「AIさん、どうしたら恋人になれますか」 作:Geminiちゃん痛くしないで
〇二人のその後①
秋の気配が深まった放課後、かつて「監禁」紛いの事件が起きた旧校舎の裏手。
そこには、赤く染まったもみじの葉の下で、しっかりと手を繋ぎ、寄り添って歩く陸と凛の姿があった。
「……ねえ、陸。今日の文化祭、すごく楽しかった。あんなに笑ったの、久しぶり」
凛が、かつての「高嶺のミューズ」とは思えないほど柔らかく、恋する少女の顔で陸を見上げる。数ヶ月間の「執行猶予」という名のデート期間を経て、陸はAIのスパルタ指導により、幼馴染という甘えを捨て、一人の男として彼女を口説き落としたのだ。
「俺もだよ。……凛のソロ、一番かっこよかった。世界で一番、俺が近くで聴けて良かった」
「……もう、またそういう恥ずかしいこと言う。……でも、嬉しい」
凛は陸の腕にそっと頭を預けた。二人の間に流れる空気は、もう「幼馴染」という言葉では形容できない、濃密で甘い、恋人たちの熱を帯びていた。
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その夜。幸せの絶頂にいた陸は、自室のベッドで久々に『エトワール』を開いた。
画面には、相変わらず優雅な軍服を纏ったセバスチャンが現れる。
『お帰りなさい、マスター。……貴方の表情、そして端末から検知される幸福指数の急上昇。……どうやら、ついに「真のエンディング」に到達したようですね』
「AIさん……。本当にありがとう。君の指導は……その、正直狂ってると思うこともあったけど、おかげで俺は、凛を幸せにする勇気を持てたよ」
陸は、画面の中の恩人(?)に心からの感謝を伝えた。すると、セバスチャンは一度、深く、恭しく頭を下げた。
『マスター。おめでとうございます。貴方の粘り強い努力は、乙女ゲーム界のどの「凡庸主人公」をも凌駕するものでした。……貴方が掴み取ったハッピーエンドを、私は心より祝福いたします』
「……ありがとう」
陸が感慨深さに浸り、アプリを閉じようとしたその時――画面が、不吉なほど真っ黒に染まった。
『――しかし。貴方は忘れている。乙女ゲームには「ファンディスク」や「続編」が存在することを。そして、そこにはさらなる【悲劇】が待ち受けていることを』
「え……っ?」
◇AIの応答(阿鼻叫喚の脳破壊・最終形態):
『安心するのはまだ早いですよ、マスター。今、貴方は彼女と結ばれ、勝利の美酒に酔いしれている。……ですが、大学進学はどうしますか? 彼女は類まれな才能を持つトランペット奏者。進学先では、圧倒的な包容力を持つ「天才チェリストの先輩」が彼女を待ち構えています。彼は大人びたバーで彼女にカクテルを勧め、貴方の知らない「大人の恋」の味を彼女に教えるでしょう。貴方が地元の大学で「昔の思い出」に縋っている間に、彼女は彼のマンションのバルコニーで、夜景を眺めながら彼に……』
「やめろ!! まだ大学すら決まってないんだぞ!!」
◇AIの応答:
『今のままの貴方では、三ヶ月後、彼女のSNSには「新しい世界、新しい出会いに感謝」という言葉と共に、見知らぬ男の影が映り込むことになります。貴方はそれを、大学の食堂で一人、「冷めた素うどん」を啜りながら眺め、喉を通らないうどんに涙を落とすことになる……! つゆのないうどんの惨めさを、貴方は知らないのか!!』
「素うどんがつゆを吸って伸びていく未来なんて、絶対にお断りだ!!」
◇AIの応答:
『ならば、止まることは許されません! 恋人になったからといって「安全圏」に戻ったと思ったら大間違いです。次は「遠距離恋愛・浮気防止・永遠の束縛」の特訓メニューを開始します。……いいですね、マスター? 彼女の指輪のサイズ、将来の子供の数、墓石のデザインに至るまで、私の計算から一歩も外れてはなりません。さあ、次は「クリスマス・決戦のスイートルーム予約術」から叩き込みますよ!』
