夏に燃えて   作:仄見

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第十二話

 チャンスで点が取れなかった後のイニング。

 大翔はいつも以上に慎重に投げていた。

 

(あー、くそっ。しつこいっ)

 

 この回の先頭は、一巡して1番からだ。

 2ストライクまですぐに追い込んだもののそこからカットされたりして粘られ、ツースリーまでもってこられた。

 この打者だけで既に10球投じている。

 

(前に飛ばす気あんのかよ……)

 

 大翔は先程チャンスで凡退したこともありどんどんイラついてくる。

 

 そんな時スタンドから大きな拍手が飛んでくる。

 栄明応援団からの大翔へのエールだ。

 

(おちつけ……全然なんのピンチでもない)

 

 深く息を吐き、間をしっかり取って冷静になる。

 

 

 

「……あっ、おちついた」

 

「え?」

 

「いや、大翔君イライラしてたから」

 

「……そうか? いつもと変わらん気がしたが」

 

 大翔はあまり感情が表に出てこない。今も傍目に見れば淡々と投げているように見える。

 

「大翔君、顔には出ないけど結構感情が行動に表れたりするよ」

 

 千夏もそれが分かるようになったのは一緒に住み始めて何ヶ月かたった後だった。

 最初は何を考えているのか分からなかったが、両親と会話しているのを見てだんだん何を考えているのか分かるようになった。

 

「……だから大丈夫だよ」

 

 

 

(……っ、やばい……)

 

 2ストライク3ボールで大翔の得意球、低めのフォークだけは手を出さないように意識していた。

 しかし投じられたのは高めの真っ直ぐ。自身最速の148km/hの今日一の真っ直ぐだった。

 見逃せばストライクかどうか際どかったが、ゾーンを高めに意識していたのもあり手が出てしまった。

 

 

「……ほらね?」

 

 千夏はどこか嬉しそうに周りのクラスメイトにドヤ顔を披露していた。

 

 流れに乗った大翔は後続2人も打ち取り、三者凡退でこの回を終わらせた。

 

 しかし栄明もランナーを出すことができずに三者凡退。

 

 このまま膠着状態になるかと思われたが5回裏、常川の攻撃。4番から始まるこの回。

 初球のアウトローのスライダーを右中間に打たれノーアウト2塁。この試合初めてのヒットで初めてのピンチを迎える。

 

 

「タイムッ」

 

 青崎はタイムをかけマウンドの大翔の元へ向かう。

 

「すみません、甘かったですか?」

 

「いや、ボール自体は良かった。あいつがカウントを取りに来るスライダーだけに絞ってたっていう打ち方だった。俺のミスだ、スマン」

 

 軽く反省会をしてから、次の打者の入りの打ち合わせをして解散する。

 

 初球はインコースに真っ直ぐでストライクをとる。

 この打者も初球から躊躇なく踏み込んできた。

 チームとしてカウントを取りに来る外のスライダーを狙ってきているみたいだ。

 

 栄明バッテリーはそれを逆手にとり、ストレートで押していく。

 インコースで詰まらせた打球は、ファーストゴロになり1アウトランナー3塁。

 色々な作戦が考えられる中で警戒しないといけない場面。

 

 先制点は与えたくない場面での初球。

 早く追い込みたいという意識から栄明バッテリーはストレートを選択する。

 

「走ったー!」

「まじかっ」

 

 大翔がボールを離す瞬間、打者がバットを寝かしたのが見えた。

 コースを変えたいがもうここからは変えられない。

 投げられた球はインコース高め。バントはしにくいコースだが上手く当てられた。

 

 ボテボテと転がったボールを大翔は処理するがもう既にホームは間に合わない。一塁に送って1つアウトをとる。

 

「よっしゃぁぁぁ」

「ナイスバントー!」

「ナイスラーン!」

 

 3塁側の常川サイドのベンチやスタンドが大きく湧く。

 

 それとは反対に栄明サイドは静まっている。

 先程のチャンスを潰した後に得点を許した。嫌なムードが流れている。

 

「まだ1点!」

「ランナーいなくなったぞ!」

「ツーアウト──」

 

 続く打者はショートゴロに抑え、この回は1点で乗り切った。

 

 

「相手は点を取って少し硬くなってるはずだ。強いスイングをして相手にプレッシャーをかけていこう」

 

 

 監督からの指示を受け攻撃に入る。6番からの攻撃で下位打線に向かっていく。

 皆強いスイングをしているが相手も強豪、ミスはしない。3人で攻撃が終わってしまった。

 

