「今から今年の夏のメンバーを発表する」
6月上旬、朝練の前に俺たちは、空き教室へ監督に集合させられていた。
今年の夏の予選を戦うメンバー20人を今から発表されるらしい。
「これから夏までの間この20人を中心に練習する。選ばれた者も、選ばれなかった者も栄明の野球部であることに変わりは無い。全員でこの夏を勝ち進むぞ!」
俺たち野球部の人数は73人。53人はベンチに入れない。
3年生はここで呼ばれなかったら事実上の引退だ。みんなの空気が重くなる。
「では、発表していく──────」
3年 烏
3年 遠藤
3年 志摩
3年 高坂
┊︎
1年 白石
「──────以上20名。このメンバーでいく。背番号はこれからの試合などを見て決める。絶対甲子園に行くぞ」
監督は選ばれなかった3年生だけ残るように伝え、ミーティングは終了した。
メンバーに選ばれたのは、3年生が13人、2年生6人、そして1年生は俺1人だった。
3年生は25人いるため12人は事実上の引退宣告だった。
静かに泣く者もいれば、ぼおーっと空を見つめる者もいた。
「お前たち、まずはここまでついてきてくれてありがとう」
教室から出たところで中での会話が聞こえてくる。
「入部してから2年とちょっと、大変な事ばかりだったろう。朝は早いし夜は遅い、練習も厳しい。やめたくなる時だってあっただろう」
時折鼻をすする音や嗚咽の音が聞こえてくる。みんな泣くのを必死に我慢しているのだ。監督の話を一言一句聞き逃さないように。
「ただお前たちの代は誰一人辞めなかった。俺はそんなお前たちをかっこいいと思うし──────尊敬する。ここから夏の大会までメンバーを支えてやってほしい。俺はお前たちと甲子園に行きたい」
監督の話が終わるとみんなの目から涙が溢れ出す。声を出し泣く者もいれば、崩れ落ちる者もいた。
三年生最後の大会、選ばれなかったのは悔しいだろう。しかし監督の話を聞いてまた前を向ける。次に向かって歩き出せる。
余談だが、次の日練習に姿を見せなかった者はいなかった。
監督の話が終わり俺は歩き出した。
すると前には、烏先輩や青崎先輩らが立っていた。
「……頑張らないとな、俺たちはあいつらの思いも背負ってるんだから」
俺たちは決して一人で戦ってるわけじゃない。
あの人達の分も……いや、それだけじゃない。
1、2年の選ばれなかった人達の分も、支えてくれる人達の分も、その人の数だけの夢が俺たちの力になってくれる。
──────絶対に負けられない
俺たちは決意を新たに、夢に向かって走り出す。
◇◆◇
「……はぁぁぁ」
大翔は新たな決意虚しく、教室で深いため息をついていた。
「……どうしたのこれ?昨日はテンション高かったじゃん」
「……練習がやばかったらしい」
教室で死にかけている大翔を見て、大喜や雛が心配している。
大翔は昨日の朝メンバーに選ばれ、浮かれていた。
みんなの思いも背負ってる、絶対甲子園行く……と暑苦しいほどテンションが高かったのだ。
しかしどうやら昨日の放課後の練習からやばかったらしい。
「ランメニューがキツすぎて、今日の朝ごはん全部出したらしいぞ」
「うぇ……やば」
普段は70人近くで使っている広いグラウンドを昨日から20人メインで使っている。
一人一人の練習の質は上がり、実に効果的だ。
しかし20人でやる分スパンが短くなりランメニューなどは特に地獄を見る。
「おーい、大翔!烏っていう先輩がお前の事呼んでるぞー」
大喜や雛に励まされていると、クラスメイトからお呼びがかかる。
しかし烏という言葉が聞こえた瞬間、即座にかけだした。
「昼休みぐらいは休みたいっ」
だがその行動を読んでいたのか烏は先回りして大翔を止める。
「おいおい、どうした大翔?まだまだ元気そうだな……ランメニュー増やすか」
「あっ悪魔……」
大喜や雛が哀れみの目を向けている。何でもするから助けてほしい……
「っと、そんなことより今日は、お前に話があるってやつを連れてきたんだ」
そう言われ、連れ立っている人を見るが俺には見覚えがない。誰なのか気になっているとその人がにっこりとしながら話し出した。
「初めまして、白石大翔君。私は
自己紹介をしてくれたこの女性は森下千里というらしい。
とても綺麗な人という印象だ。千夏先輩が可愛い系ならこの人は綺麗系。とても凛とした雰囲気をしている。
ただやっぱり俺はこの人を知らないが、何の話がしたいのだろうか。
「話っていうのはね、夏の大会の事なの……」
メンバー入りしたんでしょ?と言われるがそれがこの人になんの関係があるのだろうか。
「夏の予選、吹奏楽部は応援に行くことになってるんだけど、打席に入る時の希望の応援歌とかあったら教えて欲しいの」
