Akeenohi -アケノヒ-   作:大化

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四話 決別

春の朝だった。

 

城下町の市場には、いつも通りの光景が広がっていた。

魚を並べる商人、野菜を売る老婆、走り回る子供達。

人々は、徳川の滅びの後にようやく戻り始めた平穏を、まだ手探りで受け入れている最中だった。

 

 

その空気が、突如として破られる。

 

 

遠くから響く、地鳴りのような足音。

 

やがて城門の外に、軍勢の姿が現れた。

 

赤と金の旗。

 

武田と豊臣の軍勢だった。

 

整然と並んだ兵士達が城門をくぐり、町へと流れ込んでくる。

市場にいた人々は何が起きているのか理解できず、ただ呆然とその様子を見つめていた。

 

町の役人が慌てて前に出る。

 

「な、何事ですか!?」

 

武装した兵の一人が、感情のない声で答えた。

 

「我らは武田・豊臣連合軍である。この地にて武力蜂起を企てた疑いがあるとの知らせがあった。よって、これより征伐を行う」

 

役人の顔が真っ青になる。

 

「ま、待ってください!一体、なんのことだか私共にはさっぱり…!!」

 

しかし兵は取り合わない。

刀が抜かれる。

 

「抵抗する者は反逆と見なし、即刻斬り捨てる」

 

兵達が一斉に刀を構え、市民へ向けた。

 

市場に悲鳴が広がる。

 

逃げ惑う人々。

子供を抱えて泣き叫ぶ母親。

 

兵の一人が、前に出た市民へ刀を振り下ろした。

 

――その瞬間。

 

キィンッ!!

 

鋭い金属音が広場に響いた。

 

振り下ろされた刀は、途中で止められていた。

 

兵の目の前に立っていたのは、一人の少女だった。

長い髪を風になびかせ、片目には黒い眼帯。

もう片方の瞳が、まっすぐ兵士を見据えている。

彼女は兵の刀を軽く弾き返し、呆れたようにため息をついた。

 

「……さすがに、それはやりすぎでしょ」

 

兵が怒鳴る。

 

「貴様、何者だ!」

 

カエデは肩をすくめる。

 

「ただの通りすがり」

 

その直後、広場の地面が激しく揺れた。

 

ドォンッ!!

 

巨大な機体が空から降り立つ。

 

門天丸。

 

装甲の巨体が地面を踏みしめると、兵達がざわめいた。

 

「まさか……!」

 

「機神…!上杉か……!?」

 

コックピットが開き、声が響く。

 

「…カエデ、何これ」

 

テルトラだった。

 

彼女は門天丸の操縦席から周囲を見渡し、呆れたように言う。

 

「…武田と豊臣の兵が市民に刀向けてるって、冗談でしょ」

 

カエデは刀を肩に乗せたまま答えた。

 

「どうも“征伐”らしいよ。武力蜂起の疑い、だってさ」

 

テルトラはしばらく沈黙した。

 

そして小さく言う。

 

「……マジ?」

 

「大マジ」

 

その間にも兵達は刀を構え直す。

 

「最後通告だ。邪魔をするなら、お前達も反逆者と見なす」

 

カエデは静かにアタラヨを構えた。

 

「それは困るね」

 

テルトラの声が、コックピットから聞こえる。

 

「…流石に市民に手を出すのは見過ごせない」

 

門天丸の目が光る。

 

ヴォン――

 

駆動音が広場に響いた。

兵達がカエデ達へと一斉に襲い掛かる。

 

次の瞬間、カエデは地面を蹴っていた。

 

彼女の刀が閃き、兵の武器を次々と弾き飛ばす。

 

刃を流し、足を払い、鎧の隙間を正確に叩く。

兵達は次々と倒れ、広場に転がっていく。

 

同時に、門天丸が動いた。

 

巨腕が振るわれ、兵士達をまとめて吹き飛ばす。

 

衝撃波で石畳が割れ、兵が宙を舞う。

 

「ぐぁああっ!」

 

「止めろ、止まれ!!」

 

だが門天丸は止まらない。

 

巨大な拳が地面を叩き、兵の隊列を粉砕する。

 

数分後。

 

広場に立っているのは、カエデと門天丸だけだった。

 

倒れた兵士達が、うめき声を上げている。

 

門天丸のコックピットが開く。

 

テルトラが顔を出し、肩をすくめた。

 

「……で、これどういう状況?」

 

カエデは遠くの空を見ていた。

 

煙が上がっている。

別の町でも、同じことが起きているのだろう。

彼女は静かに言った。

 

「たぶん、始まった」

 

テルトラが聞く。

 

「何が?」

 

カエデは答えた。

 

「──新しい戦争」

 

その言葉の先。

 

遠くの地平線には、まだ進軍を続ける軍勢の影があった。

 

 

燃え残る街を後にし、カエデとテルトラは瓦礫の通りを歩いていた。

 

兵達は退けた。

だが、問題は何も解決していない。

 

むしろ、状況は悪化している。

 

