目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった   作:解毒草

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01 目覚め

 気がつくと巨乳が目の前にあった。

 その向こうでは、知らない天井や壁が業火に焼かれていた。

 

 視線を上げる。トンガリ帽子に白銀の髪が特徴的な少女だ。見た目から魔女と推測する。自信と余裕に満ちた顔はともかく、憎悪に燃える赤い瞳は何か訳ありなのだろう。

 なんだか厄介ごとの予感がする。

 火の粉が舞う。ここは危険だ。だというのに、見知らぬ少女は悠長に会話をしていた。

 

「それが祠の中身って訳?」

 

「ええ。いいでしょう?」

 

 顔の良い魔女は誰かとシリアスな話をしているらしい。

 耳鳴りがする中で、ボロボロの黒い衣服の彼女に抱かれていたことに気づいた。

 すごい柔らかい。というか肌が見えてる!

 ……でも、身体が全然動かないんだけど!? 指一本動かないってマズくない?

 

「わざわざここに戻ってきてそんな死体が欲しかったの?」

 

「……生きてるわ。恐らく仮死状態ね」

 

「へえ、それはいいことを聞いた」

 

 死体ってオレのこと?

 ゆっくりと頭が動き出す。けど身体はピクリとも動かない。

 目だけ少し動くが……うーむ。よく分からない。

 

 オレは今どうなってる?

 匂いは? なんかすごく焼けている匂いがする。

 音は? 耳鳴りが酷いけどまあ聞こえる。

 身体は? 動かない。

 では状況は? どこかの屋敷に見える。まるで物語のクライマックスのように燃え盛っている。このままここにいたら、焼け死ぬか呼吸ができずに死んでしまう。

 

 すぐに逃げなくては。……身体が動くならな!

 誰か気づいて! というか話してないで助けて!!

 

「貴様には国家反逆の罪ならず、脱獄の罪まで増えた」

 

「あら? 罪状は二つだけ? 思ったよりも少ないのね」

 

「黙れ。どのみち貴様は死罪だ」

 

 あ、ちょっと遠くの方も見えるようになってきた。

 ボロボロの黒い服装の魔女が応じるのは……黒い人型の何かだった。

 いや、人型ではあっても人ではなかった。縦長の瞳孔や、筋肉で肥大化した黒い身体。高い身長に角の生えた頭部が天井を擦っている。

 爪の伸びた腕は、刺されたら痛いどころでは済まない。

 

「だが、その男を渡せば見逃すことを考えてもいい」

 

「ふーん? この男が欲しいの? お前、確か婚約者がいなかった?」

 

 人ではない。アレは魔族だ。人類の敵だ。

 ……そしてあんなのに引き渡されたら間違いなく死ぬ。

 そして引き渡した後でこの魔女も殺される。魔族とはそういう生き物だ。

 

「あの豚野郎より顔がいい。体つきも悪くなさそうだ。たとえ死体でも私は構わないさ」

 

 舐めるような視線にゾッとする。

 最悪だ。貞操の危機を感じる。色んな意味で死んでしまう。

 頼む。推定魔女さん。オレを助けて下さい!

 その願いが叶ったのかは知らないが、白銀の魔女はふん、と鼻で笑った。

 

「この男は我が家の祠にあった。つまり所有権は我が家、ひいてはわたくしにある。たとえ死体だとしても肉片一つ、髪の毛一本だってお前にやる訳がないでしょう。

 男が欲しい? 豚とでも交わってなさい。もしくは鏡でも見て身の程を知ることね」

 

 おっ、言うね~。

 普段のオレならうっかり落ち込んじゃう言葉のナイフだ。

 そんな攻撃が突き刺さったのか、魔族は爪をカチカチと鳴らす。

 

「魔人にもなれない無能の没落貴族が」

 

「あら、没落してもお前より下になる訳がないでしょ。知能まで衰えるなんて……元々か」

 

 そうして魔女は呪文もなく魔法を放った。

 紫電が魔族に向かって奔る。

 同時に、少女に抱かれたオレの身体を電流が通り抜ける。

 

 うわあああ!? ピリピリする!

 いや当たってる! 生乳が顔に! 魔法が身体に!

 痛い! 柔らかい! 痛い! おっぱい! あ、ちょっと指が動いたかも!?

 

「無詠唱とはいえ、そんな下級魔法が効く訳ないだろ!!」

 

「……ッ」

 

「もはや魔力も尽きたか。なら、死になさい──!」

 

 魔法は通じなかったのか吠えた魔族が迫ってくる。

 返すように殺意の拳が打ち出され、その瞬間がスローモーションでオレと少女に迫ってくるのが見えた。

 まずい。

 このままいけば美少女が粉砕される。

 そんなことになってみろ。この世界の損失だ。スタイルの良さだけではない。魔法の才も、口の悪さも、陽オーラ全開の白銀の美貌も尊いものだ。

 オレはともかく、この子だけは守らなければ。

 

 動け。動くんだ。

 

 ──ドクン!

