男、菜月昴は困惑していた。
蔵の中で思い切り腹を切られたはずのに、気づけばこの異世界で初めて見た光景に戻っている。
「腹の傷は・・・、ねぇな」
ジャージをまくって腹部を確認する。
体に傷がないどころか、愛用のジャージも汚れていない。ズボンのポケットには携帯電話と財布が入っている。手はコンビニ袋を握っている。本当に最初に戻っているかのようだった。
「そうだ、サテラ!」
彼女は常に自分のことを心配してくれていた。
何かあれば自分を呼ぶようにと言っていた銀髪の少女を思い出す。
彼女もまた、自分と同じく、血の広がりを作っていた。
彼女と行動を共にしているパックに、サテラを頼むと言われたことも思い出す。あの小さな猫も懸念していた通りの事態になってしまったのだった。
「バカだ、俺は・・・・。いや、でも項垂れてる理由にはなんねぇだろ。とりあえずサテラとパックを探さねぇと・・・」
サテラは死んでいるかもしれない、しかし、自分はあの状況でも今生きているのだ。彼女が生きていたとしてもおかしくははないだろう。
「とにかく今は盗品蔵に」
向かおう、彼女が探し物をしているのなら最終的にそこに行き着くはず、そうした考えは、
「よう、兄ちゃん、少し遊んで行こうや。」
路地を塞ぐように現れた三人の男たちによって防がれた。
「お前らさ、もしかして俺に1回会ったことある?」
彼らはサテラと会うためのきっかけになった輩たちだ。
「似た顔の別人が3人揃って襲い掛かろうとしてくるってことはねぇだろうし・・・」
「何1人で言ってんだ、コイツ・・・、とりあえず兄ちゃん持ってるもの全部置いてけや。それで勘弁してやるから。」
「ハイハイ持ち物全部ね、今急いでっから、そんでいいや。」
「あと犬の真似しろよ!四つん這いになって助けを乞えよ!」
「調子乗ってんじゃ、ねぇ───ッ!」
あまりに調子に乗った言動に昴は激昂する。
突然ぶち切れた昴に動揺する3人の男たち。
その隙を逃さず、まず1人の顎と腹を殴り、壁に叩きつけて撃沈させる。2人目は金的で悶絶させたあと、胴タックルのように担ぎ上げ、壁に激突させ、気絶。
「テメェ・・・・!」
あっという間に2人を倒し、残りの相手はひとりとなる。
「さあ、タイマンだ。2人やられたけど、お前はどうすんだよ」
「っざっけんな!クソが!舐めてんじゃねぇぞガキ!」
挑発にまんまと引っ掛かり、勢い任せに殴りかかってくる。が、
「超、甘ぇ!」
相手の拳を避け、懐に入る。
服の肩の近くと胸元の近くを握り、背中に乗せつつ、少し相手を浮かせる。
「こちとらずっと筋トレはしてたんだぞ。そこいらの引きこもりとは訳が違うんだよ!
いっぺんやってみたかったんだ、柔道の、背負い投げっ!」
相手の身を投げ、地面に叩きつける。まだ意識はあるようなので、昴は容赦なく顔を蹴り、撃沈。
「よっし、楽勝!」
高揚感に包まれたまま、盗品蔵に向かおうと走り出す。路地裏か、大通りに出た途端、白い服を着た人にぶつかってしまった。
「っと、ごめんな、アンタ。でも俺は今急いでんだ。コレやるから許して」
コンビニで買った商品の入ったレジ袋を半ば強引に押し付け、走り出そうとすると、その男に止められる。
「そのジャージ、その顔・・・・、君、少し話良いかい?」
ん?ジャージ?なんで異世界の人間がジャージを知っているんだ?
