全方位に救いのない追放もの   作:朝凪小夜

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1. 消えるもの

 羊皮紙の上にペンが走る。圧倒的だった白の存在が黒に塗り替えられていく。

 書かれているのは第一型回復薬、通称魔法ポーションの改良案。

 これまで全15工程で作られていたやり方を18工程に増やす代わりに、歩留まりの向上と性能の向上を図る。

 それを支えるのは地道な計算と緻密な計算の連続。

 現場で作る側は誰も気にしなくても良い、ただ既定の量を確実に、同一の時間で作業すれば間違いなく品質は上がる。それだけのこと。

 避けられないのはそれが事実可能であり、実現できることを示すことだけ。

 それが彼の、レインの仕事だった。

 登用は5年ほど前から。

 同僚は居ない。

 ただひたすらにアイデアと証明という脳内の原風景をインクの曼荼羅に変え、王に届け続ける。

 カリ、とペンが止まる。

 最後の文字と、署名を書き終えて文が完成する。

 丁寧にたたみ、便箋に包んで封蝋で止めてから懐にしまう。

 そんなところでふと、空腹に気づいた。そんな時間か、と。

 レインにとって研究室は思考に最も集中出来る場所であり、同時にその集中の為に自分の好きなものだけを詰め込んだ場所だ。

 本と紙とインク。後はそれを支えるいくつかの家具だけ。

 時計すらもない。

 窓は一応あるが、それだって取り払ってしまって蝋燭と魔法光だけあれば良いというきだってしていた。やらなかったのは埋め直すのが面倒で、たまに庭が見えるからまあいいかと諦めた。

 そんな殺風景極まりない部屋で過ごしながらも彼が昼食を逃すことはない。

 意図はない。だがそうしたいと思う時はいつも決まって、そして毎日がそうであった。

 レインが向かうのは歩いて数分の先。歩くたびに鼻に届く香が強くなる。

 レンガで作られたそこは一軒のパン屋だった。

 

 「あ! レインさん!」

 

 向こう20歩程度のところで声がかかる。声の主はパン屋の娘。名はマリー。

 レインが王都に住み始め、通い始めてから4年をとうに過ぎる仲であった。

 

 「お疲れ様です。 今日もお元気そうで何よりです。」

 

 レインにとってここに通うのはいくつかの理由がある。

 一つは味が良いこと。当時において様々なものがこと王都においては洗練されているようで、而して必ずしもそうではない、レインのそんな不慣れな日々の中で糧となる優しい味があった。

 今日まで変わらずにその味があり、他のものに手を出すほどに飽きることもなく続いている。

 そしてまたいつからか始まったマリーとの会話も嫌いではなかった。

 店主は彼女の父が、いつもは工房で火を見つつパンを捏ねている。母はまた日々の商いの術の中に。そんな役割の中で彼女は店番として接客をしながら売り子としても働いている。

 同じような時間に訪れるレインの事を訝しんでか、故を問うことから始まり近所で働いていることも少しずつ知っていった。

 彼女が売り子をしながらもパンを作れるようになりと思うことも、たまに熱いパンを触って火傷したりすることも知っている。

 いつもありがとうございますと言いながらよく笑うその姿を何度目にしただろう。

 

 「…明日からとうもろこしを使ったパンを出すんです。一年ぶりですが今年も美味しくできそうですよ!」

 

 もうそんな季節だったかと、脳内には昨年の記憶がよみがえる。

 確かにいつものそれも良かったが季節のそれはまた違った良さがある。だというのにもう一年も経っていたとは。

 

 「ありがとう、また明日買わせてもらいます。…それでは」

 袋を下げて歩きながら、その足取りは軽く内心の機嫌の良さは外からでもすぐに分かるほどに。よくよく見れば口もとに笑みが浮かんでいるのも。

 そしてその笑みが崩れるのも本のすぐの事だった。

 

 

 研究室に戻ったレインが目にしたのは兵装を纏った人間と、それらがバサバサと大きな音を立てながら本を、紙束を床にたたきつけ、窓から捨て去る姿。

 家具は張り合わせた木板が泣き別れ、姿を失いただのぼろ板に変わっていく。

 何故と問うより先にその答えは向こうからやってきた。

 「ああ、君がレインか。

  先に研究室は解体させてもらっているよ。

  理由はわかるか? まあ、簡単な話だ。

  先王の時代には随分といい仕事をしていたらしいじゃないか。

  が、陛下の時代にそれは許されん。わかるな?」

 

 部屋の中で唯一兵装ではなく、ただの軍服を纏った男が言う。

 そしてそれは一方的な通告で、ルールを告げているように見えながらどこか嬉しそうにも。

 「君にとっては残念だろうが、君の評価は不可、登用継続は認めない、

  だ。

  ああ、それとこれらは国からの支給扱いだからな、不要だが流失はさ

  せる気もない。当然廃棄させてもらう。

  私物らしきものはなかったが、何かあるか?

  あるなら持ち出してくれ、さっさとここは次の研究施設として再開させたいのでね」

 

 話すほどに嗜虐のそれが表情に浮かぶのを抑えることもない。

 「…いえ、特にありません。必要なものは全て支給品で賄っていますの

  で」

 

 「そうか、ならいい。

  ああ、それと君のここへの立ち入りの権限は今日までだ。そしてそれ

  もこの後一度外に出た時点で失効する。理解はしたか?」

 

 「ええ。わかりました。早急に出させていただきますよ。

  ところで窓から捨てている紙や本は、燃やしているんですか?」

 

 それは答えを要しない問い。先程からどこか焦げる匂いとうっすらと煙の色が見えている。

 

 「当然だ。不用品なんだからな。

  それだけか?

