「AIさん、どうしたら恋人になれますか」 作:Geminiちゃん痛くしないで
男の子
夕暮れの校舎、三階の廊下。
そこは、吹奏楽部の練習場となっている音楽室から漏れ聞こえてくる、伸びやかなトランペットの音色に支配されていた。
佐々木 陸(ささき りく)は、誰もいなくなった渡り廊下のベンチに座り、単語帳をめくる手を止めてその音に聞き入っていた。
陸は、自他共に認める「平均点の男」だ。成績は学年で真ん中より少し上。運動神経も悪くないが、特定の部活には入っていない帰宅部。鏡を見れば、そこには「よく見れば整っているが、クラスの集合写真では真っ先に存在を忘れられそう」な、どこか影の薄い少年が映っている。
そんな彼が、中学からずっと、いや、物心ついた時からずっと、たった一人だけを見つめ続けている。
「……今日も、いい音だな」
音楽室の窓際。夕日に縁取られたシルエットが、一際美しく光っている。
幼馴染の秋山 凛(あきやま りん)。
彼女は吹奏楽部のエースであり、そのすらっとしたモデルのような立ち姿と、どこか近寄りがたいクールで落ち着いた雰囲気から、学園内では「高嶺のミューズ」と呼ばれていた。
陸と凛の関係は、今も昔も「隣の家の幼馴染」だ。
一緒に登校し、たまに宿題を教え合い、親同士が仲が良いから夕飯を共にすることもある。だが、凛の瞳の中に、陸が「一人の男」として映っている確信は、陸には一度も持てなかった。
「あの、佐々木くん……!」
不意に声をかけられ、陸は現実に戻った。
目の前には、同じクラスの女子生徒が、顔を赤らめて手紙を差し出していた。
「これ、読んでほしいの。……私、佐々木くんの、誰にでも分け隔てなく優しいところ、ずっと見てて……」
陸は少し困ったように眉を下げた。彼は本当に優しい。だからこそ、期待を持たせるような態度は取れない。
「ありがとう。……すごく嬉しい。でも、ごめん。俺、もうずっと心に決めてる人がいるんだ」
「……秋山さんのこと、だよね?」
「……うん。隠せてなくて、ごめん」
女子生徒は少し寂しそうに、でも納得したように微笑んで去っていった。
陸は、彼女の後姿を見送りながら、深く溜息をついた。
(俺は、他の子を振ってまで凛を待ってるのに……当の凛は、俺のことなんて『便利な幼馴染』としか思ってないんだろうな)
音楽室から聞こえていたトランペットの音が止まる。
しばらくして、重そうなケースを背負った凛が廊下に出てきた。彼女は陸の姿を見つけると、少しだけ表情を和らげ、いつもの落ち着いた声で言った。
「あ、陸。まだ残ってたんだ。……また単語帳? あんまり根詰めすぎると、脳の効率が落ちるわよ」
「はは、そうかもな。凛の音が聞こえてきたから、つい長居しちゃって」
「私の音? ……変な癖、ついてなかった?」
凛はあくまで「音楽」の話として、陸の言葉を受け取った。彼女の瞳には、陸への絶対的な信頼がある。だが、それは「異性としての熱」を一切孕まない、凪いだ海のような静かな信頼だった。
(……このままじゃ、ダメだ。普通に横にいるだけじゃ、一生『隣の人』で終わる)
陸は、帰宅途中の電車の吊り広告で見た、怪しいアプリの紹介を思い出した。
『あなたの恋を、二次元のドラマチックな展開へ。AI恋愛執事・エトワール』
「……わらにもすがる思いって、こういうのを言うんだろうな」
陸は、ポケットの中でスマートフォンを握りしめた。
この後、彼がインストールしたAIが、古今東西の乙女ゲームを過学習した「超ドラマチック思考」の塊であり、失敗するたびに陸の精神を完膚なきまでに叩き潰してくることなど、今の彼はまだ知る由もなかった。