兆しがある」

 

指で地図をなぞる。

 

「宗教勢力。旧徳川残党。地方の独立勢力」

 

顔を上げる。

 

「このままでは、再び戦国の世に戻る」

 

誰も反論しない。

 

ヒデヨシは静かに言った。

 

「改めて、武田の意見を聞こう」

 

その言葉に、ユキ=ムラマサがゆっくり前へ出た。

 

「失礼しますぅ」

 

相変わらず、どこかおどおどした声。

 

だが、その言葉は真っ直ぐだった。

 

「このまま放っておくと」

 

地図を見る。

 

「仰る通り、各地の勢力が好き勝手に戦争を始めますぅ」

 

彼女は指でいくつかの国を示す。

 

「毛利」

 

「島津」

 

「宗教勢力」

 

「徳川残党」

 

そして言った。

 

「つまりぃ」

 

顔を上げる。

 

「もう対話の段階はとっくに過ぎてるんですよぉ」

 

静かな言葉だった。

だが、確かな重みがあった。

 

「彼らは」

 

目を細める。

 

「感情と記憶を取り戻したんですよぉ?恨みも怒りも、もちろん全部」

 

部屋の空気がさらに重くなる。

 

「……武力で抑えるべきだと?」

 

そう言ったのは、シーメ・ウォンだった。

 

腕を組み、ユキをじっと見ている。

 

「それじゃあ徳川と同じなんじゃない?」

 

ユキは首を振った。

 

「違いますぅ」

 

そして、静かに言った。

 

「徳川は感情を奪い、悪意なき者達を蹂躙しました」

 

「でも私たちは」

 

一歩前へ出る。

 

「暴れる者だけを止めます。悪意ある者達を、裁くんですぅ」

 

その声には迷いがなかった。

 

「いわば、必要最低限の正義の制裁ですぅ」

 

シンゲンがわずかに目を伏せる。

シーメ・ウォンはしばらく黙っていた。

が、やがてふっと笑う。

 

「なるほど」

 

しかしその笑みは、軽かった。

 

「でもねぇ」

 

ユキを見ながら言う。

 

「その“正義”とやらは誰が決めるのかなぁ?」

 

静かな問いだった。

 

ユキは答える。

 

「もちろん、世界を統べる者…我々ですぅ」

 

シーメ・ウォンは目を細める。

 

「単純だねぇ」

 

「単純ですよぉ」

 

ユキはにっこり笑う。

 

「だからこそ、効果的なんです」

 

沈黙が落ちる。

 

その沈黙を破ったのは、低い声だった。

 

「私は賛成だ」

 

サー・リベロだった。

 

全員の視線が集まる。

 

彼は静かに続けた。

 

「徳川との戦いで…多くの人間が死んだ」

 

その声は感情を押し殺していた。

 

「我々は二度と、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんだ」

 

ヒデヨシが静かに聞いている。

 

「混乱を放置すれば戦国の再来だ」

 

リベロは地図を指した。

その指が止まる。

 

「それを止めるには、先に潰すしかない」

 

顔を上げる。

すると、サコンが口を開いた。

 

「俺も同意見だな」

 

腕を組む。

 

「暴れる奴は、ぶん殴ってでも止める。…それの何が間違ってる?単純な話じゃねぇか」

 

ヒデヨシは、長く黙っていた。

 

やがて目を閉じる。

 

徳川との戦い。

 

カズナリの死。

 

多くの犠牲。

 

それが頭をよぎる。

 

そして――

 

目を開いた。

 

「わかった」

 

その一言で、会議の空気が固まる。

 

「豊臣は」

 

ゆっくり言う。

 

「武田と共に、征伐を行う」

 

誰も動かなかった。

ヒデヨシはシンゲンを見る。

 

「武田当主よ、貴殿はどう思う」

 

シンゲンは少しだけ考えた。

 

そして言った。

 

「……それが恒久の世に必要な戦いなら」

 

拳を握る。

 

「俺は、鬼にでもなろう」

 

その言葉に、ユキ=ムラマサは小さく笑った。

 

ほんの一瞬だけ。

 

誰にも気づかれないほどの、微かな笑みを浮かべて。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。