───俺には、好きな人がいる
俺は、中学の部活を引退したあと、高校の部活に参加させてもらっている。
朝は自主練になっていて、時間の決まりはない。だから一番に来ようと思ってたんだけど、いつも二番目だった。
その人は、本当に可愛くて、でも部活を頑張ってる姿はすごくかっこよくて……
その姿を見るだけで、元気をもらえる。
───俺は、鹿野千夏先輩の事が好きだ
「……はぁ」
「どうしたんだよ、そんな深いため息ついて」
朝から深いため息をついていると、友達の笠原匡が話しかけてきた。
「……お前も知ってるだろ、……千夏先輩が大翔とバスケやってた……」
毎朝一人で練習をしていたはずなのに、1週間ぐらい前から朝練に行くと、白石大翔と1on1していた。
「ほんと不思議だよなぁ、なんで野球部の大翔とやってるんだろうな……」
確かに、どこで知り合ったんだろう……
俺でさえ、毎朝隣で朝練しているだけで、まともに喋ったことないのに……
「まぁでもお似合いではあるよな」
「……なっ」
「千夏先輩は、女バスの次期エース、雑誌にも取り上げられたりして、校内外で人気がある。大翔も中三の時の大会で一躍有名になった。なんなら知名度は一番かもな」
たしかに……大翔は中二までは、身長も一緒ぐらいで部活でも目立ってなかった。なのに一年でみるみる成長して、気づいたら10cmぐらいつけられていた。
そこから部活でも力をつけて、気づけば野球部をあの花晴に勝たせて、一躍有名にした。
「なになに?恋バナしてんの〜?」
ニヤニヤしながら蝶野雛が近づいてくる。
雛も新体操で全中4位になった実力者だ。
新体操に向き合って、自分にも厳しく、努力も惜しまない。
雛もそうだけど、大翔も絶対王者と言われた相手に勝って結果を出すのは、本当にすごい。
……まあ、大翔に言ったら決勝で負けたから意味ないとか言うんだろうけど。
「……なんだよ、別になんでもない」
「大喜あの女バスの先輩が好きなの?高望みはダメだよ」
肩に手を置いて、お前には無理だと首をふる。
……絡み方がウザイ。
釣り合ってないのはよく分かってる。だから俺も今年、インターハイに出ようと頑張ってるんだ。少しでも千夏先輩に並べるように……
「じゃあまずは、もっと日常的に話すとか、連絡先交換とか頑張らないとな」
……たしかに、別に俺がインターハイに出ようが千夏先輩にとってはどうでもいいことだし、仲良くなんないと意味が無い。
ちょっと前、恥ずかしかったけどマフラーのお陰で名前覚えて貰えたし、もっと仲良くなりたい。
すると、千夏先輩が先生と話しながらこっちにやってきた。
「おっ、お前らいいとこにいるな。鹿野と一緒に入学式の椅子並べてくれ」
俺達も入学するんですけど……と思ったが正直先生ナイス。千夏先輩と仲良くなるチャンス。
「千夏先輩!……ひとつ持ちますよ」
「ありがとう……でも大丈夫だよ。これでも一応運動部だからね!」
なんか空回ってる……俺、ダサすぎる。
ただ千夏先輩の笑顔はやっぱり可愛い。この笑顔は向けられるだけで元気が出てくる。
すると雛がこちらに向いて、私に任せろと言わんばかりに笑顔で親指を立てている。
おい、ちょっと待て、あいつ何する気だ……
「鹿野千夏先輩ですよね、千夏先輩彼氏いるんですか?」
……あいつ初対面のくせにどんな度胸してんだよ。
でもどうなんだろう?あれだけ人気があるし……
「いないよ」
その答えに、ホッとする。とりあえず今は彼氏がいないみたいだ。
今は部活で精一杯で、恋愛とかはあまり興味が無いらしい。
良いのか悪いのか分からないが、まだチャンスが残ってるということだ。
だからそんな気まずそうな顔でこっちを見るな。お前が始めたことだろ……
「そういえば、大翔とはどんな関係なんですか?」
一番気になっていたことを、匡が急にぶっこんできた。