中学の時と違い、高校になるとチアや吹奏楽部が応援に来てくれる。
高校生の大会はテレビ放送もあるし、一気に注目度が上がる。
どうやらその時の応援歌の希望を聞きに来てくれたらしい。
ただ俺はあまり曲を知らないのでどうしようか悩んでいるとふと思い出す。
そう言えば、千夏先輩と二人で家にいた時に、全然音楽を知らないと言ったら今流行ってる曲を何曲か教えてくれた。
その曲を伝えると今流行りの曲だったからか、どうやら演奏もできるらしい。
新しく覚えなくていいから良かった〜と嬉しそうだ。
「ありがとね、じゃあ私達も応援頑張るから予選頑張ってね!」
そう言うと烏先輩と森下先輩は歩いていった。
「なんの話だったのー?」
教室に戻ると大喜や雛が興味深そうに聞いてくる。
「えらい綺麗な先輩だったけど、愛の告白とかー?」
「そんなんじゃない」
雛がニヤニヤしながら、からかってくるのを流しつつ応援の話だったことを伝える。
すると期待はずれだったのか一気にテンションが下がっている。
「でもいいよなー。学校で応援しに行くなんて、野球部とかサッカー部くらいだもんな」
「たしかに!ずるいよー」
ブーブーと文句を言ってくる。さっきまでテンション下がってたくせに……
だが言われてみれば、予選からチアや吹奏楽部が動員されて、全校応援もある。しかも休んだら欠席扱い。
こんなの野球部やサッカー部しか聞かない。収容される球場の広さの問題だろうか……
だが改めて注目度の高さを感じる。テレビ放送なんかもあるし、学校の名前を背負って戦う以上変なところは見せられない。
「……もっと頑張らないと」
「ランメニューも増やされてたしね」
…………が、がんばる
◇◆◇
「ただいま」
家で宿題をしていると千夏先輩が帰ってきた。
バスケ部はもうすぐ県予選が始まる為毎日遅くまで練習している。
「おかえりなさい、千夏先輩。お風呂の準備できてるんで入っちゃっていいですよ」
「ありがとう、大翔君」
疲れたよ〜と笑いながらお風呂に向かっていった。
相当なプレッシャーもあるだろうし、家ぐらいはリラックスしてほしい。
「そう言えばメンバーに選ばれたんだってね。
おめでとう」
「ありがとうございます。背番号とかがどうなるかは分かんないですけど、まずは選ばれて良かったです」
お風呂から上がってストレッチしている千夏先輩と会話する。
一緒に全国行こうと約束したのに、メンバーに選ばれませんでしたじゃ格好がつかない。とりあえず選ばれて良かった。
「でも1年生で選ばれたの大翔君だけなんでしょ、すごいじゃん」
「いえ、環境が良かったんです。色々な人がサポートしてくれたので……」
千夏先輩をはじめ、両親や土方さん、青崎先輩など色々な人が良くしてくれた。本当に環境に恵まれた。俺の長所は運がいい事だと思う。
「千夏先輩こそ大会もうすぐですよね?調子どうですか?」
「結構いい感じだよ。体も軽いし!」
「それは良かったです。母さんも全試合見に行くって張り切ってましたよ」
「えっ、そうなの!?……これは恥ずかしい所は見せられないね」
後輩たちの活躍が楽しみなのか、カメラまで新しいのを買っていた。
千夏ちゃんなら絶対全国に行けるよと嬉しそうに話していた。
「……千夏先輩、もし良かったらこれ……」
俺は少し緊張しながら用意していたものを渡す。
「──────お守り?」
「……はい。ちょっと前に試合で行った会場の近くに勝負事で有名な神社があったので、祈願してきました」
千夏先輩にはミサンガを貰ったり、試合の応援をしてもらっていた。だから何か恩返ししたいとはずっと思っていた。
千夏先輩の予選には俺は、練習や試合があって見に行けない。
そこで何ができるか考えていたらちょうど神社を見つけたので行ってきたのだ。
「アスリートとかも祈願に来るらしいので効果は大丈夫だと思います」
「嬉しいよ……本当にありがとう。……ちなみに大翔君は買わなかったの?」
「実は……」
自分の分のお守りを出して見せる。
千夏先輩の分だけにしておこうとも思ったが、そこに俺の好きな選手も訪れたことがあると知ってつい買ってしまった。
「ふふっ、買ったんだね。……でもこれでミサンガに続いて二つ目のお揃いだね」
……本当にこの人は……
ただ俺も意識しなかったわけではない。千夏先輩に貰ったミサンガは思ったよりも力を貰える。お守りを持つことで僅かでも、俺から千夏先輩に力を与えられたらいいなと思いお揃いにした。
「これがあったら負けないね!ありがとう、大翔君!一緒に頑張ろうね!」
千夏先輩は本当に嬉しそうに言ってくれる。買ってきてよかったと思える。
