「おいおい、まじかよ」
中学野球大会埼玉予選、準決勝。
栄明中学と
いくら力をつけ、勢いのある栄明でも花晴には勝てないだろう。それに、前人未到の3連覇を見たいと誰もが思っていた。
「ノーノー達成するんじゃないか」
「花晴にも意地があるだろ、それにピッチャーも疲れてきてる」
観客達にもどよめきが広がる。
王者がダークホースに負ける……県予選で姿を消すんじゃないかと。
スコアは1-0。7回裏、あとアウト一つという緊張からか、味方のエラーでランナーを出し、ツーアウト2塁。ヒット一本で同点、一発出ればサヨナラのピンチ。そして、打席に迎えるのは、この大会で4割を超える打率を残している、今大会最高のバッター。
「……す、すみません。俺がちゃんとしてれば」
「大丈夫大丈夫、まだうちが勝ってる。切り替えろ。……最高の相手と戦ってんだ、楽しもうぜ」
この試合、大抜擢された唯一の1年生が青ざめた表情で、エースに謝罪する。
しかし、エースは嫌な顔ひとつ見せない。
今大会一人で投げぬいてきて、疲れもたまってるはず。まして、今日の相手は、最強の相手花晴。精神もすり減らしているはず。なのに、このピンチの場面で後輩を励まし、笑ってる。
「……ふう」
帽子を取り、汗を拭って、空を見上げ息を吐く。一瞬勝ったと思ってしまった。
───気持ちを入れなおす
このまま逆転されたら、みんなのここまでの頑張りを、無駄にしてしまう。
それに未来ある後輩に、責任なんて感じてほしくない。味方のミスを帳消しにしてこそのエース。俺は
なんとしても、このピンチを乗り越える。
───俺たちは全国に行くんだ。
空気が変わる。両者ともに、集中力を高め、ひりつくような空気になる。
その決着の瞬間を、誰もが息をのみ、動向を見守る
──────そして
「空振り三振バッターアウトッ!
なんとここにきて自己最速の147km/hをマーク。今大会最高のバッターを三振にきって抑えました!!
7回106球を投げ、ノーヒットノーラン達成! 栄明中、初の決勝進出です!!」
このニュースは、瞬く間に全国の野球ファンに広がり、
──────翌日、栄明中学は決勝で姿を消した
◇◆◇
「ひろー! 起きなさーい!」
せっかくのオフの日に、何故か朝から母さんのうるさい目覚ましで目を覚ます。
まだ9時じゃないか。まったく、こういう朝を、いかに優雅に過ごせるかが、人生を豊かにするカギだというのに……
母さんには、優雅さが足りないな。うん。
「早くおりてきなさーい!」
…………普通に無視したいが、無視するとキレられる。朝から怒鳴られたくないし、そろそろ起きよう……
……別に怖いとかじゃないけど、一応ね……
「……おはよ、なに? 今日何かあるの?」
「もうすぐお客さん来るから。ていうか、昨日も言ったでしょ。……やっぱり覚えてなかったのね。さっさとシャワー浴びて、準備しなさい」
あー、そういえば確かに、昨日なんか言ってた気がする。でも確か、母さんの高校の時の友達が、来るんじゃなかったか? 俺が準備する必要あるのか?
「はやくして」
「はい」
うだうだしてたるとキレられた。俺は急いでシャワーに向かう。
べ、別に母さんが、怖いとかじゃないんだからねっ!
