Akeenohi -アケノヒ-   作:大化

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第一話 織田編

陽の欠片を求めて旅に出た少女と一本の剣。

 

その足がまず向かったのは、日の本最大の国――O-EDO。

戦国の姿そのままに時を止めたかのような、厳格な武家国家。

瓦屋根が連なる城下町。行き交うのは甲冑の兵士。街を巡るは槍と銃と騎馬。

ここでは、サイバーの「サ」の字も許されない。

冷たく、頑なに、伝統だけが息づいている。

 

アタラヨが言うには、この国の領主――**曽是(ソゼ)**が陽の欠片を持っている。

 

「だったら、行くしかないよね」

 

カエデはそう言って、鉄の箱を背負い門前に立った。

 

しかし――

 

「帰れ。自国のもの以外何者も通すなとのお達しが出ている。貴様のような鉄の塊を持ち歩く異邦の娘などもってのほかだ」

 

徳川の国境は、誰一人として通さない鉄の壁と化していた。

 

「……まいったな」

 

門前で腕を組むカエデに、アタラヨが静かに同調する。

 

「情報封鎖が強すぎる。物理的にも突破は非推奨です」

 

「じゃあ、どうしろってのよ……」

 

そのとき、門番に喰ってかかる声が響いた。

 

「おいおい、またかよ! うちの酒がねえと中の連中が泣くんだって! 商売上がったりだ!」

 

男は門番に荷車ごと押し返され、地面に酒瓶を撒き散らした。

 

「あっ、……!」

 

カエデが慌てて駆け寄り、転がる瓶をキャッチする。

 

「危なかったね」

 

「おお、サンキュ! いやぁ、今日はついてないぜ……お嬢ちゃん、旅人か?」

 

「うん。私も通してもらえなかったの」

 

「そうかい。じゃあ、一緒に来るか?隣国の『エンド・シティ』なら、まだ顔が利く」

 

男――ヤスケは、人のよさそうな笑顔でカエデを牛車に誘った。

 

 

エンド・シティ。

 

その街は、古い城下町の姿を残しながらも、どこか現代的な雰囲気があった。

竹細工の提灯の下で子供たちがスマホをいじり、木造家屋の間にドローンが飛ぶ。

 

「まるで戦国とサイバーの混血都市……だね」

 

「珍しい光景だろ。建物は古臭いのにしっかり現代技術も浸透しててさ。しかし、妙に落ち着くのがまた不思議だよ」

 

ヤスケがカエデと他愛のない会話をしながら牛車を進ませていると、城門前の広場での喧噪に気がついた。

 

「何だ……?」

 

人混みの中心で、一組の男女が言い争っていた。怒号を上げる鬼面の大男と、それに背を向ける美しい女性。

 

「もういいわ。あたしは、あんたの顔を見るのも嫌になった」

 

「……勝手に出て行くんじゃねえよ、胡蝶。お前がガキ共と好き勝手やれんのは誰のおかげだと思ってんだ?」

 

「言っとくけどね、ムドウ。別にあんたに頼んだ覚えはないし、子供たちだって、誰もあんたの顔なんて見たがってないわ。」

 

胡蝶、と呼ばれた女性はそのまま立ち去った。残された大男――ムドウ、と呼ばれた男は苛立ちを隠しもしない。

 

「……なーんか険悪だなぁ。ああ、ちなみにあれがこの国のボスさ」

 

ヤスケが気まずそうに目を伏せた。

 

「顔見知りなの?」

 

「まぁ、ちょいと、な。酒を納めてる縁でよ………って、やべ。こっちに来ちまった」

 

ムドウがこちらに気づき、近づいてくる。

 

「…ヤスケか。久しいな。隣国はどうだった?」

 

「ど、どうも旦那…隣は相変わらず景気は良くねえが……ああ、そうだ、紹介しとくよ」

 

ヤスケが慌ててカエデを前に押し出す。

 

「こいつはカエデ。旅の途中で知り合ってな。なんでも“陽の欠片”ってのを探してるらしいぜ」

 

その言葉に、ムドウの目が鋭くなった。

 

「……陽の欠片、だと?」

 

沈黙。空気が突如張り詰める。

 

「それをどうするつもりだ?」

 

「……取り戻したい。それがあれば、この空に光が戻せるから」

 

カエデの真剣な目に、ムドウは目を細める。

 

「……この女、どこまで知ってやがる?」

 

「お、俺は何も聞いちゃあいねぇけど…!」

 

ムドウは無言で太刀を抜くと、カエデに牛車から降りるよう、顎でクイ、と示す。

 

「――なら試してやる。覚悟しろ、小娘」

 

ムドウは、言うが早いかカエデへと斬りかかった。

 

「ーーッ‼︎」

 

(速い、しかも重い…!)