と、振り返ると、盗品蔵で意識を失う前に見た、眼鏡をかけた男がそこにいた。
─────────────────────
「そういえば君、身体は大丈夫なのかい?」
彼、菜月昴と貧民街に向かいながら話す。
どうやら彼も日本人らしく、この世界に飛ばされたばかりらしい。
「ん?ああ、腹をこう、ザックリやられたはずだったんだけど、傷ひとつ無ぇわ」
「そうか・・・、それともう1つ。
意識が覚醒してから、以前と同じようなことが起きなかったかい?」
「っ、なんでそれを⁉︎
石田、お前もそうなのか?」
「ああ、僕も同じような体験をしている。」
意識が覚醒すると、必ずラインハルトとの会話が発生するのだ。
これらのことから自分の中で、今起きていることを仮定する。
「菜月、これは仮説だけど、
僕たちは戻っ─────」
世界が止まる。
自分の心臓を潰したあの手が現れる。
まずい。これはまずい。
本能的に死を直感する。
だが、手は自分の心臓を触りながらも、何もせずに消えていった。
「───し田、おい石田!大丈夫か!?」
「っ、ああっ、大丈夫だ、問題ない」
問題だらけだ。一番大事なことの情報を共有ができないのはかなりの痛手だ。
「そういや、俺について来て良かったのかよ。」
「どういうことだ?」
「いやー、俺の都合に付き合ってもらうのは少し気が引けるっていうか・・・」
「それは問題ないさ。僕も、わからないことだらけだからね。それに、これといった目的もない。1人でいるより、同じ境遇の人と一緒にいた方がなにかと良いだろう?」
「まあ、お前がそういうなら良いけどよ。」
歩みを進める。
菜月は貧民街の盗品蔵に用があるらしい。
なんでも、一緒にいた女の子、サテラという名前らしいが、彼女の探していた徽章というものがあるらしいのだ。せっかく異世界でできた繋がりを無かったことにはしたく無いらしい。
貧民街に到着し、盗品蔵の前に着く。
菜月昴が木造の扉をノックする。
返事はない。
「誰か、いますか?」
もう一度ノックするが返事がない。
「誰か、誰かいるだろ!頼む、返事してくれ!」
「やっかましい!合言葉を知らんのか!扉を壊す気か!」
目の前の扉が勢いよく開き、昴は呆気に取られる。
身体の大きな老人が蔵から出てきた。
昴の代わりに石田雨竜が声をかける。
「と、突然尋ねてすみません」
「なんじゃお前たち!何しに来たんじゃ!どうやってここを知り、どうやってここに辿り着いた!誰の紹介じゃ!」
すさまじい勢いの老人に雨竜も驚く。
と、横で昴が持っていたビニール袋の中からスナック菓子を取り出し、開け、
「お近づきの印に、おひとつどうぞ」
と、憤怒の表情の老人の口にひと欠片投げ込んだ。
第一印象こそ悪かったものの、昴が食べさせた菓子が気に入ったのか、老人は2人を蔵に招き入れた。
「おい爺さん、全部食わせるために渡したワケじゃねぇぞ」
「なんじゃケチ臭い。こんな美味いもんを独り占めするなんて、地獄に落ちるぞい。うまうま」
「食うなっつーの!」
老人と昴か菓子の取り合いを始める。
が、昴が取り返した時にはもう菓子は空に等しかった。
酒瓶を開け、コップに注ぎ飲みながら、
「それで、小僧、何が要件じゃ?」
大柄な老人、──ロム(ロム爺と呼べと言っていた)は、雨竜に視線を向け、そう言った。
「用があるのは僕じゃなく、コイツです。僕はただの付き添いですよ。」
「そうか、そこのお前、要件は?」
昴に向き直り、ロム爺が尋ねる。
少し考える素振りを見せながらも、諦めたのか、昴がロム爺を見て言う。
「ここで、嘘ついても意味ないしな、正直にいうぜ。宝石が埋め込まれた徽章を探してる。それを譲ってもらいたい。」
しかし、ロム爺は難しい顔をして、
「宝石の入った徽章か・・・、いや、悪いがそんな商品は持ち込まれておらんわい。」
「──本当にか?ボケてたとかじゃねえのか?」
「あいにく酒が入って絶好調じゃ。この状況で出てこんのなら知らんとしか言えんが・・・」
ロム爺はニヤリと笑い、
「今日は大口の持ち込みがあるとは聞いておる。もしかしたらそれかもしれんぞ。」
「持ち込むのはもしかして、フェルトって子か?」
「なんじゃ知っておるのか」
ロム爺の言葉に昴はガッツポーズをとる。
「菜月、フェルトって子は?」
「ああ、徽章を盗んだ子の名前だよ」
「なんで君が知っているかは置いておくとして、その子から徽章を取り戻すのか?」
「そうだな、そのあとに銀髪美少女に渡せば最高だぜ!」
「妙な安心しとるとこ悪いが、徽章をお主が買い取れるかどうかはまた別の話じゃぞ。」
「それなら大丈夫!なんせ俺は一文無し!」
「だめじゃないか!」
「話にならんじゃろうが!」
2人同時にツッコまれる昴。
「ちっちっちっ、確かに俺に金はない。だが、世の中物を手に入れるための手段は金だけじゃない!俺はコイツを交渉材料として使うぜ!」
そう言って昴がズボンのポケットから出したものは、
「携帯電話か!」
「そう!これぞ、万物の時間は切り取り凍結させる魔器、『ケータイ』だ!」
昴が胡散臭く携帯電話についてロム爺に語り始めた。
雨竜が遠目に2人の交渉を眺めていると、どうやら成立したらしい。
「儂が面倒見てやれるのは、フェルトと交渉する場を用意するところまでだ。徽章との交渉はお主がせいよ。」
