「大翔くーん、薫さんがご飯できたって」
庭でネットスローをしていると、千夏先輩が呼びに来てくれた。
気づいたら、ご飯の時間になっていたみたいだ。
「一時間ぐらいやってるけど、大丈夫?部活でも投げてるんでしょ?」
千夏先輩が心配してくれるが、球数でいえば実はそんなに投げていない。
今は自分の投げているところを動画に撮って、フォームの確認をしていた。投げている時間よりも、動画で確認している時間の方が長い。
「そうなんだ……ねぇ、その動画私にも見せてくれない?」
「別にいいですけど……」
恥ずかしいものでもないし、見せるのは構わないが、正直見ても全然面白くないと思う。
それでも全然いいよ、と言うのでスマホを渡して動画を見せる。
「───やっぱりフォーム綺麗だね。……でも私には全部同じように見えるんだけど、何が違うの?」
真剣に動画を見ていた千夏先輩が、見終えた感想を述べる。
ピッチングフォームは野球を始めた時から固めてきた。なかなか初見で違いを見分けるのは難しいだろう。
「……ここですね。このボールをリリースする時の位置が、後半になるにつれてバラバラになってます」
千夏先輩からスマホを受け取り、スローにしながら説明する。
二人で肩をピタッとくっつけて動画を見る。一つのスマホをのぞき込むので、自然と距離が近くなる。
「あとは、疲れてくると体重移動が雑になってますね。……これじゃあボールに力が伝わらない。後半になるにつれて打たれてしまう、俺の課題ですね……」
課題をあげればキリが無い……
俺はふと、一人で喋りすぎてしまったことに気づいて、千夏先輩の方を見る。すると千夏先輩もこちらを向いていて、目が合った。
「……え、あっ、すみません。一人で喋りすぎました……」
「ううん、気にしないで。面白かったよ……」
ふと我に返ると、あまりの距離の近さに上手く言葉を紡げない。
千夏先輩にも視線を外されてしまう。
「……」
「そ、そういえば千夏先輩、キャッチボールしたいって前言ってましたよね?もし良かったらやりますか?」
「う、うん。やろっか、キャッチボール……」
変な空気になっていたので、強引に話題を変える。千夏先輩も乗ってくれたのでキャッチボールの準備をする。
千夏先輩には中学の時使っていたグローブを貸す。今でもたまに手入れはしているし、問題はないはずだ。
「い、いいよ。ボール投げて」
5mぐらい距離をとって、下からボールを投げる。
ふんわりとした球を投げるが、千夏は取ることができずボールが転がる。
「千夏先輩、オロオロしすぎです……」
あまりにもオロオロしていてつい笑ってしまう。
いつもバスケットボールをキャッチしてるはずなのに……
野球ボールは小さくて硬いから全然違うものらしい。
「千夏先輩、グローブで迎えに行き過ぎです。ボールは来るのでグローブは待ってるだけで大丈夫です」
「おっ!とれたー!」
アドバイスを送ると一発で修正する。さすがに運動神経がいい。
そこからは上から投げても、しっかりキャッチする。
「やっぱりすごいね、ボールがずっと一緒のところに来るよ」
できるだけ胸のあたりに取りやすいように投げる。
「そういえば千夏先輩、また告白されたんですか?噂になってましたよ」
「……えっ、うん。あんまり話したことない子だったからお断りしたけど……」
話を聞けば、どうやら高校からうちに入学した新入生らしい。話したことないって事は、どこかで千夏先輩を見て一目惚れでもしたんだろう。
「でもなんで話したこともないのに告白してくるんだろう?」
どこを好きになるんだろうと不思議がっている。
「まぁ、話したことなくても普段の様子とか、部活してる所とか見たんじゃないですか?それに千夏先輩は可愛いですし、一目惚れとかもありえますよね……」
「えっ……」
投げたボールがグローブに収まることなく転がっていく。
「……大翔君、意外と照れずにそういうこと言うよね……」
別に自分の主観的な意見を言ってるわけじゃないし、千夏先輩は誰がどう見ても可愛い。その客観的事実を言うのに恥ずかしさはない。
「……ふーん、そっか。───私も大翔君の部活頑張ってる時の顔とか、かっこいいと思うよ……」