 

 心の鼓動が聞こえた。血が巡る。身体が動いた。

 

 

 

 オレ──杉下謙信は異世界に転移した。

 それも生前にプレイしていた凌辱系エロゲー『ラメラメ・デストロイ』に近しい世界に。

 容赦のない魔族や魔物がいて人はどんどん死んでいく。地獄だった。

 

「元の世界に帰りたい」

 

 幸い、そう思ったのはオレだけではなかった。

 同じような転移者やゲーム主人公……とにかく同じ志を持つ人たちが集った。集団の力は凄まじく、数年で周辺諸国をも圧倒する存在となった。

 

 けど、負けた。

 異世界転移して数年。全滅したと思う。

 オレも死んだと思うけど……なんで生きてるんだろ?

 

 走馬灯が流れていく。けど、色んなことを忘れている気がする。

 それを思い出す前に白銀の魔女を抱いて地面を蹴る。

 背中に拳が当たったが、うまく衝撃を殺せたようで転がるだけで済んだ。

 

「うっ……うぅ……」

 

 痛い。めちゃくちゃ痛い。

 この痛みが、どうにも、オレがまだ生きている証明のようだった。

 追撃は無かった。魔族は驚いたように足を止めていた。

 

「…………お前!」

 

「……ハハ! 男に庇われるとは情けない女!」

 

 驚いた顔をしていた少女は、魔族に煽られて目を細める。凍えた冷え切った表情で魔族を見上げる。破れた衣服から肌が見えるがおかまいなしだ。

 そんなことはまるで気にしないかのように魔女は不敵な笑みを浮かべた。

 

「さっきから身体より口を動かしてるけど、その図体は飾りなの?

 男に躱される程度なんて本当に情けないのはお前じゃなくて?」

 

「……殺す」

 

 よく分からないが、魔族の方は煽り耐性が低かった。

 「殺す!」と叫んで走ってくる魔族に対して彼女はオレを抱き寄せる。心なしか先ほどの乱雑に抱くよりも、少し優しさを感じた。

 小声で「動かないで」とオレに告げる魔女は落ち着いた様子だった。

 

「魔力も残ってない身体で躱してみなさいよ!」

 

 大振りの一撃が迫る。

 

「知らないの? できる女はいつでも準備しているものよ」

 

「ほざけ──!!」

 

 赤い瞳には勝利の確信があるように瞬き、オレと彼女の周囲を水が囲む。

 無詠唱の水の守りだ。魔力はまだ残っていたらしい。

 

「なけなしの魔力で無駄な抵抗を……」

 

 案の定、腕が水に食い込む。

 でも、一秒持った。

 

「『ヴァイラ・ファイア・バースト・シフト・エンハンス』──!」

 

 早口。高速詠唱。直後、目の前を爆炎が広がる。

 紅色の業火は魔族を悲鳴ごと呑み込み、壁ごと消し飛ばした。

 

「魔力が残り少ないなんて誰が言ったのかしら」

 

 ……どうやら勝てたようだ。

 そんな上級の魔法が使えるなら最初から使って欲しい。と思ったが、魔女も何かの準備が必要なのだろう。

 オレを抱く身体は熱く、呼吸は荒い。

 単純に消費していた魔力の回復が完了するまで逃げていたのかもしれない。

 

 さて。

 敵は倒したと思うが、この少女がオレの味方かは別問題だ。

 先ほどの魔族は彼女を国家反逆とか脱獄と言っていた。つまり犯罪者だ。

 

「お前……さっきのは庇ってくれたのよね?」

 

「え、あ……はい」

 

 さっきと違って緩慢としているが口も身体も動いた。

 

「ありがとう」

 

 荒く呼吸しながらも彼女は礼を口にしてくれた。

 顔を覗き込み、微笑を添えて。

 

「いえ……」

 

 目を惹かれるような美貌──つまり顔が良かった。

 正直に言ってこれだけで許しちゃうよね。

 国家反逆? 脱獄? この世界じゃよくあることだし、魔族よりはマシだ。

 

「身体、起こせる?」

 

「ちょっとキツイです」

 

「悪いけど、少し触るわよ」

 

 火災の中、肩を貸してくれる魔女の誘導で脱出する。

 水の守りを受けながら火の中をなんとか進み、外に出る。裏庭みたいな場所だ。

 

「ここはわたくしの実家よ。もう燃えてるけど」

 

「救急車……いや、憲兵とか警察を呼ばないと」

 

「ムリね。呼んだらわたくしが捕まるもの。それに帝国の連中に家の財産なんて一つも渡したくないもの。燃えてなくなる方がまだマシね。こっちよ」

 

 ぱちぱち、と火の粉が舞う。肌に熱が伝わってくる。大火事だ。

 ただしここは異世界。救急車は来ない。

 魔女は険しい顔で裏手の馬小屋に向かう。無人の馬小屋には馬は一頭だけだ。

 

「……お前も連れて行くわ。ここに残っても帝国の食い物にされるだけだろうし。さすがにあんな連中の慰み者になんてなりたくないでしょう?」

 

「あ、はい」

 

 慰み者? オレが? この人が、じゃなくて?

