『ある程度打ち合いが予想されていたこの決勝。3回終わって0-0。投手戦になっています』
『両チームとも得点能力は高いチームですからね。白石君と岩城君、両先発が頑張ってますね』
「全然試合動かないね」
「そうだね」
お互いランナーは出しているがなかなか点を取ることができていない。
野球好きからすれば面白い試合だが、普通の人たちからすると点が入らないと退屈になってくる。
気温も35度に迫ってきているらしく、テレビで映る選手や応援団はすごい汗をかいている。
大翔も既に一枚着替えている。
私たちはクーラーの効いた視聴覚室でみているから快適だが、現地でプレイしたり応援しているみんなは暑くてたまらないだろう。
「そういえばもうすぐ花火大会だけどどうする? みんなで行く?」
「おっ、いいじゃん! いこいこ」
「男子とか誘う?」
話に入れないままどんどんと進んでいく。
絶対にからかわれるが予定があることを伝えないと、自分も行く前提で話が決まってしまう。
「千夏?」
黙っていると心配して声をかけてくれた。
ここ意を決して行けないことを伝える。
「ごめん、私その日行けない」
「え? 何かあるの?」
「いや……えっと……」
少し言い淀んでいるとみんなの顔つきがニヤニヤとしだした。
嫌な予感しかしない。
「男か」
「男だね」
「……」
「……えっ、まじ?」
自分達から聞いといて実際にそうだと知ると慌てだした。
「誰と行くの!?」
「あの倍率の高い千夏の心を射止めたのは誰!?」
「まぁでも千夏がってなると一人しかいないよね」
何も言っていないのに相手がバレる。
まぁ確かに一人しかいない気もしなくもない。
「でも珍しいね。千夏が男の子と二人で出かけるなんて」
「……最近お互いに部活が忙しくてあんまり話せてなかったし、いいかなって……」
「……好きなの?」
どうなんだろう。
言われて考える。
大翔君は家にいる時はこっちに気を使ってくれている。他人の家で生活する私にできるだけ不便なことがないように。
───そういう所が優しいと思う
普段は冷静で大人びているのに、からかったりすると少しムキになって年相応の反応を見せる。
───そういう所は可愛いと思う
『4回表、栄明の攻撃は3番からの好打順。3番烏が二塁打を放ちチャンスを作りますが、続く4番遠藤は空振り三振。打席には好投を続ける白石が入ります』
『白石君は打撃もいいですからね。油断できません』
そして部活をしている姿。
普段の練習からストイックで細かい所まで気にしてやっている。
───そういう所は同じ全国を目指してやっている身として年下だけど尊敬する
『打席の白石。2球で追い込まれるも粘りながらカウントを整え2-2』
テレビに映る大翔君は真剣な顔をしている。
この顔は野球をしている時しかしない。
鋭い目つきで相手を真っ直ぐに見つめている。
誰よりも努力して、誰よりも本気で、誰よりも野球が好き。
『引っ張ったー! 打球は一二塁間を破る! 二塁ランナーの烏は三塁で止まります。栄明、チャンス拡大! 1アウト一三塁です!』
───そういう所がかっこいい
先制点のチャンスが広がり見ているみんなも盛り上がる。
なんだかんだ話しながらも皆、しっかりと試合は見ている。
そんな盛り上がる中、さっきの質問に答える。
「まだ好きとかじゃないかな」
「えっ」
(はは、まだねぇ……その顔じゃ説得力ないって)
まだ好きじゃないと答えた千夏の顔は満面の笑みを浮かべていて、誰もが見惚れてしまいそうな、そんな綺麗な表情だった。
◇◆◇
「いけー! 志摩ー!」
チャンスを拡大した後6番の櫻井はボテボテのピッチャーゴロになった。
三塁ランナーの烏は動けず、スタートを切っていた大翔は二塁に進み2アウト二三塁。
未だ続くチャンスに栄明側スタンドから大声援が志摩におくられる。
(大翔が頑張ってるんだから、少しでも俺たちが楽にさせてやらねーと)
この炎天下の中、一試合平均得点7点を超える浦川打線を3回までとはいえ0に抑えている。
先に点を取ってやりたいとみんなが思っている。
(
そんなエースとクリーンナップという重責がかかる中、お前は投打で活躍している。本当にすごいやつだ。すごいやつだが、1年にだけ頑張らせる訳には行かない。どんなに頼りなくたって俺たちは先輩なんだ。大翔が背負っているものを俺達も背負い、少しでも楽に!)