シャワーを済まし、軽く整えてからリビングに向かうと、中から女性の声が聞こえてくる。
もう来てたのか……
いつもと同じようにドアを開け、リビングに入る。しかしそこには、いつもと違う光景がひろがっていた。
母さんと、恐らく友達であろう女性が、テーブルに座って、楽しそうに会話している。
そしてその横に、とても可愛らしい女性が座っていた。肩にかかる程度の長さのきれいな茶髪、ぱっちりとした目に、やわらかい笑顔を浮かべている。
そこだけスポットライトに照らされてるような、まるで世界が違うように、その人だけ輝いて見えた。まさに美少女。
……俺はこの人を知っている。いや、栄明に通う全員が知っているはず。
「…………千夏先輩」
───学校のマドンナが座っていた
「やっと来た。千夏ちゃんに見とれてないで、早くこっちに来て座りなさい」
「べ、別にそんなじゃねーし」
母さんが余計な事いうから、顔が熱くなる。
……千夏先輩が可愛いのなんて知っていたが、この距離で見ると破壊力がすごい。
俺はこの熱を誤魔化すように、水を飲んでから席に着く。
「あんた千夏ちゃんのこと知ってたの?」
「そりゃあまぁ、有名だし……」
うちの学校で、知らない人の方が珍しいだろう。雑誌なんかにも載ってたし、愛嬌もあって、おまけにこのビジュだ。目立って当然だ。
……そんなことよりも、ずっと気になっていることを尋ねる。
「なんで千夏先輩がうちにいるの?」
「それはね……」
「薫、私から説明するわ」
母さんが説明しようとしたところで、千夏先輩の母親であろう人が、説明を引き継いで、話し出す。
「大翔君、実は私と夫が、仕事で海外に行くことになったの……」
「……はぁ」
「それで、千夏をどうするかってことになったんだけど……」
「そこで私が面倒を見るって言ったの!!」
はぁ──っ!!?
「その挨拶で、今日は来てくれたの」
いやいや、色々おかしいだろ。
千夏先輩の両親が、海外に行くのは分かった。それで、学校とかもあるし、千夏先輩がこっちに残りたいと思うのも分かる。
それでなんでうちになるんだよ。
一応、高校生の男女だぞ、何かあったらどうするんだ。いや別に何もしないけど!
それに千夏先輩だって、他人の男と暮らすなんて嫌だろ。
「……私は全然大丈夫。大翔くんさえ良ければ、一緒に住まわせて欲しいな……」
「え……いや……、千夏先輩がいいなら俺は全然いいですけど……」
「……ありがとう、これからよろしくね、大翔くん」
……まぁバスケで全国を目指してるって話だし、急に海外って言われても行きたくないだろう。
俺だって、今言われたら、行きたくないって言うだろうし、こっちに残れるなら、残りたいと思う。
うちに住むことで、千夏先輩が夢を追うことができるなら、俺に断る理由はない。
「良かったね、可愛い子と生活できて」
「うるせーよ」
◇◆◇
「ひろ、お昼みんなで食べるから、この辺の案内がてら、千夏ちゃんとスーパー行ってきてくれない?」
「別にいいけど……」
会話が一段落したタイミングで、母さんからそんな事を言われた。
どうしますか、と千夏先輩の方を見ると、「行きたい」と、散歩待ちする犬ぐらい、ワクワクして笑顔になっている。
そんなに外に出たかったのか……
着替えてから、母さんたちに、欲しいものを聞き、行ってくると伝えて、二人並んで家を出る。
まだ少し冷たい風が吹いている。朝の光はやわらかく、どこか冬の名残がありつつも、春の訪れを感じるこの季節の中、俺は、千夏先輩と歩いていた。
「荷物、平気? 私も持つよ」
「ありがとうございます! でも大丈夫です。これでも鍛えてるので」
スーパーで食材を買った帰り道、何気ない会話をしながら、千夏先輩と歩いていた。
「へー、千夏先輩、母さんのこと知ってたんですね」
「もちろん! 栄明のOGでお母さんの親友! しかも、元日本代表! もう、今日会えただけで、すごい嬉しいよ! いつか一緒にバスケしたいなぁ……」
母さんは、俺が生まれる前には、引退したみたいだし、千夏先輩も知らないと思ってたけど、そんなに嬉しかったのか。うちに居候を決めたのも、その辺が関係するのかもしれない。
「母さん、娘も欲しかったーとか、子供とバスケしたかったーって、よく言ってるので嬉しがってると思います。誘ったら、すぐしてくれると思いますよ」
また今度誘ってみよ、と小さく呟いた千夏先輩は、ふと顔を上げて俺の顔を見つめてくる。
まっすぐな綺麗な瞳で、吸い込まれそうになる。
「ちなみに私、大翔君のことも知ってたよ」
「え……それってどういう……」
「ふふ、ないしょっ」
千夏先輩が俺を知っていたって、どういう事だろう……
ただ、千夏先輩がそれ以上、何かを教えてくれることはなかった。
千夏先輩は恥ずかしかったのか、少し頬が赤くなっているように見えた。
◇◆◇
私が大翔君を知ったのは、大翔君の中学での最後の試合だった。
「ちー、聞いたか? うちの中学の野球部、今日の試合、勝ったらしいぞ」
教室で昼食をとっていると、クラスメイトで針生健吾が、喋りかけてきた。
「へー、すごいじゃん、決勝だっけ」
「そう、明日決勝らしい。それで野球部初の全国がかかってるから、学校がバスを出して、希望者は応援に行けるらしい」
どうする? と針生君が聞いてくる。どうすると言われても、別に知り合いとかいないしなと思っていると、隣で聞いていた、クラスメイトで部活仲間の船見渚が、私行こうかなと言っている。
……めずらしいな、野球とか好きだったっけと考えていると、渚が教えてくれた。
「実は、弟が野球部でさ……まぁ弟は1年だし試合には出ないんだけど。今のエースがすごいらしくてさ、生で見た方がいい、怪物だよっていうからちょっと気になって……」
「白石大翔だろ? 今日もそいつが絶対王者相手にノーヒットノーランしたって、ネットニュースになってるぞ」
───新時代の幕開けか!? 栄明の貴公子、絶対王者、花晴を散らす!!