「おい、どうしたんだよ、急に……」
「……でも気になるだろ?」
確かに気になるけど……でも今じゃなくても……
「大翔君?……大翔君は同士……かな?……うん、同じ全国を目指すもの同士!」
……羨ましい。俺ももっと早く頑張ってたら、同士になれたのだろうか……
ただやっぱり今は、部活を頑張るしかないと改めて思う。
千夏先輩や大翔だってみんな頑張ってるんだ。
俺も負けないように頑張らないと……
俺は、静かに決意を固める。
───絶対に今年、インターハイに出場する
何日か経ったあと、俺は部内戦で結果を出してメンバーに選ばれることができた。
そして勝手に、勝つべき相手だと思っていた針生先輩とダブルスを組むことになった。
針生先輩は去年県3位になった人で、すごい人だ。
そして、千夏先輩の事を「ちー」と呼んでいて、距離が近い。
「お前、鹿野千夏のこと好きなの?……へー」
……俺が千夏先輩のことが好きなのもバレた……
ただダブルスを組んで針生先輩と練習をするようになってから、自分の成長をよく感じる。
よく見てくれているし、アドバイスもわかりやすい。
これだけ成長を感じると、めちゃくちゃ達成感もあって楽しい。
ただ自分が成長した分、針生先輩との差も実感する。
……でも悩んでる暇なんてない。今年インターハイに出るって決めたんだから、もっと頑張らないと……
「今日も……いきのびた……」
「……戦地かよ」
今日も何とか針生先輩のメニューをやり切り、帰路に着く。
すると校門前で針生先輩に声をかけられる。
「大喜!おつかれ」
お疲れ様ですと挨拶を返し、よく見ると千夏先輩や二年の先輩たちがいた。
「俺、今度こいつとダブルス組むことになったんだ」
ここで俺の話すんのかよ……
俺が千夏先輩を見て、ドキドキしているとニヤリと悪い顔をして針生先輩が俺の話をしだした。
「こいつ今はまだまだで弱いんだけどさ───でも大喜は強くなるよ」
……針生先輩、少しは認めてくれてたのか。
先輩たちに褒めて貰えるのは嬉しい。
ふと千夏先輩を見ると、目が合った。
こちらを見て、千夏先輩は微笑んでくれた。俺の事認識してくれてるのかな……
自分に向けられたその笑顔だけで、今日針生先輩にいじめられた疲れが無くなっていく。
「まぁ、うちの1年もすげーぞ」
針生先輩に張り合って、見た事ない先輩も後輩の自慢を始めた。
「大翔は、常に野球の事考えてるんじゃねーかってぐらい、野球バカでよ……
練習でも、一球に対する集中力が他と違うんだよな……どんな一球でも無駄にしないあの姿勢は年下ながら本当に見習うよ……」
この人、野球部の先輩だったのか……
大翔は俺から見てもストイックで、本当に尊敬する。
特に中三の決勝で負けたあとからは、より一層すごくなった。心配になるぐらい野球の事しか考えてなくて、少し危うさも感じていた。
だから千夏先輩とバスケをしていて本当に驚いた。大翔も野球以外のこともするんだと。
……正直、羨ましいと思ったけど、それと同時に嬉しくもあった。
大翔のピリピリしていた雰囲気が、周りを近づけさせないようにしていたが、千夏先輩とバスケをし始めてだいぶ柔らかくなった。
それが友達として嬉しかった。
「おっ、大喜と匡じゃん」
「……大翔」
噂をすればというやつだ。大翔は先輩に気づいていなかったのか、慌てて挨拶をしている。
「大喜、さっき蝶野さんに会って聞いたんだけど、インターハイ目指してるんだって?すげーな、まじで応援してる」
「……ありがとう。一緒に全国行けたらいいな」
大翔は言うだけ言って、青崎先輩に捕まっている。
ああいう所がほんとにずるい。俺の無謀な夢も笑わない。大翔は人の夢を笑わないし、本気で応援してくれる。
だから俺も、大翔には頑張って欲しいと思うし、負けないように頑張ろうと思える。
……まぁ恋のライバルかもしれないけど……