「……はぇ」
「ふふっ、そこは照れるんだ」
……うるさい、こっち見ないでほしい。千夏先輩にそんなことを言われたら誰だって照れるだろ。千夏先輩はもうちょっと自分の可愛さを自覚した方がいい。
「……あんたたち、ご飯冷めるんだけど。……イチャイチャしてないでさっさと食べなさい」
そうだ、元々はご飯ができたって呼びに来てくれたんだった。あまりにも戻ってこないから、呆れた母さんが呼びに来た。
てか、イチャイチャなんかしてない。俺がからかわれているだけだ。
「……怒られましたね」
「……そうだね。行こっか」
俺たちは片付けてから、家の中に入る。
俺は顔が熱くなった気がしたが、別に照れてなんかいない。だって家の中に入る千夏先輩も顔が赤くなっている。
……きっとこれは夕日のせいだ。
◇◆◇
「あれ?薫さんいないの今日だっけ?」
「はい、俺が朝起きたらもう出てってました」
今日は母さんが仕事の関係で福岡の方に行っている。父さんもそのサポートでついていった。
だから今は家に千夏先輩と俺の2人しかいない。
「明日から母さんと父さんいないけど大丈夫?」
「大丈夫だよ、俺たちもう高校生だぞ。留守番くらいできる。だから心配せずに仕事行ってこいよ」
たかが2、3日親がいないくらい問題ない。
いつまでも子供扱いしてくる……
「二人しかいないんだから何かあったら千夏ちゃんは大翔が守りなよ」
「……わかってるよ」
何かあるとは思えないが、人様の大事な子を預かってるんだし、絶対に何も起こさせない。
「ていうか、あんたも二人だからって変なことしないでよ」
「……うっせーな!するわけねーだろ!」
くそっ、変なこと思い出してしまった。
余計なことばっか言いやがって……絶対母さんは面白がってる。
「そうだ、今日のご飯どうする?お弁当とか買う?」
「それなんですけど、千夏先輩さえ良ければ俺なにか作りますよ」
「えっ、大翔君料理できるの?」
「まぁ、軽くですけど……」
小さい頃から料理は好きでたまに作ったりしていたので、割と料理はできる。まぁそれ以外の家事はからっきしだが……
「すごいね!私調理実習とかでしかしたことないよ」
大翔君に女子力で負ける……と嘆いている。
別に大したものは作れないし、やってこなかっただけで、やれば千夏先輩ならすぐにできそうだ。
「もしあれだったら一緒に作ります?」
「いいね!そうしよう!」
その流れでこの数日間の家事分担を決めていく。まぁほとんどが一緒にすればいっかということになった。
「千夏先輩、昼食べたいものありますか?今からスーパー行こうと思うですけど、食材買ってきますよ」
「私も行くよ、一緒に行こ!」
別にスーパーぐらい一人で行っても良かったが、千夏先輩も行きたいと言うので一緒にむかう。
「親子丼ですか?千夏先輩、親子丼好きなんですか?」
どうやら千夏先輩は親子丼が好きらしい。
親子丼は比較的簡単に作れるし、料理初心者でも一緒に作れるだろう。
「お米と卵は沢山あるので、他を買いましょうか」
「まずはお肉だね!」
おにく〜と言いながら先に行ってしまった。
俺はお肉コーナーに行く前に、切れそうだった醤油とみりん、和風だしとトッピングの三葉を持ってから千夏先輩の元へ向かう。
「鶏肉ありました?」
母さん達からこの数日間のご飯代として、十分なお小遣いを貰っている。
高いやつでもいいですよと声を掛けると、腕を組んで唸っていた千夏先輩が深刻そうな顔をして告げた。
「大翔君、こんなにも美味しそうなお肉がたくさん並んでるよ」
「ははっ、夜ご飯のために他のお肉も買っときますか」
ほんとに!?と目を輝かせながらお肉をどんどんカゴに入れていく。
深刻そうな顔をして何を言うかと思ったら、他のお肉が美味しそうって……ほんとに食べるの好きだよな、千夏先輩。
ある程度食材を見繕って、レジに向かう。
もう最近はどこでもセルフレジになっている。店員もお客側も楽になって便利な時代だ。
「あ、あれ。これどうすれば……」
レジで会計していると、隣のおばあちゃんが慣れていないのか、困惑している。
「ここをこうすればいけますよ」
「おっ、本当だ。ありがとねぇ」