『振り抜いたー! 打球は高く上がる! ライトとセンターが追う。しかし追いつかない! 右中間を破る! 三塁ランナー、そして二塁ランナーも還り栄明2点先制! 志摩が打ちました! タイムリーツーベースです!』
「っし!」
二塁ベース上で拳を高く突き上げる志摩。
そんな志摩に向かって生還した大翔が拳を向ける。
(見たか! コラ)
(流石です、先輩!)
◇◆◇
「お前ら、そろそろ点とるぞ。
低めのフォークは捨てる。ゾーンを上げてベルトより上の球をはじこう。逆転するぞ!」
6回裏、浦川学園の攻撃は9番から。
上位打線に繋がるこの回、円陣を組んで大翔を攻略するための指示が監督からおくられる。
作戦が効いたのか、先頭がライトの前にポテンヒットを放ちランナーを出す。
しかし1番、2番四宮とアウトを重ね2アウトをとる。
(くそっ、完璧に読んでたのに打ち損じたっ)
ランナーが入れ替わる形で四宮が一塁。
嫌な流れの中、簡単に2アウト重ねるも続く3番雪村にレフト線を破られる。
これで雪村は大翔に対して3-3。相性抜群だ。
一打同点、一発出れば逆転の場面で打席には4番大崎。これ以上ない最高の場面で最高のバッターに回る。しかし今日ここまで2打数ノーヒット。全く大翔にタイミングがあっていない。
青崎は一旦タイムをかけてマウンドに向かい間をあける。
「一塁は空いてる。際どいコースを攻めて最悪歩かせてもいい。甘くならないようにだけ気をつけろ」
「……」
「おい、聞いてんのか? 汗もすごいが大丈夫か?」
この炎天下でグラウンドに立ち続け、強力浦川打線のプレッシャーを浴び続けている。
少し熱中症気味かと思い青崎はベンチに声をかけようとしてやめた。
「……すみません、集中してて声が出なかっただけです。大丈夫です」
一見いつもの大翔だが、いつもとは違った。
どこか冷たく鋭い雰囲気になっていた。
しかし本人も言っているように集中力は高まっているように見える。
「抑えるぞ」
ポンと胸を叩いて定位置に戻る。
先程とは逆に浦川サイドの応援が盛り上がっている。
同じような形でうちは点をとった。
ここを抑えることができれば完全に栄明に流れが来る。
(何も聞こえない。球場は煩いはずなのに……
暑さも丁度よくなってきた。なんか今ならいけそう)
この回の浦川は明らかに低めの変化球を捨ててきている。
まずは外の変化球でカウントをとる。
今度は同じ球をボールになるように投げるが、やはり手を出してこない。インハイのストレートで詰まらせ追い込み、フォークを落とすがやはりここも捨てている。
(四宮も言っていたが、確かにいいピッチャーだ。これまで戦ってきた中でもトップクラス。1年でこれとは末恐ろしい……でもバットには当たるしヒットも出ている。俺も4番として結果を出さないと)
そして投じられた5球目。
アウトローにストレート。
大崎としては低めを捨て、ゾーンを上げていた為、手が出ない。
(やばいっ、手が出せなかった。ボールか?)
───ストライ──クッ、バッターアウトッ
「っしゃあぁぁぁ」
軍杯は大翔に上がる。
この日一番のストレートだった。
指にかかり回転数も多い完璧に近いストレート。
球速も149km/h出ていた。
集中力が高まり余計な情報が頭に入らない。
いわゆるゾーンに大翔は入った。
◇◆◇
『見逃し三振! バッターアウト!
