チュン、チュンと子鳥のさえずりが聞こえてくる朝。
そんなのどかな朝に、俺は、ジリジリとうるさい機械音で、目を覚ます。
眠い目をこすりながら、シャワーを浴びてから、リビングに向かう。
「おはよ、大翔君」
「……おはようございます、千夏先輩」
自分の家に、千夏先輩がいるのにもだいぶ慣れてきた。
「はい、これ二人のお弁当。今日も頑張って!」
「ありがとうございます!いってきます」
「ありがとう、行ってくる」
朝ごはんを食べ終えた俺たちは、弁当を受け取って、朝練に向かうために一緒に家を出る。
こうして千夏先輩とも、なんだかんだ上手くやっていけてると思う。
「そういえば、もうすぐ練習試合あるんだっけ?」
「はい、俺はまだ入学前なので、試合には出ませんが……」
そう。俺はまだ入学式をむかえてないので、練習には参加させてもらっているが、試合ではまだ投げれてない。
「どう? 高校でもやっていけそう?」
「……どうですかね……
中学最後の試合で負けたあとから、高校でやっていけるように、体作りしてきたので……どこまで通用するのか、早く試したいです」
簡単にいえば、体力がなかったのだ。
4試合ひとりで投げてきて、花晴との試合で精神をすり減らし、決勝まで身体が持たなかった。
もうあんな思いはしたくない。
そんな一心で、冬も身体作りをし、体力もつけてきた。
もう途中でばてたりなんかしない。何試合でも投げてやる。
話しながら向かっていると、早々に学校に着いた。
「じゃあ今日もする?」
「はい、是非やりしょう!」
最近、俺たちは日課にしていることがある。
朝練前にウォーミングアップもかねて、1on1をすることだ。
俺は、人が来るまでボールを触れなかったので、朝はランニングしたり、ストレッチをしていた。
千夏先輩と朝練に来るようになってからは、千夏先輩のシュート練習を見ながら、ストレッチしていたのだ。そしたら急に千夏先輩から「どうせなら一緒にやんない?」と誘われて、この勝負は始まった。
かれこれ1週間ぐらいは続いている。
ちなみに、普通にやってもあれだからという事で、夜ご飯のおかずが一つ、賭けられている。
昨日は、唐揚げを持っていかれた……くやしい……
千夏先輩が俺にボールを渡してくる。俺から攻めろという合図だ。ハンデということなのか、千夏先輩は、いつも先行を譲ってくれる。
ドン、ドンとボールをつきながらドリブルする。
前には、いつものやわらかい雰囲気とは違い、真剣な眼差しで、こちらを見つめる千夏先輩。
俺は、タイミングを見計らい、右から行くとフェイントをかけ、左からぬく。千夏先輩も、フェイントにかかりかけるが、すぐに追いついてくる。やはり素人の動きじゃ中々ぬけない。
ぬくのは諦めて、ここからシュートを打つ。さすがに、身長差もあって、ボールに触られることはなかった。
しかしリングに弾かれてシュートは外れてしまう。
「ふふ、本当にシュートが下手だね、大翔君。
今日のおかずも、私が貰っちゃうよ〜」
千夏先輩がからかってくる。
この勝負を始めてから、俺はほとんどシュートが決まってない。
何故かシュートだけは、小さい頃から、上手くいかない。なぜだろうか……
「でもやっぱり、バスケ部じゃないのに上手だね」
落ち込んでると思ったのか、千夏先輩が褒めてくれる。
小さい頃からずっと、シュートは下手だったからもう落ち込んだりはしないが……
「小さい頃は、母さんとたまにやってたりしたんで……
まぁ、その時から、シュートは下手でしたけど……」
「ふふ、そうなんだ。薫さんとやってたなら、それは上手いはずだ……じゃあ次は、私の番ね!」
そこから、攻守を交代しながら勝負していく。
勝負自体は互角だった。俺は、千夏先輩を完全に止めるということはできないが、何とか身長差を利用しながら、シュートを阻む。