周りに店員もいなかったので助言する。
慣れれば楽だが、慣れるまでは大変だろう。
「新婚さん?うちも若い時は夫もついてきてくれたのにねぇ。……本当にありがとうねぇ、これからも仲良くね」
おばあちゃんが去り際にとんでもない爆弾を落としていった。
否定したが、初々しいわねぇと微笑まれた。何故か否定させてもらえない圧がある。
おばあちゃんがお礼を言って帰り、俺たちも会計を済ませる。
だが、俺たちはどこかぎこちなさを持ちながら、家に帰った。
◇◆◇
俺たちは、手を洗い食材を片してからキッチンにたつ。
「なんかこうしてると、本当に新婚みたいだね」
急にそんなことを言われたので俺は吹き出してしまった。
確かに、二人しかいない家で一緒にキッチンにたつなんて新婚みたいだか……
「はははっ、大翔君、顔真っ赤!」
……どうやら、からかわれているみたいだ。
俺だけ意識しているみたいで恥ずかしい。ので少しやり返す。
「千夏、包丁の使い方はこう……」
千夏先輩の後ろから手を重ねてお肉を切っていく。
千夏先輩は下を向いて急に固まってしまった。顔を覗き込むと、顔を赤くして照れている。
「ははっ、千夏先輩も顔真っ赤ですよ。やり返しです」
「もう!心臓止まるかと思った……大翔君のいじわる」
千夏先輩が拗ねている。だが千夏先輩のあの顔が見れただけで満足だ。
そこからは何とか機嫌を直してもらって、一緒にご飯を作る。
「ご馳走様でした。美味しかったね」
俺たちは親子丼を食べ終え、片し始める。
あの後、俺はアドバイスするだけで千夏先輩が一人でほとんどを作り上げた。
やっぱりやってこなかっただけでやればできるみたいだ。
ほとんど何もやってないので皿洗いぐらいは俺がやると伝える。
皿洗いを終わらせ、二人分の紅茶を入れて持っていく。
「料理楽しかったですか?」
「うん!また一緒に作ろ!」
最初は変な空気からスタートしたが楽しいと思って貰えたのなら良かった。もしかしたら千夏先輩が気を使って、冗談で和ましてくれたのかもしれない。
「でも二人でゆっくりするなんて初めてだね」
「……そうですね、部活とかもありますしね」
なかなかオフが重なることはないが、今日は珍しく二人ともオフだった。
いつもは朝から練習して、学校行ってまた夜まで練習の毎日だが、たまにはこういう日も悪くない。
それから俺たちは色々な話をした。学校でのことや部活でのこと、小さい頃の話など……
これまで千夏先輩と沢山会話してきたが、こんなにたわいもない話をするのは初めてかもしれない。
この時間がずっと続けばいいのにと思うぐらい充実した時間だった。
「こんな日がまたあるといいな」
「……そうですね。また一緒に色んな事やりたいですね」
良かった、俺だけじゃなく千夏先輩も楽しいと思ってくれてたのか。
数日間、二人しかいないのに楽しくないなんて最悪だからな。
それから俺たちは、何かをする時に一緒にすることが増えた。
映画を見たり、宿題をしたり、音楽を聞いたり、今までは自室で一人でやっていたこともリビングで共有するようになった。
そうな風に過ごしているとあっという間に二人の生活は終わる。
◇◆◇
「ただいまー、お土産買ってきたよー」
母さんたちが帰ってきた。色々な事があったのか疲れ切っている。
今日ぐらいはゆっくりしてもらおうと、夜ご飯は俺たちが作る。
千夏先輩と二人でキッチンにたち料理をする。ここ数日毎日していると案外様になるものである。
ただこの数日を見てないものからすると驚愕だ。
「……あんたたち、息ぴったりね」
まぁねと二人でドヤ顔をする。俺たちはぱぱっと作り終えみんなで食べる。
仕事で色々あったのか母さんのお土産話が止まらない。
さすがに疲れた ていたのか一人で喋り終わると、寝落ちしてしまった。
本当に勝手な母だ。
「……終わったね」
そろそろ寝ようかとした所で、千夏先輩がしみじみと呟いた。
「……そうですね。でもまた始まります」
俺たち次第でまだまだ続いていける。
これから楽しい思い出なんていくらでもつくれる。この数日間の色々な思い出を胸に、俺たちはおやすみと挨拶をして自室に戻る。
───こうして俺たち二人だけの同居生活は終わりを迎えた