武田城 大広間
武田城の大広間は、いつもより静かだった。
畳の上に並ぶ座布団。
その中央に置かれた大きな地図。
その地図には、日の本の国々が細かく描かれている。
毛利。
北条。
島津。
大友。
上杉。
そして――豊臣と武田。
部屋の一方には、武田側の人間が座っていた。
武田当主、シンゲン。
その少し後ろに、控えるように立つ小柄な女性。
ユキ=ムラマサ。
さらに柱の影には、気配を消した忍び。
ヒロカ=ウィステリア。
対する反対側には、豊臣勢。
最も小柄な人物が中央に座っていた。
豊臣当主――ヒデヨシ。
その隣には銀髪の参謀。
シーメ・ウォン。
そして、少し離れた場所。
四脚機械に座るフードの男。
サー・リベロ。
その背後には腕を組んだ青年。
サコン。
空気は、重かった。
徳川との戦いが終わってから、まだ日も浅い。
それなのに、もう次の戦争の話をしている。
誰もがそれを理解していた。
⸻
沈黙を破ったのは、ヒデヨシだった。
「では、始めよう」
小柄な体だが、声には威厳があった。
「ウィステリアの報告によれば」
地図に目を落とす。
「各地で武装蜂起の兆しがある」
指で地図をなぞる。
「宗教勢力。旧徳川残党。地方の独立勢力」
顔を上げる。
「このままでは、再び戦国の世に戻る」
誰も反論しない。
ヒデヨシは静かに言った。
「改めて、武田の意見を聞こう」
その言葉に、ユキ=ムラマサがゆっくり前へ出た。
「失礼しますぅ」
相変わらず、どこかおどおどした声。
だが、その言葉は真っ直ぐだった。
「このまま放っておくと」
地図を見る。
「仰る通り、各地の勢力が好き勝手に戦争を始めますぅ」
彼女は指でいくつかの国を示す。
「毛利」
「島津」
「宗教勢力」
「徳川残党」
そして言った。
「つまりぃ」
顔を上げる。
「もう対話の段階はとっくに過ぎてるんですよぉ」
静かな言葉だった。
だが、確かな重みがあった。
「彼らは」
目を細める。
「感情と記憶を取り戻したんですよぉ?恨みも怒りも、もちろん全部」
部屋の空気がさらに重くなる。
「……武力で抑えるべきだと?」
そう言ったのは、シーメ・ウォンだった。
腕を組み、ユキをじっと見ている。
「それじゃあ徳川と同じなんじゃない?」
ユキは首を振った。
「違いますぅ」
そして、静かに言った。
「徳川は感情を奪い、悪意なき者達を蹂躙しました」
「でも私たちは」
一歩前へ出る。
「暴れる者だけを止めます。悪意ある者達を、裁くんですぅ」
その声には迷いがなかった。
「いわば、必要最低限の正義の制裁ですぅ」
シンゲンがわずかに目を伏せる。
シーメ・ウォンはしばらく黙っていた。
が、やがてふっと笑う。
「なるほど」
しかしその笑みは、軽かった。
「でもねぇ」
ユキを見ながら言う。
「その“正義”とやらは誰が決めるのかなぁ?」
静かな問いだった。
ユキは答える。
「もちろん、世界を統べる者…我々ですぅ」
シーメ・ウォンは目を細める。
「単純だねぇ」
「単純ですよぉ」
ユキはにっこり笑う。
「だからこそ、効果的なんです」
沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、低い声だった。
「私は賛成だ」
サー・リベロだった。
全員の視線が集まる。
彼は静かに続けた。
「徳川との戦いで…多くの人間が死んだ」
その声は感情を押し殺していた。
「我々は二度と、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんだ」
ヒデヨシが静かに聞いている。
「混乱を放置すれば戦国の再来だ」
リベロは地図を指した。
その指が止まる。
「それを止めるには、先に潰すしかない」
顔を上げる。
すると、サコンが口を開いた。
「俺も同意見だな」
腕を組む。
「暴れる奴は、ぶん殴ってでも止める。…それの何が間違ってる?単純な話じゃねぇか」
ヒデヨシは、長く黙っていた。
やがて目を閉じる。
徳川との戦い。
カズナリの死。
多くの犠牲。
それが頭をよぎる。
そして――
目を開いた。
「わかった」
その一言で、会議の空気が固まる。
「豊臣は」
ゆっくり言う。
「武田と共に、征伐を行う」
誰も動かなかった。
ヒデヨシはシンゲンを見る。
「武田当主よ、貴殿はどう思う」
シンゲンは少しだけ考えた。
そして言った。
「……それが恒久の世に必要な戦いなら」
拳を握る。
「俺は、鬼にでもなろう」
その言葉に、ユキ=ムラマサは小さく笑った。
ほんの一瞬だけ。
誰にも気づかれないほどの、微かな笑みを浮かべて。