「今日もまた、私の勝ちだったね」
「うっ……もう少しだったのに……」
大翔と千夏先輩が朝練の勝敗について、仲良さそうに話している。
最初は千夏先輩が勝つことが当たり前だったが、大翔も最近はダンクが決まるようになって、どっちが勝つか分からない。
「……お前に彼女ができるのはまだ先そうだな」
針生先輩がニヤニヤしながら言ってくる。
……本当に意地が悪いな、この先輩。余計なお世話だ……
ああやって千夏先輩と仲良く話せるのは羨ましいけど、結局やることは変わらない。
まずは部活を頑張る。そして結果を出して、千夏先輩に並んでも恥ずかしくない人になる。
───でもやっぱり、ずるいのはずるい
◇◆◇
「あっ、蝶野さん、お疲れ様」
今日の練習が終わって帰ろうとしてると、蝶野さんが歩いてきた。
「おっ、噂の人じゃーん」
なんの事か分からなかったが、どうやら朝練で千夏先輩とバスケをしているのが噂になっているらしい。
できるだけ人が集まりすぎる前に終わろうとは思っているが、二人とも負けず嫌いで、つい熱中してしまう。終わってみるとギャラリーが沢山いる、なんて事が何回かあった。
「蝶野さん、調子はどうなの?今年こそ日本一狙ってるんでしょ」
去年全中4位にだった蝶野さんは、俺たちの代で一番結果を出している実力者だろう。
「まぁね〜、みんなに負けないように頑張らないと」
蝶野さんは急に思い出したのか、あっと言ってから、大喜もインターハイを目指してらしいよと教えてくれた。
匡君に聞いたら、結構無謀らしいけどねと笑っている。でもきっと応援してるんだろう。
大喜も朝早くからいつも練習しているし、素人目に見ても成長していると感じる。
がむしゃらに、まっすぐ突っ走れるのは大喜のいいところだ。
少し雑談して、じゃあまたねと挨拶してから、蝶野さんと別れる。
校門から出ようとすると、噂をすればと言うやつか、大喜と匡がいるのが見えたので声をかける。
すると影で見えなかったが、先輩たちもいたらしい。バド部の先輩、青崎先輩、おまけに千夏先輩たち女バスもいる。
「大喜、インターハイ目指してるんだって?マジで応援してる。がんばれよ」
大喜と話していると、生意気な、てめーも頑張れと青崎先輩に捕まってしまった。
青崎先輩が先輩達に紹介してくれる。
どうやら先程大喜を紹介した針生先輩が、先輩っぽくてかっこいいと思って、自分もやりたいと思ったらしい。
「今日もまた、私の勝ちだったね」
「うっ……もう少しだったのに……」
最近は、ダンクも決まるようになってきたし接戦になってきている。
今日も最後のシュートさえ止めれていれば……
ふふんとすごいドヤ顔している。
千夏先輩はこう見えて、食べるのがすごい好きだ。勝っておかずが貰えるから、本当に嬉しそうだ。
「そういえば、青崎君が大翔君のことすごい褒めてたよ」
「俺の事を青崎先輩が……?」
いつもはふざけてて、あまり褒められた記憶はない。
しかし青崎先輩が顔を真っ赤にして、慌てているので、どうやら本当らしい。
針生先輩がニヤニヤしながら、言ってた事を教えてくれた。
……青崎先輩、そんなふうに思ってたのか。
中三の最後、負けてから一球の大切さを知った。そこまでどれだけ良かろうと、崩れるのは一瞬だと。
だから一球一球大切にしている。そこを見ていてくれたのは嬉しい。
「青崎先輩はもっと一球一球大切にした方がいいですよ」
恥ずかしくて、つい茶化してしまうが、青崎先輩もそれを分かっているのか、生意気なクソガキと捕まえてくる。
ふと千夏先輩と目が合い、ミサンガを貰った時のことを思い出す。
───絶対に行きましょうね、全国
───うん、絶対
俺は今年甲子園に行く。
大喜も、蝶野さんも、千夏先輩もみんな頑張ってる。
……だからみんなが悔いのない結果になったらいいなと願いながら俺は帰宅した。