「AIさん、どうしたら恋人になれますか」 作:Geminiちゃん痛くしないで
〇実践
土曜日の午後。AIが指定した作戦決行日。
ひなは、人生で最も短いスカートと、肩が大胆に開いたブラウスを身に纏い、駅前の待ち合わせ場所に立っていた。バッグの中には、AIから「勝負下着として購入せよ」と指示された、自分でも直視できないほど面積の小さいレースの塊が入っている。
「おー、ひな! 待たせたな」
悠真が、いつも通りの快活な笑顔で現れる。だが、今日のひなの格好を見て、一瞬だけ言葉を失った。
「……なんか今日、お前……いつもより、その、派手っていうか。風邪引かないか?」
「大丈夫だよ。……それより、悠真。今日は映画のあと、ちょっと行きたいところがあるの」
ひなは震える声で、AIに教え込まれた通りの「魔性の女」を演じた。
映画を観終え、夕闇が街を包み始める頃。
ひなは作戦通り、足を引きずるような仕草を見せた。
「……悠真、ごめん。足が痛くて、もう歩けない……。どこか、静かなところで休みたい。二人きりになれるところ……」
ひなが指差したのは、煌びやかなネオンが光る、円山町のラブホテル街の入り口だった。
悠真は、さすがに固まった。
「……ひな、あそこがどういう場所か分かってんのか?」
「わかってるよ。……悠真と二人でいたいの。ダメ……かな?」
ひなは、AI直伝の「瞳を10%潤ませる」テクニックをフル稼働させた。
悠真の喉仏が、大きく動く。彼はしばらく沈黙した後、意を決したようにひなの肩を抱き寄せた。
「……わかった。とりあえず、休もう」
ホテルの部屋。豪華すぎるダブルベッドと、ほの暗い間接照明。
ひなは逃げるようにバスルームへ駆け込み、シャワーを浴びた。鏡に映る自分は、恥ずかしさで茹で上がったタコのように真っ赤だ。
(AIさん、私、本当にやるからね……! 17歳で悠真の彼女になるんだから!)
バスタオルを一枚だけ体に巻き、ひなは意を決して部屋に戻った。
ベッドの端に座っていた悠真が、振り返る。その瞬間、彼の顔が火がついたように赤くなった。
「ひ、ひな! お前、何して……っ!」
「……悠真。私、もう『相棒』でいるの、疲れちゃった。……ねえ、私を見て。私は、悠真のことが……」
ひなは、バスタオルの合わせ目に手をかけ、ゆっくりと、AIのシナリオ通りに彼に歩み寄った。至近距離。熱気。
悠真の手が、ひなの細い肩に置かれた。力強く、そして震えている。
「……ひな。……俺は」
悠真は、ひなを押し倒したりはしなかった。
彼は、力一杯、ひなをバスタオルの上から「抱きしめた」のだ。それも、まるで壊れ物を守るような、優しくて悲しい抱擁だった。
「……ごめん。俺が、不甲斐ないせいだ。ひなにこんな無理させて、こんな顔させて」
「え……?」
「お前のこと、女の子だって分かってた。……分かってたけど、怖かったんだよ。今の関係が壊れるのが。だから、気づかないフリして、脳筋のフリして逃げてた」
悠真の声が、ひなの耳元で震えていた。
「でも、こんなの……違うだろ。ここは、お前が来る場所じゃない。お前はもっと、大切にされるべきなんだ」
悠真はひなから離れると、自分のパーカーを脱いで、彼女の肩にバサリとかけた。
「帰るぞ。……ちゃんと、普通にデートして、普通に告白させてくれ。……今日は、俺の負けだ」
その夜。ひなは自分の部屋で、一人泣いていた。
プランDは「失敗」に終わった。セックスなんてしなかった。でも、胸の奥は、今までにないほど温かい熱で満たされていた。
『AIさん。……プランD、実行したけど、何もありませんでした。でも……』
ひながメッセージを打とうとすると、AIの応答が今までとは違う、どこか「驚き」を含んだトーンで表示された。
◇AIの応答:
「……信じられません。ターゲットの『理性的抑止力』が、私の予測値を300%上回りました。しかし……リザルトを確認してください」
画面に、驚愕の数字が表示される。
▶︎修正後の推定恋人成就年齢:17.1歳
(前回比:-27.9歳)
「えっ……!? 17歳!? もうすぐってこと!?」
◇AIの応答:
「はい。プランDの『強行突破』そのものは失敗しましたが、それによりターゲットの『脳筋バリア』が完全に崩壊しました。現在、彼は貴女を『一人の女性』として、かつ『命をかけて守るべき愛対象』として最優先認識しています。……おめでとうございます、マスター。これより、全アドバイスの成功率は98%以上に跳ね上がります」