  私は忙しいんだが?」

 

 「いえ、それであればもう一つだけ。

  陛下はこれからどのような方針を取られるおつもりですか?」

 

 「知らんのか?

  いや、君はそもそも即位の際には呼ばれていないんだったな」

 

 はっ、と短く鼻を鳴らしてから再びの言。

 「強き国だよ。

  先王のそれとは違う、日和見の停滞ではない。

  圧倒的な力、それこそ我が国の目指す先だ」

 

  「…わかりました。そうであれば私はもうご不要ですね。

   わざわざありがとうございます。すぐにお暇します」

 

 一礼をして、踵を返し元の道を歩く。

 衝撃と驚きと、名前を付けられない感情の混沌が胸に重なる。

 靴の音にすら苛立ちが湧きたつ。

 向かったのは庭の一角。

 白煙が立ち込め時折赤い火も見える。傍らに立つ兵士はレインを一度見、歯を見せてきた。

 立ち止まる。

 最早装丁も表紙も失った無数の本、幾度のやり取りの手紙が全てを忘れていく。

 窓から投げ落とされた本がまた火にくべられて、灰をまき散らして火に変わっていく。

 ある一冊が半ばまで燃える頃までを見つめて、懐の文をそっと落とした。

 

 

 路を歩くレインの脳に浮かんでくるのは、これまでの事。研究室を持つようになった王との会話。

 あの時は何を送っただろうか、確か空間に関わるような魔法だった。

 少しずつ記憶が蘇ってくる。

 当時は寒村で暮らしながら魔法を学び、アイデアをまとめていた。その中で面白いと思えたものを文にして王都の学園に、魔法の研究機関に送っていた。

 そのはずがいつの間に登城の話に変わっていた。

 訊けば学園の理事の一人が王の側近を務めておりそこから王に話が上がったとのこと。

 「この論文の結論は何だ」

 

 直答を許された謁見の場で問われたあまりに率直で飾り気のない言葉。

 「…輸送効率を上げられます。王都を利用する馬車なら一日の旅程の短

 縮になります」

 

 「そうか」

 その言葉を放ってから王は少しだけ沈黙し、目を閉じていた。

 

 「お前は何を望む?」

 

 「私は、…探求の場があればそれで十分です」

 

 「そうか。お前は他に何が出来る?

  そしてお前の考える強い国とは何だ?」

 

 「魔法においては命じられれば、何でも。

  強い国とは、再生できる国かと。仮令傷つこうと再生が速い限り致命

  にはなりえません」

 

 「…1月待っていろ。

  お前に一つ研究室を与える。」

 

 その日の謁見はそれで終わった。そして言葉の通り1月後に再び呼び出された時には肩書と仕事場が与えられた。

 同僚がいない代わりにどれだけ考えても、どれだけ書いても煩わしいことはない。仕事ですら王から命じられているものでありながら探求心を大いに満たした。

 時折謁見に呼ばれては短く鋭い言葉が連続する時間を過ごした。

充実かと問われれば充実していたのだろう。欲求は満たされていた。過度な抑圧もなく待遇も悪くない。

 そんなところに至って、その職場を失ったことが身に染みてきた。明日から何をしようか。暇な時間は増えるだろう。一日をどう使おうか。

 そう考えるうち、脚はいつもの場所に向かっていた。

 

 「いらっしゃいませ! あれ、レインさん? 珍しいですね、一日に二回なんて」

 

 「ええ、少し、ありまして」

 

 日の傾きつつある中で炉の比も落としているのだろう昼よりも少し冷えた店内で、僅かばかりのパンが残っていた。

 

 「今日はもうすぐ終わりでしょうか。 

  もしそうでしたら残っているパンは全ていただけますか?」

 

 「え? ええ、大丈夫ですよ。

  それにしてもどうしたんです? こんな時間に来るなんて。多分、今

  までで初めてじゃないですか。」

 

 「…実は仕事辞めまして。これからどうしようかなと思っていたところ

  です」

 

 え、と彼女の顔が曇る。

 

 「ああ、でも別に悲観的になっているわけじゃないんです。

 以前話に聞いたような場所に行ってみようとも思ってるんです。

 あ、それと、もし可能でしたらとうもろこしのパンもいただけたりしま

 すか?

 少しで良いんです、もし残っていたらで」

 

 「わ、わかりました! 本当はうちの試食用ですけどそれで良けれ

  ば!」

 

 いそいそと展示されていたパンと、厨房の奥から試作品を取り出してくる。

 それでも紙に詰められた量は片手で扱える量でしかなかった。

 

 「…ありがとうございます。 

  本当は明日買うつもりだったんですが、今日はこのまま都を出ます」

 

 「…王都、を?」

 

 「ええ、そのまま北に向かいます」

 

 会話をしながらも彼女の手は止まらない。

 いつも通りに淀みない動きで、レインもマリーも商品と貨幣を交換する。

 

 「パン、美味しかったです。

  ああ、あとこちらを。良かったら使ってください、火傷によく効く薬

  です。

  …それでは失礼します。」

 

 北は険しい山と雪に閉ざされているという。

 もうすぐ夜の帳も落ちて道も辛くなるだろう。

 それでもレインの足取りは軽く、パンを取る手と歩みは止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

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