 そう思ったが顔の良い女に覗き込まれると言葉に詰まった。

 

「……大丈夫? 喋れる?」

 

「あ、や、ちょっと、久しぶりに喋るので。お気遣いなく」

 

 魔女は優しかった。仕草や態度から陽の者特有の気配を感じた。

 口の重い陰キャには少しキツイ。

 初対面だから普通に話せているけど二回目がしんどい奴だ。

 

 ガタガタのボロボロなオレを気遣うようにぎこちない微笑を向けてくる彼女。……ただ、黒い衣服は激戦の証なのだろう、色々と肌が見えているのはよろしくない。

 今は人がいないけど、男に見られたら大変だ。

 オレはなんとか上着を脱ぐ。オレの服もボロボロだったが、問題はない。

 

「これ着て。危ないから」

 

「ばっ、ちょっ、なにしてんのよ!」

 

「え?」

 

 先ほどまで知的でクールな顔をしていた少女は動揺したように声を荒げる。

 

「ほら、服着て。見えてるから」

 

「いや、これくらい別にいいわよ。お前こそ、急に脱ぎだすなんて何を考えてるのよ!」

 

「それがなんだよ」

 

 ちょっとよく分からない。

 ……いや、上着が汚いのか。ボロボロだもんね。親切の押し付けでしかないか。

 見ず知らずの男の小汚い服なんて着たくないだろうし。

 

「お前こそわたくしのを着なさい」

 

「いや、なんでだよ!? 脱がなくていいから!」

 

 この少女、なにかおかしい。見た目がいいだけの変人か?

 自分の衣服がボロボロで肌が見ているのに男に見られて恥じらいがない。それなのにこちらが脱ぐと動揺して見せる上に、今度は自らの衣服を脱ごうとする。

 うーん……? もしかして世間知らずのお嬢様か?

 微妙に目を逸らして上着を脱ごうとする魔女を押しとどめながら首を傾げる。

 

「あの、その、キミは」

 

「ソフィアよ。そもそも、こんなことをしている場合じゃないわ。

 自己紹介はあとよ。お前は目立つからこれを着て顔と肌を隠しなさい」

 

「め、目立つ?」

 

「早く!」

 

「は、はい」

 

 強引な彼女に言われ、馬小屋にあったローブをオレが着ることになった。

 いや、なんでオレが目立つんだ? 頭が混乱してきた。

 とりあえず魔女──ソフィアの言葉に従ってローブを着用しようとした時だった。

 

『後ろから来るよ』

 

 急に声が聞こえた。

 

 ──ドグン

 

 心臓が高鳴る。反射的に身体が動いた。

 背後から聞こえる空気を斬る音。不意打ちを受けたと気づいた時には横にずれていた。

 刃が空を切ったのを振り向きざまに確認して拳を振るった。

 ドゴッ! と硬い感触があった。

 倒れた相手に、ソフィアが肉薄し持っていたナイフで首元を突き刺した。

 動かなくなった相手は黒い鎧や兜を身に着けた騎士のようだった。

 

「男から狙うなんて騎士の風上にも置けないわね」

 

「……あ、ありがとう」

 

「いえ、こちらこそ……悪かったわね。油断してたわ。手とか怪我はない?」

 

「だ、大丈夫」

 

 感謝を口にしたのに、彼女に何故か謝られた。

 

「むしろよく避けられたわね。やるじゃない、男なのに」

 

「いや、男とか関係ないよ」

 

「そんなことないわ。悪いけど今の不意打ちはわたくしでも駄目だと思ったもの」

 

 ……さっきの言葉はソフィアじゃないのか?

 あれ? じゃあ、誰が言ったんだ?

 

 いや考えている場合ではない。ソフィアの家を燃やした相手と騎士は恐らく無関係ではない。混乱している頭でもそれだけは分かる。

 オレ以上に状況を理解しているであろう彼女も一瞬だけ口を噤んで頭を回しているようだった。ブツブツと呪文を呟いて小さく頷くと視線を合わせる。

 

「お前、名前は……」

 

「杉下謙信」

 

「……スギシタ・ケンシン。

 帝国騎士が来ないか見張りを頼めるかしら? 一分で済ませるから」

 

 オレの返事を待たずに彼女は倒れ伏した帝国騎士の鎧を脱がして着用し始める。

 慌てて馬小屋の外を扉の影から覗く。帝国騎士の影はない。

 これなら大丈夫そうだ。

 

「……」

 

 なんとなく胸元に手を宛がう。

 石像のような身体はいつの間にか動けるようになっていた。そんなことを不思議に思っていると声が掛けられた。ソフィアだ。

 五分は掛かると思ったが、彼女は本当に一分で着替えを済ませて馬に乗った。

 

「待たせたわね。行くわよ」

 

「早いね」

 

「いつかこういう時が来ると思って練習していたのよ。役に立ったわ」

 

 差し出された手を取ってオレは彼女の後ろに乗る。

 敷地内には数人の騎士がいたが、暗闇と騎士の恰好、そして運が味方をしてくれた。

 轟々と燃える屋敷を背中に、ソフィアはオレを連れて夜の街に馬を走らせた。

 

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