「わかってるさ。ロム爺も了承してくれたんだ、楽勝だって。」
「いけそうか?」
「ああ、多分大丈夫だ。石田も俺の交渉術を見てな!」
雑談が始まる。この国のこと、ロム爺の種族のこと、話を聞きながら待っていると、
蔵の戸が叩かれる。
ロム爺が耳を押し当て、合言葉を言い始める。
「大ネズミに」
「毒」
「スケルトンに」
「落とし穴」
「我らが貴きドラゴン様に」
「クソったれ」
扉が開き、金髪の少女が入ってくる。
「悪いなロム爺、相手まくのに結構時間かかっちまった。」
少女は昴と雨竜に気づき、胡乱な顔つきを浮かべた。
「ロム爺、コイツら誰だよ。今日は大口持ち込むから誰も入れんなってアタシ言ったろ?」
「お前の気持ちもわかるがの、あの小僧ども、と言っても片方だけだが、フェルトに用があって来たんじゃ。交渉がしたいんじゃとよ。」
話が交渉の流れになってくる。
昴とフェルトの交渉が始まる。かなり順調の様子だ。と、思っていたのだが、
「ただ、アタシの交渉相手はお兄さんだけじゃないってこと。」
「それはどういう・・・?」
「そもそも、アタシがこの徽章をギッてきたのは頼まれたからなんだよ。これ一個で、聖金貨十枚と引き換えるって話でな」
「頼みの依頼かよ!」
「ああ、だからお兄さんはその依頼相手とも交渉しなきゃなんないってことだ」
「マジかよ・・・、でその依頼相手はいつ来るんだ?」
「あ、教えてねーや、まあそろそろ来るんじゃね?」
そう話していると、扉が2回、ノックされる。
「話をしてれば。多分アタシの客だわ、見てくる」
そう言ってフェルトが入り口へ行く。
「やっぱりアタシの客だったよ。こっちだ、座るかい?」
「なっ⁉︎」
連れてこられた女性を見て雨竜が驚愕の声を上げる。
フェルトが茶化すように言う。
「どうした?にいちゃん。一目惚れってやつか?」
すると女性は、
「あら、そうなの?ごめんなさいね坊や。あなたは私の好みじゃないの」
昴も
「振られちまったな、石田。気にすんなって!出会いはこれからもいっぱいあるさ!」
「なんで勝手に告白までして、振られたことになってるんだ⁉︎」
そうツッコミを入れながらも、かなり困惑している雨竜。
なにせ、この女性こそが、襲撃をしてきた犯人そのものだったのだから。
エルザ、と名乗った女性と昴の交渉が始まる。
雨竜は昴の近くにいつつも、警戒はとかないようにする。
エルザから見えないように、服で隠しながら、
そうこうしているうちに、交渉も決着がつきそうだ。
どうやら昴に軍配が上がったらしい。
「あー、悪いな、エルザさん。たぶん、雇い主に怒られたりしちまうよな」
「仕方のない話よ。私に落ち度があるならともかく、この場合は雇い主が支出を少なく済まそうなんて考えたのが悪いのだし」
エルザは淡々としているが、襲いかかるような素振りは見せない。
「それじゃ、交渉は残念な結果だったけれど、私はこれで失礼するわね」
立ち上がるエルザを皆で見送る。
「――そういえば、あなたはその徽章を手に入れて、どうするの?」
「ああ、元の持ち主に返すんだよ」
言ってしまってから、昴は自らの失言に気づく。
盗んだ少女と、その盗みを依頼した人物の目の前で、盗まれたものを盗まれた相手に返すと宣言したのだ。
それは、敵対宣言にも等しく、
「───なんだ、関係者なのね」
エルザは冷たい声でそう言いながら、何処からか出したナイフを昴に振り下ろし───
──きる前に、雨竜の
「なっ⁉︎」
人の腕を切ることができない、初めての体験に少々驚愕するエルザ。
その間に雨竜は右手に霊子から作った弓を持つ。
危険と判断したのか、跳びながら距離をとろうとするエルザ。雨竜はその隙を逃さない。
「今度は当てる。」
そう言い、弓に矢を2本つがえ、放つ。
エルザが着地する前に、彼女の胸元と首に矢が刺さり、そのまま貫通した。
着地できず、血を吐きながら、床に倒れ伏した。
一瞬の出来事に、皆呆気にとられる。
が、すぐに正気に戻り、雨竜に昴が話しかける。
「ありがとな、石田。守ってくれて。あのままだと確実に死んでたわ」
「こっちこそすまない。言うのが遅れてしまっていた。彼女こそ僕らを襲撃した犯人だったんだ。」
「マジか⁉︎俺は顔見てなかったから、わかんなかったわ」
「ロム爺さんもフェルトちゃんもすみません。家の中でこんなことをしてしまい。」
「アタシら対応できなかったからな。ありがとよ、にいちゃん。」
「そんな気にするな。お主がやらんかったら儂らがやってたわい。それにしてもよく反応できたなお主。」
「彼女が入ってきたときから、かなり警戒してましたからね、なんにせよ、誰も怪我していならいなら良かっ────」
「えっ」
フェルトがナイフで腹を割かれる。
血がついたナイフをそのまま雨竜に投げる。
咄嗟に
ザシュッ
なにかが切れる音がした。
「わり・・・、い、し・・・だ」
声の方を見ると首から鮮血を放つ昴の姿が。
倒しきれていなかったのか⁉︎だがあの傷は普通の人間なら完全に致命傷になるはずだ。
「アナタ、とても強いけれど、お仲間さんを守るのは苦手みたいね」
そう雨竜に向けて言いながらロム爺に向かってナイフを持ちながら突撃するエルザ。
石田雨竜はエルザを止めようとして─────
─────現れた黒い手に心臓を潰された。
戦闘描写難しい
感想・高評価よろしくお願いします。