門天丸の装甲が軋む音を立てながら、テルトラが隣を歩くカエデを見下ろした。

 

「……どう思う?」

 

カエデは少し考えてから答えた。

 

「わからない」

 

それは本音だった。

 

武田も、豊臣も。

あの戦いを共に生き延びた仲間達だ。

 

それなのに今、彼らは市民へ刃を向けている。

 

「でも、必ず理由はあるはず」

 

カエデはそう言いながら空を見た。

 

「シンゲンが、こんな事を望むとは思えない」

 

テルトラは頷いた。

 

「…だよね」

 

その時だった。

 

遠くから、兵の声が聞こえた。

 

「――隊列を崩すな!」

 

「前進しろ!」

 

二人は同時に顔を上げる。

 

道の先に、武田の軍勢がいた。

 

そして─その先頭に立つ人物を見て、カエデは足を止めた。

 

赤い甲冑。

 

堂々とした立ち姿。

 

刀を腰に差した若い武将。

 

武田シンゲンだった。

 

 

シンゲンも、こちらに気づいた。

 

しばらくの沈黙。

 

やがて、彼は兵達に手で合図した。

 

「……下がれ」

 

武田兵達がざわめく。

 

「しかし親方様――」

 

「下がれ、と言った」

 

低い声だった。

 

兵達は渋々後退し、距離を取る。

 

通りの中央に残ったのは三人だけだった。

 

カエデがゆっくり歩み出る。

 

「久しぶり」

 

シンゲンは、わずかに目を細めた。

 

「……カエデ」

 

その声には、懐かしさと戸惑いが混じっていた。

 

テルトラが門天丸の肩にもたれながら言う。

 

「…ずいぶん派手なことやってるじゃん」

 

シンゲンは視線を落とす。

 

「……必要なことだ」

 

カエデの眉が動いた。

 

「必要なこと?市民を斬って、その家燃やしてBBQすんのが?」

 

シンゲンは答えない。

 

その沈黙が、逆に全てを物語っていた。

 

カエデは少しだけ声を柔らかくした。

 

「シンゲン、何があったの?」

 

「……」

 

「あなたが望んでやってる事じゃないでしょ」

 

シンゲンの拳が握られる。

 

しかし、言葉は出てこない。

 

カエデは続ける。

 

「だったら、止めよう」

 

その言葉は、静かだった。

 

「こんなやり方じゃ、また同じ事になる」

 

テルトラも腕を組む。

 

「…徳川倒した意味なくなるよ」

 

長い沈黙が落ちた。

 

シンゲンは、しばらく目を閉じていた。

そして、意を決して口を開こうとした──

 

 

その時。

 

 

 

「ごちゃごちゃうるさいですねぇ」

 

 

そこに、最初からいたかのように。

一人の少女が立っていた。

 

小柄な体。

角のような髪飾り。

 

ユキ=ムラマサだった。

彼女は小さくため息をつく。

その声は、弱々しく、いつも通りおどおどしている。

 

だが。

彼女の放つ圧力は、空気を重くしている。

武田の兵達ですら、その重圧に思わず背筋を正していた。

 

ユキはちらりとカエデを見る。

 

「……あー」

 

小さく首を傾げる。

 

「カエデさんでしたっけぇ」

 

カエデは無言でアタラヨを握る。

 

だが、動けない。

理屈ではない。

本能が警告している。

 

動くな、と。

 

ユキは興味なさそうに続ける。

 

「別に貴方と遊ぶつもりはないんですぅ」

 

そのまま視線をシンゲンへ向けた。

 

「シンゲン様」

 

声は柔らかい。

だが、そこには絶対的な圧力があった。

 

「こんなところで立ち止まってる場合じゃないですよぉ」

 

シンゲンは何か言おうとする。

 

「……ユキ、俺は――」

 

ユキが一歩前に出た。

 

それだけで空気がさらに重くなる。

 

カエデとテルトラは、無意識に足を踏みしめていた。

 

身体が勝手に構えている。

 

ユキは微笑んだ。

 

「はいはい」

 

そして軽く言った。

 

「帰りますよぉ」

 

シンゲンの肩に手を置くと、ユキは振り返る。

 

「……追わない方がいいですよぉ」

 

小さく笑う。

 

「たぶん、死にますから」

 

静かな声だった。

 

だが、それは事実として突きつけられた。

 

テルトラが操縦桿を強く握った。

門天丸は起動している。

だが――

 

動けない。

気がつけば操縦桿は彼女の手汗で湿り、額から冷や汗が垂れ落ちて、コックピットの床に跳ねた。

 

ユキとシンゲンの姿は、既になかった。

武田兵達も、素早く撤退を始めている。

 

残されたのは、燃え残る街と、カエデとテルトラだけだった。

 

長い沈黙の後。

テルトラが小さく息を吐いた。

 

「……今の」

 

カエデが答える。

 

「うん」

 

短く言う。

 

「…無理」

 

二人とも、理解していた。

 

「アレ」は今の自分達では届かない。

 

そして。

武田の征伐は、まだ始まったばかりだった。

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