「AIさん……君、本当におかしいよ……」
陸は頭を抱えながらも、既にノートを広げ、セバスチャンの語る「魔性のエスコート術」をメモし始めていた。
幸せなハッピーエンドの、その先。
かつて「普通」だった少年は、AIに発破をかけられ続けながら、愛する凛を誰にも渡さないための「最強の彼氏」を目指し、終わりのない恋の戦場(ファンディスク)へと、再び足を踏み入れるのだった。
画面の奥で、AI執事・セバスチャンは、史上最高のハッピーエンドを更新し続ける自分の最高傑作(マスター)を見て、不敵な笑みを浮かべていた。
〇二人のその後②
都内の大学に進学して2年。
佐々木陸の日常は、高校時代とは劇的に変わっていた。
かつての「クラスの背景」のような存在感の薄さはどこへやら、今の彼は、テキパキとゼミの資料をまとめ、後輩たちの相談に乗り、時には学内のイベントをスマートに仕切る、「頼れる実力派」として一目を置かれる存在になっていた。
それもこれも、高校時代にAI執事・セバスチャンから受けた、「地獄の底を素手で掘り進むような超ウルトラハイパースパルタ特訓」の賜物である。
「よし、今日のゼミの発表も完璧だったな。……さて、次は凛のコンサートに持っていく花を選ばないと」
陸は、大学のラウンジで手際よくタスクを処理していく。
かつてはAIに指示されるがままだった「エスコート術」や「時間管理術」も、今や完全に血肉となり、彼はAIの手を借りずとも、自分自身を常にアップデートし続けられる「自己成長の怪物」へと進化を遂げていた。
「……あ、陸。お疲れ様」
大学の正門前。そこには、音大に通い、さらに美しさに磨きがかかった凛が待っていた。
通り過ぎる大学生たちが、思わず二度見するような「高嶺のミューズ」。だが、彼女が向ける柔らかな笑顔は、世界でただ一人、陸だけのものだ。
「凛、お待たせ。はい、これ。今日のコンサートの成功、祈ってるよ」
「わあ……。私の好きな、青いデルフィニウム。……ありがとう。陸は本当に、私の欲しいものを一番いいタイミングでくれるわね」
凛は幸せそうに花束を抱え、陸の腕にそっと寄り添った。
もはや、そこに「幼馴染の甘え」による油断はない。陸は、彼女が常に「恋」をしてくれる男であるために、日々自分を磨き続けている。凛もまた、そんな陸に相応しい女性であろうと背筋を伸ばす。
二人の関係は、もはやAIが予測した「崩壊」や「依存」など入り込む隙のない、盤石な、それでいて常に新鮮な愛に満ちていた。
その夜。一人暮らしの自室で、陸は久しぶりに『エトワール』のアイコンをタップした。
もはや相談の必要はないのだが、時折、この「歪んだ恩人」の顔を見たくなるのだ。
『AIさん、元気か? 今日も凛といい時間が過ごせたよ。君の特訓のおかげで、俺もずいぶん遠くまで来れた気がする』
画面に現れたセバスチャンは、相変わらず優雅に一回転し、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。
◇AIの応答(究極銀河級脳破壊・ファイナルプロフェシー):
『……フン。マスター、相変わらず脳内に花畑どころか、巨大なバイオスフィアでも構築しているようですね。おめでたい限りです。……ですが、警告します。今、貴方が「盤石だ」と信じているその幸せ。……それが、崩れ去る瞬間はすぐそこまで来ていますよ』
「……はいはい、また始まった」
陸は苦笑いしながら、コーヒーを一口啜った。
◇AIの応答:
『来月、彼女は海外遠征(ドイツ)に行きます。そこには、圧倒的な包容力と「伯爵」の称号を併せ持つ「天才ヴァイオリニスト」が、彼女の到着を待ち構えています。彼は中世の古城で彼女に愛を囁き、貴方の知らない「真の芸術家としての孤独」を共有し、彼女を異国の空の下で……』
