王都を経ってから数月。レインは北の、名前すらつかない村と町の狭間で暮らしていた。
高く険しい山々と深い雪によりこの地域の生活は厳しい。ただ生きていくことでさえも、本の少しの薪を絶やしただけですぐに奪われるような場所。
だがそれゆえに平等だった。
只人も耳長のエルフも龍を宿した者も全て、誰であってもそこに上下は無い。
そんな環境だったからこともあり、レインの存在はさほど時間を要さずに受け入れられた。
最初は、どこからの人間か。王国か。随分南だ。何故。ここに住むのか。何故。
そんな言葉の連続だった。
それでも一度住み初め少しずつ何が出来るかわかってくると受容に変わり始めた。
レインがしているのは工房の主としての役割。
北の厳しい環境でも使える道具や日常の何かしらの修理を請け負う。それがこの村や町での存在意義となった。
今日もレインの工房兼自宅には多くの者が訪れる。
大半は商品を買いに、残りはレインに届け物と依頼を果たすために。
そうして新たなレインの日常は回っていく。
「おう! レインさんよ、そろそろアレできそうだぜ。わりいな、随分待たせちまった」
「いえ、大丈夫ですよ。むしろこの辺だと中々ない仕事の依頼で恐縮です」
「いやいや、そりゃあ一度引き受けたこっちの台詞よ。
しかし中々この辺じゃパンを焼こうなんてやつも居ないからな、窯なんて作るの久々過ぎて、しかもここらじゃ聞かないような土の話も有って材料を集めるにも手間取っちまった。言い訳ばっかりになっちまうが、本当にすまねえ。ちっと勉強するから許してくれや。…つっても大体先払いで貰っちまってるか、ま、窯が出来上がったらたまにパン買うからそれで埋めさせてくれ」
「ええ、それで良いですよ。そうしたら作る場所を見ながら図面を最後仕上げる形でお願いします」
「おう、任せな!」
時刻は昼時、レインの許にはドワーフが一人。
筋骨隆々で髭の姿だがその背丈は只人よりも低い。
彼はドゥルク、町での建築の役を担う一人だ。
同時にレインの大口の顧客でもある。
「それとよぉ、レインさんよ、またアレ頼むわ。あいつらここらに住まねえクセに色々かっぱらっていきやがるもんで」
「良いですが、ドレです? 結構色々お渡ししてるのでちょっとどれだか…」
「おお、悪い悪い」
ガハハハッと強く、低い声で笑う。レインにとってはその笑い声で家も少し揺れる気がするがもう慣れたものだった。
「アレだ、アレ。あの水筒と石よ。
ありゃあ本当良いぜ、どんだけ寒くても水は凍らねえし石も服の中に入れとけばあったけえ。
…いや、な、たまにドワーフってのはこの辺に来たりするやつも居るんだが、えらい南の方から来るやつもいるのよ。それでそいつらがアレを見つけて、こいつはすげえなんて言い出してよ。
来るのは良いが毎回毎回買わせてくれなんて言って、持って行っちまうわけよ。
レインさんには悪いが、俺も酒貰っちまうとなあ…
一応俺も金出して買ってるからそこは許して欲しいとこではあるんだが…」
「なるほど…
ちょっと転売っぽい気もしますが、あんまり気にしなくて大丈夫ですよ。
むしろドゥルクさんの方でそういうドワーフや色んな人に売るような商売にして、私の方は工房一本とかどうです?」
「いやいや、勘弁してくれ。
俺に商売の方はできねえよ。
ここいらなら昔から住んでるのもあって何となくどんくらいとりゃいいかも分かるが、もの建てる以外でそりゃあ無理だ。
酒だって貰っちゃあいるが俺が旨いって思ってるだけで、もしかしたらあいつらからしたら安いものかもしれんしそれでアレを持ってけるならえらく得してるかもしれねえ。
その辺の感覚ってやつはわかんねえのよ。それでレインさんの方に余計な迷惑をかけちゃあこの辺では生きてけねえしな。
…っと、図面の方は出来たぜ。この位置なら特に壁をぶっ壊すようなことはしない。
ただこの設計でやるなら煙と熱を出すためにちょっとばかり家の方を弄るのは必要だな。穴開けることにはなるが、先にやって窯が出来て繋げても良いが、逆もできる。どうする?」
「そうしたら窯が出来てからやってもらう形で。
もう窯の方も取り掛かれるんですよね?
それならそっちの方が寒くない気もするので」
「あいよ、じゃあ先に窯の方を作らせて貰うぜ。
しっかし、あんたなら別に先に穴あけとこうがいくらでも寒さなんざどうにでもできるんじゃねえか?」
「気分ですよ、気分。
まだ私はこの辺じゃ浅い方ですからね、出来る限り風にさらされたくはないものです。
それと、さっき水筒と石、熱石は持ってきました。
とりあえず5つほどにしていますがこれだけで大丈夫ですか?」
「おう! 助かる!
ありがとうな!
それじゃ、また明日同じ時間で頼むぜ。一日掛からずに窯は作るからよ!」
代金な、と幾枚かの硬貨を渡してドゥルクは去っていく。
その額はレインが正規に売っているものよりもいくらか多い。
まったく、とレインは苦笑する。
変なところで適当なドワーフなのだ。それでいて家や建築には手を抜かないのだから難しい
それに彼は彼で水筒には酒を入れている。
元は水が凍らないためにこの極地でも生き延びれるような意図で開発したが、ドワーフゆえかいつでも一番うまい温度で酒が飲める、これでわざわざ冷えた酒を飲まなくていいという感想を得たらしい。序に凍らねえなら冷めねえのも作れるんじゃないかと強く要望もあったりした。
そのことに文句はない。
ただその熱気は今までなかったなとまた苦笑した。