しかし、俺も得点を決めることができないので、中々にいい勝負になっていた。
「やった〜!決まった〜!」
……くそっ、完全に逆をつかれて、フリーで決められてしまった。
これで千夏先輩の一歩リードだ。
「……千夏先輩、俺相手で練習になってますか?」
俺は、ふと疑問に思ったことを聞いてしまった。
千夏先輩を止めるほどの実力もなければ、何か気づきを与えるほどの上手さもない。
気を使って誘ってくれただけで、毎日時間を奪ってるんじゃないかと。
「もちろん! 身長差ある相手との戦い方とかも学べるし、スピードとかもやっぱり、女子と比べると速いから、すごい練習になってるよ!」
そうだったのか。それなら本当に良かった。
「私の方こそ、バスケに付き合ってもらっちゃって迷惑してない?」
「いえ、俺も、身体の動かし方や、相手の思考を考えることは、野球の駆け引きにも生きてくると思うので、ありがたいです!」
千夏先輩との勝負を始めてから、相手がどう考えてるんだろうと、思考する時間が増えた。
なにより、この時間が楽しくて好きだ。だからやめたくない。
時間が経つのは早いもので、いつの間にかぞろぞろと体育館にも人が増えてきている。そろそろラストにしますか、と最後の勝負を始める。
「今日は私の勝ちかな」と、挑発してくる。
……いいことを思いついた。俺も黙って負ける訳には行かない。せめて一本ぐらい決めてやる。
◇◆◇
「あれ、今日もやってるの?」
「はい、そうみたいですね」
チームメイトの先輩から話しかけられる。
ここ最近、練習に来ると、毎日あの子と1on1している。
ていうかあの子、去年試合見に行った、白石大翔だよね……なんで?
「今日の勝負はどうなりますかね」
「さぁ……でも千夏が勝つんじゃない? あの子がまともにシュート決めるとこ、見たことないし……」
大翔は、集中力を高める。千夏もその変化には気づいている。両者ともに、油断はなく、隙もない。
───決着は一瞬でついた
ジリジリと大翔は中に入っていく。千夏は、逆をついてもすぐに追いつかれる。なら逆をついて、すぐにゴールできる位置にと、ジリジリと中に進む。
「……動きませんね、二人とも」
「……でもフリースローライン近くまできたし、そろそろじゃない?」
すると大翔は、一気にスピードをあげる。
しかし、千夏も読んでいたのかしっかりついてくる。
大翔も、それは分かっていたのか、急ブレーキをかけて、スピードを落とした。
……と見せかけて一気に加速する。
「お、ふりきった……」
あとはシュートを決めるだけ。
しかし、今日ここまで、シュートは決まっていない。
すると大翔は、勢いをつけ、
───翔んだ
「やばっ、めっちゃたかい」
大翔は、ボールを持ったまま、高くとんだ。
確かにダンクならば、ゴールに叩き込むだけ。
細かいコントロールは必要ない。
しかし、ガコン! と大きな音とともに、ボールは弾かれた。
おぉー! という歓声とともに、ふと我に返る。
やばい、思ったよりも集まってきてる。
普通のシュートだと入らないから、直接ならと思って、カッコつけて、ダンクしたのに。
……まさかダンクまで外れるとは……
しかもこんな大勢の人に注目されてる……
「今日は俺の負けですね。……じゃ、じゃあ俺もそろそろ部活行くんで、また!」
ここにいるのが恥ずかしかったので、千夏先輩に挨拶だけして、さっさと体育館をでた。
「おはよー、千夏」
「……おはよ、渚、見てたんだ」
周りを見ると、部活に来た人がたくさんいた。こんなに時間が経ってたのか……
「最後、危なかったね〜」
そうだ、私は最後完全にぬかれた。
大翔くんが、ゴールを外したから良かったけど
……くやしい
「まさかダンクとは……やっぱり身長があるとすごいね……」
……たしかにとても高く綺麗だった。一瞬目を奪われてしまった。