でもこれじゃあ千夏先輩に力を与えるどころか俺の方が力を貰っている。
「……負けないように念は込めといたんで。一緒に勝ちましょうね」
「おはようございます。千夏先輩」
朝起きるともう既に準備が整って気合いの入っている千夏先輩がいた。
「ついに今日からですね。すみません、俺は練習試合があっていけないですが遠くから応援してます……頑張ってください」
「うん。ありがとう、大翔君も試合、頑張ってね」
こんな大事な日まで俺の応援までしてくれる。
この人が勝てないなんてありえない。
「千夏ちゃん、そろそろ行こっか」
「はい、今行きます」
試合会場まで両親が送っていくみたいだ。
両親も久しぶりに気合いが入っている。父さんはカメラの準備を念入りにしているし、母さんもすごいお弁当を作っていた。
「大翔も試合頑張ってね」
ついでのように俺の応援も一応してくれるらしい。
……まぁ今日は千夏先輩の応援に集中してほしい。
「……じゃあ行ってくるね」
やっぱり初戦という事もあって多少の緊張が見える。俺の言葉でどれだけ和らぐか分からないが、できるだけ緊張を解けるように話しかける。
「……千夏先輩は毎朝一番に行って練習してました。千夏先輩の努力はめっちゃ見てきました。
……今日が初戦で緊張もすると思いますが千夏先輩なら大丈夫です。勝てます。なので自信もって頑張ってください」
「……ふふっ、ありがとう。行ってきます!」
少し面をくらったような後、柔らかい笑顔を浮かべて出ていった。
体の硬さも取れてそうだったし、もう大丈夫だろう。
玄関から出ていく千夏先輩の背負っているバックに自分があげたお守りが付いているのが見えた。自分があげたものを付けてくれているのは少し照れくさいが、めちゃくちゃ嬉しい。
そのお守りにお願いする。
──────どうか千夏先輩に勝利を
朝、目覚ましよりも早く目が覚める。
今日から県予選が始まる。緊張からか少し早く目が覚めてしまった。二度寝するような時間でもないので、起きあがる。
「おはよう、千夏ちゃん。すぐに朝ごはん準備するね」
起きてリビングに向かうと既におばさんとおじさんが準備をしていた。二人とも今日は私の応援に来てくれるらしい。すごい嬉しいが、あのレジェンドの薫さんに見られるとなると少し緊張する。
ただ二人ともすごい気合いで応援してくれているので気合いは入る。
「これ、今日のお弁当。気合い入っちゃった」
「ありがとうございます。これで頑張れます!」
すごい豪華なお弁当を受け取った私は、試合に向かう準備をする。
カバンにタオルやシューズを入れていく。するとカバンに付けられたお守りが目に入る。
このお守りは大翔君が私のために買ってきてくれたものだ。しかもお揃いのお守りだ。
なんだか嬉しくて、貰ってすぐにカバンにつけた。
私はそんなお守りに願う。
───どうか力を与えてください
「おはようございます、千夏先輩」
準備も終わってそろそろ出る時間かなと思っていると大翔君が起きてきた。
大翔君は今日練習試合があって見に来れないらしい。大翔君がこれからの試合は背番号が決まっていくから全てが大事な試合だと言っていた。
そんな試合の日なのに応援に来れないことを謝ってくれる。そんなの気にしなくていい。大翔君が頑張っていると思うと何よりも力になる。
薫さん達の準備も終わったらしく行こうと声をかけられる。
……だんだん試合が近づいてきて緊張感が高まる。
私が玄関から出ようとすると大翔君に呼び止められた。
「……千夏先輩は毎朝一番に行って練習してました。千夏先輩の努力はめっちゃ見てきました。
……今日が初戦で緊張もすると思いますが千夏先輩なら大丈夫です。勝てます。なので自信もって頑張ってください」
びっくりした。まさかこんな風に大翔君から言って貰えるとは思わなかった。
……自分の努力を見てくれていた人がいる。その人が私なら大丈夫だと言っている。これほどに心強いことはない。
もうその時には朝から感じていた緊張も体の硬さもとれていた。
その日の初戦。お守りに願ったのが効いたのか、しっかりと私たちは勝ち切り初戦を無事突破した。
皆様、この作品を読んでいただきありがとうございます。
お気に入りや評価、大変嬉しく励みになってます。
一応メンバー20人分の苗字と学年を適当に決めたのでここに書いときます。
ピッチャー 志摩 立松 3年 松木 2年 白石 1年
(4人)
キャッチャー 宮下 楠木 3年 青崎 2年
(3人)
内野手 烏 遠藤 武田 田村 岡倉 3年
(8人) 星 桜井 村井 2年
外野手 高坂 坂尾 小倉 3年
(5人) 霜田 西野 2年