全方位に救いのない追放もの   作:朝凪小夜

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6. なるあやまち

 「それ」は目覚めた。

 地中深く、自らの分身たる卵を産み落としてから、目を開いた。

 感じたのは空腹。

 瞬間のそれぞれで身体が少しずつ渇いていくようだ。

 目指したのは上。ただひたすらに身体にまとわりつくパラパラとしたものを掘りながら進んだ。

 あるときにふとそんな重なりは消えて、顔を出せば妙に目に沁みる何かがそこら中にある開けた場所に出た。

 周りには何もない。足元には掘り進んできたものよりもずっと小さくさらさらとした粒がどこまでも広がっている。

 腹が減った。

 「それ」にとってその感覚は目覚めてから消えず、一時の耐え間もなく文字通り身体を溶かしていく。

 食みたい。

 飢えを満たしたい。

 どうやって?

 ここで?

 何もない。

 始原の欲求をもちながら、その場所は「それ」にとってひどく辛い場所であった。

 巣でありながら、餌は無く、親もない。

 ただ砂だけ。

 その景色に何を思うべくもなく、腹に手を当てながらいくばくかの時間を経たところで。

 遠くに、視界が砂色に霞むずっと先に、何かがあることが「見えた」。

 そしてその何かは向かってきている。

 「食える」。

 そう思った。

 

 

 

 「それ」は人が恐れるもの。

 「それ」は人を食らう。人も物も、生きるに届くものなら全てを食らう。

 「それ」は土地食いと呼ばれた。人を食い作物を荒らし、戦いの後には荒野ばかりが残る。

 「それ」は考えることもできる。食って、寝て、排して、動ける。

 「それ」は飢えている。常に身体は渇き続ける。

 「それ」はただ食って満たされたい。

 「それ」は今魔王と呼ばれるものであった。

 

 王都からの帰参の後辺境伯と領軍の動きは迅速であった。

 斥候が膨大な魔力を放つ存在の確認を取り、魔王と認定。準備をそのまま利用し即座に出陣の刻となった。

 動員可能な最大数、つまりは全ての軍員を投入した行動が開始された。

 同時に国境と旧魔王領に接する近隣国とも連帯、魔王を旧領内にて押し潰すだけの全ての行動は最高の効率で進んでいた。

 問題はそれらすべてが魔王にとっての利であったこと。

 魔王とは生物であるが同時に現象に近い。

 卵で生まれ、土地と周辺の生物からのエネルギーを吸いながら育つ。

 百余年の後に育ち切ると同時に目覚め、単性生殖の卵を残して、飢えを満たすために動き始める。

 この飢えとはただの飢餓ではない。

 魔王とは生物でありながら、膨大なエネルギー体。 そのエネルギーを生物の形に押し留めるには同時にそのためのエネルギーを必要とする。

 故に飢えとはエネルギーの漏出、身体の崩壊そのものであった。

 そしてその飢餓を満たすことこそ最大の行動原理に他ならず、全てはそのための道具にしかならない。

 この状況下において、魔王にとっての最悪とは旧魔王領に留められ続ける事。

 魔王そのものは理解していないが旧魔王領に留まり続けることは新たな魔王たる卵にそのエネルギーを吸収され自壊の促進につながるものであった。

 同時に魔王は餌の存在を知らない。飢えはわかっても満たすための何があるのかを知らなかった。

 そこに現れたのが領軍といくつかの小国の軍を合わせた人の集合体。

 最大の攻撃力を出すために時間を稼ぐという献身と中心のそれは、その瞬間給餌となり果てた。

 魔王にとってはただ脚を動かして近づいて、齧っただけ。

 ちょっと硬くて砕ける感触の何かとその周りにある柔らかで口元を濡らすもの。

 嚥下して胃に落ちた時に潤いが満ちた気がした。

 それでもまだまだ足りない。

 何か変な音を立てながらこちらに近づいて来たものを同じように齧る。

 口元に広がるのは液体とどこか温かい感覚。

 いい気分だった。

 だが同時に、これらは少し大きい。

 全部食べたいが、食べたいのに、ちょこちょことこちらを触ってきて鬱陶しい。

 何か光る長いものもぶつけてくる。

 手を伸ばせば簡単に取れた。少し短くなったがまあ同じような形だ。

 齧る。さっきのより固くて中身もない。ずっと冷たいしあの液体もない。

 腹は膨れるが何か違う気がした。

 次は最初のと同じようなのを食べよう、そう思った時には身体がちょっとピリピリした。

 何か目も眩しいし、耳もうるさい。

 それが終わったときには目の前には同じようで、ちょっとだけ大きな光るものを持っているものが居た。

 またその光るものを振る。

 赤いものが出てきて、ちょっと身体がふわっとした。

 また、振る。

 今度は身体がちょっと白くなった。

 何だろう、そう思いながら同時に同じことをしてみたいなと。

 そうして少しだけ手をかざして。

 目の前にあったのは白と透明な膜で覆われた木々に似たそれ。

 動かない。

 何も。

 そっとさっき動いていた大きな光るものも手にしてみる。

 最初の光るのと同じようなのに少しだけ、何か違うような気がした。

 相変わらずちょっと両手で触ると小さくなる。

 口にすれば、ゴリゴリとするのにさっきよりももっといい気分になれた。

 ちょっと口の中がすうすうとするがそれもいい。

 この白いのを作るのはかなり良いものだ。

 こうして食べているのに邪魔してくるものが無い。

 ゆっくりと食べれる。

 

 

 そうしてゆっくりと魔王は連合軍を平らげた。

 余すことなく、全てを。

 そしてまた飢えを思い出した。

 それから月を七度見つめて、苦悩する。

 あの食い物が来ない。

 どうして。

 まだ満ちていない。

 足りない。

 なんで。

 歩き出す。

 その足取りは連合軍のもと来た方向、辺境領、そして王都を結んでいた。

 

 

 

 

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