2アウトランナー二三塁のピンチで4番の大崎。
最後は自己最速149km/hの真っ直ぐで見逃し三振! 普段は感情を見せず淡々と投げている印象の白石。ここで吠えました!』
「すごっ! まって、私鳥肌たった」
「絶対同点になっちゃうと思った!」
大翔君が抑えて見ている女バスのみんなも先程までの飽き具合が嘘のように盛り上がる。
いつの間にか学校で部活をしていた他の部活の人達も噂を聞いて、ここに集まってきている。
「白石があんな感情出してるの初めて見た」
「ちょっといいじゃん」
「かっこいいね!」
確かに大翔君が感情を剥き出しにして吠えてる所なんて初めて見た。
しかし大翔君が野球している姿は見ている人を魅了する。
『ベンチに戻りながら白石は帽子のつばを見ていました。どうやらつばには「優勝」と書かれているみたいです』
『高校生らしくていいですねぇ。私も高校生の時はつばに書いてましたよ』
そんな実況解説の声で昨日のことを思い出す。
「そうだ。千夏先輩、明日見に来れないんですよね? 帽子に応援メッセージ書いてくれませんか?」
「私なんかでいいの?」
「千夏先輩のがいいです。千夏先輩の応援は百人力なんで」
「……そっか。でもなんて書けばいいんだろう」
こういうのは書いたことなくて悩んでしまう。
しかし本当になんでもいいと言うので王道に「優勝」と書いた。
「……どう?」
「……いいですね。見るだけで気合いが入ります。絶対優勝してきますね」
「……ふふっ」
「どうしたの?」
あの文字を見て力を少しでも与えられたと思うと少しだけ嬉しくなり笑みがこぼれる。
周りの子達から少し変な目で見られたが誤魔化してまた応援にもどる。
「───頑張れ」
◇◆◇
『7回終わって2-0。あの浦川打線を1年生エース白石大翔が0点に抑えています。このまま栄明が優勝して甲子園初出場を決めるのか、はたまた王者浦川が意地を見せるか』
「おい大翔、大丈夫か? 汗すごいぞ」
「ありがとうございます。まだ着替え持ってきてるんで大丈夫です」
大翔は初回から飛ばしている。それは受けている青崎が一番よくわかっている。
だからってどうもする事ができない。もっと点を取ってやれない自分達を責めるしかない。
しかし大翔は後半になるにつれてどんどん調子を上げている。
これなら本当に行けるかもしれない───甲子園。
「さぁさぁ点とっていきますよー!」
しかし栄明の攻撃は3人で簡単に終わってしまった。
「大翔、わかってると思うがこの回だ。この回を抑えれば一気に見えてくる」
三者凡退をくらい嫌な流れで来た8回裏。
浦川の攻撃は2番四宮から。ここさえ乗り切れば次の回は下位打線に向かっていく。
何とかこの回を抑えてくれと栄明サイドの誰もが祈りながら見ている。
(結局この試合で俺はヒットを打ててない。大翔に浦川来ればとか大口叩いておいて情けない。確かに大翔はあの時よりも成長している。でも俺は浦川を選んだことを後悔しない!)
カキンと甲高い音が鳴り響く。
強いライナー性の当たりが三遊間をぬけていく。
「しゃあっ」
「ナイスバッティング!」
「続け! 雪村!」
一塁ベース上でガッツポーズをする四宮。
ノーアウトのランナーを出し浦川サイドがナイン達を盛り立てる。
打席には今日大翔から3-3の雪村。
流石に投げにくいのかボールが先行してしまう。何とか2-3まで持っていくが結局フォアボールを出してしまう。
するとスタンドから地鳴りのような歓声が上がる。
ノーアウト一二塁で4番の大崎。大崎は今日3タコだがそれでも浦川で一番期待のできるバッター。
「……あちぃな」
大翔は小さく呟く。ピーク時より気温が下がり始めたとはいえ、まだまだ暑さが続く。
しかし大翔もここが分水領だということはわかっている。
暑さはあるが、集中力は保っている。
「……ふぅ」
バッターボックスに立つ大崎はすごく集中しているのがわかる。
青崎はそれを感じながら慎重にカウントを進めていく。
一球目にストレートでカウントを取り、そこから変化球を続ける。ファールを取りながらカウントを整え2-2。
青崎は大翔の決め球、フォークで決めようとサインを出す。
大翔はこの試合……いやこれまでで初めて首を振る。
(変化球は十分に意識させた。今ならストレートで刺せる。ストレートを投げたい)
確かに今の大翔の状態なら良いストレートが来ると納得して青崎もストレートのサインを出す。
そして投じられた5球目。
──────カキンッ!