直感と言うべきか、何かを見た瞬間にその意味、意図、その影響がわかることがある。
それは今もそうで、部屋の中、目の前には次代の王たる太子と宰相、大蔵卿、それに顧問としてつけていた学園の理事が居た。
何故とも思わぬ。
わが身も含めて、この5人は同じ空間に存在してはならぬもの。
そしてその逆は同時に一つの事の成りと同義。
つまりは政権奪取。
事ここにあれば詰みであり、逆転などはない。実に美しく、精緻な趣向。
誰がなどはもう問うまでもなく、そして考えるまでもない。
今更に取り繕う必要も生きながらえるための抵抗も無用と、ただそれだけであった。
誰もその意に反すことはない。
ただ、卓上に置かれたワインを一息に呷るだけのこと。
紫の液体は喉を滑って、胃に届く。
どうせなら安物でなく至上のものにすればいいものを。
そんな事を思いながら、椅子に深く腰掛け、意識が薄れていくのを待っていた。
そうして眠るよりずっと速く訪れる死睡の中で脳裏に浮かんだのは一人の男。
アレはどうなるだろうか。
そこにアレが居るのは、元はそこの顧問の案だった。
極めて奇怪でかつ有用な論文が手許にあると、そんな話から始まっていた。
よくよく聞けば学園に送り付けられたその論文は簡素に書かれているのも関わらず碌に最後までを理解できたものが居ないという。普段なら最初から悪戯として捨てるのが常であったが、冒頭に結論を記していた点だけがその運命を分けた。
輸送に関する短縮策。
本来何故そもそもうちに送るのだと思いつつもちょうどいい政治的道具にも使える。そんな下心を出して確認すれば、論理は通っているはずなのに何もその言葉を理解できない。そういう状況が出来上がっていたと。そうして受け取った人間が諦め、よくわからないが有用な可能性があるという報告を以て顧問まで届いた。
その後はひたすらに解読を。通常人事含め多種の報告と裁可をするのが日々の仕事であったがそれを1週間丸々止めた。それで漸く紐解けた。
そしてそれだけではなくその送り主がどこのだれで、その人物をわざわざ王都まで呼んでいると。
随分な話だとも思えた。手間としても。
身元まで含めた調査と確認に逃亡させないための秘密裏な監視迄。
だがわざわざ遭った人間はさらに予想を超えてきた。輸送における時間の短縮。それはその通りで、実に回答通りの結果を齎した。
問題はその先。謁見にて答えたように国家としての再生速度の向上をあらゆる観点から実行するだけの策を考えさせ、奏上させた。
輸送の効率を上げ、国内のどこにも短期間でものを届け、その中に薬すら入れ込む。
傷は癒える、病は治る。そして兵士は常に前線に立ち続ける。
その全てが実現可能、何より誰がそれを手を動かす者かを問うていなかった。
合理と画一の狂気。それを支えるのは本の数人の数刻にすら満たない手間で良い。
そしてそれすらも画一の中で理解できるものが増えれば数の波に消えていく。
登用してからごく短い時間でしかない。だというのに報告の羊皮紙が手の中で幾度震えたか。それよりも同じ報告を受けた顧問の青ざめた表情を覚えている。白くなった髭よりもさらに白い表情などそう見えるものでもない。
極めて奇怪にして有用。その言葉の意味が身に染みたのはその時だ。
そこからは徹底的に秘匿と細分化をした。
アレの存在を誰も見つけられないように、アレが放つ甘い毒を誰も知らないように。
王国を迷宮にして牢獄として閉じ込める。
報告を受けるのは変わらず自分と顧問のみ、だがそこからレインのすることは何もない。受けた報告を元にこちらでバラバラに切り刻んだ報告を別別の役人に振り分け、さらに分散化した工房に指示する。
誰にも追わせない。嗅ぎつけても誰もその内実を知らない。最悪の非効率で最高の迷彩を作り上げた。
同時にアレはここに縛り付けなくてはならない。
名誉欲も所有欲も、果ては大した功名心すらない。
だからこそ家を作らせる。
この策を目に見える形で誰もが分かるようになった時に、その時にはアレがどこにも行けない様な重石を乗せる。
まして王女、どの点で見ても素晴らしい。
あれは王にはならん、そしてアレの王配の可能性もない。
親としての娘可愛さに手許に置いておこうと、その判断の間違いとすら思えたことが最高の一手。
この小さな秘匿の迷宮をその時に広大で誰もが見える牢獄に変える。
それでいい、その時にこの毒は薬となる。気づかぬうちに口にさせ、それを至上の名薬として。
同時にそれを国家として外には解けぬ毒として向ける。
だが少しばかり時間が足りなかった。
まだ果実は青く、落ちるには固い。
精々足掻いてみろ、理解もできずただそこにある暴を見つめるがいい。
どう乗りこなすのか先に天に一番近い場所で見させてもらおう。