 

アタラヨが素早く展開し、咄嗟に防ぐも、巨漢から繰り出されるその一太刀は、カエデの細腕をミシミシ、と軋ませ、カエデの額に冷や汗が滴れた。

 

「ほう、なかなかいい反応をするじゃねえか小娘。それとも、その妙な絡繰のおかげか?」

 

完全な奇襲を年端も行かない若い娘に防がれたというのに、当のムドウ本人は至って冷静であった。

 

「なら、遠慮はいらねえな」

 

横に一薙。体制を崩したカエデにさらに一太刀。二太刀。加速度的に速くなる連撃を容赦なく繰り出す。

カエデはアタラヨの補助で何とか攻撃を防いではいるものの、衝撃によるダメージは着実に蓄積し、カエデはその場に膝をつく。

 

「お、おいアンタ!いくらなんでもやりすぎだ!!こんな若い子を殺す気かよ!」

 

「…殺す…?」

 

見かねたヤスケが呼びかけると、ムドウは動きを止める。

 

「陽の欠片を取り戻す、とコイツは言ったんだ。」

 

ムドウがカエデへ向かって再び動き出す。

 

「それはよ。この国の人間全員を殺す、と言ってるようなもんだ」

 

ムドウは膝をつくカエデの首を掴み、持ち上げ、地面へ叩きつける。そして足でカエデを踏みつけると、大太刀を振りかぶった。

 

「カエデ!動いてください!!このままでは…!!」

 

アタラヨが危険信号を発して、カエデに必死に呼びかけるも、カエデの意識はすでに朦朧としていた。

 

(腕が…上がらない。頭がガンガンする)

 

ぼんやりと、大男が自分へ向けて大太刀を振りかぶる様子が目に入る。

 

(私、ここで死ぬのかな)

(大人しく学校に行っとけば良かったかな…)

 

諦めて目を閉じる。陽の欠片を集めて、世界を救うという浮世離れした自分の冒険譚は、始まって早々ここで終わる。

 

(お父さん、ごめん)

 

大太刀が振り下ろされようとしたその瞬間――

 

「もうやめてくれッ!! ソルベ様!!」

 

『ムドウ』の腕を掴みヤスケが叫ぶ。

 

「……」

 

ムドウの大太刀が、再び動きを止める。

 

「……テメェ今俺のことをなんて呼んだ……?」

 

「……あ、いや……!」

 

ヤスケは口を押さえた。だが、すでに遅い。

仮面の奥で、何かが揺れた。

 

「……やれやれ」

 

 

城内の奥まった一室。

ヤスケやムドウの部下に介抱され、意識を取り戻したカエデは、ムドウに城の中へと案内された。

 

部屋に入ると、ムドウはカエデに座るよう促すと、自身も座り顔につけていた鬼の面を外した。その顔は穏やかで、カエデには先程まで怒気を放ち、自分を斬り殺そうとしていた男にはとても見えなかった。

 

男はゆっくりと口を開いた。

 

「俺の名は…ソルベ。兄――ムドウの名を騙って生きている」

 

「騙る……?」

 

突然の話にカエデは首傾げる。思わず身を乗り出して言葉を紡ごうとするカエデを手で制止すると、ソルベはまぁ聞け、と話し始めた。

 

「兄は臣民にも、妻の胡蝶にも機嫌が悪いと当たり散らかすような、いわゆる暴君だった。それでも、そんな兄に口出し出来ない気弱な弟よりは領主としてはふさわしかったと思う」

 

ソルベは自嘲気味にフッ、と笑う。

 

「兄と、胡蝶には娘がいたんだ。名を蘭、という。本当にいい子だった。誰にでも分け隔てなく優しく出来て、そんな蘭には兄も甘かったし、胡蝶だって溺愛していた。……そんな中だ、この国に死の病が流行ったのは」

 