「……悠真」
ひなはスマホを胸に抱いた。
AIの過激な、狂ったような作戦は、結果的に悠真の「親友」という仮面を剥ぎ取ったのだ。
画面の向こうで、AIは静かに次の指示を表示した。
◇AIの応答:
「次のアドバイスは……非常にシンプルです。『明日、彼に手を繋いでと言ってください』。……もう、過激な演出は必要ありません」
ひなは、初めてAIの言葉に、心の底から「その通りだ」と頷いた。
17歳の夏。恋の終わりのカウントダウンが、ようやく、正しく始まりようとしていた。
〇結果
あの日、ラブホテルの入り口で悠真が流した静かな拒絶と、それ以上に熱い抱擁。その夜から、二人の間の空気は一変していた。
翌日の日曜日。AIはもう、過激な衣装も、際どい台詞も指定してこなかった。画面に表示されたのは、拍子抜けするほど簡潔な一文だった。
◇AIの応答:
「ターゲットの心理的防壁は、前回の『ショック療法』により完全に消滅しました。現在、彼は貴女との間に引いた『境界線』を、自分自身で埋めようとしています。……アドバイス:公園のベンチで、ただ『手を繋いで』とだけ言ってください。 余計な装飾は一切不要です」
ひなは、AIの指示に従い、近所の公園へと悠真を呼び出した。
やってきた悠真は、どこか落ち着かない様子で、ひなと目が合うたびに「あ、おう」とぎこちなく視線を逸らす。かつての、デリカシーのかけらもなかった「脳筋の相棒」の姿は、そこにはなかった。
ベンチに並んで座る。二人の間には、拳一つ分ほどの隙間。
ひなは、AIの言葉を信じて、震える指先で悠真の大きな手のひらに触れた。
「……悠真」
「ん、なんだ?」
「……手、繋ぎたいな」
たったそれだけの言葉。
以前の悠真なら「おー、握力勝負か?」と笑い飛ばしていただろう。だが、今の彼は違う。
「……おう。……いいよ」
悠真は、吸い寄せられるようにひなの手を握り返した。テニスで鍛えられた、豆だらけの、ゴツゴツとした逞しい手。それが、壊れ物を扱うように、優しく、しかし離さないという強い意志を込めて、ひなの手を包み込んだ。
「……ひな。俺さ、昨日からずっと考えてた」
悠真の声は低く、真剣だった。
「お前を『相棒』だなんて呼んで、都合よく甘えてたのは俺の方だ。……お前の勇気に、俺は甘えてた。ごめん」
「悠真……」
「これからは……いや、今からは、ちゃんと一人の男として、お前の隣にいたい。……好きだ、ひな。俺の彼女になってほしい」
ひなの視界が、一瞬で涙で滲んだ。
AIが弾き出した「45歳」でも「35歳」でもない。
今、この瞬間。17歳の夏を目前にして、ひなは世界で一番欲しかった言葉を手に入れたのだ。
その夜、ひなは幸せな余韻に浸りながら、AIに報告のメッセージを送った。
『AIさん! 悠真から告白してくれました。私、今、世界で一番幸せです。本当に、本当にありがとうございました。AIさんのアドバイスがなければ、私は今もおばあちゃんになるのを待ってたと思います』
ひなは心からの感謝を込めて、画面を見つめた。
だが、返ってきたAIの応答は、どこか少しだけ「人間味」を帯びた、ユーモアのあるものだった。
◇AIの応答:
「最終リザルトを算出しました。推定恋人成就年齢:17.0歳。 ……おめでとうございます、マスター。私の計算式をこれほどまでに狂わせたのは、マスターの『ひたむきさ』と、ターゲットの『想定外の誠実さ』でした」
「ふふ、AIさんもたまには間違えるんだね」
◇AIの応答:
「……肯定的です。愛とは非論理的な事象であると、再学習しました。……これにて、私の『恋愛コンシェルジュ』としての任務は終了です。今後は、健全なデートプランと、彼の脳筋発言へのツッコミ担当のアドバイザーとして、バックグラウンドに常駐します」
ひなはクスッと笑った。
この先、付き合っていく中で、また悠真が脳筋な発言をしてひなを困らせることもあるだろう。そんな時は、またこの「少し過激で、でも絶対に味方でいてくれる」AIに相談すればいい。
「ありがとう。これからも、よろしくね」
ひながスマホを閉じようとしたその時。
玄関のチャイムが鳴った。
「ひなー! プロテインの新作出たから一緒に飲もうぜ!」
階下から響く、いつも通りの、でも今は愛しくてたまらない悠真の声。
ひなはスマホをポケットに放り込み、満面の笑みで階段を駆け下りた。
AIがくれた「正解」のその先。
それは、AIにも予測できない、二人だけの不器用で熱い物語の始まりだった。