 そこからはまた動きのない投手戦となった。

 お互いにヒットを打ち、チャンスを作るが大翔も常川のピッチャーも最後の1本を打たせない。

 

 0対1のまま7回に入る。

 

「そろそろ追いつかないとやばくね?」

「このままズルズルといきそう」

 

 栄明を応援する見ている者たちも不安が大きくなる。

 しかし戦っている栄明ナインは全員が強い気持ちを持っていた。

 ───絶対に勝つと

 

「そろそろ点とるぞ───ここで決める」

 

 円陣を組みキャプテン烏の声掛けで気合を入れる。

 7回表の攻撃は9番の霜田からだった。

 霜田は2ボールからカウントを取りに来た球を振り抜きヒットを放つ。

 

「先頭出たー!」

「ナイスー!」

 

 そして1番の青崎が打席に向かう。

 

(大翔も頑張ってるし、そろそろ楽にしてやらねーと……)

 

 初球。

 霜田はスタートを切る。少しスタートが遅れていた。

 

(これなら刺せる)

 

 キャッチャーは半身になりセカンドに投げる準備をする。

 しかし球がくることはなかった。

 青崎がバットを振りぬいた。

 青崎が打った打球はショートへライナーで飛んでいく。

 普段通りだと平凡なショートライナー。しかし霜田がスタートを切ったのでショートはセカンドベースへ向かっていた。

 逆をつかれ飛びつくが僅かに届かない。

 打球は左中間を転がっていく。

 

「走れー!」

「帰ってこい! 霜田ー!」

 

 栄明ベンチは腕をぐるぐる回しながら声をあげる。

 

 

 3塁のランナーコーチャーが腕を回しているのが見える。

 霜田は打球を一切見ない。ただひたすらに信じて走るだけだ。

 

 

「回ったー!」

「中継!」

 

 常川は綺麗な中継を繋ぐ。

 ギリギリのタイミング。

 霜田は頭から滑り、必死に手を伸ばす。

 

 ───セーフ! 

 

 審判が両手を広げてコールした。

 

「よっしゃぁぁぁ」

「同点!」

「ナイスラン!」

 

 栄明は2年生2人の活躍で試合を振り出しに戻した。

 

「青崎打ったじゃん」

 

「すごいね」

 

「……まぁでも霜田君がすごくて、ちょっと影が薄れてるのが青崎らしいけどね」

 

 見ていた青崎と同じクラスの3人も同級生の活躍に嬉しくなる。

 

「ナイスー!」

 

 続く高坂が引っ張ってランナーを進めようと転がした打球が一二塁間をぬけて0アウト1、3塁。

 

 一気に逆転までしたいところでクリーンナップに回る。

 栄明サイドのボルテージが上がる一方で、常川サイドは静まり返っている。

 

 常川は一度タイムを取って間を開ける。

 

「同点になっただけだ。落ち着いていこう。クリーンナップとはいえここまで抑えてる。自信もっていこう」

 

 マウンドに向かった控えの選手が監督からの指示を伝えて常川は守備に戻る。

 

(今日の大翔の出来なら1点あれば大丈夫だと思わされる。最低限外野フライ……)

 

 烏は打席に入りながら思考を巡らせる。

 

 初球外に逃げるスライダーを引っ掛けてファール。

 

(くそっ、1点差だと大翔に負担がかかる。もっと点を取って楽に投げさせてやりたい)

 

 ここまで好投を続ける大翔。強豪常川相手にこのピッチング。神経をすり減らしているはず。

 後輩におんぶに抱っこだと先輩の立つ瀬がない。

 

 力みからか低めのボール球のフォークに手を出してしまう。

 

「キャプテン! 後ろに遠藤さんも俺もいるんで楽にいきましょう!」

 

 大翔が明らかに力んでいるキャプテン烏に声をかける。

 

(……大翔を楽にって思ってたのに、気を遣わせて……ほんとに情けない)

 

 深く息を吐いて打席にたち直す。

 

 アウトローギリギリのストレートを見逃しボール。

 真ん中付近からボールになるフォークもしっかり見逃し、平行カウントまで整える。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 しかし本当に栄明は強くなった。