「…6年前になる。臣民は次々倒れた。医者も治療法を掴めず、死者は増えていった。俺と胡蝶は無事だったが、兄と…蘭が病に罹った。俺に出来たのは、顔面蒼白の胡蝶にひたすら薄っぺらい慰めの言葉をかけるくらいだった。…お前さんに特に聞いて欲しいのはこっからだ」

 

ソルベは前置きし、続ける。

 

「兄も蘭も、そのまま一晩で死んだ。ああ、あの時は悲しみのあまり絶望したさ。だがそうなると、俺よりも心配なのは胡蝶だ。彼女の精神は持たないんじゃないか、って不安になって、すぐに隣の彼女の顔を見たんだ…すると」

 

そこまで言うとソルベは口を紡ぐ。何かを言うのを躊躇っている様子だった。悍ましい記憶を辿っているような、そんな不快感が顔に現れていた。

 

「…すると、どうだったの?胡蝶さんは、大丈夫だったの?」

 

カエデは痺れを切らして問いかける。すると、蚊の鳴くような声でソルベは答えた。

 

「笑ってたんだ」

 

「…えっ?」

 

「笑ってたんだよ!最初は最愛の夫と、娘を病で亡くしたショックでおかしくなったんだと思った!だが、そうじゃなかった!」

 

ソルベは肩を上下させ、声を荒げる。

しばらくして、息を整えると改めて続けた。

 

「彼女は、笑っていた。まるで最初から、哀しみなど存在しなかったように。その時、俺は思い出した。陽の欠片にまつわる昔話をな」

 

「それなら私も知ってるよ。大昔、大名達が争いを終わらせるのと引き換えに、空から光を奪われた、ってやつでしょ?」

 

「でも、それとこの話に何の関係が…」

 

「…争いを終わらせる為に天は俺達に何をしたと思う?」

 

カエデにソルベが投げかける。質問の意図が分からず、未だ疑問符を浮かべるカエデにソルベは答えた。

 

「争いの元となる、負の感情を『忘れる』ようにしたんだ」

 

薪の火がぱちりと弾ける。

 

「それっ…て」

 

カエデはようやく理解した。この話の根幹にある恐ろしさを。そして同時にまた一つ疑問が芽生える。

 

「じゃあなんで…」

 

「俺だけその出来事を覚えているか、だろ。簡単だ。陽の欠片を俺が持っていたからだ。陽の欠片を持っているものは負の感情を忘れないようになっている…らしい。」

 

カエデの疑問を一蹴すると、ソルベは続ける。

 

「俺は……恐ろしくなった。こんな世界が真に“平和”だと言えるのか、と」

 

「……」

 

「いくら負の感情が消えようと、大切な存在がいなくなった事実は消えない。その矛盾を補う為か、胡蝶は俺を兄と誤認するようになり、蘭の事を…まるで最初からいなかったものように、忘れてしまった。…俺はあの人の心を、この国を守りたかった。だから俺が、ムドウになった。蘭の代わりに、孤児たちを集めて育てさせた。あの人は、子供達に囲まれている時は幸せそうに笑うんだ」

 

ソルベの声が震える。

 

「だが……俺は、俺だけは忘れる訳にはいかなかった。母親に忘れられたあの子を、覚えていてやれるのは俺だけなんだ」

 

「だから、聞かせてくれ」

 

彼はカエデを見据える。

 

「お前は、欠片をすべて集めて、何をするつもりだ?」

 

カエデはまっすぐに答えた。

 

「忘れない世界にしたい。哀しみも、痛みも……抱えたまま、未来に進む。そういう世界を見たい」

 

ソルベの表情に、微かに安堵が浮かぶ。

 

「……そうか」

 

彼は懐から、小さな光の結晶を取り出した。

 

「持って行け。これは、お前が持つべきだ」

 

陽の欠片が、カエデの手に託された。

 

「それと、そのアタラヨ、という絡繰――ソイツについて知りたいんなら、越後にいる“テルトラ”って奴が絡繰に詳しい。行ってみるといい」

 

 

朝靄が晴れるころ、エンド・シティの門が開かれた。

 

ソルベは、その背を見送る。

 

「哀しみは、癒えはすれど、消えはしない。」

 

「だが、人が人である為には…必要なものだ」

 

そう呟いて、彼は仮面を再び被った。

 

カエデは、新たな決意と共に、次の目的地――越後へと歩を進めた。

 

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