とんでもないタイトルのネットニュースだった。
白石大翔君は177cmの長身で、目元もキリッとしている。おまけに野球少年にしては色白で、イケメンと言われる分類だろうと思う。
そのせいでつけられた異名が、栄明の貴公子は、ちょっとおもしろい。
「お前らも野球部の応援に行くのか?」
ネットニュースを見ていると、うちのクラスのお調子者、野球部の青崎君が話しかけてきた。
高校の野球部はみんなで応援に行くらしい。元々決まっていたみたいだ。
「大翔はすごいぞ、来年入ってくるのが楽しみだ!」
青崎君はこんなんだけど、1年でベンチ入りした、期待の選手だと言われている。そんな青崎君が、大翔が入れば甲子園も夢じゃないって興奮している。
そんなにすごいんだ……
「で、どうする? 行くか?」
元々明日はオフで、自主練の予定だったから、みんなが行くなら行こうかな。自主練は試合見たあと、帰ってきてからすればいいし。
「よっしゃ、じゃあみんなで応援だな!」
翌日の朝8時、私は学校に向かっていた。
今日の試合は13時からで、応援に行く者は、11時に学校で集合して向かうらしい。
その前に自主練してから行こうと思いって、学校に向かっている。
すると前から走ってくる人がいた。よく見るとその人は、下は野球のユニフォーム、上はピチッとしたアンダーシャツを着て走っている。
うちの野球部だろうか、今日の試合前に、9時から学校でアップしてから向かうと、青崎君が教えてくれた。
それでもまだ1時間以上早いが……
すれ違うタイミングで、相手を確認すると、走っていたのは、昨日話題に上がった白石大翔君だった。
私は心の中で、がんばれ! とエールをおくった。
私たちが球場に到着して中に入ると、既に、大勢のお客さんが入っていた。
「今日の白石はどんなピッチングするかな」
「昨日のような圧倒的なのを見たいよな」
観客たちがそれぞれで盛り上がっている。
「すげーな」
針生君や渚が、この盛り上がりに驚いている。かくいう私もびっくりした。
いくら決勝とはいえ、中学生の大会でここまで盛り上がるものなのか。
それほど白石大翔という選手に対する期待が大きいと言うことだろう。
試合が始まった。1回表、一人フォアボールで出塁し、1アウトランナー一塁で3番の大翔に打席が回る。
初球だった。甘く入ったスライダーをとらえ、打球はスタンドへ。
一瞬の静寂の後、球場は沸く。
「怪物だ」「凄すぎる」「やっぱ天才だ」
各々に観客たちが称賛している。
「おいおい、まじですげーな」
「うん、弟が化け物って言ってた意味がよくわかるよ」
針生君や渚も感嘆の声をあげている。
確かにすごい。すごいけど……何故か私は、嫌な予感がしていた。
試合は順調に進んでいた。
しかし4回裏、急に大翔の制球が乱れ出した。
先頭バッターをフォアボールで出すと、次のバッターには甘い球を、長打にされる。
ノーアウト二三塁で続くバッターを内野フライに打ち取るも、次のバッターにデッドボールを当ててしまい、一アウト満塁をつくってしまう。
すかさず栄明はタイムをとり、間を開ける。
「急にどうしたんだろう」
「さぁな、でもこの大会、ずっと一人で投げてきたんだろ。疲れじゃないのか?」
学校の応援団や、親御さんたちも、心配そうに見つめる。
今まで見た事ない大翔の姿に、動揺している。
───頑張れと誰もが祈る
タイムが解け、試合が再開される。
大翔は吹っ切れたのか、ツーストライクまで追い込み、最後はフォークボールでひっかけさせた。
しかし僅かに送球が逸れて、一点を返されてしまう。
そして次のバッターに甘い球をスタンドまで運ばれて、大翔はマウンドをおりた。