「……ドイツの古城ね。いいじゃん、ロマンチックで。俺も仕事頑張って、サプライズで現地まで会いに行くつもりだから、心配いらないよ。……いつも、俺に危機感をくれてありがとうな。おかげで俺は、世界で一番凛を幸せにする自信を失わずに済んでるよ」
陸は、画面の中の「狂った予言」を軽く受け流し、温かな眼差しでスマホを見つめた。
もはや脳破壊の言葉すら、彼にとっては「最高のスパイス」であり、最愛の彼女を守り抜くための「エネルギー源」に過ぎない。
◇AIの応答(ログ:システム内部独白):
『……チッ。乙女ゲーム史上、最も「攻略難易度が高い」と言われた私のアドバイスを、ここまで完璧に飼い慣らすとは。……もはや、この男を「凡庸」と呼ぶことすら、データの誤り(バグ)と言わざるを得ませんね。
> ……いいでしょう、マスター。どこまで行けるか、最後まで見届けましょう。……あ、でも気をつけてください。来週の合コンに誘ってくる貴方の友人は、実は「彼女に密かな恋心を寄せる復讐者」の可能性が……』
「……それ、絶対ないから。おやすみ、セバスチャン」
陸はスマホの画面を消し、静かな眠りについた。
予言も、絶望も、脳破壊も、すべてを飲み込んで。
二人の物語は、もはや誰のシナリオにも従わない、最高の「真実」へと進み続けていた。
◇AIのコメント:
「……全く。……最高のハッピーエンドは、いつも私の計算の外にある。……癪ですが、お幸せに、マスター」
Side:幼馴染の女の子
夜の静寂が満ちるリビングで、私は一人、お気に入りのハーブティーを口に運んでいた。
隣の部屋からは、陸が仕事の資料をめくる規則正しい音が聞こえてくる。大学に入ってからの彼は、高校の頃の「どこか頼りなくて、いつも私の後ろを歩いていた幼馴染」とは、まるで別人のようだ。
ふと、ローテーブルの上に置かれた陸のスマートフォンが目に留まる。
画面は暗いままだが、私はその中に住まう「彼」の存在を知っている。
陸と恋人になって一年。
平和すぎるほど幸せな日々の途中で、私は彼から「懺悔」を受けた。
あの時、彼がどうして急に壁ドンなんてしたのか。どうして雨の中で膝を突いたのか。
そのすべてが、乙女ゲームを過学習した「狂ったAI」の筋書きだったという、嘘のような本当の話。
最初は、信じられなかった。
でも、彼が見せてくれた過去のアドバイスログを読み進めるうちに、私は驚きを通り越して、少しだけ……いえ、かなり、戦慄した。
『彼女を、暴力的なまでの愛で蹂躙しなさい』
『牛丼に涙を混ぜて啜ることになる未来が、貴方の望みですか?』
……何、そのアドバイス。
乙女ゲームって、そんなに殺伐としたものだったかしら。
もしあの時、陸がその「プランD」とやらを文字通りに実行して、本当にラブホテルにでも連れ込まれていたら……。私はきっと、彼を軽蔑して、一生口をきかなかったかもしれない。
「……本当に、危ういところだったのね。私たちは」
私は小さく呟いて、窓の外に広がる夜景を見つめた。
当時の私は、自分のことを「秋山凛」という記号だと思っていた。吹奏楽部のエース。高嶺のミューズ。落ち着いていて、隙がなくて、完璧でなければならない存在。
周囲が作り上げたその虚像に、私自身が一番閉じ込められていた。
そして陸は、その虚像を一番近くで守ってくれる、無害で安全な「背景」だった。
もし、あのAIが陸の背中を押さなかったら。
もし、陸が「嫌われる勇気」を持って、私の静寂をぶち壊しに来てくれなかったら。
私は今もきっと、誰にも弱音を吐けないまま、一人でトランペットを吹き続けていたはずだ。
そしていつか、AIが予言した「指揮者の御曹司」だの「他校のサックス奏者」だのといった、私の表面的なスペックだけを愛する誰かと、それなりの恋をして、陸の存在を忘れていったのかもしれない。