……まぁでも私の勝ちは勝ちだ。
これで私は、今日の夜ご飯、おかずをひとつゲットだ。
「ふふ、何にしようかな……」
今日のご飯を楽しみに、私は部活に望む。
◇◆◇
「おはようございます!」
グラウンドで準備をしていると、ぞろぞろと先輩たちもやってくる。
「おはよー、大翔は今日もはやいな」
ひとつ上の先輩、青崎先輩が話しかけてくる。
青崎先輩は、ボジションがキャッチャーなので、よく面倒を見てもらっている。
「青崎先輩、はやく準備してください。
……もう投げたくてうずうずしてます」
「はいはい、わかったわかった。しっかりアップしてからな」
さっきの勝負で負けた鬱憤を晴らしたい。早く投げてストレス発散したいと思っていると、「みんな〜集合!!」と声がかかる。
声のする方を見ると、キャプテンの烏さんと、顧問の先生、そして、見なれない人が立っていた。
「今日から……いや、厳密には4月からだが、お前らを見てくれることになった方を、紹介する」
「元プロ野球選手の
「4月から、コーチをすることになりました。土方です。皆さんの、夢を叶えるお手伝いをさせていただきます。よろしくお願いします」
すっげー!と、みんなから声が上がる。
土方選手といえば3年前まで現役だった選手だ。なんでそんな選手が、ここでコーチなんか……
「実は、先生と浩人は幼なじみでな。ダメ元で頼んでみたらOKしてくれた」
はぁ──ーっ!?
そんなの初耳だ。そんなに凄かったのか、この先生。
だが、プロまで行った方の指導が受けられるなんて楽しみすぎる。
「ありがとう!先生!」と、今までで、いちばんの感謝を心の中で伝える。
練習が始まった。
土方さんは、午前中は何も口を出さずに、投手陣、野手陣と、それぞれの練習を見て回っていた。
午後ブルペンに入ってピッチングしていると、土方さんが来た。
「球速は出てるけど、質がまだまだだね。もっと回転数を意識して」
「は、はい!」
「リリースポイントや体重移動を意識しながら、一球一球丁寧にね」
土方さんが、アドバイスをくれる。
アドバイを意識しながら投げる。一球投げただけで、全然違う気がする。
……やばい、楽しすぎる!
「同じピッチャーとして、同じ名前を持つどうし、君には期待しているよ」
そんな事を土方さんから急に言われた。
あの土方さんに期待されるなんて嬉しすぎる。「はい!」と答えて、練習を再開する。
その後、土方さんは野手の方を回ったりしていて、話すことはなかったが、これからが楽しみだ!早く練習したい!
◇◆◇
「あの土方さんが、コーチになってくれるんだ」
「へー、すごいね」
夜ご飯を食べながら、今日の出来事を話していた。……が母さんのリアクションが薄い!
「そんなにすごい人なの?」
俺が熱弁していると、千夏先輩が聞いてくる。
「すごい人ですよ! 高校時代は、甲子園春夏連覇を達成したエースで、プロに入ってからも、怪我で引退するまで、何度も2桁勝利を達成したすごい人なんです!」
「……す、すごい人なんだね」
なんか若干、俺の熱量に引かれている気がする。
「でもそんな凄い人に、教えてもらえたら甲子園も近づくね!」
「はい! そうなんです! 絶対に甲子園に行けるように、頑張ります」
俺が高らかに、宣言していると、母さんから「早く食べてお風呂入りなさい」と、怒られた。
すると千夏先輩が「あっ」と急に思い出したように、俺のとんかつを持っていく。
「ふふ、今日の戦利品〜」
あぁーっ! そうだった。完全に忘れてた。
めちゃくちゃ嬉しそうにらとんかつを食べている。するとこちらを見つめてきて、ふっと笑った。
うぅ、あのドヤ顔が腹立つ……
可愛いのも余計に腹立つ……
「明日は絶対勝ちます……」
「うん、明日もやろうね」
くそっ、いつか絶対ドヤ顔してやる……