───今大会初めての失点だった。
5回表に大翔は、もう一本タイムリーを放ち、一点差に追いすがるも、あとのピッチャーも打たれてしまい、結果7‐3で敗北した。
「……負けたけど、やっぱり凄かったな、白石。マウンド降りたあとも、一番声だしてたし」
「たしかに、絶対悔しかったはずなのにね」
「……うん、すごくかっこよかった」
思ったことを口にした。
すると、針生君も渚も口を開けて、ポカンとした表情で私を見つめてくる。
……え、なにと聞くと、一転してにやにやしながら詰めてくる。
「……まさかそんな言葉を聞くことになるなんて」
「ちーは、ああいうのが好きなんだな」
「ち、ちがうよ」
二人して変なことを言って、からかってくる。恥ずかしくて、少し顔が熱くなる。ただ本当に違う。
……期待された中での試合で、上手く結果が出せなくて……
本当はすごい悔しいはずなのに、下を向くことなく、最後まで諦めずに、みんなを引っ張る姿がすごいと思った。
そう伝えると、二人も賛同してくれた。
「うん、確かにすごかった」
「ああ、かっこよかったな」
学校に戻ってきた私は、二人と別れ、体育館で自主練をしていた。
今日の試合で影響されたのか、自然と熱が入る。
気がつくと、いつの間にか17時前だった。そろそろ帰ろうかなと、片付けをしてから、体育館の外へでた。
校門の方へ向かっていると、ビュン、ビュンと風を切るような音が聞こえてきた。
……なんの音か気になった私は、音のする方へ向かった。するとそこには、試合が終わったばかりの白石大翔君がいた。
タオルを持って、ピッチングフォームの確認をしていた。
私は声をかけようとして……やめた。
大翔君がめちゃくちゃ泣いていたから。
「……くそっ、……くそっ、……くそっ」
私は、驚いた。試合の後は、まったく涙を見せず、泣いているチームメイトに、寄り添っていたから。
「……俺のせいで……」
悔しくないはずがなかった。
自分の思ったように投げられず、最後まで、投げ切ることができなかった。
しかし試合の後は、ここまで引っ張ってきたエースとして、チームメイトを支えていた。
決して、涙を見せずに……
「……高校では、絶対に甲子園に……」
私は、一年前の事をふと思い出した。
そういえば私も、中学最後の試合の翌日、悔しくて練習したな……
……あぁ、全国行きたいな
全国に行きたいという、共通の目標に、勝手に親近感を抱いて、心の中で一緒に頑張ろう、と言って私はその場を離れた。
───その日が、白石大翔を認識した日だった。
◇◆◇
ご飯を食べ終え、今日は解散することになった。
これから千夏先輩と暮らすのか……
まったく実感は湧かないが、これだけは分かる。学校の連中には、絶対にバレてはいけない。……その日が俺の命日になってしまう。
「改めて、これからよろしくお願いします」
千夏先輩が、母さんに挨拶をしている。
俺もそちらに意識を向けると、千夏先輩と目が合った。
「大翔君も、これからよろしくね」
「一緒に全国に行けるように、がんばろうね!」
時が止まったと錯覚するほど、とても綺麗な笑顔だった。
俺は最後に、千夏先輩から最高のエールをもらった。こんなものをもらったら何がなんでも全国行かないとな……
それに千夏先輩にも全国に行ってほしいし、俺が邪魔をするわけにはいかない。
俺は、浮かれた気持ちを締め直し、この日は解散した。
───こうして俺と、千夏先輩の同居生活がスタートした
皆さま、この作品を読んでくださりありがとうございます。
初めての執筆で、拙い部分もたくさんあるとは思いますが、これからも頑張りますので、よろしくお願いします。