 俺たちが1年生の時は、1回戦負けや2回戦負けが常だった。

 でも俺たちだって分かっていた。意識が違う。本気で甲子園に行きたいと思ってるやつがいない。

 俺も行きたいとは思っていたが行けるとは思っていなかった。

 そんな時俺は遠藤に出会った。一人で黙々とバットを振り続けるような変なやつだった。

 この出会いが俺を変えた。

 今までやってきたチームでは俺が1番だと自信があった。

 でも遠藤には勝てなかった。

 そこから勝手に遠藤に張り合っていると遠藤とも仲良くなり、周りの同い年の、奴らもついてきてくれた。

 

 そして2年になると青崎たちが入ってきた。青崎は遠藤とはまた別ベクトルの天才だった。

 遠藤は言葉で引っ張るタイプじゃないが、青崎はどんどん周りを飲み込んでいく。

 

 そして今年、大翔が入ってきた。

 最後のピースが揃った感じだった。土方さんみたいなコーチもやってきて、強豪との練習試合も増えそこに勝利をあげれるようになった。

 うちの後輩たちが強すぎる。頼もしい。

 

 でも……でも……

 

 

 ────栄明は俺のチームだ

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 平行カウントから低めに続けてフォーク。

 完璧だった。投げたコースも高さも。

 烏も始動しており、とったと常川バッテリーは考えた。

 

 しかし烏はフォークを上手く膝をつきながらバットに乗せた。

 打ったボールはどんどん伸びて外野の間を抜けていった。

 

 3塁ランナーはもちろん、一塁ランナーも帰ってきて2点の勝ち越しに成功した。

 

 烏は2塁ベース上で拳を突き上げる。

 頼もしい後輩たちにキャプテンが応えた。

 

 そして迎える4番遠藤。

 勝ち越されてまだ動揺している中の初球。

 振り抜いた打球は打った瞬間。

 

 スタンドに突き刺さった。

 ゆっくりと、ゆっくりとダイヤモンドを回る。

 

 

 ホームベースで待っている烏と力強いハグをしてベンチに戻る。

 二人の間に言葉はなかった。

 

 

「これで楽になったろ」

「次は打つって言っただろ」

 

 そしてnextの大翔にそれぞれ声をかけてベンチに戻る。

 

「本当、かっこよすぎます。先輩」

 

 

 そして中々止まらない栄明はその回一気に5点を取った。

 

 そこからは7回、8回と完璧に大翔が抑えた。

 そして迎える9回。

 

「ランナー溜めていこう」

「1点ずつ取っていこう!」

 

 相手の意地か、1アウトを取った後にヒットを打たれる。

 常川も何とかしようともがくが大翔が一切寄せ付けない。

 スライダーどストレートで追い込んだ後、フォークを引っ掛けさせゲッツー。

 危なげなく試合を締めくくった。

 

 終わってみれば5対1。

 強豪常川を圧倒した。

 栄明は初のベスト8となった。

 

 大翔は116球、四死球3、自責1の完投。

 打つ方は中軸がしっかりタイムリーを放つなど栄明の強みを遺憾なく発揮した勝利となった。

 

 

 ◇◆◇

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい、お疲れ様」

 

 家に帰ると千夏先輩や両親が迎えてくれた。

 

「応援来てくれてありがとうございます。嬉しかったです」

 

 全校応援で強制とはいえ、たくさんの人が入っているのはやっている側からすると嬉しいしテンションが上がった。

 

「勝てて良かったね。スタンドもすごく盛り上がってたよ」

 

 一番盛り上がったのは烏先輩の勝ち越し打のときだったみたいだ。キャプテンとしてかっこよすぎたからな、納得だ。

 青崎先輩の同点打も盛り上がったらしいが霜田先輩や直後の烏先輩のタイムリーでほぼかき消されたらしい。

 本当にあの人は運がない。

 

「てかアンタ、ちょっと粘られたからってイライラしすぎ。もっと落ち着きなさいよ」

 

「まぁまぁ、大翔だってチャンスで打てなかった後だったし仕方ないよ……」

 

 フォローされるのかと思ったら後ろから父さんに刺された。

 

 しかしイライラしてしまったのは反省点ではある。

 常にマイペースを保てるようにしないと……

 

「でもあと3つ勝たないといけないんだよね」

 

 そうなのだ。甲子園まではまだまだ道は長い。しかも相手は超強豪校ばかり。隙なんてみせられない。

 

「頑張んなさいよ、今日みたいに粘ってれば大丈夫なんだから」

 

「はいはい、ありがとう。───頑張るよ」

 

 

 そうして俺たち栄明は準々決勝、準決勝とギリギリの戦いをしながらも何とか勝利し、決勝の浦川戦まで駒を進めた。

 

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