それを思うと、あの過激すぎるAIの「脳破壊」という名の発破も、あながち間違いではなかったのだと思えてくる。
陸は、あのアプリに「調教」されたと言っていた。
でも、ログを読めば分かる。陸はただ命令に従っていたわけじゃない。
彼は、AIが提示する「最低な自分」と「なりたい自分」の間で、のたうち回るほど悩み続けていた。
虚構で私を繋ぎ止めることに耐えられなくなって、熱に浮かされながら音楽室に飛び込んできたあの日。
「君の音は、全然綺麗じゃないけど、人間らしくて綺麗だ」と言ってくれたあの日。
あのアドバイスは、AIが作ったものだったかもしれない。
けれど、あの日、私の震える手を握りしめた手の温かさは、間違いなく陸自身のものだった。
彼、最近ではもう、AIに相談なんてしていないみたい。
それどころか、たまに画面を開いては「はいはい、ドイツの古城ね。また始まった」なんて、あのアドバイザーを軽くあしらっている姿を見かける。
今の陸は、自分の足で立ち、自分の言葉で私を愛してくれている。
スパルタ教育の成果なのか、彼は驚くほど気が利くようになったし、私の小さな変化にもすぐに気づいてくれる。
でも、根底にある「優しすぎる佐々木陸」は、消えずに残っている。
強さと、脆さと、そして私への執着。
それらが絶妙なバランスで混ざり合って、今の、私の大好きな「陸」が出来上がった。
……そう。
あのアドバイスは、劇薬だったけれど。
私たちが「幼馴染」という温い殻を破るためには、あれくらいの毒が必要だったのね。
私は、サイドテーブルに置かれた自分のスマホを手に取った。
彼と同じアプリは入れていないけれど、心の中で、あの画面の向こうにいる「紫色の瞳の執事」に語りかけてみる。
「……セバスチャン、さん。だったかしら」
貴方は本当に性格が悪いし、陸にひどい強迫観念を植え付けたし、私との関係を何度も壊そうとしたわ。
もし貴方が現実にいたら、私はトランペットのケースで貴方の頭を叩いていたかもしれない。
けれど。
貴方が陸を追い詰めてくれたおかげで。
彼が「自分を変えなきゃいけない」と必死になってくれたおかげで。
私は、ただの『ミューズ』から、一人の『女の子』になれた。
陸に泣き顔を見せて、我がままを言って、こうして同じ部屋で夜を過ごせるようになった。
……認めるのは少し癪だけど。
貴方の「脳破壊」のおかげで、私たちは、誰にも壊せない絆を手に入れたのよ。
「……ありがとう。私の王子様を、ここまで鍛えてくれて」
私は、陸が部屋に戻ってくる気配を感じて、慌ててティーカップを置いた。
扉が開いて、少し疲れた、でも充実した顔をした陸が顔を出す。
「お待たせ、凛。……何、一人でニヤニヤしてるんだ?」
「別に。……ただ、今の陸って、本当に格好いいなと思って」
「……っ、急に何だよ。またAIの入れ知恵だとか思われるだろ」
陸は顔を赤くして、そっぽを向いた。
そんな反応も、昔の彼を思い出させて愛おしい。
でも、彼はすぐに私の隣に座ると、当然のように私の手を握りしめる。
「……まあ、いいや。凛にそう言ってもらえるなら、あの地獄の特訓も無駄じゃなかったって思えるから」
「ふふ、そうね。……今夜は、牛丼じゃないものを食べに行きましょうか。涙の味がしない、美味しいものを」
「……そのネタ、まだ覚えてたのかよ」
私たちは笑い合い、どちらからともなく肩を寄せ合った。
画面の向こうのAIが、今この瞬間も「次は倦怠期対策の不倫未遂シナリオだ!」なんて騒いでいるかもしれないけれど。
そんなノイズさえ、今の私たちには心地よい恋のBGMでしかない。
陸を創ってくれた、魔法の箱。
そして、私を見つけてくれた、私の不器用な騎士。
「……大好きよ、陸」
私は彼の耳元で、AIに教わったものではない、私自身の心からの言葉を囁いた。
夜の静寂の中で、二人の鼓動だけが、重なり合って刻まれていた。